満天の星空、広がる海と潮騒。
田舎の養殖場に、二人の少女が歩いている。少女というよりは幼女といった方が正しいのかもしれない。小学一年生にも見える彼女たちの姿は、他の人間より少しだけ変わっている所があった。

「モモ、ちゃんとホットミルク持ってきたにゃ?」
「ばっちりだミーこの前マミィに教えてもらったとおり作ったミ」

茶トラの耳をピクピクさせ、腰までのびる漆黒の髪を躍らせつつ少女が話しかけると、薄茶の短いウェーブ髪の少女が、真黒なしっぽを大きく揺らして間髪あけずに答える。

そう、少女達の体には、猫と同じ耳としっぽが付いていた。

「アチッばっちりじゃないにゃ。このバカチン!」
「あたっ」

魔法瓶から注いだミルクに口をつけたメルにゃんが、怒りもあらわにモモにゃんの頭を思いきり殴る。どうやら持ってきたミルクが、かなり熱かったらしい。
……とはいえ、そんな理由で思いっきり頭を殴られては、穏やかな性格のモモにゃんとて納得できようはずもない。痛む頭を押さえて不服そうにメルにゃんを睨むと、負けじと頭を殴りかえす。

「そんじゃメルが作ればいいミー! ばかちんはメルだミーばかちん」
「うるさいにゃーバカチンバカチン死ねバカチン!」
「地獄に落ちろミー、きっと神様もハンムラビ王も、そう思ってるミー」

互いにバカスカ殴りあいながら、ついには泣きあいながら港に停泊している船の中にもぐりこむ。入りこんだ漁船は古く、廃船扱いになったのか、ここ何年か使われていない。そのため一年前からここは彼女たちの遊び場所になっていた。
もっとも、こんな夜に来た理由は遊ぶためではないのだが。

「毎日こんな夜に出かけてるって、マミィとパピィが知ったら怒るミ」

ケンカに飽きたのか、狭い船室に寒そうに腰をおろして、ポソリとモモにゃんがつぶやく。毛布など必要な防寒具はあるが、できることなら怒られる可能性もある寒い所になんか来たくはなかったのだろう。毛布が温まるまでの時間ぼやくことが、最近の習慣になりつつあった。

「モモ、マミィとパピィは本当の親じゃないにょよ」

不服そうな呟きに、メルにゃんが静かに答える。
曇った廃漁船の窓から外を見ると、今二人が歩いてきた養殖場が見えた。

「魚を盗みに行ったあちし達なのに、パピィたちが魚屋だからって好意であちし達を置いてくれるんだにゃ。だから、あちし達は二人に恩返しをしなくてはいけないんだにゃー」

窓の外をみつめていた瞳をモモにゃんにむけて、視線だけで咎める。
自分たちを引きとってくれた時のことを今も鮮やかに覚えているメルにゃんにとって、魚屋『魚正』の夫婦は特別大切な存在だ。
だから最近、友人である養殖場の主人である田中さんが魚の盗難にあっているという話を聞いた夫妻が、とても心を痛めているのを見て、二人は自分たちで犯人を捕まえようと決意したのだ。
それから一週間、二人の監視は休まずに続けられている。

「メル、今日こそは悪い人間が出てくるミー?」
「あちしは悪い人間じゃないから分からないにゃ。だからといって今日出ないとも限らないにゃ? だから頑張って見張るにゃー」
「そか、じゃ私も頑張るミ。今日こそ寝ないミー」

お互いにうなずきあって、魔法瓶の中に入っているミルクを注ぎあって飲む。
今までの一週間なにも成果は出ていない。だから今日こそ犯人を捕まえなければ……という願いをこめて。

「アチアチ!あちし達ばかだにゃッ」
「ヤケドしたミー……うぇーん」

ムードをぶち壊して、慌てて大騒ぎしたあと、ふーふーと息を吹きながら二人でホットミルクを飲む。

……学習能力の弱い彼女たちは忘れていた。このパターンでいつも自分たちが寝てしまうことを。
無論、その日も例外にもれることはなかった。


★★ ★★ ★★

メルにゃんとモモにゃんが寝はじめてから二時間が経過していた。
付近の明かりもすべて消えて、灯台だけが灯る波止場。
そこに、先ほどまでなかったはずの一台の船が停まっている。

「ミー……メルはバカチンだミーうにゅー」
「にゃ……にゃ! 何にゃ!」

モモにゃんの寝言に、寝ていたはずのメルにゃんが起きて、パカッと隣で寝ている少女の頭を殴る。
地獄耳の上に行動も早いのが、彼女の長所であり、短所でもあった。

「あた……何するミー、私なにもしてないミー」
「今、あちしの悪口いったにゃ! 寝ている時は本性がでるって聞くけど、モモは本当にあちしをバカチンだと思ってたにゃね。悲しいにゃ」
 自分が殴ったことは棚において、メルにゃんは悲しげにつぶやく。目にはうっすらと光る涙が。もちろん嘘泣きだ。

