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2006/03/31のBlog
[ 16:12 ] [ サッカー練習日誌 ]
2006年3月30日(木)晴れ

西日本フェスティバル第3戦。

【対戦&結果】
会場:富岡東高校。
対戦相手:柳学園高校
11:00AMアップ開始。
11:30AMキックオフ。

結果:0一1(前半0一1、後半0一0)敗戦。

【ポジション】
前半30分 3一4一3 
 
FWーー西川2ー正森1ー須賀2 
MFーーーーーー石井3
ーーー佐藤1ーー山田1ーー山脇2
DFーー須藤2ー広瀬1ー岡田1
GKーーーーーー川原2 

サブ 尾形2、大庭2、天野2
欠場 杉本2
欠席 弓場2、藤井2、神原1

後半30分 3一4一3
 
FWーー西川2→天野2ー正森1→西川2ー須賀2 
MFーーーーーー石井3
ーーー佐藤1→大庭2ーー山田1ーー山脇2
DFーー須藤2ー広瀬1ー岡田1
GKーーーーーー川原2 

【総評】
相手チームの柳学園高校は今回初顔合わせ。兵庫県も全般的にレベルが高いので好チームと予想。こちらは2試合目なので、選手達はかなり疲労ぎみ。前の試合と同様に、前半風上でグランドコンディションの良い方のエンドを取って作戦通りのスタート。最初はこちらが押し気味に進めたが、再三再四のチャンスをはずし、ムードが悪くなる。そこに逆襲を食らい右サイドからのセンタリングに左サイドの選手が中央でフリーのヘディング。これが綺麗に決まって1失点。その後もほぼ互角で一進一退の0一1でハーフタイム。後半も一進一退が続いたが、最後にこちらが攻めて決定期が訪れるが、山脇2がはずす。後半の後半は足が止まり防戦一方となったが何とか逃げ切って終了。やはり1時間半おきの2試合はきつかったようだ。試合そのものは悪くはなかったが、大事なところでミスが出て失点、大事なところでミスが出て無得点となった。

一応私の阿南高専指導は1年半続いたが今期のここまでで終了。長いこと皆さんどうもありがとうございました。
[ 15:56 ] [ サッカー練習日誌 ]
2006年3月30日(木)晴れ

西日本フェスティバル第2戦。

【対戦&結果】
会場:富岡東高校。
対戦相手:泉陽高校A。
8:00AM集合。
8:10AMアップ開始。
9:00AMキックオフ。

結果:2一1(前半1一0、後半1一1)勝利。

【ポジション】
前半30分 3一4一3 
 
FWーー西川2ー正森1ー須賀2 
MFーーーーーー石井3
ーーー佐藤1ーー山田1ーー山脇2
DFーー須藤2ー広瀬1ー岡田1
GKーーーーーー川原2 

サブ 尾形2、大庭2、天野2
欠場 杉本2
欠席 弓場2、藤井2、神原1

後半30分 3一4一3
 
FWーー西川2ー正森1ー須賀2 
MFーーーーーー石井3
ーーー佐藤1ーー山田1ーー山脇2
DFーー須藤2ー広瀬1ー岡田1
GKーーーーーー川原2 

【総評】
相手チームの泉陽高校Aは今回初顔合わせ。大阪は全般的にレベルが高くしかも200高校程度ある中でベスト32に入っていると聞くチームなので、慎重かつ大胆に試合運びするように指示。前半風上でグランドコンディションの良い方のエンドを取ってスタート。作戦通りコンディションの悪いキーパ前でどろんこ相撲となる。お互いに一進一退が続いたが、徐々にこちらのペースになり、前半後半相手の足が止まったところで、左サイドの須賀2から右サイドの西川2にロングパスが通る。それを西川2がドリブルしてシュート、惜しくもバーにはじかれたが正森1がプッシュして1点目。前半は1一0で終了。後半風下になりボールが流される展開でなかなかゴール前から出せない状況が続く。相手のロビングが守備広瀬1とキーパ川原2の交錯となり転がったボールを決められて失点。その後、一進一退が続き、後半の後半右サイドから出たボールを正もりがシュートキーパのはじいたボールを西川2が押し込んで2点目。その後も一進一退が続いたが2一1で試合終了。
2006/03/30のBlog
”PSE法案(電気用品安全法)”というのは、いったいだれが作ったのだろうか?

しばらく前のニュースで、経済産業省のとある若手女性官僚がブログを立ち上げていろいろ話題提供して人気者になったが、ある時このPSE法案のことを話題にしたらとたんにめった打ちの”炎上”となり、せっかく作ったブログを閉鎖してしまった、というようなものがあった。

私はこれを知った時には、”PSE法案”のことは全く知らなかったので、気にもしていなかったが、その後の顛末で、この法案の”ずさんさ”を知るにつけ、あまりの無知蒙昧の数々にへどの出る思いであった。

中古販売、あるいは中古品売買というものは、昨今のネットオークションを見るまでもなく、これはいにしえの時代から綿々と続く人類の”一つの文化”である。ハードオフやブックオフなどの店頭販売、あるいはフリーマーケットやガレージセールなどの出店的な販売などどこの国にもある、市場原理の”風物詩”である。

これを商品の”安全性”という微細にこだわり森を見ず、この本末転倒の発想の賜物がこの4月から施行されるという”PSE法案”であろう。

中古品を買うという行為は、基本的には”自己責任”の問題である。中古品の売買は商品と金銭のやり取りが終われば完了という単純なものである。よくテレビの鑑定番組をみれば分かるように、多くは”まがいもの”を高く買わされる。これを売った人の”詐欺行為”と受け取るか、買う人の嗜好のせいと受け取るか、は議論の別れるところだが、大方自己責任として笑ってすませるものである。

中古品販売は、新品販売同様に”経済の一番基本に属する”行為と言えるだろう。なぜなら、新品といえども、中古かどうかの判断はかなり微妙なところがあるからである。作り立てが新品なのか、工場に少しでも棚さらしされたら新品ではないのか、古くても人に売られていなければまだ新品なのか、店に置かれたものは新品なのか中古品なのか。

このように商品を新品か中古品かに区別すること(つまり定義すること)は、人の美的感覚や審美感に等しい程、本当に難しいことなのである。およそ、この”PSE法案”を思いついた官僚たちの想像以上に奥の深いものである。事実、商品のこういった価値変化を研究する学問が、実は「会計学」というものである(#83 「教計学」って何?、3月10日2001年、参考。)

そこでは、私はこう書いていた。

”10数年ほど昔、ある会計学者の方から「物の値段はどのようにして決まるのか?」知ってるかと聞かれたことがある。会計学の立ち場では、インプット(収益)としての「収入」とアウトプット(消費)としての「支出」だけがあり、この2つ(収入と支出)の記録されたデータとしての「バランスシート」だけがある。

個人消費で見た場合、物の見かけの「値段」は、ある時刻における「支出の大きさ」として「記録」される。今日1000円で買った物は、明日には900円になるかも知れないし、1100円になるかも知れない。また、自分が新品10万円で買ったパソコンは新品を今すぐ売れば10万円で売れるかも知れないが、例え全く使用せず新品のままであったとしても何ヶ月先には5万円でしか売れないかも知れない。そして、1年先には全くゼロの値段になるかもしれない。つまり、「物を買った時、その物品の「減価償却」(物を買って使い支出した分の元を取ること)は何年と考えればいいのだろうか?」というのである。

このように、物の「値段」は、その物そもそもの「価値」とは関係してはいるものの、全く同じではない。物の値段は、かなりその物と周りに出回っている他の類事物との「相対的な価値」、物としてのその物自体の「寿命」、またそのときどきの貨幣流通量など「経済状況」、そしてどのように使用したかの「使用量」などのさまざまな要因に基づいて決まるというのである。「減価償却」と言ってもその「減価償却年数」(何年で元を取れるかの年数)や「減価償却曲線」(どのように物の値段が下がって行くかを示す曲線)は、どのように決まるのだろうか?というのである。(ちなみに、以上のことからも、会計学と経済学は全く異なるということがおおよそ分るだろう。)

この会計学の話は、何か物理学にも通じるところがあり、当時非常に興味深く感じたものである(実際、その方から聞いた話では、アメリカの会計学の大家には物理出身の人がいるとのこと。)しかし、今も私はその問いには答えられない。”

どうやら、この”PSE法案”を考えた輩は、会計学と経済学の区別が良く分かっていなかったようだ。(日本でいう会計学は、「簿記学」のことである。それは、本来の会計学のごくごく一部のことに過ぎない。)

経済学の基本原理、というか、”いろは”には、需要と供給がその商品の価値、つまり金額を決めるとある。確かにそれはその通りなのであるが、実際には、もっと複雑で会計学が考えるべき内容が豊富なのだ。さもなくば、新品が人手に渡った瞬間から値が下がるのはなぜか。

普通の商品(株以外)なら、人手に渡れば使わなかったとしても値が下がる。つまり中古品扱いになる。すべてが需要と供給だけで決まるのであれば、買った商品は未来永劫同じ値段を維持するはずである。しかしそうはならない。我が家のソニーのテレビは10年でおしゃかとなった。では価値はゼロか。普通の意味では価値はマイナスである。なぜなら今では経済産業省の作った法律のおかげで、電化製品の廃棄にもお金がかかるからである。

しかし視点を変えれば、豊富な資源の固まりである。なぜなら、壊れたテレビの中にある貴金属は集めさえすれば立派な鉱物資源となるからである。アフリカやブラジルに行って砂金を集めることを考えれば、集積回路に含まれた金を採集するほうがはるかに安くつく。この意味では、廃棄物といえども立派な鉱物資源なのである。

こういった中古品や廃棄物も自由に販売できないというのは、英語でいうところの"ridiculous"な(馬鹿げた)考えであろう。

私の個人的な推測では、日本の官僚に良くありがちな、”見え透いた”「影の目的」が潜んでいるということだろうと考えている。つまり、検査するための検査機器メーカーを作るか、あるいは検査機関(私的であれ公的であれ)を作って、将来の官僚の天下り先を確保しておこうという戦略の一貫だろうということである。つまり、電気製品に今のうちに”PSE法案”を作ってしまえば、検査機器メーカーが必要となるはずだし、いずれは公的検査機間の必要も出てくるだろう。だから今のうちに”PSE法案”を通してしまえ、ということだ。

今姉歯の建築偽装問題で建築業界は揺れているが、そもそもこれを作ったのは小泉純一郎とその時の建設省官僚小川忠男であったという(耐震偽装の”本丸”ついに明らかに)。この問題と似たような”構造”を経済産業省の”PSE法案”は持っているということである。国土交通省の道路公団問題ともまったく同じような”構造”を持っているのである。

それにしても、どうしてこういった”見え透いた手口”を次から次へと官僚は思い付くのだろうか。各省庁で必ず同じような手口で似たようなことをやる。おそらくどこかにその手口を書いたレシピのマニュアルが存在するのかも知れない。

もっと社会の大問題を解決してほしいものだ。しかし、単なる受験エリートの手におえるものではないのだろう。

ついでに言えば、そのうち文部科学省でも同じことをやり、”DSE(文書用品安全法)”なんていう法律を作り、”DSEマーク”のついていない書籍販売を禁止するなんていうことが出てくるかも知れないネ。

参考:
坂本龍一
2006/03/29のBlog
[ 17:58 ] [ サッカー練習日誌 ]
2006年3月29日(水)晴れ

西日本フェスティバル第1戦。

【対戦&結果】
会場:富岡東高校。
対戦相手:堺東高校。
0:30PM集合。
0:40PMアップ開始。
1:30PMキックオフ。

結果:0一0(前半0一0、後半0一0)引き分け。

【ポジション】
前半30分 4一4一2 
 
FWーーー西川2ーーー山脇2 
MFーーーーーー石井3
ーーー佐藤1ーー山田1ーー正森1
DFーー須藤2ー須賀2ー広瀬1
ーーーーーーーー天野2
GKーーーーーー川原2 

サブ 尾形2、大庭2、正森1
欠場 杉本2、岡田1
欠席 弓場2、藤井2、神原1

後半30分 4一4一2
 
FWーー西川2→正森1ーー山脇2 
MFーーーーーー石井3→尾形2
ーーー尾形2→大庭2ーー山田1ーー佐藤1
DFーー須藤2ー須賀2ー広瀬1
ーーーーーーーー天野2→石井3
GKーーーーーー川原2 

【総評】
相手チームの堺東は、大阪のチーム。昨年に続き二度目の対戦(昨年は0一1で敗戦)。大阪は全般的にレベルが高いので、失点を食らわないように注意深く始める。前半こちらのキックオフでスタートしたが、しだいに相手の早い出足の中盤に支配される。しかし、マークをはずさず注意深くプレーして失点を食らわなかった。しだいにこっちも攻めのリズムが出て、何度か好機が訪れたが、ボールが足につかずゴール枠をはずす。オーバーエージの石井3が秋の選手権以来の久しぶりの試合だったせいか、本来の調子が出なかった。最後まで一進一退で前半終了。後半、風下で不利になったが、前半同様一進一退。こっちのフリーキックのチャンスが2度あったが、ゴール枠をはずしつぶす。最後まで一進一退で共に決定シーンが作れず0一0で終了。阿南高専の選手は明らかに練習不足の観あり。出足に負ける。一対一に負ける。足がつる。これでは、せっかく来期T2昇格したとしてもすぐにまたT3陥落してしまうだろう。
[ 10:46 ] [ 大学・大学院 ]
学内手続き経ず4500万受領、京大教授を懲戒解雇

この記事を見ると、京都大学は、大学で定めた手続きを経ずに個人的借金返済目的で企業2社から4500万円を受け取った白川太郎教授(50、大学院医学研究科)を懲戒解雇処分にしたという。正しい受領手続きを怠ったために、懲戒解雇されてしまったのである。

この白川教授は、アレルギー研究の第一人者であり、アレルギー治療の最前線を突っ走る一人であったようである。(抗生物質使用はアレルギー発症をもたらすか?。)だから、私のようなアレルギー体質(花粉症等)を持った人間からすれば、実に”惜しい”人材ということになる。

