新型の豚インフルエンザは、ここまで高校生を中心に感染が広がっている。関係者を含め100人以上が発症した関西大倉高校(大阪府茨木市)では、国内感染が初めて確認される16日より前、大型連休明けに地元の開業医が「予兆」に接していた。しかし、医師の診断基準のポイントとされていた「海外渡航歴」が思わぬ足かせになっていた。
16日午前、「国内初感染を確認」というニュースが流れた。感染したのは神戸市の兵庫県立神戸高校3年の男子生徒。「海外渡航歴はない」と報じられた。
「えっ? ひょっとしたら……」。大阪府豊中市の住宅街にある診療所。ニュースを見て、男性医師(57)は15日に診察した中学1年の女子生徒のことが頭をよぎった。
女子生徒は39度近い高熱と頭痛を訴えて来院した。関西大倉高校2年の兄がいる。兄も12日、似たような症状で受診し、簡易検査で「A型陽性」と出ていた。しかし、海外渡航歴も渡航者との接触もなかったため、季節性のインフルエンザと診断した。
女子生徒も15日の簡易検査の結果はA型陽性。同じように渡航歴はない。「お兄さんのがうつったんやな」。兄と同様、リレンザを投与して帰宅させた。
これまで国が示していた新型インフルエンザの診断基準の大きなポイントは発熱などの症状と渡航歴だった。医師もそれに忠実に従っていた。しかし、神戸高校の生徒に渡航歴はなかった。
急きょ、女子生徒を診療所に呼んだ。16日は土曜日。休診となる午後に来るよう指示した。神戸の事例を挙げ、詳しい検査が必要だと告げた。付き添いの母親とともに不安そうな表情の女子生徒の、のどと鼻から検体を採取。遺伝子検査のために保健所経由で府公衆衛生研究所に検体を回した。
同日深夜、感染が確認された女子生徒は、翌日から2日間、豊中市内の感染症指定医療機関に入院。医師はタミフルを予防的に服用した。
兄は最初の受診の12日、高校にはインフルエンザの症状を訴える生徒がいて、「僕もインフルエンザかもしれない」と漏らしていた。「今の時期にA型インフルエンザはおかしい」とひっかかったが、渡航歴という診断基準から外れるため、検査をするまでには至らなかった。医師は「女子生徒が来院した時、お兄さんはすでに回復していたが、彼も『新型』だったことは間違いない」と振り返る。
神戸高校の生徒を診た神戸市灘区の医師(52)も11日夕の最初の診察では症状が軽いうえ、「渡航歴はない」との説明を聞き、「ただの風邪」と診断していた。翌日、再受診の際に発熱があったため簡易検査をしたところA型陽性。生徒のかかりつけ医でもあるこの医師は、昨年秋、インフルエンザの予防接種をしたのを覚えていたため、「おかしい」と思い、保健所に遺伝子検査を依頼。国内初感染の確認につながった。
「神戸のニュースが流れて、私と同じように『ひょっとして』と思った医師は多いはず」と豊中市の医師は話す。実際、地元の別の開業医も、関西大倉高校の生徒の検体を保健所に回し、同校関係者の感染確認は17日だけで約40人にのぼった。(稲垣大志郎)