「な、何言ってるミ。そんな事思ってないミ! 聞きまちがえだミー……えっと、うー」

人の良いモモにゃんは、ギクッと肩をすくめると、しどろもどろになりながらも否定して、メルにゃんの視線から逃れるように窓の外に視線を移した。
そう、無意識に肯定するように。

「分かったにゃ……モモにゃんなんて嫌いにゃ。大嫌いにゃー!」

嘘泣きだったはずなのに本気で怒りにふるえ、涙で潤んだ瞳でキッと睨んで叫ぶと、ドアを勢いよくあけて外にとびだす。

「メル!」
「自分一人で生きていけばいいにゃ!」

自分を追いかけて、甲板まで出てきたモモにゃんにむかって叫ぶと、養殖場ではなく反対側の浜辺の方に遠く走っていく。
甲板に残された少女は、呆れながら砂浜の先に小さくなっていく背中を目で追った。

「メルはキレやすすぎるんだミー。馬鹿だなんて、本当に思ってなかったミ……冗談なのに」

寂しげにつぶやいて寒い北風に体をふるわせると、船室に戻ろうと体を返す。
ふと、視界の先に、監視を忘れていた養殖場が目にはいった。

「忘れていたミ。……ミャ?」

なにげなく見た先の養殖場、床に開けられた水槽をふたつの影が覗いている。
不自然に動くそれは、あきらかに人間の動きだった。

「どうしよう」

捕まえるために張りこんでいたものの、いざ実際に犯人をみてしまうと恐ろしい。
しかも今は一人きりだ。とまどって砂浜を見ても、メルにゃんの姿はどこにもない。

「誰かに知らせるミ……」
 
急いで甲板から降りて、民家にむかって走りだす。
誰かに知らせている間に犯人が逃げてしまう可能性が多いことは分かっているし、メルにゃんだったら、犯人を捕まえようと言うだろうことも分かっている……だが。

「だって、私一人じゃ殺されちゃうかも知れないミ」

自分に言い聞かせるように、掠れた声が本音を漏らす。
弱くてもずるくても、彼女にとってそれが紛れもない真実だった。

「私が死んだらメルが一人になっちゃうミ」

走り疲れて止めた足のまま、切れた息でつぶやく。
独り言を口に出したところで誰にも届かない。逃げ出した言い訳を、自分に言い聞かせたいだけかもしれない。
だが猫にも人間にも属さない二人にとって、互いの存在がなによりも大切なことも確かだ。

走りつかれて鈍っている頭が、正義だけを主張して良心を責めたてる。
後ろをふりかえると、なんの音もしない真暗な養殖場が視界に入って、潮騒がやけに耳にうるさかった。

「わかってる……わかってるミ」

何度もつぶやいて、ちいさな胸を押さえる。
モモにゃんだって、魚正の夫妻が心を痛めていることは辛かったし、引き取ってもらえた時のことも忘れていない。だから、事実から逃げている事実に心が痛かった。

「わかってる」

うつむいて、くり返していた言葉をとめると体を養殖場へむける。
そして、おもむろに来た道を引きかえすと、ゆっくりと走りだした。

「……逃げたら全部ムダになるミ!」

メルにゃんと自分の苦労も、魚正夫妻の悲しみも養殖場の主人の努力も。
それを思うと引きかえさないワケにはいかなかった。




遠くにみえていた養殖場が近くみえる。
少女は、暗闇を見据えてゆっくりと歩きはじめた。

「!誰ミ」



養殖場前、暗闇に目を凝らしたモモにゃんが、ビクリと体を震わせて止まる。
僅かな灯台の明かりでみえた暗闇の中、こちらをみつめている視線が確かにあった。










★★ ★★ ★★



その頃

「エロイームエッサイム♪ エロイームエッサイム♪」
「武士―……なんで『悪魔くん』なんだよ!」
「ウルセーし祐介は! 幽霊とかの歌だと怖いだろ!」

養殖場の暗闇にまぎれて二十代と思われる男が二人、着々とバケツに魚を集めていた。
手慣れたようすから容易に始めての犯行ではないことが知れる。間違いなく今までこの養殖場で盗みをはたらいていた人間と同一犯だろう。