そういう”優秀な”人材だからこそ、幾多の企業達が投資しても損はしないと考えて高額の研究資金を投入したのだろう。しかしそこに”落とし穴”があった。研究者としての力量に対する評価(研究資金)を自身への無償のプレゼントと錯覚してしまったのである。

一方、白川教授は、京都市内で記者会見し、

「正式に処分を確認次第、京都地裁に解雇無効の仮処分を申請する」

と述べたという。果たして今後の展開はどうなるのだろうか。


こうした研究者が出てくるといつも思うことだが、これまでこの研究者の研究のために費やされた税金のことを国の政治家や官僚、大学や当の研究者はどう考えているのだろうか、ということだ。

かつて拙著「何が科学をつぶすのか?」にも書いたことがあるが、一人の学生が一研究者として巣立つには少なくとも2000万円を下らない税金が投入される。その研究者が大学に職を持ち研究しはじめると、今度、年にこのくらいの税金が必要となる。そしてこの研究者が社会的評価を受けて社会的地位が上がれば上がるほど必要となる研究資金や人件費が増える。年に数千万円から1億円程度は要するようになるのだ。こうしておよそ20から30年の学識経験を積む間に少なく見積もっても数億円の税金がこの”たった一人”の研究者のために使われるのである(これは平均的なサラリーマンが生涯で稼ぐ金額、約2、3億円の数倍以上であろう)。

数億円の投資で、もし何も成果を生まなかったとすればどうなるのか。考え出した製品がこれほどの成果を生まなかったとしたらどうするのか。これが、今の日本の研究者の大きな問題の1つなのである。

数学者や理論科学者などは、人件費以外にはそれほどの金額は必要としないだろうが、それでも大学や研究所の研究者は同程度の予算が必要とされる。それゆえ、いかにアカデミックな分野とは言え、何がしかの成果をあげて、今度はそれを本や教科書の形で何がしかの生産物に変えて儲ける必要が出る。単に研究論文を公表したり特許を取っていれば良いというものではない。大学や国立の研究所に勤務するということ=投資を受けている、ということである。投資を見知らぬ人から受けているのであれば、それに対して見返りを供給しなくてはならないはずである。この辺の事がどうやら日本の研究者の場合にはあまり議論や考慮がされていないように私は感じるのだ。

大学院生の最初からこういったことを教育すべきであろうが、どうもこれが抜け落ちていて、大学で好き勝手なことをやっていれば、国民の要求を満たしているのだと錯覚している人々がほとんどである。好き勝手なことをやりたければ、他人の世話になることを極力避け、私のように自分のオフィスでそれを行うべきなのである。それが研究者の持つ責任というものだろう。

ワールドカップサッカーやワールドベースボールクラッシックの代表チームの一員となったにもかかわらず、その中で勝手気ままにやりたい、ということはあり得ない話なのである。代表に選ばれたからには、そこでプロの意地を見せ、そのチームの目的遂行のために全力を尽くさないといけないのである。スポーツでは誰が見てもそれは明らかなことだ。

ところが、大学や研究所の話になると、とたんにこのことが抜け落ちてしまう。どうしてそうなるのか、ここが私が阪大の大学院生時代から理解できなかったことなのである。大学生、大学院生という学生ですらいっちょ前に試験選抜を受けている。そして”税金を受けて”勉強させてもらっているのである。大学の研究者は、職をコネで得ようが得まいが、大学の代表者なのである。学生も教授も大学社会の代表チームの一員なのである。そこにはおのずとプロとしての行動というものがあるはずである。適当に毎日小学生が日記をつけるようにブログをつけるというのも趣味の一つかも知れないが、また個々の人生を楽しむというのも大事なことだが、大学の人には大学の人がやらねばならない本来の任務がある。そこのところを忘れてほしくはない。
2006/03/28のBlog
脳を活かせ!異分野の専門家、自由論議の研究会

によると、日本国内で「脳を活かす研究会」が発足。メンバーは、甘利俊一(理化学研究所脳科学総合研究センター長)、安西祐一郎(慶応大学塾長)、川人光男(国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所所長)、立花隆(評論家)ら約100人。

参加申し込み先は、こちら

あなたも参加してみてはいかが?

これをみても明らかなように、昨今では”脳科学ブーム”である。それもそのはず、1995年に科学技術基本法が出来、科学技術分野に年間約5兆円が投資される時代となり、脳科学にも毎年2000億円は下らない研究資金が投入されてきたからである。この成果、というのか、投資効果が今出て来て、空前の脳ブームを引き起こして来たのである。ブームというのは、巨大な波のようなもの。大波、ビッグウェーブが来れば、必ずその波にうまく乗るものと乗れないものが現れる。10年という年月ですでにここにもある意味で勝ち負けが出てしまったようである。立花隆、養老孟司、茂木健一郎などはうまくこの波乗りに成功した人々であろう。一方、この波に乗れなかった人々も世の中には多いのかも知れない。

一方、脳科学の本質的発展に貢献できるかどうか、あるいはできたかどうか、ということはこれまた別の問題である。世の中の一過性のブームというものとはまったく異なる次元で地道な研究の基に生まれるものである。私としては、こっちの方に真の意味で貢献してくれる人たちが現れることを心から期待したい。

マッカーロー-ピッツ理論、ミンスキー理論、マー-アルブス理論など脳理論の古典的なものもあるようだが、こういった重厚な古典理論をさらに発展させ、全く新しい次元のオリジナリティー豊かな理論に導く、というタイプの科学者もぜひとも現れてほしいものである。

単なる流行に流されず、大いなる川の流れの中で、一石を投じるというようなタイプの研究者、一般人などみじんも気にしないと言うような研究者もまた必要なのである。微に捕われず、細に留まらず、本質的な部分をパワーシャベルのごとき熟達の力で荒れ地を平地に変えてしまうような知の力を持つ科学者というものも捨てがたい魅力がある。私はこういう稀な人を待ち望む。
2006/03/22のBlog
ドラマ”アンフェア”や”N's あおい”を地で行く奇妙な裁判。

被告ら次々と退廷命じられる 筋弛緩剤事件の控訴審
筋弛緩剤事件、二審も無期懲役の判決
筋弛緩剤控訴審:守被告に無期懲役 仙台高裁・5件で有罪

私はこの「筋弛緩剤事件」は発生当時から非常に不思議な事件としてワイドバラエティー番組の取材を見ていた。何も原因も分からないまま、どんどん事件は進み、今や仙台高裁の控訴審判決にまで進んでしまったというわけである。


私の記憶では、守被告は准看護士として現場に居合わせただけのことで、それを事前に指示したとされたのは、北陵クリニックの院長、つまり実質的な経営責任者だった半田康延氏の”妻”、半田郁子副院長(当時。後に院長)であったと記憶している。この経営者とその妻はあくまで従業員看護士であった守被告の起こした事件として知らぬ存ぜぬを決めこみ今日に至ったようである。一方、守被告の妹さんだったか、フィアンセだったか、これから結婚をしていこうという若者がこんな犯罪を起こすはずがないというような主張をしていたという記憶もある。

疑わしきは院長夫婦と現場にいた准看護士の守被告だが、この3者にいずれもはっきりとした証拠があるわけではない。だからこそ本来は公平に調べるべきはずなのだが、一方的に守被告だけが被告人扱いされてもう時期良くて無期懲役(悪ければ死刑)の汚名を着せられるというのである。ところが、これほどの大事件を起こしたにもかかわらず、半田康延氏は現在現役の東北大学教授だという。この差はいったい何なのか?

被害者というものは、復讐心に燃え、その鬱憤ばらしができれば犯人がだれであっても良い。また事件の事は早く忘れたいと思うものであるわけだが、もし真犯人でないものが犯人扱いされて、真犯人がそのまま生きているとすれば、これまた恐い話であろう。

まさに昨夜最終回を終えたドラマ”アンフェア”や”N's あおい”を地で行くようなお話である。

”現実は小説(やドラマ)より奇なり”

というところだろうヨ。”フェア”な捜査を期待したい。



ところで、この守被告の”無念さ”というものは、かつて故柘植俊一先生が『反秀才論』で紹介した豪傑畠山重忠の無念と似たものであるだろう。(【252】 目の人耳の人:作曲家と理論物理学者は同類。そして西行法師と畠山重忠 2004/04/10(Sat)。拙著「柘植の『反秀才論』を読み解く」にも収録。)

鎌倉時代の武士畠山重忠は、自分が使えていた代官が不正をしたために、自分までその罪をかぶってしまい囚人として千葉新介胤正に召預けらた。その様子を見ていた千葉新介は、

「千葉新介、参じ申して云ふ。重忠召籠られてすでに七ヶ日を過くるなり、この間寝食共に絶ちおわんぬ。終に又、言語を発するなし。今朝胤正詞をつくして膳をすすむといえども許容せず、顔色漸く変ず。世上の事、終思切るかの由(現世に見切りをつけたの意か)見及ぶ所なり」

と頼朝に訴えた。これを聞いた源頼朝は驚いて、畠山重忠の領地を没収罷免しする形で命を助けたという。ふる里に帰る際、畠山重忠はこう言ったという。

「赦免された重忠はわざと重臣里見冠者義成の上座にどっかと座って、傍輩に、領地を拝領するときはまあず代官の器量を見定めるのが第一である。信頼できるのがいなければ領地はもらわない方がいい。重忠は身辺清潔を心懸け、貴公らとはちがうと内心うぬぼれていたが代官の不正でとんだ恥辱に逢った、といい、ふっと席を立って領地の武蔵の国に帰ってしまう。」

これを現在の医療分野に翻訳すればこうなる。

”病院で職を得るときはまあず院長の器量を見定めるのが第一である。信頼できる人物がいなければ職はもらわない方がいい。私は身辺清潔を心懸け、人とはちがうと内心うぬぼれていたが院長の不手際でとんだ災難にあった”

果たして守被告の冤罪を救う、昔の源頼朝のような人物は今の日本にいるのだろうか?


参考
重大証拠「薬剤混入血液サンプル」が消えていた!7・11「初公判」で有罪を立証できるのか?
検証 筋弛緩剤点滴事件
5回逮捕・4度目の起訴を追認するマスメディア
仙台・「筋弛緩剤」事件報道の犯罪

北陵クリニック准看護士筋弛緩剤投与事件
[ 15:26 ] [ 阿南市 ]
祝賀ムード一色 新阿南市誕生、活竹祭など多彩な催し

”光の街阿南”、”青色発光ダイオード”で有名な阿南市は、旧那賀川町(あざらしのナカちゃんでちょっと有名になった)、旧羽ノ浦町と合併し、この3月20日から新しい阿南市として始まった。人口はこれまでの約5万人から約8万人へと大型化した。記念式典は、昨日行われた。
[ 11:37 ] [ サッカー練習日誌 ]
2006年3月21日(火)晴れ

T3リーグ第7戦。

【対戦&結果】
会場:徳島東工業高校。
対戦相手:徳島工業高校。
1:00PM集合。
1:20PMアップ開始。
2:30PMキックオフ。

結果3一0(前半2一0、後半1一0)勝利。

最終成績:5勝1敗1分 勝点16

【ポジション】
前半35分 4一4一2 
 
FWーーー西川2ーーー山脇2 
MFーーーーーー須賀2
ーー杉本2→大庭2ー山田1ー尾形2
DFーー広瀬1ー神原1ー岡田1
ーーーーーーーー天野2
GKーーーーーー川原2 

サブ 弓場2、須藤2、大庭2、正森1、佐藤1
欠場 藤井2

後半35分 4一4一2
 
FWーーー西川2ーーー山脇2 
MFーーーーーー須賀2→尾形2
ーーーー大庭2ー山田1ー尾形2→佐藤1
DFーー広瀬1ー神原1ー岡田1→須藤2
ーーーーーーーー天野2→須賀2
GKーーーーーー川原2 

【総評】
相手チームの徳島工業は、T2下位からT3上位レベルのほぼ互角で、今期のT3では初戦から連勝を続け昇格に向けて意欲ある好チーム。今回初顔合わせ。快晴無風でほぼベストのグラウンドコンディション。前半は阿南高専のキックオフ。開始直後から再三再四こちらのペースで始まる。ほぼワンサイドになる。たくさんのチャンスがあったが今一歩で得点にならず。中半でハーフライン左サイドのフリーキックを広瀬1が前線右サイドへフィード、こぼれ玉を西川2が右サイド尾形2に送りそれを中央山田1が決めて1得点。数分後、今度は山田1から左サイド杉本に展開杉本がフリーでシュートして決まり2点目。直後杉本が負傷退場大庭2と交代。その後、何度か攻め込まれたが、安定して守備。また何度も絶好のチャンスがあったが惜しくも得点ならず。2一0で前半終了。後半相手のキックオフで開始。後半はほぼ互角の一進一退。後半足が止まり、流れが悪くなったが、左サイドから右サイド尾形2に渡ったボールをフリーでシュートが決まり3点目。これで勝負あり。最後まで一進一退で終了。選手のレベル、運動量どれをとっても互角。しかしなぜ3点差がついたかと言えば、最終ラインのマークと寄せの違い。ディフェンダーは決してマークをはずしてはならない。またフリーでシュートさせてはならない。この基本が守られている分だけ阿南高専に歩があった。徳島工業がこれを守って厳しいディフェンスをしていれば、1点差のゲームであったろう。
2006/03/20のBlog
[ 09:41 ] [ サッカー練習日誌 ]
2006年3月19日(日)雨のち曇り

T3リーグ第6戦。

【対戦&結果】
会場:貞光工業高校。
対戦相手:徳島東工業高校。
9:00AM阿南高専集合。バス出発。
1:00PM会場到着。
1:30PMアップ開始。
2:30PMキックオフ。
6:30PM阿南高専到着。

結果3一3(前半0一2、後半3一1)引き分け。



【ポジション】
前半35分 3一5一2 
 
FWーーーー西川2ーー須賀2 
MFー山脇2ーーーーーーーー佐藤1
ーーーー山田1ー杉本2ー尾形2
DFーー広瀬1ー神原1ー岡田1
GKーーーーーー川原2 

サブ 弓場2、藤井2、正森1
欠場 天野2、須藤2、大庭2

後半35分 4一4一2
 
FWーーー西川2ーーー山脇2 
MFーーーーーー須賀2
ーーー佐藤1ーー山田1ーー尾形2
DFーー広瀬1ー神原1ー須藤2
ーーーーーーーー杉本2
GKーーーーーー川原2 

