心肺停止など命にかかわる重症患者にとって「最後のとりで」である全国の救命救急センターで、睡眠が十分取れないまま患者に対応する救急医の泊まり勤務を「宿直」として扱う施設が5割を超すことが、毎日新聞の全国調査で分かった。労働基準法が認める「宿直」は、ほとんど労働する必要のない勤務とされ、これらの施設の勤務実態は違法である可能性が高い。
調査は全国の救命救急センター218施設を対象に4~5月に実施し、116施設から回答を得た(回答率53・2%)。
労基法は労働時間を原則週40時間と定め、時間外労働も労使間で協定を結んだ場合、1カ月45時間まで認められる。
一方、宿直については「巡回や電話番など軽度な勤務」「十分な睡眠が取れる」などを条件に労働時間とは別枠で、労働基準監督署長の許可で例外的に認められてきた。
調査の結果、救急医の泊まり勤務を宿直扱いとする施設が61%あった。また、時間外労働として扱う施設は19%、残りは交代制などだった。宿直のうち9割(全体の55%)は十分な睡眠が取れていなかった。
労基法では、連続して睡眠を取れる時間が確保されておらず、急患に追われる勤務が日常の場合は、宿直として認められないとしている。
1カ月間の泊まりの回数は平均4・23~4・85回で、最大13回の施設があった。労基法を守るには「医師が足りない」と答えた施設は8割を超えた。
医師の泊まり勤務を巡っては、4月に奈良地裁で県立奈良病院の宿直勤務などが時間外労働にあたるとの判決が言い渡されるなど、劣悪な労働環境の改善が求められている。
厚生労働省労働基準局監督課は「個々のケースによって判断は異なるが、労基法の趣旨から外れる勤務実態は違法の恐れがあり、好ましくない」と話す。【永山悦子、河内敏康】
「人手がない中、なんとかやってきたが、心が折れそうだ」と、東日本の地方病院の救命救急センター長はつぶやいた。
病院には常勤の救急医がいない。約90人の医師全員が交代で1晩3人程度、泊まり勤務に入る。この病院の泊まり勤務は、手術などの労働がほぼないことが前提の「宿直扱い」。だが、患者の搬送受け入れは年5000件以上で、受け入れ率は97%に上る。泊まりの医師の手におえなくなると、各科の医師が呼び出されるのが日常だ。
4月下旬の夜。「じんましんが出た」「血圧が高い」--。一般市民からの相談電話が鳴った。低血糖で意識障害を起こした糖尿病患者が救急車で運ばれてくると、糖尿病専門医を呼び出した。この夜、救急搬送だけで10回を超えた。
毎日新聞の調査で、センターの常勤医が2人以下の施設が17カ所あった。日本救急医学会認定の専門医は2850人(09年1月現在)いるが、都市部に集中している。調査にも「常勤の専門医がいる都市部はまし。地方は崩壊寸前」との悲鳴が寄せられた。
一方、都市部が「恵まれている」わけでもない。関西の大学病院救命救急センターには、専門医を含め10人の医師が所属する。だが、泊まりの翌日も休みではなく、連続40時間近い勤務になることもある。このセンターも宿直扱いで夜間の急患に対応する。労基法で認められる宿直は週1回までだが、月平均7回もある。
今月中旬、午前3時過ぎに救急隊から連絡が入った。患者は錯乱状態で暴れる18歳の女性。恋人から暴力をふるわれパニック状態だった。「(高度医療を担う)センターが担当すべき患者ではないが、『暴れている』と聞くと他の病院は尻込みする。我々が受けるしかない」と50代の教授。同じころ、救急科病棟で、高齢の男性入院患者の容体が悪化した。肋骨(ろっこつ)を折り、自力呼吸が危うくなっていた。担当医(28)は「気になって離れられない」と、この日で7連泊目。
教授は「熱意だけで続けられる仕事じゃない。ただ、そういう働き方を戦力として数えているのが現状」と語った。【河内敏康、奥野敦史】
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■ことば
心筋梗塞(こうそく)や脳卒中、交通事故など命にかかわる重症救急患者を受け入れ、高度な医療を提供する医療機関。医師や看護師を24時間体制で配置することが求められている。内科、外科、脳外科、循環器科、小児科などあらゆる病状の患者に対し、チーム医療で対応する。
毎日新聞 2009年5月24日 東京朝刊