2009年05月02日 (22:49)
日本大学法学部名誉教授・法学博士 北野弘久
セブン‐イレブン・ジャパン契約の「詐術」
日本大学法学部名誉教授・法学博士
北野弘久
Dr. Hirohisa Kitano
Prof. Emeritus of Tax Law, LLD., School of law,
Nihon Univ., Tokyo, Japan
皆さん今日は。
私は、微力ながら40数年間、税財政の法律問題を研究してきた法律学研究者である。全国から、様々な法律問題について助言を求められてきた。しかし、研究者として鑑定書の提出、鑑定証人として協力することとしており、原則として代理人(弁護士)活動をしないこととしている。例外の1つとして、20年前に、皆さんご存知の稀代の詐欺事件、豊田商事事件の被害者側弁護団長を努めた。被害者救済のために、日本政府が詐欺集団である豊田商事株式会社から徴収した租税を国の不当利得としてとり戻す必要があった。被害者救済のためには、そういう租税問題も含まれていたので、被害者からの依頼により、弁護団長を引き受けた。
今回のセブン‐イレブン・ジャパン契約の「詐術」は、素人の加盟店には判りにくい企業会計における会計勘定科目の操作に関するものであるだけに、豊田商事以上の巧妙な「詐術」的契約であるという印象を持った。セブン‐イレブン・ジャパン(以下「本部」という)が、各加盟店から徴収するチャージの対象である本件契約の「売上総利益」(粗利益・荒利益)の意味を日本の社会通念の意味でとらえるか、それとも本件契約上明示されていない本部側主張のような意味(原価性のある商品廃棄損・棚卸し減分を含む売上総利益)でとらえるのかは、零細な事業者である各加盟店の生存権、「死活」につながる。
本件契約の文言に鑑み、2005年2月の東京高等裁判所判決も指摘するように、本部側の意味で「売上総利益」をとらえることは不可能であり、また社会正義に反する。本部側の意味でとらえる場合には、各加盟店は、通例はどんなに努力しても、店の経営を維持することは困難である。本件訴訟提起の加盟店の全員が、もし本部側の意味での「売上総利益」であれば本件を契約しなかったと明言している。
本件契約には様々な「詐術」が含まれている。私が鑑定人として本件裁判所へ指摘した主要項目は、次のごとくである。
? 本件契約にはチャージの対象になる「売上総利益」については特段の規定がなく、通常の売上総利益(荒利益)を意味する規定しか存在しない。本件契約にあたって、本部担当者から、原価性のある商品廃棄損・棚卸し減分(以下「商品廃棄損等」という)が本件「売上総利益」に含まれることとなり、結局、当該商品廃棄損等分も本件チャージの対象になることについて各加盟店を納得させるだけの特段の説明もなかった。この説明の不十分さは、先の05年2月の東京高裁も認定した。本件で問題となっている各加盟店の商品廃棄損等は、各加盟店の事業遂行上恒常的に生ずる、止むを得ないものであって、日本の企業会計実務では、大企業の場合を含めて、当然に事業者(加盟店)の売上原価を構成するものとされる。特に本件で問題となる中小企業の企業会計は税務会計(税法に基づく会計)である。税務会計では、各事業者(各加盟店)について期末に実地棚卸しが行われ、この実地棚卸しに基づいて売上原価が計算されることになっている。原価性を有する商品廃棄損等が自動的に売上原価に組み込まれる。通常の企業会計実務のソフトには「商品廃棄損等」の勘定科目すら、存在しない。商品廃棄損等分を含む「売上総利益」にチャージを課すという本部側主張は、重大な「詐術」である。
? 各加盟店は、自己の責任で各仕入れ先と直接、契約し、商品を仕入れている。
商品取引では、仕入れにあたって量目不足・品質不良・配達遅延など、各加盟店の諸事情に応じて仕入れ先から各加盟店に対して個別に仕入れ値引きが行われる。また、仕入れが一定以上になった場合など、各加盟店の諸事情に応じて仕入れ先から各加盟店に対して個別に仕入れ報奨金(リベート)が支払われる。このような仕入れ値引き・仕入れ報奨金は企業会計上は売上原価からの控除項目となる。本件仕入れ値引き・仕入れ報奨金は、各仕入先から加盟店に対して個別に示されたものではなく、仕入れをしていない本部レベルで一方的に作成した計算書において「仕入れ値引き・仕入れ報奨金」とネーミングされているものにすぎない。各加盟店がその数字の根拠について本部側に説明を求めても、具体的な説明のないものである。このようなものは、企業会計上は、「売上原価控除項目」ではなく、各加盟店の「雑収入」(営業外収入)にすぎない。このような雑収入分も本件チャージの対象になる「売上総利益」を構成するとして本部はチャージを課しているわけである。これも重大な「詐術」である。
この問題に関連して、少なからぬ加盟店は、本部がフランチャイズ事務の代行として行っている、各仕入れ先への各加盟店に係る仕入れ代金の実際の払込金額の合計額が、本部からの各加盟店への請求額の合計額よりも、はるかに少ないのではないかと疑っている。本部がいわゆるピンハネをして、巨額の不当利得を得ているのではないか、という疑問である。