【総評】
相手チームの東工業は、本来T2上位から中ぐらいレベルのほぼ互角のチーム。1年半前のT2リーグ以来2度対戦し一喜一憂するライバル校。昨期から阿南高専同様下位4チームがT3陥落したために現在T3の上位にいる好チーム。会場は集中豪雨の後のグラウンドのために抜かるみボール回しはできない最悪のコンディションで試合開始。前半は東工業が風上に立ってこちらのキックオフ。開始直後から再三再四相手のペースで始まる。ボールが風に戻され、パスが雨水や水たまりで止まり、ほとんどどろんこ状態のラグビー状態。中半で相手のロングシュートが風に乗って決まり失点。しばらくしてコーナーキックのクリアミスから2点目の失点。自信を失いかけたので、切り替え集中させる。何とか2失点で乗り切る。ハーフタイムは相手は元気一杯、こちらはお通夜のように元気ない。そこで今度は風上に立つから点が入るから心配せずにまず最初に1点を取ること、ロングシュートを打つことを要求。相手のキックオフで後半開始。勢いのある相手が再三ロングパスで裏をつこうとするが風に押し戻され、徐々にこちらのペースになる。10分まで一進一退。相手が少し疲れたところで中央フリーになった山脇2が冷静に1点。選手は少し勢いが出る。押せ押せムードになり、5分後に中央突破を計った西川2がロングシュートで2点目の同点。こちらは元気一杯、相手は焦りはじめる。また残り10分のところで中央から山田1が切り返してシュート3点目。その後、吹っ切れた相手が最後の怒濤の攻めに転じる。後残り5分でさらに猛攻し、ロビングがロングシュートになり、ゴール左角に入る。同点。後は一進一退。最後にこちらのコーナーキックのチャンスがあったが、つぶれて試合終了。実力的には全く互角の試合。雨で抜かるみ水たまりがたくさんあるグラウンドと強風のために試合がどちらに転ぶか分からないという最悪のコンディションで最初に2失点。もう1点で試合が決まるという試合を引き分けに持ち込んだことは大きい。相手にしてもそうだろう。選手達は苦しくても冷静かつねばり強く行えば勝機が出るという教訓を学べたことだろう。

【その他の試合結果】
脇町(T3)5一2徳島工業(T3)
名西(T3)3一0徳島文理(T3)
2006/03/17のBlog
日本4強、3度目の韓国戦にリベンジ誓うWBC
日本の準決勝進出決まる、米がメキシコに敗退WBC

オブリガード、メヒコ! サンキュウ、メキシコ。メキシコよ、ありがとう。
WBCでなんとメキシコが2対1でアメリカに勝ち、日本がWBC準決勝に進出した。

韓国戦で、韓国人の対日本人への”執念”の強さを日本の野球も思い知ったことだろう。韓国人は韓国がアメリカやどこのチームとやって負けようがとにかく日本にだけは勝ちたいという気質を持った国である。永年日本サッカー界もこの韓国人の日本人に対する執念に”煮湯”を飲まされて来た。何度もワールドカップ出場の一歩手前で待ったをかけられて、昨夜の韓国戦のような、いたたまれない気持ちを感じて来たのであった。やっと野球人もそれを思い知ったというところだろうか。まあ、80年に渡る日本人支配に甘んじたことに対する強烈な恨みがそこにはある。

こうして、韓国人の復讐の執念の前に日本チームはは負け、2次リーグ敗退し帰国するかに見えた。

ところが、今日の最後の一戦、メキシコ対アメリカでその”出来事”が起こった。メキシコが2対1でアメリカに勝ち、失点率でかろうじて日本が2位に入り、準決勝進出取り、今度3度目の韓国戦となったのである。

ところで、サッカーのワールドカップでは、予選リーグを勝ち抜いて決勝トーナメントに入る時には、必ず同じリーグの1位、2位は別のリーグの2位、1位と戦う。WBCは、どうもサッカーのワールドカップのことは全く知らないようで、自国の野球のプレーオフ方式の延長で考えているように見える。キューバ対ドミニカ、日本対韓国より、まずはキューバ対日本、ドミニカ対韓国で行くべきであろう。

まあ、いずれにせよ、3度負ければ、韓国リーグの方が日本リーグよりレベルが高いということの証明であり、いよいよサッカーも野球も韓国の方が上ということになる。冬のオリンピックも夏のオリンピックも韓国の方がすでに上に行ってるわけだから、よほど本気でスポーツ助成しないかぎり日本のスポーツに明日はない。

日本の文部省は科学技術庁と合併して文部科学省になったばかりにスポーツも勉強もダメにしたと言われないようにして欲しいものである。やっていることは科学技術基本法で科学分野に湯水のように税金の垂れ流しをしているだけだからネ。
2006/03/16のBlog
[ 10:19 ] [ ボブスレー ]
ちなみにいくつかのボブスレーチームのオフィシャルサイトを紹介しておこう。

アメリカ:USA Bobsleigh team




ジャマイカ:Jamaica Bobsleigh team
クールランニングのジャマイカチームはチームの図柄入りTシャツを売って資金調達。




マンガ:保険会社
2006/03/15のBlog
最近、私のエッセイ「日本のボブスレー、”氷上のF1”参戦決定!」にコメントをつけてくれた、日本のボブスレー女子強化コーチのジャンボさんと個人的にコミュニケーションを取ったところ、日本のボブスレー界の現状を教えてくれた。せっかくの機会なので、以下にそれを紹介し、これからの日本ボブスレー開発に参加してくれる人が少しでも増えることを期待したい。


現在のランナー(ボブスレーのそりの”刃”のこと)は純国産品で、ある大学の研究者の人が個人的に協力して製作したものである(この研究者の方には心からの賛辞を送りたい。御苦労さまでした)。しかし、個人の力でできることは限りがある。風洞実験をするにも数時間で50万円の経費がかかるため実験はできなかった。この意味ではまだ不満足で不完全なものだが、その段階でソルトレーク・オリンピックやトリノ・オリンピックに参加せざるをえなかったという。

練習やワールドカップ参戦のために海外遠征に行くにしても、現在はスポンサーがなく、JOCからの助成金も削減の一途。選手1人の自己負担金は「180万円」に及ぶというのだ。オリンピックに出るためにはその前のワールドカップで出場ポイントを獲得しないと出られないため、自腹を切って身銭を出して選手はワールドカップ参戦しているという。現状はだいたいこんな感じである。

こんな状況にも関わらず、ボブスレー女子”チーム日本”はトリノ・オリンピックへ参加したのであった。これが、ちょうど私が最初にあげたエッセイを書いた時のことであったらしい。結果は、15位日本、前半は15位 ボブスレー女子2人乗り)。これほどの状況で15位に入ったというのは、実に立派だと私は見る。


では、

”今後のオリンピックで金メダルを取るために何が必要か?”、

と言えば、まず第一は”予算”であろう。選手が自腹を切ることなく遠征でき、トレーニングできる最低限の予算が必要である。そして当然練習用のボブスレーから試合用のボブスレーのための予算も必要であろう。これが賄われて後、あとは”世界最速”の”ボブスレー開発”だけということになる。これらが必須条件となる。

そこで、私はジャンボさんの質問を受けて、日本には航空流体力学の素晴らしい専門家たちや優秀な企業群があるので、そういったところから協力者を求めてみたらどうか、ということで、「日本のF1メーカーよ、ボブスレーに参戦しよう!」で紹介したというわけである。しかし、日本ボブスレー界は日本の科学工学分野の人々とはあまり交流したことがなく、いったいどこからコンタクトをとったら良いのか分からない。

もしここを読んでいる方々で国立大学や国立研究所や企業に所属の方々で日本のボブスレー開発に挑戦したい方、それに協力を惜しまないという方は、ぜひ御連絡いただければ幸いである。


ボブスレーは、「自動車のF1」に似ている。4年に1回しかないことからすれば、「ヨットのアメリカズカップ」にもっと似ていると言えるかも知れない。そして、ボブスレーの水準はその国の科学技術の水準や経済状況などを指し示す一つの指標のようなものである。それゆえ、”氷上のF1”という呼び名が生まれた。ボブスレー開発には、金銭面、研究面、製作面、選手との協力などのすべてが必要なのだ。あらゆる意味で”科学的”なのである。ボブスレー開発で科学者や技術者の方も多くを学ぶことができるだろう。非常に面白い研究テーマとなるはずである。

ぜひ良き協力者が現れ集うことを心待ちしたい。

【写真1】ボブスレー男子4人乗りで金メダルに輝いたドイツのボブスレー
ドイツが4連覇 ボブスレー男子4人乗り

【写真2】ボブスレー男子4人乗りで金メダルに輝いたドイツのボブスレー
Gold medalists German bobsleigh
パイロット:Andre Lange
チームメイト:Enrico Kuehn, Kevin Kuske and Carsten Embach

【写真3、4】ボブスレー女子2人乗り日本のボブスレー
チーム日本
パイロット:桧野真奈美(十勝エコロジーパーク財団)
ブレーカー:長岡千里(ニッシン)
結果は、16チーム中15位(1チーム途中棄権)に終わった。

【写真5】ボブスレー男子2人乗りで金メダルに輝いたドイツのボブスレー
パイロット:Andre Lange
2006/03/13のBlog
判定覆り日本の勝ち越し点消える、王監督抗議 WBC

いやはや、アメリカにも”腐った白人”はまだまだ健在。まったく困ったものである。

今朝ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の2次リーグ初戦、日本対アメリカの一戦は、かつてシドニー・オリンピックで柔道の無差別級決勝ドゥイエ対篠原の一戦以来のミスジャッジで日本がさよなら負けとなってしまった。私は妻といっしょにこの一戦を見ていたが、なんとも”後味の悪い”最悪のゲームとなった。これを見ていたイラク人なら”自爆テロ”を起こしかねないというような不様な審判であった。

かつてシドニー・オリンピックで柔道の無差別級決勝ドゥイエ対篠原の一戦で、ドゥイエの捨て身技を返し技一本で篠原選手が見事に一本勝ちしたと思った瞬間、ニュージーランド出身の”白人”審判が、判定を覆すどころか、逆に相手の技が決まったと判定して篠原選手が負けになってしまったという大事件があった。

これにさらに輪をかけたような審判が今朝ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の2次リーグ初戦、日本対アメリカの一戦で登場したのである。この”アメリカ白人”の審判は、デビッドソン球審という人物であるという。

アメリカのホームゲームのひどさというのは、アメリカ建国以来(たぶんそれ以前のイギリス人の時代から)のことのようだ。どのスポーツにも多少こういったものはあるが、アメリカのは凄い。一般に不公平きわまりないものだ。(相手に公平を求めるのに自分には不公平で良いという非常に不思議な特徴がある。)

かつて私がユタ大にいた頃の話。ソルトレーク市の隣プロボー市にブリガムヤング大(BYU)というモルモン教徒の大学があった。ここのアメリカンフットボールチームは強くて有名で、全米でも必ずトップ10に入る名門であった。このチームの試合は非常に素晴らしく、また優秀な選手もいて私もファンであった。しかし、いつも見ていて驚いたのは、地元で行われるホームゲームでは、最初にどんなに負けていても最後には必ず勝ってしまうのである。それもそのはず最後のクォーターになると、相手のやることはことごとく反則になり、どんどん点が入り、最後には逆転のトライで大逆転で終わるからである。いつもこのパターンであった。そしてそれをまた地元ファンが大騒ぎで喜ぶのである。まるで水戸黄門のようなもので、最後にこの印篭が目に入らぬか、控えおろう、で終わるというようなものである。

今朝の日本対アメリカ戦もこれと全く同じであった。最初は日本が得点し、3一1でリードしてた。この時にアメリカのチャンスが出ると、とたんにデビッドソン球審がピッチャーに”いちゃもん”を付けはじめた。”つばのつけかたが悪い”と言って英語の分からない日本人選手に横柄な態度で威嚇したのである。ピッチャーは何だか良く分からない内に投げ、集中が切れてコントロールが定まらなくなり、ランナーを出したところで、いわゆる”ボールを置に行って”ホームランを打たれて同点。そして、8回。日本は岩村のフライで見事なタッチアップで得点と思った矢先に、負ければ監督が首になるかも知れないプレッシャーのある米国のマルティネス監督がクレーム(これはある意味で当然。理解できる)。それが、塁審はセーフと言っているのに、デビッドソン球審は独自の判断でアウトにしてしまったのである。その後何度もテレビがその場面をくり返して放映したが、身体がボールを取る前に動いただけで、足はきっちりベースを踏んでいたのである。そしてその裏についにさよならとなってしまった。

これを見ていて私はBYUを思い出した。そして”アメリカ白人いまだ健在だなー”という印象を受けた。

理由は良く分からないが、アメリカという国に限らないが、いわゆる”イギリス系の白人の国”には必ずこういう人物が誕生するように見える。篠原戦のニュージーランドの白人審判、かつてモハメッド・アリなどアメリカの黒人ボクサーたちが辛酸を舐めさせられた白人審判、最近では、マイケル・ジャクソンを執拗に追求するロスの白人警官、そして今回の白人審判デビッドソン球審。だから、これはおそらくイギリス人の遺伝子の問題なのであろう。即刻遺伝子組み換えの遺伝子治療をして欲しいものだ。

実はこれが今は亡き柘植先生が「反秀才論」で論じ、以前私が「【235】 花のある線形モデル:戦前のゼロ戦開発 2004/03/26(Fri) 」で紹介した西洋人(特にイギリス系の人種、アングロサクソン、バイキングの子孫)の問題なのである。まあ、問題と言うよりは、共通の性質というべきだろうが。

