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特集ワイド:新型インフル 過剰反応…いや、当然?

 ついに首都圏でも感染者が確認された新型インフルエンザ。街にはマスク姿が目立ち、どこもかしこも対策、対策の大合唱だ。「冷静な対応が求められる」とみんなは言うけれど……。“冷静と過熱のあいだ”にあるニッポンについて、識者3人と考えた。【小松やしほ、遠藤拓、山寺香】

 ◇弱毒性だからと油断しないで--東北大教授・押谷仁さん

 機内検疫や感染者の追跡調査は、国内で感染が広まった今となっては過剰で無意味な対策だ。しかし、2~3日前から急に通常の季節性インフルエンザと一緒だという認識が広がり対策の緩和が言われ始めたが、危機感を感じる。

 季節性と新型とは明らかに違う。季節性でも年1万~2万人が死亡するが、大半は高齢者で元々重い疾患を持っているのがほとんど。今回は肺炎から呼吸器不全を引き起こし、インフルエンザそのものが死亡原因となっている。しかも死者は若者だ。

 米国の状況を見れば今後何が起きるか想定できる。米国では感染者が確認されてから死者が出るまで1カ月あった。1カ月後には日本で死亡例が出てもおかしくない。特に妊婦やぜんそくなどの人は重症化する可能性がある。

 新型インフルエンザは弱毒性で、数十万から数百万人の死者が出るような事態にはならない。しかし、季節性と同程度の死者が出る可能性はあり、仮に日本で若者が数百人死んだら、大騒ぎになるだろう。死者が若者だった場合のインパクトは全く異なる。

 国のガイドラインは非常に病原性の高いものを想定しているが、新型インフルエンザの致死率は相当低く全部ガイドライン通りにする必要は無い。しかしまずは、どの程度の被害が出るのか、評価が重要。国が被害をどう見積もっているのかわからないが、少なくともきちんと国民に伝えられているとは言えない。その上で政治家は、企業の閉鎖など社会活動をどの程度制限するのか議論し、重症者を救う対策を検討すべきだ。

 マスコミ報道も冷静さを欠いている。どんな人が重症化してどうしたら救えるのか、報じてほしい。

 日本の対応はヨーロッパに比べて過剰だと言われるが、ヨーロッパでは日本のように感染拡大が確認されておらず状況が違う。日本の基準をはっきりさせ、早期に重症者を救う対策を講じるべきだ。時間をかけている暇はない。

 ◇責任逃れの「アリバイ」目立つ--元小樽市保健所長・外岡立人さん

 新型インフルエンザに対する日本社会の態度は、過熱どころかパニック状態と言っても過言ではありません。なぜならば、現時点で症状はそれほど重くないし、患者は無熱、無症状のケースもあるからです。危険度は季節性と同等か、軽微でしょう。普段、季節性でここまで手を打ちますか? 私見では、今の新型インフルが季節性と同程度でも、必要によって学校を閉鎖するぐらいで十分です。

 もっともらしい対応は企業に目立ちますが、職場の同僚が感染した際の自宅待機も、出社前の体温測定も無意味です。ネット上でこうした主張をすると、企業の危機管理担当者からの抗議が相次ぎます。対策のアピールに張り切っているのでしょうが、冷静になってほしいです。

 こうなったのも、国が「ひとまず心配しなくてもいい」とのメッセージをしっかりと出さないからです。万一の事態に対する責任を取りたくないため、「最大限やっている」とのアピールを続ける。まるでアリバイを証明しようとしているかのようです。それが必ずしも功を奏さないのは、空港での「水際作戦」が、関西における患者の大量発生を食い止められなかったことでも明らかなのに。

 パニックの一因はマスコミにもあります。「○○地域で○人発症」といった日々の動きを強調してばかりでは、不安は増幅される。「心配いらない」とのメッセージも、併せて伝えるべきです。

 ちまたではマスクの買い付け騒ぎにもなりそうですが、マスクが予防に役立つとの医学的な立証はありません。患者のくしゃみ、せきからの飛沫(ひまつ)物は、衣服や頭髪、持ち物などにも付着し、マスクだけでは防ぎきれない。着けるなとは言わないが、決定的な効果は期待できません。

 ともあれ、このパニックもじきに落ち着くでしょう。ウイルスは夏場に活動が低下するし、国民もそろそろしらけてくるはずです。病原性の高いウイルスに変わる危険性があっても、現時点で騒ぎすぎる必要はないでしょう。

 ◇金と健康はかりにかけるな--神戸女学院大教授・内田樹さん

 まずは健康優先でしょう。弱毒性だからそんなに慌てることはないといっているが、感染した人にとっては、弱毒も強毒も関係ない。感染経路も分からず、ワクチンもない。タミフルは副作用が心配だということを考えると、状況がよく分からない時には慎重な対応をすることが基本だ。

 一部メディアで「パニック状態」と言われているが、パニックになどなっていない。私は神戸在住だが、みんな外出を控えているので、街には人が少ないだけで、電車やバスもきちんと動いているし、ガス・水道・電気も通っている。都市機能はまひしていない。行政に言われたことに従い、おとなしく家でじっとしているのに、何がパニックか。マスクを買いに走るのは、公衆衛生の観点から見ても、ナチュラルな反応だと思う。

 石油ショックの際にトイレットペーパーがなくなったことや、阪神大震災のときに物がなくて困ったことと比べれば、何ということもない。流行させないために外出を自粛するなど、公共的福利へ配慮した行動で、公民としての意識がきちんとあると感心するぐらいだ。

 腹立たしいのは、市民の自粛で消費活動が不活発になった今、不景気へのさらなる打撃になると考えたのか、新型インフルエンザを過小評価しようとしているように見えることだ。

 神戸市では来週から保育園や学校で休校措置をやめようとする動きもあると聞く。子どもが休んでいると、親も働けず困るなどという声が出ているらしいが、つまりは金がらみ。経済だ。公衆衛生や疫学的な観点でなく、経済活動を戻すという景気優先で考えているのが見え見えだ。金と健康をはかりにかけるのか。

 今の季節だから、まだこのぐらいですんでいるが、本格的に流行する秋冬になったらどうするのか。私はコントロールできない自然の脅威に対しては、恐れを抱いた方がよいという考えだ。多少、過敏なぐらいが、人類学的には正しい態度だと思う。

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t.yukan@mbx.mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

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 ■人物略歴

 ◇おしたに・ひとし

 1959年、東京都生まれ。東北大教授(ウイルス学)。99~05年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局の感染症地域アドバイザーとして、SARS対策の指揮を執った。厚生労働省の「新型インフルエンザ専門家会議」委員。

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 ■人物略歴

 ◇とのおか・たつひと

 1944年、北海道生まれ。北海道大医学部卒。小樽市保健所長在職中の05年から、ネット上で「鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集」を主宰。退職後も在野の専門家として発言を続けている。

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 ■人物略歴

 ◇うちだ・たつる

 1950年、東京都生まれ。神戸女学院大文学部教授(フランス現代思想)。「『おじさん』的思考」など著書多数。ブログ「内田樹の研究室」(http://blog.tatsuru.com/)も人気。

毎日新聞 2009年5月22日 東京夕刊

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