? 本部は、「オープンアカウント」という名前の独自の勘定科目を設けている。オープンアカウントとは、本部と各加盟店との間の金銭出納等の計算整理記録にすぎない。各加盟店は、法的にも経済的にも独立した事業主体・納税義務者である。本部と各加盟店との間に継続的な債権債務関係の生ずる関係は存在しない。しかるに、本部は、本件契約において、このオープンアカウントについては、日本商法529条などの「交互計算」の法理(債権者と債務者とが継続的に取引しているときは、債権と債務とを相殺してその差額だけを払ってよい。残額債権に利息を付す。)を準用することを定めている。この準用の定め自体が巧妙な「法的偽装」である。本部は、各加盟店から預かった売上代金から各加盟店の仕入れ代金を各仕入れ先に支払っているが、これはフランチャイズ事務の一部代行であって、商品取引関係ではない。本部は、事務代行の対価として、本件契約のチャージを収受する法的地位を有するにすぎない。本部は、商品廃棄損等を各加盟店の「債務」として扱っている。これは存在しない「債務」の創作である。この分を含めて実質的に各加盟店の買掛金にまで、本部は、各加盟店から利息を徴収することにしている。商品を掛けで仕入れた場合の買掛金には、利息を付さないのが取引慣行である。一方、本部からの各加盟店への支払いの遅延には、何故か利息を付する規定が本件契約には存在しない。以上の「取り決め」自体が全体として「詐術」である。
以上3つの「詐術」のうち、?についてのみ、先の05年2月の東京高裁判決は、本部が不当利得をしていると判示した。
私は、数年前のローソン事件についても、裁判所へ鑑定書を提出した。ローソン契約では、商品廃棄損等を含めてチャージを課するという特約を明文で規定していた。ローソン契約では、「売上総利益」ではなく「総値入高」という名前の勘定科目が用いられていた。私の鑑定結論は、ローソン契約は、日本民法90条(公の秩序、善良の風俗)に違反し無効であるとするものであった。01年7月の千葉地方裁判所判決は、ローソン側の説明義務違反を理由に、ローソン側を敗訴とした。
私は、毎日新聞社発行の経済専門誌「エコノミスト」の求めに従って、以上の趣旨をとりまとめた署名論文を同誌05.7.5号で発表した。この論文が校了となり、印刷・製本直前の段階で、セブン‐イレブン・ジャパンが毎日新聞社の首脳に対して私の論文の掲載について抗議をした。日本の全国紙の1つである毎日新聞社が、結局、学者の署名論文を著者である私の了解を得ないで、一方的に改ざんして刊行した。これは、「学問の自由」への侵害であり、言論機関である新聞社が巨大コンビニの暴力に屈したことを意味する。本部側は、私の論文に反論する論文を「エコノミスト」誌に掲載させた。同反論論文には、誤解を招く記述もあるので、二、三のことがらについて真実を明らかにしておきたい。
? 私が加盟店側の訴訟代理人をしていたことを本部側は重視している。それ故、私の署名論文は公正さを欠くというわけである。私の署名論文の内容は、本件裁判所へ提出された鑑定書に記載されているところのものであって、学問的に真実である。控訴審の東京高裁で、一部の加盟店の提起した訴訟について裁判所が和解を勧告した。そこで、担当裁判官に本件の「核心」である企業会計の操作について会計学の講義をして欲しいという加盟店の要望に従って、会計学講義だけのために代理人登録をしたにすぎない。それほど、加盟店側は裁判所の専門的知識について不安を感じていることに注意していただきたい。私は、講義終了後、直ちに代理人登録を抹消したにすぎない。
? 本部側は、本件商品廃棄損等を営業費として自己負担することを各加盟店も同意している、と強弁している。企業会計原則は、原価性を有する商品廃棄損等を売上原価に負担させるか、それとも販売費に負担させるかを各企業の判断に委ねている。どちらに負担させようと、当該商品廃棄損等が当該企業、ここでは各加盟店の経費として各加盟店の負担になることには変わりはない。本部側が強弁している各加盟店が自己負担することに同意したというのは、このことを意味するにすぎない。私は、40数年間の経験において、大企業を含めて、原価性を有する商品廃棄損等を販売費に負担させるという事例を知らない。これは、一般の会計専門家においても同じである。企業会計原則の規定は、財務諸表における表示区分の問題にすぎない。企業会計原則の規定にもかかわらず大企業を含めて日本の企業会計実務では、原価性を有する商品廃棄損等は、売上原価に負担させるのが通常であり、そのようなものとして人々は「売上総利益」(荒利益)という言葉をとらえてきた。商品廃棄損等を財務諸表のどの勘定科目に負担させるかという問題と、本件チャージの対象となる「売上総利益」の意味をどうとらえるかは、別個の問題である。本部側は、意図的にこの2つの問題を混同させて、いわば問題のすり替えをして人々をごまかしているわけである。このような論法自体が「詐術」である。
? さらに本部側は、商品廃棄損等自体にはチャージを課していないと強弁している。05年2月の東京高裁も認定しているように、原価性を有する商品廃棄損等を売上原価に組み込むことを許容しないところの「売上総利益」に対して本件チャージを課する本部側の手法は、結局、商品廃棄損等分にも本件チャージを課すことになる。この論理上自明の事実を本部側は「そうではない」と否定しているわけである。このような論法自体が「詐術」である。
以上、大手コンビニの驚くべき「詐術」の一端を皆さんに紹介した。こうしたお話をしている今の段階で、全国の加盟店の少なからぬ人々がこのような「詐術」のもとでは「経営の見通し」と「生きる希望」が見えなくて「これからどうするか」を悩んでおられる。この事実をジャーナリストの皆さんが真摯に受けとめていただきたい。セブン‐イレブン・ジャパンのあまりにもひどい「詐術」のゆえに、04年9月に加盟店の一部が弁護士を通じて日本刑法246条の詐欺罪でセブン‐イレブン・ジャパンを刑事告訴したという事実を紹介して、私のスピーチを終わらせていただく。
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