そこにはこう書いていた。

”アメリカNASAエイムス研究所で前後10年の生活があった柘植は、この段階で、欧米人がこのような中傷を行う時の理由というものを知っていた。

「私はアメリカにいて、白人がこういう中傷のしかたをするときは必ずその裏に覆いがたい敗北感があるときだ、と知るようになった。」

さらに、悪いことに、書物はそれがウソ八百が書かれていたとしてもなくならない。こういうことが起ると柘植はいう。

「相手が人間ならば、この手に対応する最も有効な方法は相手の眼の奥をジッとのぞきこんで、それから片頬でチラと冷笑することであろう。しかし、相手が書いたものであるときは始末が悪い。本当のゼロ戦を知っている人、特にこの悪魔を相手に戦ったパイロットは遠からず全員いなくなるのに、書いたものは真贋を問わず残るからである。今我々が手にしている歴史の本というものの本質も、所詮そういうもんであろう。私がかけだしの頃、同じ職場で働いたことのあるこの天才設計者のことを思って、英語が『世界語』であるだけによけい気になるのである。」

さらに、こと”ゼロ戦に限って”は、アメリカ人よりイギリス人の方が中傷が悪質であると、柘植はいう。その理由は、イギリスには、ゼロ戦と同じ設計思想に基づくアイドルの”スピットファイアー”戦闘機があり、度重なるナチスドイツのロンドン爆撃というイギリスの最も苦しい時期を支え、ハインケル爆撃機を掩護してやってくるドイツの神話”メッサーシュミット”戦闘機と戦って本土を守ったという栄光の歴史を持っているからである、という。つまり、イギリス人にとって、われらが”スピットファイアー”が、日本の”ゼロ戦”に負けようはずがない、という思い込みがある。しかしそれがもろくもそうでなかったと分った時、それは今度は強烈な憎しみに変る。そして中傷するというのである。”

要するに、ドリームチームのアメリカが最強メンバーでない日本に実力で圧倒されて負けそうになり、審判も含めてみんなでアメリカの面目丸つぶれを阻止しようとした。だからアメリカの面目丸つぶれを避けるために、デビッドソン球審は”ルールまで無視した”ということなのである。まあ、言い換えれば、”日本が異様に強かった”と認めたということである。しかし、公式結果が日本の負けなのだから、それでは困るわけだ。

しかし、およそアメリカに住んでこういった”後味の悪さ”というものを経験したことのない人間はまずいないだろう。それは人種や国に依らないはずである。それは多くは善良な白人なのであるが、中には必ずこういうタイプの人物もいるからである。

BSE問題でアメリカの農務省代表者もこういったタイプである。他人のクレームに対しては「BSEになるより飛行機事故の確率の方が高い」などといってお茶を濁すが、逆に自分の他人へのクレームは非常にきつい要求を行う。まさに今回のアメリカの球審と同じ対応と言える。

まあ、私は国粋主義者でも何でもないが、せめてスポーツぐらいは審判だけでもフェアにやって、真の実力世界一を決めて欲しいと思っている。金や面目で勝敗を決められたのでは少しも面白くない。野球はボクシングとは違うのだというところを見せてほしいものである。がしかし、それは難しいのかも知れない。

”やっぱりベースボールにはワールドカップは無理だ”

とドイツ人に大笑いの種にされているのではないだろうか。せめてサッカーのように、審判は試合をやっている当事国以外から出すべきだろうヨ。
現役の日本ボブスレー女子強化コーチのジャンボさんが、「日本のボブスレー、”氷上のF1”参戦決定!」を読んでコメントをくれたので、こちらにその返答をまとめておきたい。

まず、日本の航空流体力学の専門家は、かつて拙著「柘植の『反秀才論』を読み解く」にも紹介しておいたように、大学や企業や国立の研究所などいろんな分野に分散している。インターネットで簡単に検索できる範囲でしかないが、日本のこの分野の専門家は、だいたい以下のような場所にいるようだ。(もちろん、もっと他の場所にもいる。)

【航空宇宙流体力学に関する学会】
日本航空宇宙学会
日本流体力学学会
など。

【航空宇宙流体力学講座のある大学】
東北大学
名古屋大学
首都大学東京
九州大学
大阪府立大学
首都科学技術大学
日本大学
東京大学
など。

【航空宇宙流体力学に関する研究機関】
JAXA(航空宇宙研究開発機構)
流体物理研究所
など。

【自動車デザインのある学校】
国際自動車工科専門学校
東京コミュニケションアート専門学校
など。

【自動車会社】
日産
Toyota
など。


そんなわけで、私としては、もし日本のボブスレーチームが新しいボブスレー開発を手掛けるのであれば、まず日本航空宇宙学会に声をかけて専門家の居場所を教えてもらうことだろうと思う。そうすれば、きっと具体的な研究者がリストアップできるだろう。次に、実際の設計やデザインや製作などでは、大学や研究所や専門学校や自動車会社などの研究者やデザイナーに協力してもらう。そして大学や研究所で風洞実験をしてもらう。後はテスト走行する。これをくり返して最適な最新型を次のオリンピックまでに作り参戦する。まさにF1と同じようなチームが必要になるのだろう。

ほんと日本のF1メーカーやJAXAの協力が待たれるところ。
2006/03/11のBlog
俗に”天才スケーター”と呼ばれる女子フィギュアの選手には、どうやらほぼ似たような成長過程があるように見える。

(あ)だいたい小学校に入るか入る前くらいでスケートを始める。
(い)そして毎日練習して、小学校の高学年までに3回転ジャンプができるようになる。この頃「”天才スケーター”現る」ともてはやされるようになる。美少女ならなおさらのこと。
(う)そして中学生のうちに3回転半トリプルアクセルや4回転ジャンプ(つまりその時代の最も難しい技)を飛べるようになる。この15歳以下のジュニアの時が”技術的”には最高潮となる。
(え)そしてこの時期から高校生までに成長期を迎え、徐々に少女の体型から大人の女性の体型に変わる;背が伸び、体重がつき、また身体が女性化して筋力が弱まる。
(お)すると、それまで飛んでいた3回転半トリプルアクセルや4回転ジャンプが嘘のようにできなくなる。
(か)そこで、ジャンプ主体から表現力主体の方向転換を迫られる。
(き)これに成功したものは飛躍して完成するが、失敗したものは不完全な選手へと変ぼうしてしまう。

とまあ、だいたいこんなストーリーだろう。

現在、安藤美姫選手や浅田真央選手がちょうど(え)(お)の時期を通過中。一方、荒川静香選手は(き)の段階で成功したのである。

これは、何か野球のピッチャーが、最初は豪速球投手で鳴らすが、高齢化とともにしだいに筋力が弱まって軟投型のピッチャーに変身するというのと似ている。あるいは、サッカーでは、若い頃はフォワードでストライカーであったものが、年齢とともにポジションを下げ、晩年にはディフェンダーになるというのとも似ている。

これは、ある意味で、スポーツマンの”宿命”の1つなのかも知れない。つまり、”老化現象”なのである。この老化現象がフィギュアスケートの選手では非常に早くやってくるということである。

したがって、この観点からすれば、浅田真央選手が年齢制限のために今回トリノ・オリンピックに出られなかったというのは非常に痛かった。”歴史的な損失”であったとすらといえる。ひょっとすれば女子選手がオリンピックで4回転を飛ぶ、最後のチャンスであったかも知れないからである。浅田選手自身、これから2度と4回転ができなくなるかも知れないというその臨界期の一歩手前だったかも知れないからである。同じように中学時代軽々4回転ジャンプを飛んでいた安藤美姫選手が現在4回転が飛べずに苦悩する姿を見ればこの意味が分かるはずである。

果たして女子フィギュア選手にとって4回転ジャンプは”幻のジャンプ”なのだろうか?

私の答えは、今の育成方式ではイエス、育成方式を変えるならノー、である。

【今の育成方式を続けた場合】
女性の大形化やスケート本来の美しさを追求するフィギュアのスタイルと、4回転ジャンプという最高技術を追求するスタイルとは矛盾する。つまり、”美しい”フィギュアスケートであろうとすればするほど女性化し、筋力を要する4回転ジャンプはできにくくなる。一方、筋力をつけて4回転をめざせば、女性は小型化し、筋力のあるマッチョな選手が有利ということとなる。

これは、ちょうどチャフラフスカ選手の時代の体操女子と同じような時代に今の女子フィギュアの時代が差し掛かっているということである。技の高度化と女性本来の美しさが拮抗し、どちらを優先するかのジレンマに陥っているのである。

この問題に対して、体操は、技の高度化を目指した。その結果、選手は少女のように小型化しティーンエイジャーが全盛期のスポーツとなった。この代表がコマネチ選手であった。一方、”美しさ”を目指す体操として新たに”新体操”が誕生した。

おそらく、女子フィギュアも体操と同じような道を歩んでいくのだろうと私は個人的に想像している。近い将来、女子フィギュアも、技の高度化を目指したフィギュアと美しさを目指したフィギュアの2つに分かれるかも知れない。

【今の育成方式を変えた場合】
では、今の育成方式を変えた場合はどうか。何をどう変えるべきなのか。私はこのモデルとして女子マラソンなどの陸上選手がちょうど良いと思う。陸上選手もスピードなどの意味で高度化が必須である。しかしそれは女性本来の美しさとは相容れない。

この問題を陸上の選手はどう補ったか。それは、”筋トレ”によってである。すでに”センス”だけでは陸上は早くなれない。その後は筋肉を増強することでスピードを増すのである。

女子体操でこの意味で時代を変えたのはアトランタ・オリンピックの時のアメリカのレットン選手であろう。この時から女子体操に筋トレが導入されるようになった。女子体操に男子並みのパワーが必須とされるようになった。

私の個人的印象では、今こそ女子フィギュア選手にこの”筋トレ”が必要な時代となったのではないかと思う。女子陸上選手のように、引き締まったセクシーな筋肉美とスタイルを合わせ持つ女子フィギュアの時代へと変ぼうすべき時代なのである。それ以外に女性は4回転、4回転半ジャンプは実現できないだろう。

私はこう考えているのだが、果たして未来の安藤選手や浅田選手は、女性の美しさを保ったまま、4回転を飛ぶ日が来るのだろうか?

彼等の挑戦を待ちたいところである。
2006/03/10のBlog
[ 10:39 ] [ スポーツ ]
浅田真央は2位、連覇ならず フィギュア世界Jr.

「いやー、早いなー」というのが私の正直な印象である。

私は、ここ数年、個人的に「スポーツ選手とコマーシャル」や「スポーツ選手とテレビ出演」というテーマでいろいろ意識的に観察して来たが、そこで一応私が得ていた分析結果を典型的に示しているのが、今回の浅田真央選手の絶不調による2位であろう。(もちろん、優勝した韓国選手の成長も見のがせないが。)

私は、だいたい次のような傾向を認めている。それらをメモ代わりに、簡単にまとめておこう。

【スポーツ選手とコマーシャル】
”スポーツ選手(特にアマチュア選手)が、テレビのコマーシャルに取り上げられると、その直後から本業の成績がとたんに落ちる。”

マスコミに注目されると、マスコミ関係者や熱烈なファンが金魚の糞のようについて回るようになるので、競技に集中できず、不調をきたすということである。例えば、トリノ・オリンピック前後の安藤選手や今回のジュニア選手権の浅田選手がこれである。

【スポーツ選手とテレビ出演】
”スポーツ選手(特にオリンピックでメダリストや好成績をあげた選手)が、テレビのトーク番組に出演すると、その選手の引退が早まる。”

オリンピックなどで好成績をあげるとマスコミがちやほやし、ちょっとトーク番組などのテレビに出ると、それまでの年収に相当するお金の出演料が手に入るので、厳しく苦しい選手生活よりそっちの方がはるかに楽であると思って引退して芸能人になろうとするという傾向のこと。例えば、吉本系列などのテレビのトーク番組にスポーツ選手が出演すると、すぐにテレビに出ることを期待して選手生活を止めてしまうというのがこれである。

まあ、マスコミ関係者が”手っ取り早く儲けたい”という目的のために、あるいは、自民党などの政治家が”手っ取り早く票を取りたい”という目的のために、”人気者”や”著名人”などの「時代の寵児」を利用する(あやかりたい)という方法にスポーツ選手がうまく利用されているということである。

もちろん、不人気の絶頂にあったカーリングのように、テレビ報道で人気が上がって競技人口の下支えをするためには好都合ということもある。しかし、この場合ですら、アマチュア選手達は公私にわたる緊張で調子を崩すのが良く見受けられる傾向なのである。

私はスポーツ選手が現役引退した後の生活というものに非常に興味がある。というのは、”現役引退後の生活”のあり方に欧米と日本の間にはかなり違いがあるように感じて来たからである。

私はサッカー選手引退後理論物理学者になるべく努力して、今はその職にはついていないけれども、一応曲がりなりにも理論物理学を極めようと努力して来た。今もそれなりに研究を続けている。

これが出来たのは、その目的のために最終的に私がアメリカに留学したからのことだが、アメリカにはこのような機会がアカデミズムの世界にはある。これはアメリカ人以外だけでなく、アメリカ人自身にもそうで、もちろんオリンピック選手にも言える。そのため、オリンピック選手のメダリストの多くが、大学を卒業し、医者や専門家の世界に転身しているのである。

一番有名な例は、冬期オリンピックでたくさんの金メダルに輝いたエリック・ハイデン選手であろう(1980年のレークプラシッド・オリンピックで、男子のスピード スケートの500m、1000m、1500m、5000m、そして10000mの5種目で金メダルを獲得)。彼は現役引退後(現役時代は医学部の学生)、医学部を卒業し、医師(スポーツ医学)になった。そして、前回のソルトレイク・オリンピックのアメリカスピードスケートのチームドクターになったのである。ケビン・コズナーの有名な野球映画「フィールド・オブ・ドリームズ」にも有名な野球選手を止めて医者になった選手の話が重要な場面として出てくる。このような例は欧米にはたくさんあり、決して特別な話ではない。

しかし、こういう事実を日本のマスコミはまったく取り上げない。本当に馬鹿げた話だ。

方や、日本のオリンピック選手の場合には、選手引退後には職に困るので、うまくマスコミにタレントや解説者として生き延びるか、コーチとして生きるか、あるいは普通のサラリーマンとして生きるかの道しかない。ましてや、大学生や大学院生になって医者や科学者になろうというものは皆無である。

