支局長からの手紙

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マスクと報道 /滋賀

 インフルエンザの勢いを上回るといえるほどのマスク着用です。各地で売り切れとなり、県外の知り合いにSOSを求めた方も多いことでしょう。大津で県内初の感染が明らかになった翌日。支局前の幹線道路の通行量は普段の7割くらいで、タクシー乗り場の運転手も駅から降りてくる人が明らかに減っていると、出控え現象を指摘していました。

 県と大津市など各自治体は休校や施設休館等の措置をとりました。副作用として、生活上の不便が生じ、観光やイベントのキャンセル・中止で関係者の悩みも深まっています。感染拡大防止のため、初めに大きく構えるのは常道といえます。難しいのは、状況に応じた軌道修正です。

 社会的な被害が出ないよう、弾力的に対応するという嘉田知事の方針は的を射ていて、弱毒性との評価が定まったなか、リスク回避と日常維持という相反する舵取りをいかに行うか、困難な決断を求められます。

     ◇

 50代以上の方はトイレットペーパーの買いだめ騒動を思い出されたことでしょう。1973年、いわゆる石油ショックが引き金となり、全国的な買いだめパニックに広がりました。それから約20年後には、記録的な凶作に端を発し、輸入自由化問題が絡んだコメ騒動が起き、国産米を求める声に満ちました。

 この二つの騒動に関する毎日新聞の世論調査で興味深いデータが出ました。いずれも「買いだめ」した人の割合は19%。物不足時の消費者の行動が変わらなかったことを示しています。

 トイレットペーパー騒動は、大阪のスーパーで先を争う買い物ぶりが報道された後、一気に各地に広まったといわれています。今回のインフルエンザ国内感染が明らかになってまだ1週間余りですが、あっという間に店頭からマスクが消えました。行列の映像や写真の影響もあったでしょう。ただ、全く報道しないことは逆に大きな問題となります。

     ◇

 専門家からは「ウイルスが弱毒性から強毒性に変異する恐れがある」と警告が出て、多数の死者を出した約1世紀前のスペイン風邪が繰り返し紹介されていますが、医療レベル以外に当時と決定的に違うことがあります。情報伝達のスピードです。ただ、もろ刃の剣といえます。

 的確、適切な情報であれば、すぐれた効果が生まれる一方、不安をあおる内容やデマ、非難中傷の類だと、社会的ダメージは計り知れません。リスクをどこで見切るかを前提に「今後」に備えた医療体制などの課題が浮き彫りになるとともに、情報の伝え方次第で市民の行動が左右されることを肝に銘じるべき報道側の姿勢も問われます。

     ◇

 本格的な疫学調査はこれからですが、60代以上の感染者が明らかに少ないという事実から、免疫を持っているとの推論が導かれます。とすれば、「新型」との呼称がふさわしいかどうか。この言葉には「得体が知れない」との不安感を抱かせたきらいがあるのでは。

 また、水際対策を強調するあまり、可能性の高い国内感染発生への“弱毒性シフト”が十分だったとは国の姿勢からは思えません。市民の側も含めてさまざまな教訓を引き出さなければなりません。【大津支局長・小林成明】

毎日新聞 2009年5月25日 地方版

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