「いや、魚がこんな儲かるとは知らなかったよな」
「でも、これって泥棒だろ? ヤバいんじゃん」
「仕方ねぇだろ。盗んで金つくんないと、もっとヤベェんだから」

一応良心があるのかバツの悪い顔をして話しあうと、タモで大量の魚をすくってポリバケツの中に詰めこむ。
養殖されている魚はすべて高級魚だ。消費者金融で金を借りたものの、利息がふくらみ金が返しきれなくなった二人にとって、この簡単な手段で手にはいる金の魅力は罪悪感より勝っていた。もっとも、特殊な技能など持たない二人には、ほかに返済手段もなかったのだか。

「ちょっと残しておいたしイイだろ……行くぜ、武士」
「……あぁ。うん」

気まずいまま、二人は一人ひとつポリバケツを持って歩きはじめる。ポリタンクにも詰めて背負っているので、いっぽ歩くだけでよろけるほどの重量があった。

武士は、また犯罪を犯したという罪悪感でうつむいて歩いている。
一方、祐介は罪悪感があっても、金が手にはいることが嬉しいのか、自然にニヤつく顔をおさえられず、少し微笑んで歩いていた。
二人で行動しているとはいえ、二人の
「ちょっと待たれーい!」

突然、潮騒が鳴る暗闇を引き裂くように、甲高い声が耳に響く。

「誰だ!」

暗闇から聞こえた声に足を止めて、二人は慌てて辺りを見回すが、見慣れた景色以外、なにも見えない。

「祐介、今の子供の声だったよ」

先程、悪魔くんのテーマソングを歌っていた武士が、怯えて祐介の服の端を引っ張る。

「こんな時間に起きてるガキなんているか! 馬鹿!」

服を引っ張られた祐介は、あくまで冷静だった。

「誰だ。出てこいよ!」

潮騒しか聞こえない暗闇に、怯えもしていない言葉が響く。
瞬間、煽るように風が吹いて、先ほど聞こえた幼い声が二人の耳元に届いた。

「ひとーつネコネコ」
「死ぬな!」

幼い声はひとつ増えて、決まり文句のように二つの声が重なる。
月を隠していた雲が風によって去り、月光が周囲を照らした。

「ふたーつネコネコ」
「生きろ!」

 唖然とした二人の先にあるフェンスの上に、小さな影が見える。
 自然に動く耳としっぽ……それはメルにゃんとモモにゃんの証だ。

「みっつネコネコ」

 ウェーブの髪を風に揺らせて、目の前の男達に微笑んで呟くモモにゃんに、ストレートの長い髪を月光に反射させたメルにゃんが続く。

「ヤクルトは一日三本まで!」

どうしてここでヤクルトが出てくるのかは不明である。

「ねこねこダブルスにゃ!」
「魚に代わってお仕置きよ! だミー」

唖然とする男二人の前に降り立ち、ビシッとポーズを決める。
……パクリだとかツッコミを入れられる雰囲気ではない程、真面目に。

「祐介。あれ妖怪の『猫娘』ってヤツだよな」
「あぁ、猫娘だ」

目を点にしたまま呟く武士に、祐介も目を点にしたまま頷く。

「そこ! 猫娘って言うにゃ!」

メルにゃんの怒りのパンチが、二人の頭にヒットした。
彼女にとって、相手が誰であろうと関係ない。

「痛え……なにすんだよ! 魚やるから帰れ、猫娘!」
「あちしはメルにゃ! それに魚は田中さんのだにゃ! 返せ!」

祐介が投げた魚を手で叩き落とすと、ふくらませた尻尾を立てて威嚇する。
目の前にいる二人が背負っている大きなタンクや、手持っているポリバケツの中に、養殖場の主人、田中さんが愛情込めて育てた魚が沢山入っていると思うと、少女は怒らずにいられなかった。

「嫌だ。行くぞ、武士」
「ちょッ祐介!」
「ガキに付き合ってる暇は無いだろ」

怒っているメルにゃんの隣を素通りして、祐介はフェンスの横を強く押す。
最初から壊れていたのか、枠からはずれたフェンスがグニャリと簡単にまがり、二人を先に通した。

「逃げたってムダだミーアナタ達はもう逃げられないミ」

二人が通り過ぎた後のフェンスを背中で押して、もう一人の少女が先を進む二人を振りむかせる。

「スクリューに縄を巻きつけといたミ……それに船舶の免許は船の中に置いておくものじゃないミー」

月明かりの中、免許を挟んだ指を口元に寄せて、モモにゃんがにっこりと笑う。その後ろから、先程怒りに震えていたメルにゃんがロープを手に笑顔で出てきた。

「馬鹿、武士! なんで船ん中に置いておいたんだよ!」
「財布に入れておくとかさばるんだよ」

誰を責めても、もう時間は戻らない。そう思っていても責められずにはいられなかった。

「くそぉ!」

免許証を取り返そうと、祐介がモモにゃんに飛びかかる。

「コレを奪い返した所で、控えをとってあるから無駄だミー」

軽く祐介の上を飛び、続けて「逃げても捕まるミ」と呟くと、少女の足が舞うように地面の上に着地する。
冷静な言葉に逃げられないことを悟ると、男たちの顔が絶望の色に変わった。