Jリーガーとて同じこと。サッカー選手の寿命は短い。せいぜい30台なかばまでが限度である。逆にそれ以後の人生の方がずっと長い。この間に何をするかが実は本当のテーマなのである。再びサッカーコーチとして生きるのも良いが現状では門戸が狭くすべての選手がコーチ業に入れるわけではない。同様にマスコミにタレントとして入り込むのはもっと狭き門であろう。

こうした場合に、アメリカのように別の分野の専門家として生きていくことができる国とその可能性が非常に低い国では社会のあり方やおもむきがかなり異なってくるはずである。

スポーツ選手の問題は、トリノの教訓:スポーツと経済効果で紹介したように、社会にとって非常に大きな問題なのである。日本の経済にも大きな影響をもたらす。決して科学者や技術者だけが日本経済に大きな影響を与えるだけではない。

そのスポーツ選手達が金メダルに挑戦してうまく成功すればその回りに”まとわりつき”、その名声にあやかり少しでも金をせしめようとする。逆に失敗すればその選手を誹謗中傷し”切り捨てる”。こういうのでは、健全ではない。だれもスポーツ選手として最高峰に挑戦するものはなかろう。

もし科学者や技術者が「科学技術基本法」(1995年成立)に守られて毎年5兆円もの投資を国から得られるというのであれば、同様にアカデミズムの両輪の1つを担っているスポーツ選手も、例えば「スポーツ基本法」のような法律を成立させて毎年10兆円程度の援助を受けても良かろう、というものである。

本来Jリーグはその百年構想とともにtotoからその財源を生み出してスポーツ育成を行うために生まれたものであったが、今やそれも文部省の天下り先の「スポーツ振興センター」に人々やスポーツ選手たちの”夢”を食いつぶされてしまったのである。

スポーツ選手や人々の夢を食いつぶすバク

というところだネ。
2006/03/08のBlog
その昔、フランスワールドカップを6月に控えた1998年の春、ワールドカップ2連破に燃えたブラジルセレソンの主将であった闘将ドゥンガは言った。

”ブラジルがワールドカップに優勝すると、ブラジルの輸出量が40%アップする”

この一見さりげない言葉に含まれた意味は非常に深い。

今回、トリノ・オリンピックでフィギュア・スケート女子で金メダルを荒川静香選手が獲得し、その名を歴史に残した。

その後、どうなったか?

それは承知のことであろう。テレビの”金芽米”から始まり、イナバウワー人気でスケート熱再燃、試合曲の”トゥーラン・ドット”、”ユー・レイズ・ミー・アップ”などのCD、そして荒川選手の演じたスケートのDVDなどなど、大いに売れて、一気にフィーバーしているという。

同様に今回のトリノ・オリンピックで一気に人気がフィーバーしたカーリングは、その大会準備に大わらわであるという。目線の綺麗な北海道美人が出場したため、見事にブレイクした(この理由はかつて「【234】 原日本人:”免疫グロブリン”遺伝子人類学と日本人の顔 2004/03/23(Tue) 」や柘植の「反秀才論」を読み解く(上)で紹介したように、後に沖縄や北海道に散った縄文人である原日本人の顔は、韓流とは違って目鼻がぱっちりしていたからである)。

荒川効果やチーム青森効果は、いったいどれほどの経済効果をもたらすのだろうか?

これらのことからも、サッカーのワールドカップに限らず、オリンピック種目ではあったとしても、世界中で注目となる金メダルや世界の舞台での堂々たる戦い振りは、世界中に好印象をもたらし、その結果として母国へも大きなメリットをもたらすのである。昨年(と2003年)の日本のプロ野球で阪神が優勝した結果、京阪神地区にもたらされた経済効果はかなりのもの(確か数百億円?)であったことからも、このことが事実であると理解できるだろう。

ドゥンガの言ったことの意味とはこういうことなのである。

情報化社会化した現代社会では、スポーツはもはや単なるスポーツではない。すでに、一国の経済状態まで左右しかねない。それほど社会にとって”必須”で重要なものになった、ということなのである。

それなのに、スポーツ一般をてこ入れする目的で作られたtotoや「スポーツ振興センター」が、Jリーグとtoto開幕:totoはどこへ行く?で紹介したような体たらくでは困るのである。お金が底をつき大借金(というより官僚(悪代官)と大手銀行(越前屋)の食い物にされた)のために、報奨金が何百万円とかいうレベルになってしまったというのである。8年前の長野オリンピックの時には、清水選手への報奨金はもっと高く一億円のオーダーだったとか。

それに比べてお隣の韓国は物事の”筋”(つまり、理屈)を良く見抜いているようだ。
世界記録なら1億2000万円 韓国陸上界の活性化で

かつて森下選手と優勝争いした韓国のマラソン選手は、オリンピック金メダルの後に会社の重役となり、また1億円程度の報奨金を手にしたという。おそらく今回のトリノ・オリンピックでも、こうした好待遇が行われたのであろう。最後の一歩で日本選手を出し抜いて多くの金メダリストを誕生させた。

ところが、おバカな日本人(つまり、マスコミのこと)はこの裏にある(上で述べたような)意味にまったく気付かない。つまり、韓国でも当然”荒川効果”のようなことが起こり、その結果として韓国経済がかなり改善されたはずなのである。ひょっとしたら韓国の総輸出量の何%かはアップしたかもしれないのだ。例えば、韓国の金メダル選手がキムチを食べたと言えば、キムチが飛ぶように売れるはずだからである。高麗ニンジンのせいだと言えば、高麗ニンジンが売れる。多くの観光客が韓国を訪問するかも知れないのである。

こうした目的のためであれば、金メダリストに1億2000万円の報奨金など広告料としてははした金のはずで、安いはずである。

ところが、どうやら日本では、今回明らかになってしまったように、日本選手団の半数以上がスタッフやコーチで、半数未満が選手であるという。だから、選手の遠征費ばかりか関係者の遠征費までねん出しなくてはならなくなった。そのおかげで選手の強化費が激減し、結果として好成績に結びつかなかったのである。

挙げ句の果ては、まだ金メダルも取らない安藤選手やまだ代表にすらならない浅田真央選手の人気にあやかって協会がコマーシャルに引っぱりだし、協会費をねん出させられるはめに陥ったようにすら見えるのである。おかげで、安藤選手も承知のように不調に終わり、浅田選手は今や絶不調に陥ってしまい、いつもコンスタントに飛んでいた4回転ジャンプすらできなくなってしまったのである。

まさに、JOCのやり方は”本末転倒”であったと言えるだろう。このままでは、さらに世界から取り残されるだろう。それにしても、金メダリストの荒川静香さんに500万円だけというのは気の毒過ぎるのではないだろうか。
2006/03/06のBlog
さて、昨日一昨日から今期のJリーグが開幕した。同時に今年最初のtotoの発売も行われた。初回の売り上げは以下の通り(徳島新聞3月6日朝刊)。
toto=1億7364万2400円。
トトゴール=3602万8700円。
ミニトトA=6077万4700円。
ミニトトB=5672万1000円。
計3億2716万6800円。

これに対して、果たして経営改善できるのだろうか、と疑問を呈したのが、
3月6日付・読売社説(2):[サッカーくじ]「“官業体質”から脱却できるのか」
である。

しかし、今さら言い出してもかなり遅すぎの感がある。私はずっと以前からこの問題を論じている。ここでも2年ほど前から論じた。

私が論じた一番古いものは、#8 これは徳島新聞に投稿したエッセイです。(投稿原文のまま)の中の「「サッカーくじ」の誤解」である。
これは、まだtotoができる以前のものである。

この頃には、世の中のPTAや文部省などの公的機関が一般国民に不要な心配をさせて(不必要に心配をあおり)、”サッカーくじ”をJリーグという民間組織販売ではなく、文部省という公的機関の傘下である「スポーツ振興センター」を設立し、見事に”天下り先”を確保することに成功したわけである。

この結果、以下で紹介したようなさまざまな問題が生じ、今や単なる天下り先の機能しか果たさない最悪の組織へと変遷したわけだ。が、こうなることは、”官僚組織に組み込まれてしまった”というtoto設立当初から分かっていたことである。

(1)totoは”天下りお役人”の”バカ殿様商売”だ!
(2)totoがバカ殿様商売から脱却?
(3)totoの誤算:”日の本は上に行くほど鈍馬である。”
(4)totoの”扮飾決済”の根源とは?
(5)#61 「公益ギャンブルの未払い配当金」を教育機関へ寄付しよう 6月2日2001年

現理事長は雨宮忠氏。この人々の経歴を見れば、典型的な文部官僚の天下り先であることが良く分かるだろう。また、その特権的厚遇ぶりは役員報酬を見れば明らかだろう。高額の月給の他、通勤手当てから何から何まで完備されている。

理事長 (報酬101・3万円/月)
○ 雨宮 忠 (平成15年10月 1日就任)
昭和41年 4月 文部省採用
平成 9年 7月 文部省学術国際局長
平成10年 7月 地方公務員共済組合連合会理事
平成12年 7月 日本体育・学校健康センター理事
平成14年 7月 日本体育・学校健康センター理事長
理事 (報酬83万円/月)
○ 若松 澄夫 (平成15年10月 1日就任)
昭和46年 4月 文部省採用
平成10年 7月 文部省大臣官房審議官
平成11年 7月 北海道大学事務局長
平成14年 4月 国際交流基金理事
理事 (報酬83万円/月)
○ 高谷 充之 (平成17年 2月 1日就任)
昭和43年 4月 国立競技場採用
平成14年 2月 日本体育・学校健康センター総務部長
平成15年10月 独立行政法人日本スポーツ振興センター総務部長
理事(スポーツ振興投票等業務担当) (報酬83万円/月)
○ 高杉 重夫 (平成16年 7月 1日就任)
昭和53年 4月 文部省採用
平成15年 1月 文部科学省スポーツ・青少年局スポーツ・青少年総括官
理事 (報酬83万円/月)
○ 児島 俊明 (平成17年 4月 1日就任)
昭和36年12月 四国財務局採用
平成10年 6月 大蔵省主計局司計課長
平成12年 6月 北陸財務局長
平成13年 7月 金属鉱業事業団理事
平成16年 2月 石油公団監事
監事 (報酬76万円/月)
○ 請川 正弘 (平成18年 2月 1日就任)
昭和38年 3月 四国財務局採用
平成 8年 6月 日本体育・学校健康センター国立代々木競技場体育主幹
平成14年 2月 日本体育・学校健康センター学校安全部長
平成15年10月 独立行政法人日本スポーツ振興センター財務部長
監事(非常勤)
○ 梅村 清弘 (平成15年10月 1日就任)
昭和37年 4月 学校法人梅村学園理事
昭和63年 4月 学校法人梅村学園理事長


この厚遇と実際にtotoの基ととなっているJリーガーの待遇とは好対照である。Jリーガーは非常に厳しい労働を強いられ、なおかつ、いつ首になるかも分からない。試合に出られる選手でもなければそれほどの年収はない。その一方で、totoの組織メンバーは優雅な生活をのほほんと送っていられるというのである。(はっきり言って、文部省や「スポーツ振興センター」はスポーツやスポーツマンをなめてるネ。)

しかし、私に理解できないのは、ここまで赤字を出しておきながら、タレントといっしょに写真を撮ったり、平然と過していられるというその”精神構造”である。とてもでないが、私にはこういった行為はできそうにない。赤字を作るだけ作っておいて、あとは血税を払わせれば良いんだ、というところだろうか。私からみれば、おそらく、こういった人々は”宇宙人(エイリアン)”であろう。

水戸黄門の悪代官さながらで、

”理事長殿、お前も悪よのう”

というところだろう。

それにしても、totoが設立当初からJリーグ管轄でなく文部省傘下になれば、こういった天下り問題が出て、いずれは天下り官僚だけが太ってtotoは失敗すると分かっていたはずなのだが、”何でも公的サービスには公的機関を作れ”という発想がこれほどまでにうまくいかないと全国PTA組織や新聞、テレビ、マスコミなどがどうして予測できなかったのだろう。実に不思議である。宝くじなどは国がやっていないからうまくいっているのであって、国がやれば必ず損失をあげるのは明白。

この国の”官僚病”は、行き着くところへ行かないと解決不可能なのかも知れないナ。
2006/03/03のBlog
「反陽子」を発見、オーエン・チェンバレンさん死去

実験物理学者オーウェン・チェンバレン博士死去。享年85歳。パーキンソン病による。

1920年生まれのオーウェン・チェンバレン博士は、1905年生まれのエミリオ・セグレ博士とともに1955年に”反陽子”を発見。1959年にノーベル物理学賞を受賞した。

陽子とはプロトン(proton)と呼ばれ、水素の原子核のことであり、電子の負の電荷を打ち消すようにそれと同じ大きさだがプラスの電荷を持つ。”反陽子”とは、この陽子と同じ質用を持つが電子と同じ大きさの負の電荷を持つ素粒子のことである。

ディラックの相対論的場の理論(ディラック方程式)によって、この宇宙には発見されている素粒子と同じ質量を持つが電荷が逆の素粒子一”反粒子”一が必ず存在するはずだと予言され、ディラック理論の予言通りの発見されたものの一つがこの”反陽子”である。オーウェン・チェンバレン博士による詳しい解説は、ノーベル賞講演にあるので、参考にしてほしい。

一方、固体のバンド理論にも似たような状況があり、電子に対して、ホール(正孔)が高エネルギー物理学の反粒子に対応する。1950年代までに行われた素粒子物理学のさまざまの発見やそれによってもたらされた多くの概念が、1950年代以降の半導体物理学の発展を促したのである。素粒子物理学における”素粒子(elementary particles)”の概念は、低エネルギー物理である物性物理学の”素励起(elementary excitations)”という新たなる概念を生み出し、物質物理学の深い理解に繋がったのである(もちろん、その逆のケースもたくさんあるが)。

