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社説:競泳水着騒動 選手の底力を信じよう

 またも「水着騒動」である。今月10日、豪州で行われた競泳男子二百メートル背泳ぎで、入江陵介選手が従来の世界記録を1秒以上も更新する世界新記録をマークしたが、入江選手が着用した国内メーカーの新作水着が国際水泳連盟(FINA)の認可を得られず、記録は「幻の世界記録」になる可能性が出ている。

 水着騒動は昨年、英国スピード社が開発した高速水着「レーザー・レーサー(LR)」が火をつけた。北京五輪の開幕半年前、スピード社は斬新な新作水着を発表。LR水着を着用した選手が次々と驚異的な世界記録を樹立し、北京五輪でもLR水着の独り勝ちで終わった。

 敗れた日本のメーカー3社の屈辱は大きかった。3社は日本水泳連盟の公式スポンサーで、日本選手は3社の水着着用が義務づけられていたが、「LRでないと世界と戦えない」という現場の声に押され、日本水連は3社以外の水着で北京五輪に出場することを認めた経緯がある。

 今春、各メーカーは次々と新作水着を開発した。4月の日本選手権では日本新記録・タイ記録が22も誕生する記録ラッシュに沸いたが、そのうち17が国内3社製の水着を使用して生まれた記録だった。わずか1年で巻き返した日本メーカーの技術力の高さを物語った。

 だが、FINAによる新作水着の審査が立ちはだかった。LR水着に刺激され、世界中のメーカーが新作を競った影響もあったのか、作業は昨年と比べ大幅に遅れた。審査結果が発表されたのは入江選手の「世界記録」が誕生した9日後。しかも入江選手の水着は認可されず、修正の上、再申請へと回された。

 残念な結果ではあるが、競泳を「水着次第」の異様な競技にしないためにはFINAによる公正で厳格な審査は必要だ。救いだったのは入江選手のコメントだ。「もう一度世界新を出すチャンスをもらえてうれしい」と、心は前に向かっていた。

 日本水連は当初、入江選手の世界記録が公認されなくても、既に公認した日本記録は取り消さない方針だったが、24日、改めて態度を表明するという。FINAの主要な構成メンバーとして国際的に影響力の大きい日本がFINAと別建ての記録を主張するのは水泳の普及に得策とは思えない。国内メーカーにしても「日本でしか記録が公認されない水着」を世界中に売る気にはなるまい。

 思い出すのは昨年の水着騒動のさなかの北島康介選手だ。「泳ぐのは僕だ」とプリントしたTシャツを着込み、水着ばかりに注目が集まる異様な事態に抗議した。日本水連も、ここは冷静に選手の可能性と底力を信じるほかあるまい。

毎日新聞 2009年5月24日 東京朝刊

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