「お願いだ、見逃してくれ! 魚は返すから!」
「今捕まると借金の取り立てが一人暮らしのおばあちゃんに」

取り返すことも、逃げることも無理だと知った二人は土下座をして許しを乞う。
ほかに道が無いのなら、これが正しいのかも知れない。

だが、この態度が少女達の怒りを爆発させた。

「……あんた達は自分のことしか考えてないにゃ! お前らの取った魚の金額は、田中さんの負債になる。誰かが得をする時、誰かが損するんだにゃ! そんなことも分からない馬鹿、世に放り出す訳にいかないにゃ」
「そうだミ。アナタ達の借金が無くなったとしても、これが原因で田中さんが借金したらどうするミ……実際、アナタ達のせいで、今田中さんの経営が危なくなってるミーもし、自殺したらどうするミ? 自分の家族がそんな目にあったら、どう思うミ」

怒ったモモにゃんの瞳が涙でうるみ、粒になって頬を流れていく。
田中さんも彼女にとっては大切な存在だ。自覚がないまま、瞬時に自分の言った『もし』を想像してしまったのだろう。

「あれ? なんでもないミ……あれ? なんでなんだろ」

溢れ落ちる涙に、彼女自身とまどったまま、手で何度も涙を拭う。
自分以外のために無意識に泣いてしまう、という純粋な気持ちにふれたからかもしれない。泣く少女を前に、魚を盗んだ二人ははじめて心に痛みを覚えた。
同時に、自分達の軽々しい行動が誰かの人生を変えてしまう可能性があることに、今更ながら気づき、魚が入ったポリバケツに目を落とす。

「祐介、俺たち」
「分かってる。ガキは俺たちだった……考え方が安易すぎたんだ」

二人は目を合わせ、ゆっくりと頷きあうと、目の前にいる少女達をみつめる。
夜風が吹いて、メルにゃんの髪がさらさらと揺れていた。

「なぁ、二人とも。魚、水も入ってるから、まだ死んでねぇと思う……だから返すよ。終わってから捕まえるなり、なんでもしてくれ。良いか?」

二人は目が覚めたのか、自分より小さな少女達に穏やかに微笑むと、養殖場に引き返す。
その光景を目の前にして、少女たちも互いに視線を交わすと、うなづきあって微笑んだ。

深夜の養殖場に、魚を戻す、大きな水音が響く。
時間もかかり、起きている人がいたら様子を見に来てしまいそうな水音だったが、誰かが来る様子はない。それは泥棒の男二人にとって幸運なことだったのかもしれない。

「アナタ達、本当に守りたい人がいるミ?」

魚を返し終えた二人に、モモにゃんが話しかける。
少女の言葉に、祐介は「家族」武士は「身寄りが自分しかいないおばあちゃん」だと答えた。

「一つだけ、田中さんにお金を返してくれるなら、あちし達にイイ手があるにゃ。……だから、約束するかにゃ?」

二人の言葉に、逃げたいだけの嘘と思えるような所は感じられない、と考えたのだろう。メルにゃんは人差し指を立てると、微笑んで二人に話しかけた。

彼女の申し出に絶望にうなだれていた二人は、驚いて振り向くと、大きく頷いて彼女の元に歩み寄った。






★★ ★★ ★★






次の日

一隻のマグロ漁船が、港を出航した。
「金を稼ぐなら、やっぱりマグロだミー」
「逃げられないから、帰ってきたら金をふんだくってやるんだにゃ」

遠くに見える船を見送りながら、二人はいつもの廃船の中にいた。

「でも、借金ってユキダルマ式に増えるんだミ?」
「だから大切な人って言った人に電話させて、白状させたにゃ。どうしようもない秘密は互いでどうにかしなきゃいけないんだにゃ。大切に想う人間同士なら特に……」

キラキラと光る波間を、馳せるように見て、メルにゃんがモモにゃんに瞳を向ける。
その視線に気づいた少女は、穏やかに微笑んだ。

「さ、モモ朝ご飯の時間だにゃ! マミィとパピィの元に帰るにゃ!」
「あいあいさー! だミー」

まぶしすぎる空は晴天で、空は白く高く澄んでいる。
二人は、自分たちの帰る場所にむかって走りだした。



END

多分五年以上前に書いた小説です。ギャグ? コメディなの? わからない!
この前にも後にも、小学生くらいのロリ小説は書いてません。多分一日二日くらいでノリで書いた気が。
少女と幼女の違いが今だ不明。残念ながら今のマグロ漁船ではそんなに儲かりません。