御冥福を心より祈りたい。
2006/03/01のBlog
トリノ・オリンピック

少し遅くなったが、トリノ・オリンピックが閉幕した。日本選手もほとんどが帰国したようだ。

さて、今回のオリンピックでは、ソルトレイク・オリンピックの時と比べて、スラップスケートの誕生というような特に新鮮な驚きはなかった。しかし、荒川静香選手のアジア人初のフィギュアスケート金メダル、シャニー・デーヴィス選手のアメリカ黒人初のスピードスケート(1000m)金メダル、エンリコ・ファブリス選手のイタリア人初のスピードスケート(1500m)金メダルなど、やはりそれぞれの新たなるドラマが生まれた。

この意味では、やはりスポーツは素晴らしい。見るものに深い感動を与える。プレッシャーに負けてしまう人、プレッシャーをものともしない人、直前に体調を崩す人、直前にどんどん好調になっていく人、などなど、さまざまだ。ここに予想外のドラマが生まれる。

しかし、実力通りに勝つ人、実力以上に幸運を得る人たちには、そうではない人々と違って、”何か本質的な差”があるように見える。これは、その選手が本来持っている”才能”もさることながら、そうではない部分、日頃の努力、心掛けなど、そしてこれらを総じて出てくる”性格”に差があるのではないか、という気がする。

例えば、優勝候補筆頭の加藤条治選手。彼の場合には、本来の実力を発揮すればそのままメダルに手が届いたはずである。しかし、自分のレースの前の選手達の転倒でコース整備が必要となった。この段階でコース整備を見に行った時点ですでに勝負あり。あるいは、ウォーミングアップ中に他国のコーチとスケート靴が接触。スケートの歯に大きな傷がついたという。つまり、試合に出る前に日頃と違うことが2つも同時に重なったのである。

こうした場合、普通の人は、加藤選手は運がなかった、というふうに考えるだろう。しかし、私はこうした場合、加藤選手には”(性格的に)何かが足りない”と考えるのだ。つまり、”日頃の心掛けが悪い”のではないか、と思うのだ。なぜこの期に及んで加藤選手に”それ”が起こったのか。それには意味があるはずだ。こう考える。要するに、すでに落ち着きを失い、平常心を失っていたために、ひょこひょこぶらついて事故に陥ったのだと見るのである。実際、清水選手が長野で金メダルを取った時は、非常に落ち着いていた。

同様のことは、メダル獲得の最大のチャンスにあった女子の岡崎朋美選手にも言える。彼女の場合には、1回目と2回目の間に2時間ほど空いた時間が出来た時(これはルール改正で今大会から始まった)、壁に張られていた1回目の結果の一覧表に偶然目が行った。そしてこれで妙に意識が昂って平常心を失い、2回目で失敗したという。ところが年令的にも同じくらいのロシアのズロバ選手の方はその間睡眠をとってその結果として金メダルに輝いたという。(女子500m・公式記録


ところが、まったく逆のケースが荒川静香選手の場合であった。今大会へ取り組む”姿勢”からして他の選手とは違っていた。年齢的には(むしろ不利で)最後のチャンスとなった今大会、荒川選手が目指したものはメダルではなかった。自分のスケート人生の集大成、最後の記念として自分のスケートのすべてを今大会で出したい、荒川静香とはこんなスケーターなのだと見てもらいたい、という一縷の思いだけであったというのだ。御承知の通り、すべてが荒川選手に味方して、奇跡の金メダルにつながった。これは、メダルにこだわったというのでもなく、幸運の女神のおかげだけで得られた無欲の勝利というのでもない。むしろ、”志しの勝利”、”心掛けの勝利”というべきかもしれないものだ。

この違いは何なのか。

これが私がずっとスポーツというもの(もちろんスポーツに限らず、科学でも何でも、人生のあらゆることに通じるが)を見ていていつも不思議に思うことなのである。いつも最後に勝つのは、一言で言えば、心掛けの良い選手なのである。良い志しを持った選手の方に幸運の女神が微笑む。不思議なことだが、それが現実に起こるのだ。

昨夜のボスニア・ヘルツェゴビナ対日本戦でもそうで、最後に同点ゴールを決めて、”やはり最後はナカータ”となったのも、日頃の心掛けの良い中田選手だからこそなのである。日頃タレントと遊んでは飲み歩いている高原選手はここぞという時の決定的なシュートをはずす。

では、どうやったら選手の心掛けが良くなるのか?

これは実に難しい問題である。選手が小さい頃、コーチや先生が良い意味の”締め”をしなくてはならないのかも知れない。そうすれば、松井選手のように大成するということもあるのかも知れない(【431】 だれが日本人科学者を”締める”のか? 2004/10/10(Sun))。しかし、最終的にはその人の”性格”であろうと私は見ている。

”金メダル”の”荒川静香選手”を作ったものは何か、と言えば、それはやはり荒川静香選手自身、荒川選手の”性格”なのである。同様に、サッカーの中田英寿選手を生み出したものは、彼自身の”性格”なのである。

つまり、本当に1つの分野で成功者を出したいと欲するのであれば、才能はもちろんだが、良い性格の選手を発掘しなくてはならない。私はそう考える。

”性質はその人の運命をあらわす”
一ヘラクレイトス

この言葉の意味は深い。
2006/02/27のBlog
2006年2月26日(日)雨

2006年度徳島県高校サッカー新人戦は、昨日で全日程が終了した。結果は以下の通り、城南高校が昨年の優勝校である鳴門高校を2一0で下し初優勝した。T2チームがT1チームを破った大金星のゲームであった。T2チームで上位チームを次々に破っていった徳島北の快進撃は準決勝で城南に2一1で破れてついに止まった。事実上の決勝戦であったと言えるだろう。阿南高専を1一0で破った川島は私の予想通り徳島北に負けてしまった。私は1一0を予想したが、結果は3一0であった。予想以上に今年の徳島北は出来が良かったということだろう。城南はその徳島北をも一蹴したわけで、その強さは群を抜いているようだ。優勝候補筆頭の徳島商業に完勝した鳴門もかなりの素材が集まっているチームのようである。しかし、その鳴門をもほとんどシュートさせないという城南の強さは本物であろう。夏のインターハイ、秋の選手権での活躍を期待したい。

小中学生時代のサッカー選手はいったんは高校進学で適当に分散する。そのため、入学して数カ月目の1年生大会ではほとんど差がない。が、それが1年後の2月のこの2年生の新人戦くらいで各校に差が出始める。そして3年になって夏のインターハイ、秋の選手権と進む内に、不思議なことに、各校の評判通りの差が定着するのである。これが、各校におけるサッカー指導者のレベルの差で決まるのか、サッカー部に対する支援の違いで決まるのか、サッカー部の練習量で決まるのか、このあたりの理由はたいへん面白い。いずれにせよ、サッカーに対する取り組みの姿勢の違いで各校の実力に差が出るのだろう。

【2006年度新人戦結果】
**大金星(番狂わせ)

【決勝戦】2006年2月26日(日)雨
【徳島商業会場】

城南(T2)2一0(1一0、1一0)鳴門(T1)**

【準決勝戦】2006年2月25日(土)曇り
【徳島商業会場】

鳴門(T1)2一0(1一0、1一0)徳島商業(P)**
城南(T2)2一1(0一1、2一0)徳島北(T2)

【準々決勝戦】2006年2月18日(土)晴れ
【城ノ内会場】

徳島商業(P)2一1(0一1、2一0)城ノ内(T1)
鳴門(T1)3一0(1一0、2一0)徳島市立(T1)
城南(T2)3一0(2一0、1一0)城北(T2)
徳島北(T2)3一0(2一0、1一0)川島(T1)**
2006/02/24のBlog
私がたぶんこういうことを言うと非常に変わった奴だと見なされるだろうが、まあ、私は元々かなり変わった考え方をする人間なので、承知で書いておくことにしよう。これもあくまで私の個人的メモのつもりである。

昨日、アメリカのリプトン教授の「アクターズ・スタジオ・インタビュー」の40周年記念特集がNHKBSで放送された。たまたまこれを見ていたのだが、実に素晴らしい番組であった。

私はリプトン教授の「アクターズ・スタジオ・インタビュー」の”大ファン”の一人でできるかぎり欠かさずに見ているし、また見てもきた。しかし、もう40年も続くロングランとは昨日までは知らなかった。いつも率直なインタビューと詳細なリサーチ、そして恒例の質問、最後に学生とのQ&Aなど非常に優れた構成であり、”いつか科学者に対してもこのようなインタビュー番組ができればいいなあ”とその度に考えさせられてきている。例えば、井口博士の「ノーベル賞学者・研究・インタビュー」というような番組である。別に私でなくても良いわけだが、こんな感じの”夢”を刺激させられるそんな番組である。ぜひ今後もずっと続けていって欲しいものである。

さて、しかし最近になって、私はこの番組を見ている内に時々全く別の考えが浮かぶようになってきた。冒頭に述べたようにそれは私独特のものかも知れないし、あるいは私のちょっと捻くれた感性のようなものかも知れないが、いくつも疑問が湧いてきたのである。

例えば、こんな疑問だ。

ある有名俳優がリプトン教授から
「あなたはその役にどうやってあれほどの魅力的な人物像を与えることができるのですか?」
というような質問を受ける。すると、その俳優はこう答える。
「僕はシナリオをよく読んで役回りを自分なりに考えてその人物に没頭する。するとどういうわけか、自然に役の人物になりきってその結果としてその人物に輝きが増すのです。」

この会話自体は演劇の教訓として非常に素晴らしいもので、多くの学生や人々に感銘を与えるに相応しいものである。最初は私も当然のようにそう受け取っていた。しかし最近では、むしろこう思うようになった。

「では、あなたはそういった素晴らしい役回りでしか輝きが発揮できないのか?普通の人生の中で輝くことはできないのか?」

また、リプトン教授が「あなたにとって俳優とはどんなものか?」という質問をする。すると、別の役者がこう答える。
「役者というのは素晴らしい職業だ。自分に無限の可能性を与えてくれる。」

すると、私にはこういう疑問が浮かぶ。

「あなたは役者としては”わき役”を見事に演じたが、人生においては”主役”を演じることはできないのか?」

私が何を言いたいのかといえば、こういうことである。

例えば、ある役者が映画の中で一介のウエイトレスの役を主役で演じる。そしてアカデミー主演女優賞を取るとする。この人物(俳優)は、役者として完ぺきな”演技”として”現実”のウエイトレスを見事に演じきった結果、賞に値する見事な”演技”を行い、その人物になりきり光輝いたのである。だとすれば、その映画に取り上げられた現実の人物はなぜそもそもその人の人生において光り輝けなかったのか。だから映画になるような問題を生んでしまったのではないか。もしそうであれば、大事なことはある人が将来役者となって後の演技者として光り輝くことよりも、無名の人、名無しの人ではあったとしても、その人の名無しの人生の中においても主役を演じることのほうがよほど大事なのではないか。この方が余程社会にとっては健全ではないのか。これに対して、あなたはどう思うか、というような疑問なのである。

こうやってリプトン教授の番組を見るようになると、私は最近は次々似たような疑問を持つようになってしまったのである。

ある監督(例えば、スピルバーグ監督)がベトナム戦争や第二次世界大戦時の映画を作ったとする。これは、こうした悲劇が起こったからこそ映画という作品に仕立て上げることができたわけだ。したがって、現実には戦争に参加した軍人から一般人まで含めて多くの被害者がいた。これを歴史的モニュメントとして映画に記録することは素晴らしい。だが、それはベストではない。なぜなら、もし真に社会の役に立つ映画があるとすれば、それはそういった戦争が起こる前にその戦争を予見し防止することに繋がるというような映画の方が犠牲者を少なくでき、社会にとっては良いはずだからである。しかし、ハリウッド映画は必ずしもそうではない。

つまり、戦争を売りにして儲ける映画であれば、実際に戦争がなければ商売にならない。だから、むしろ世界のどこかで戦争が起こり、そこに悲劇が起こっている方がネタができて良い。暴力を売りにする映画であれば、いつも世の中は暴力で渦巻いていた方が良い。人生の悲哀や悲喜劇を売りにする映画であれば、いつも人生にはこうしたものが転がっている方が良い。そして、俳優はこうした社会問題とはまったく無縁で平和な社会に身を置いて逆にこうした社会問題を基に見事な演技をしてアカデミー賞をもらう、ということになる。

しかし、これは”本末転倒”、”主従逆転”の世界ではないか。本来なら、そうした戦争や暴力や悲劇のない世界こそ人類が求めている世界ではないのか。その目的においてハリウッド流の映画制作は逆を行っているのではないか。むしろ、本当ならハリウッドのアカデミー賞俳優など失業するような世界の方がよほど人類にとっては幸せな世界と言えるのではないか。その辺のごく普通の人がハリウッドのアカデミー賞俳優のように威風堂々と生き、魅力的な人物ばかりの社会の方がよほど世界にとっては素晴らしいはずである。あらゆる人々が自分の置かれた世界で素晴らしい主役を演じ、見事な輝きを放つ。こんな社会の方がずっと良いはずである。むしろ現実は、リプトン教授の番組でも多くの役者が明かしたように、有名俳優や女優になったために、アルコール依存症や薬物依存症になるものも多い。

この矛盾がハリウッドにはある、ということに気づいてしまった、というわけである。すると、止めどもなく私の疑問が生まれるのである。

同様の”矛盾”は、俳優だけにあるというわけではない。もちろん我々科学者にもある。「あなたは、”科学者”という職になければ”科学”を止めるのか?」「あなたは、一流の大学や研究所の”科学者”という職になければ”科学者”として光り輝けないのか?」などなど。次々に浮かぶ。

結局、現在の”プロフェッショナル”という概念は、20世紀に生まれた概念で、いわゆる”専門家”の世界、つまり我々物理学者がいうところの「還元主義(リダクショニズム)」の世界の代名詞に過ぎないのである。この「20世紀文化」、「20世紀文明」からまだわれわれ人類は少しも先へは進んでいないのである。

この風潮が映画界ではハリウッドに代表されるものであり、科学界では大学に代表されるものであり、経済界では大企業に代表されるものであるということであろう。その結果として、世の中が混乱にあり戦争や暴力や犯罪や悲喜劇がひしめいているからこそハリウッド映画が儲かる。戦争や緊張がアメリカの外にあるからこそアメリカの軍需産業が潤う。ハリケーンや水災害があるからこそ自動車産業が儲かる。

とまあ、こんなことがあるのではないか、こういうことをリプトン教授の「アクターズ・スタジオ・インタビュー」を見ているうちに思い馳せるようになったというわけである。

あなたの一番好きな言葉は?

と聞かれて、この40年間に出てきた俳優の多くはこう言った。

”LOVE(愛)”、”夢”

しかし、アメリカや先進国の外の世界には、あるいはアメリカや先進国の中の世界ですら”LOVE(愛)”、”夢”のない世界がほとんどなのである。むしろ、そうであるがゆえに、ハリウッド俳優には”LOVE(愛)”、”夢”が実現する。

果たしてこの矛盾にどう答えるのか?

私の疑問は尽きない。
いやあー、素晴らしい。荒川静香選手、トリノオリンピックで”予想外”の金メダル。ロシアのスルツカヤ選手、アメリカのコーエン選手を押さえての日本初の金メダル獲得。また、今回メダルゼロの危機に瀕していた日本の冬のオリンピックスポーツ界を救う快挙ともなった。

私はアメリカの予想屋の力は凄いな、荒川選手はその予想通りショートプログラムを終わって3位。今回は銅メダルに終わるのかな、と思っていたが、天は荒川選手に味方した。よほど”日頃の心掛け”が良い選手であるに違いない。最後の最後ですべてが彼女に味方し、終わってみれば、圧勝。女子フィギュアは”荒川の大会”に変わってしまった。久しぶりにというのか、日本にして初めて現れた”真の女王”の誕生である。カタリーナ・ビット選手以来の優美なフィギュアの再来と言えるかも知れない。

ところで、日本女性は、最近ではモー娘に見るように、10台前半の少女の顔から10台後半の女子高生の顔までで成長がストップし、子供の顔のまま成人を迎えるというものがほとんどである。こんな中、少女時代(小学生)、美少女時代(高校生)、そしてお姉さん時代(成人)と蝶が変態を繰り返してその都度大きく成長するというタイプの女性はほとんど見なくなってしまった。この風潮はもちろん日本人男性にもある。フィギュアの女性(や体操の女子)とて見ることができる。

しかし、この荒川選手は、数少ない、”蝶のように”成長を遂げるタイプの女性であるように見える。この成長過程とスケート演技の深まりが見事に一致し、まさしく大輪の花を咲かせることにとなったのであろう。大人の女性の雰囲気、優美さ、技術、どれをとっても歴代のオリンピックチャンピオンに引けを取らないほどの選手に育ったと言えるだろう。

”大器晩成”

とは、フィギュアで言えば、荒川選手のようなタイプを言うのだろう。やはり世界(の審判たち)はしっかり見るべきところを見ているなという感がある。今後の日本の進むべき道を示唆してくれたと見るべきだろう。
2006/02/23のBlog
学校の先生というのは医療知識ゼロで困る。

この時期はインフルエンザがまん延するので家庭で気をつけている。だから我が家ではできるかぎり人込みを避け、家で過すようにしている。がしかし、いつも結果的に下の子供が最初にインフルエンザにかかる。そして次に上の子供と妻がかかる。そして最後には一番体力のある私までがかかってしまうのである。毎年このパターンである。

我が家では私が家にいるので、比較的感染ルートがかなりはっきり分かる。その結果、どうやら物事の一番の原因は学校(や県教育委員会)行事にあるということがかなり前から私には分かってきた。学校の行事や先生から感染させられて家庭内が病人だらけにさせられるのでは全く本末転倒。医療や病気の基礎知識を学校の先生達には必須とすべきだろう。

この理由はこうである。

まずインフルエンザは徳島よりずっと寒い北の方から始まる。特に東京圏から始まる。ところが、サラリーマンの父兄には父親が県外に出張するものがいて、先にインフルエンザ発症している東京などからインフルエンザを輸入(あるいは、東京などから出張してくるものがいて輸出)してくるのである。県内に住む子供達が最初に発症することはない。サラリーマンの子供はかならず親から移される。

徳島ではインフルエンザは毎年冬になると決まって神戸よりの鳴門から始まる。ここが一番寒いからだ。と同時に、東京と行き来する空港もあり、神戸につながる道路もあり、それが理由でインフルエンザが最初に到達する場所でもあるからである。このため、徳島では1月になると鳴門近辺の子供や親たちが一番最初にインフルエンザにかかる。

ところが決まってこの時期に金管バンドの発表会を鳴門で行う。それは、児童が1年を通じて努力して来た成果を発表するためのもので、小学校の公式行事としてはかなり力を入れている重要な行事である。そんなわけで、鳴門はそうした施設や人材が整っているという理由からであろう、鳴門に全県から児童父兄が狭いホールに一堂に介して集まる。すると、中にはかならずインフルエンザに罹っている親が付き添いでやってくるため児童に感染する。ここで感染した児童が翌週には学校に戻るために、今度は全県の学校がインフルエンザに感染する。

こうやって鳴門でインフルエンザが流行りはじめてから1、2週間の内に全県にインフルエンザがまん延するのである。そして地方としてはかなりへんぴな地域で一見インフルエンザとは無縁と思われる場所でもインフルエンザがまん延することになる。要するに、金管バンドの発表会という学校行事が自ら全県にインフルエンザの脅威を拡散させているというわけである。

なぜわかったか。

というと、実は我が家の下の息子が小学校高学年になって金管バンドに入ってから鳴門の金管バンドの発表会に参加するようになったからである。それまでは、学校でインフルエンザが流行りはじめた頃それに注意すれば良かったが、金管バンドの発表会に参加するようになると阿南にある小学校で流行りはじめるずっと前に感染してインフルエンザを発病するというのをここ数年くり返すようになったからである。つまり、今度は我が息子や金管バンドの児童達や引率の先生達が小学校にインフルエンザを持ち込んだということが明白になったからである。

まあ、簡単に言えば、一番危ない時期に一番危ないところへわざわざ全県の無垢な生徒を集め、そこで一気にインフルエンザに感染させて学校に戻しているということである。これを鳴門の金管バンド発表会というもので行っているということである。

最初は私は単に変だと疑っていただけだが、それが毎年繰り替えされるとなると、今度はもっと注意深く見るようになる。そうやって経過を見ていると、どうやら決まったルートというものがあるということがはっきりしてきたのである。

したがって、こういう行事はインフルエンザの発症する前か終息した後に行えば良く、これまでより1、2ヶ月前か後にすれば良い。つまり、秋か春に行えば良いわけである。しかし学校の先生というのは、物事をすべて学校行事という机上の計画や自分達のご都合主義で行うために、多くの児童や父兄が迷惑を被るわけである。

学校の先生というのはもう少し賢くならないといけないだろう。たったこれだけのことでもこの時期にインフルエンザに罹った時の医療費や時間的損失だけでも莫大なものとなる。ましてや苦しむ子供達やその家族は大変である。それが1、2ヶ月行事をずらすだけで解決できるのだとすれば、それは”絶対に”やるべきだろう。

”風邪(インフルエンザ)は万病のもと”

インフルエンザを侮ってはいけないだろうヨ。
2006/02/20のBlog
昨日、今期T1リーグの最後の試合、徳島ヴォルティスユース(徳島VY)対阿波戦が行われた。試合結果は、5一0(2一0,3一0)で徳島ヴォルティスユースが初のプリンスリーグ昇格を決めた。

思えば、1年半前に阿南高専がT2リーグの初戦で戦ったのがこの徳島VYであった。やはり当時5一0で大敗し、幸先悪い出発であった。が、第2戦目から私が指導することとなり、何とかT2残留を決めた。このいわくのT2後期リーグを思い出す。

徳島VYは、その半年前には一番下のT3リーグから始まって連戦連勝を続け一気にT2、T1と駆け上がって、とうとうたった2年(4シーズン)という最短時間で目的のプリンスリーグ行きを決めたということになる。

このプリンスリーグこそ、プロサッカー選手の登竜門”高円宮杯”に出ることができるのである。徳島VYは、J2といえどもプロチームのユースである。他の高校生チームに負けるわけにはいかない。このモティベーションの高さが普通の高校生とプロ選手の差を作る。徳島ヴォルティスユースのさらなる活躍を期待したい。


【今期T1リーグの最終結果】

ーーーー|徳ー|ーー|ーー|ーー|徳ー|ーー|ーー|ーー|
ーーーー|島ー|ーー|城ー|ーー|島ー|ーー|鳴ー|富ー|
ーーーー|Vー|鳴ー|ノー|川ー|市ー|阿ー|門ー|岡ー|勝
ーーーー|Yー|門ー|内ー|島ー|立ー|波ー|工ー|東ー|点
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
徳島VY|★★|△0|●1|◯3|◯2|◯5|◯4|◯3|16
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
鳴門ーー|△0|★★|◯2|△2|◯2|●1|◯4|◯7|14
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
城ノ内ー|◯2|●1|★★|△1|◯2|△1|◯2|◯2|14
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
川島ーー|●2|△2|△1|★★|△1|◯5|△1|◯3|10
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
徳島市立|●1|●1|●1|△1|★★|◯1|◯5|◯3|10
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
阿波ーー|●0|◯2|△1|●0|●0|★★|◯4|◯4|10
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
鳴門工ー|●2|●0|●0|△1|●1|●0|★★|△1|2
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
富岡東ー|●0|●0|●0|●0|●0|●1|△1|★★|1
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
2006/02/19のBlog
ちょうど1年前私は「デービス:黒人初のスピードスケート世界記録保持者」というエッセイを書いていた。これは、加藤条治選手同様にショートトラック出身のアメリカのシャニー・デービス選手が世界記録を作ったということを紹介したものであった(スピードスケーター加藤条治選手の秘密)。

この最後に私はこう書いていた。

”この選手こそ、実は私の予言通りのスケーターのようである。というのは、この選手は”二刀流”で、つまり、ショートトラックとスピードスケートの両方で滑る選手であるからである。もともとショートトラック出身の選手であった。

したがって、来年に迫った次の世界標準のスケート技術はこのシャニー・デービスの滑りに近付くことだろう。つまり、私が3年前に予言したように、スピードスケートの滑り方はますますショートトラックの滑り方に近付くということである。

ますます来年のトリノオリンピックが楽しみだネ。”

今日、このシャニー・デービス選手がトリノ・オリンピックでついにやってくれたようである。

米のデービス、冬季五輪個人種目で黒人選手初の金

黒人男子選手として初の金メダル獲得。アメリカの”革命児”はとうとう冬のオリンピックにその名を刻んだ。

ところで、私が最近読み始めた本「1912年オリンピック、あの夏の男たち」(東理夫、新潮社、1996)は面白い。フランスのクーベルタン男爵が近代オリンピックを始めて5回目。やっと今言うところのオリンピックの形態に近づいてきた頃のストックホルム・オリンピックの話である。

このクーベルタン男爵が理想とする有名な言葉「オリンピックは参加することに意義がある」は、すでに度重なるアメリカとイギリス選手間のひどい競争心・対抗心に対して、見かねたペンシルベニア大僧正が「オリンピックで大切なことは勝敗ではなく、参加することにある」と諭したという話が教訓となってできたという。

また、クーベルタン男爵がオリンピックの理想として求めたことは、”国際的であること”、”世界各地で行うこと”、”人種差別のないこと”、であった。

そして、このストックホルム大会から初めてアジア人代表として正式に日本選手団が招かれたのである。日本人のオリンピックの歴史はこのときから始まった。団長は柔道の嘉納治五郎、選手はマラソンの金栗四三と短距離の三島弥彦のたった2人の参加であった。

日本の初代オリンピック協会会長は、柔道の嘉納治五郎であった。クーベルタン男爵から嘉納治五郎宛に直接手紙で招待されたのである。嘉納治五郎が日本体育協会を作り予選会を開いて代表を決めた。マラソンの金栗四三と短距離の三島弥彦を選んだという。

話は大分跳んだが、オリンピックで一番の面白さとは、実はこのように新しい国の参加者がたった2人や3人の代表団を送ってきたり、あるいは、東洋人で初、黒人で初の参加選手とか、初の金メダルとかいった新しいドラマが誕生する時である。

今回のスピードスケートで黒人男子初の金メダル、こうしたドラマがオリンピックの華であり、クーベルタン男爵の描いた理想の形なのである。
[ 12:09 ] [ 歴史 ]
最近コメントをくれた五段階さんが、山岡鉄舟先生のゆかりの地の”鉄舟寺”の近くのところに住んでいたという。私は清水には住んだことがないので、鉄舟寺なるものは知らなかった。そこで、ちょっと調べてみると、非常に良いホームページを見つけたので、それをここに紹介しておこう。

それは、「元久能寺 鉄舟寺」というものである。



この中に久能寺の沿革(「鉄舟寺の由来」)が書かれている。特に、以下の部分は非常に面白い。

”世が改まり明治御一新となるや、その混乱の中で長く栄えた久能寺も
次第に散乱し、住職もない廃寺となってしまったのである。
 幕末の俊傑、山岡鉄舟はこれを惜しみ、再興せんことを発願し、
仮本堂に今川貞山師を迎えて開山とし、広く寄進を募ることにしたのである。
 明治十六年(1883)鉄舟四十八歳の時である。鉄舟は募金のために、
沢山の書を揮毫して侠客清水次郎長に与えた。次郎長も大いに奔走した。
 この時次郎長のために書いた募金趣意書が、鉄舟の手控帳の中に記されている。

「鉄舟寺庫裡建立墓縁山本長五郎簿」

寺を建てても何もならぬ。
親を大事にしてもなんにもならぬ。
わが身を大事にしてもなんにもならぬ。
なんにもならぬところを能く能く観ずれば、又、何かあらん。
山本長五郎御往時を考えここに尽力することあり、
諸君なんにもならぬ事を諒察あらば多少の喜捨あるも又、
なんにもならぬ何かあるの一事也

明治二十一年二月 山岡鉄舟しるす


ところが、鉄舟は明治二十一年七月五十三歳で惜しくも此の世を去り、
鉄舟寺の完成を見ることが出来なかった。
清水の魚商、柴野栄七翁は元来信仰の篤い人であったので、
鉄舟の意志をつぎ、幾多の困難を乗り越え、
明治四十三年三月十日鉄舟寺の完成を果たしたのである。
かくて名刹久能寺は蘇り、
清水の霊場鉄舟寺は永久に伝わることになったのである。”


この中に出てくる”山本長五郎”とは、俗にいう「清水の次郎長」のことである。この清水の次郎長と鉄舟先生の関係は、すでに「清水の次郎長と黒駒の勝蔵」で紹介した。

そこで紹介したように、清水の次郎長と黒駒の勝蔵の話は、よくテレビドラマでは江戸時代の風情で演じられているが、実際には江戸末期に生きた人物で、明治維新に関っていたのである。山梨の”黒駒の勝蔵”は甲府で活躍。静岡の”清水の次郎長”は、清水で活躍。戊辰戦争の時には、”黒駒の勝蔵”は、維新推進派の薩長連合軍(官軍)についたが、”清水の次郎長”は、幕府側(幕府軍)についてお互いに甲府で戦争をした。


これが、岩倉具視の「正宗鍛刀記」の中で鉄舟先生が西郷隆盛に向かって

「甲府で官軍と幕府軍が交戦している。これは朝廷の命に背く行為だ。」

と言ったと記述された内容なのである。そして、その前にある、

”鉄舟が小田原まで来ると、官軍の斥候をしている騎兵たちが集まっている。そして、「幕府の賊兵どもが、甲府で兵を挙げた。」と、小田原中が大騒ぎになっていた。”

の中にある”幕府の賊兵ども”の棟梁が清水の次郎長だったのである。これに対決したのが、黒駒の勝蔵率いる甲府の官軍であったということである。

ところが、前に「清水の次郎長と黒駒の勝蔵」で紹介したように、

”維新成功後、本来なら英雄のはずの勝蔵が次郎長の盟友である国分三蔵の子分殺害の罪で斬首され、本来なら敗者で斬首されるべき次郎長が生き延びたのである。そして、山岡鉄舟先生はもちろん幕府軍であるから、次郎長の肩を持った。そこで、天田愚庵という作家を育てて有名な『東海遊侠伝』を書かせたのである。それが後に『次郎長一代記』となった、というわけである。

これによって、英雄と戦犯の関係が逆転し、清水の次郎長が正義で、黒駒の勝蔵が悪者、という図式が世間を賑わせることとなった、ということである。”

ここに最初の話に戻る。

鉄舟先生は久能寺を再建するために、次郎長の力を頼ったのである。ここは謎であるが、鉄舟先生は始めから将来久能寺を再建するために次郎長を助けたのか、あるいは助けた後に久能寺の再建に次郎長を手伝わせたのか、果たしてどちらなのだろうか。おそらく後者であろうと私は推測するが、それほどまでに2人は親密な関係にあったのである。もちろん、清水には鉄舟先生が”幕府の浪人侍たち”のためにお茶事業を起こすという目的のための大きな動機があり、そのためには清水の豪族であった次郎長の力が必要だったということもある。だから、維新の功労者の勝蔵よりは次郎長の方が当時職を失い清水に左遷された江戸侍たちには、好都合だったということかも知れない。

この辺の”知られざる歴史”の発掘は実に面白い。今後の研究を待とう。

それにしても、鉄舟寺にある鉄舟像と写真の鉄舟、鉄舟寺にある次郎長像と写真の次郎長の比較は面白いネ。
2006/02/17のBlog
昨夜トリノ・オリンピックを見ていたが、偶然アメリカハリウッドの「第63回ゴールデングローブ賞」の授賞式をやっているのを見つけたので、ついでに見てしまった。昨年暮れ(ではなく、年始1月17日)にやっていたものの再放送だったと思う。

この中で台湾出身の中国人アン・リー監督が”監督賞”に選ばれた。作品は、「ブロークバック・マウンテン」。


スピルバーグ監督などの多くの優秀な候補者を押さえての受賞であった。他にも中国系の女優のオーさんが、助演女優賞(だったか?)を受賞した。また、スピルバーグ監督の「SAYURI」では作曲家のジョン・ウィリアムズさんが音楽賞を受賞した。SAYURIの関係者の席には女優のチャン・ツィイさんの姿も見られた。日本ではASIENCEのコマーシャルに出ている女優である。


今回のゴールデングローブ賞を見ていて思うことは、アジアの躍進、それも中国人の躍進であろう。方や日本人の姿は、私が見たかぎりでは、ほとんどなく、寂しい思いがした。ここに、現在の国力の差、国の風潮の差が如実に現れていると私は考える。


今回のトリノ・オリンピックでも、日本人選手の上位に必ず韓国人選手や中国人選手がいるようになった。4年前の前回のソルトレイク・オリンピックでも、#886 オリンピックのメダルの数の意味するもの?2002/02/23に書いたように、日本の上位に中国、韓国がいた。

私がなぜオリンピックやワールドカップなどのスポーツ大会を注目するのかというと、それは、こういった大会がそれぞれの国の文武両道というアカデミズムの内の一方の武の部分を計るからである。文武両道というのは、車の両輪のようなもので、片方を計れば、おのずともう片方もだいたい推し量ることができるからである。あるいは、私がなぜゴールデングローブ賞などの芸能アカデミズムの授賞式を注目するかというと、これが文の部分の一部を推し量ることができるからである。

このことをうまく説明してくれているかのように、スポーツがだめな国というのは、芸能もだめ、そして科学・技術もだめ、ましてや数学もだめというふうに、見事につながっていくのである。もちろん、数学がだめであれば、その応用である物理や技術もだめ、統計学もだめということになり、回り回って結局スポーツ科学もだめということになって最初の振り出しのスポーツがだめということにつながるのである。

こういう風潮から、建築士の設計計算もでたらめ、生物学者の実験もでたらめ、そして前者は”偽装建築”を生み、後者は”捏造論文”を生産するということになる。

こういうわけで、オリンピックが芳しくないというのは、概ねその国の他の部分もあまり芳しくないというふうに見ることができる。日本のオリンピックのメダル獲得数が20位程度であるとすれば、日本の科学レベルや国際競争力もだいたいこの程度とみることができるのである。だから、日本が今回結果として何位に入るかまだ分からないが、それを見ればだいたい現状の日本の国際競争力をおおまかに見積もることができるのである。

さて、こんな悪い風潮の国で、年5兆円規模の国債で借金をしてまで日本の科学研究をサポートする必要はあるのか、という問題がある。いわゆる”科学研究バブル”の問題である。これは、1995年から最初の5年で17兆円、次の5年で24兆円、そしてこれからの5年で25兆円という資金が投入されたという問題である。そして今やついに国の借金は800兆円の規模である。

かつて、江戸末期に薩長連合に攻め込まれて財政破綻し大政奉還。徳川幕府の家臣として山岡鉄舟先生(正宗鍛刀記)は、明治維新となった後、維新の功労者として貴族へ召された際にこういったという。(【157】 山岡鉄舟と勝海舟:伝導型人間vs輻射型人間 2004/01/29(Thu)

”食うて寝て働きもせぬ御褒美に蚊(崋)族となりて又も血を吸う”(鉄舟)

私は、今こそ、”科学研究バブル”時代の日本の大学人たちには、この鉄舟先生の心構えが大事なのではないかと思うのである。今の日本の大学人にはこの謙虚さがない。むしろ、同じ状況で勝海舟が言ったという、

”今までは人並の身と思いしに五尺にたりぬ四尺(子爵)なりとは”(海舟)

の方に近いのではなかろうか。

最初の17兆円でも足りない。次の24兆円でも足りない。そしてまだ25兆円でも足りないという。ではいったいいくらなら足りるというのだろうか。

鉄舟先生は、自分は年金をもらってはいたが、それをほとんど民間人の事業の借金返済につぎ込み、自分自身はいつも清貧に甘んじていたという。

山岡鉄舟先生のような科学者は今はいない。みんな勝海舟のようだ。子爵になった勝海舟は晩年正妻と数人の妾といっしょに暮らしていたとさ。
2006/02/16のBlog
いやはやトリノ・オリンピックは日本にとって厳しい状況が続いているようだ。
期待高すぎ?環境悪すぎ? 日本苦戦、届かぬメダル

この記事では、「●育成環境悪く」で日本のウィンタースポーツの環境悪化の問題 、「●中韓勢が台頭」で中国韓国などアジアの新興国の活躍の問題、「●高すぎる期待」で日本のマスコミの風潮の問題などを紹介している。

この記事は、最後に、放送プロデューサーのデーブ・スペクターさんの次の言葉で締めくくられている。
「日本のメディアが大会前にはしゃぎすぎ、期待しすぎた。まさに滑っている。スポーツではなく、イベントのような取り上げ方だった」

しかし前回のソルトレーク・オリンピックの時、私はすでにこうした問題の全部以上を分析していたのである。たとえば、こう指摘していた。
#844 日本のマスコミの自他認識障害とセックスオリンピック!:勝つと思うな、思えば負けよー!! 2002/02/18

”かつての日本人は「勝つと思うな、思えば負けよー!」って歌って
いた世界唯一の国民だったんだけどね。メダルはあくまで勝負やレースの結果、
勝とうと思って戦う前に自分に負ければ、その結果の勝負にも負ける。
まったくその通り。良い歌ですな!!スケートの選手がそれを見事
に証明してくれました。つまり、目先の小損にこだわりもっと大損をする
っていう貧乏父さん路線はだめだよって歌っているわけ。やはり
昔の日本人の方が健全だったわけだ。”

”何度もここで私が言っているように、オリンピックは「参加することに意義がある」
金持ち父さんのゲーム。オリンピックで世界中の女/男とセックスしてくる
とか、愛を分かち合ってくるとか、世界中に友人を作ってくるとか、
もっとワイルドに人生を楽しまないとだめ。将来の伴侶を見つけるとか
最高のチャンス。勝負は二の次のはず。世界記録はどの大会でも狙えます!!
オリンピックはオリンピックでしかできないことをやる。これですな!”

スケート競技に関しては、それから4年後の今回もまったく同じことが繰り返されたということである。つまり、日本スケート協会に”問題あり”ということである。少しも学んでいない、ということを証明したからである。

マスコミ(=マスゴミ)に関してはこう書いていた。

”それに比べると、日本のマスコミの皆さんは、オリンピックにかこつけ
て、アメリカで羽目をはずしてのびのび日本ではできないことを
やってたいへん楽しんでいるようですな!NHKの青山さんもえらい色っぽく
つややかになっちゃって、緊張で引きつって潰れる日本選手を横目に、
相当に遊んでいるようですな!まったく本末転倒ですな!
ほんと試合直前にインタビューなんかするなよ!邪魔ばかりしているくせにね!
トルシエだって試合前はマスコミは排除するだろ!”

”日本のスポーツマンは日本のマスコミ、スポーツ芸能界の食い物に
されているんだよ!選手には金メダルを要求し、それをレポートするって
名目でだしにされているだけなんだよねー!本当は、日本ではばか騒ぎ
やセックスできないからソルトレイクでセックスしまくっているわけだ。
うそだと思うんなら、誰が一番無料コンドームに手を出したか調べてみろってね。
日本のマスコミ関係者が一番多いと思うよ。帰国した後の分まで
持って帰っていたりしてね。コンドームの備蓄ってか?”

今回も全くこの通りで、日本の(というより、”東京の”、というべきか)独占企業化したマスコミテレビ局の”ために”日本のオリンピック選手達は存在しているかのようである。

つまり、マスコミ関係者は、「オリンピック取材」と称して、出張費から旅費実費などを会社に工面してもらう。「仕事」と称して、”適当にインチキ取材”をしては、あるいは”適当にだれでもできるようなインタビュー”をしては、オフの合間にグルメ三昧(めったに食べられないレストランにいけるから)とショッピング三昧(海外の一流ブランドを安く買えるから)と、極め付けは、セックス三昧(海外で日本では密会となるほかない恋愛関係を大手を振って続けることができるから)という生活を送ることができる。

一方、選手達は、莫大なる国民の期待に打ちひしがれ、現地で取材陣の目を避けてホテルと会場の行き来し、そして少しでもいい結果を残そうと摂生を続けておいしいものも食べることができないという日々を送らねばならない、ということなのである。

要するに、日本の社会は取材するマスコミの方が選手より偉い立場となって、”本末転倒している”ということなのである。「オリンピックは参加することに意義がある」というが、ここには隠れた主語がある。それは、「オリンピックは”選手が”参加することに意義がある」という意味である。決して、マスコミが参加することに意義があるのではない、ということである。

また、マスコミ関係者はどんな取材をしようがお構いなしに国に帰ればまた仕事を始められる。首にもならない。しかし、選手達はいい結果が残せなければ、職さえ失うかも知れないのである。選手生命すら絶たれかねないのである。こうした”厳しい”環境に置かれた選手達の邪魔をしているのに、その反省すらすることなく、再びトリノでも同じことを繰り返しているのである。結果は明らかだろう。

こうして試合を終えた選手達が日本に帰れば今度は”吉本系”のテレビ番組が選手達を食い物にしようと待ち構えている。わずかな出演料欲しさに己のスポーツ魂を売る選手に将来はない。オフの時は日本のテレビ局がまた日本選手達の足を引っ張るのである。

というわけで、私はもう一度ここに同じ言葉を書いておこう。選手達は一生に一度か二度という、そう多くはないチャンスをものにしてオリンピックに出場しているのである。そういった選手たちが”主”なのであって、マスコミが”主”ではない。マスコミは”黒子”に徹すべきものなのである。それゆえ、私はこう言いたい。

”少しはスケート選手にも試合前に羽目をはずさせてやれって。
メダル取ったらいくらでもセックスしていいぞ!って言ったら、
あるいはセックスくらい許してやれよ。腰痛にならん程度にね。そうすれば
メダル量産だってありえるさ!!実際、セックスは緊張を取り除く最高の
方法の一つなんだよ。これ世界の常識だよ。

日本の常識は世界の非常識。これ世界の常識って。オリンピックでも
言えてるねー!だからオリンピックは面白い。”


参考:
#905 ソルトレイクオリンピック総括:雑感じゃないよ! 2002/02/25
#886 オリンピックのメダルの数の意味するもの? 2002/02/23
これらはソルトレイクオリンピック2002にまとめられている。