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インタビュー 高橋 伸夫 氏
 
 
 

評価の点数よりも「分かってくれている」という思いが重要

─―日本型年功制において、経営者がやるべきことというのは何でしょうか。

高橋:  先ほど、「仕事の報酬は次の仕事だ」と話した裏には、重要な意味があります。つまり、「次の仕事」を報酬とするためには、経営者は次の仕事を作るために、投資しなければならないということです。

高橋 伸夫氏  
 

 昔の経営者はそれをやっていました。ある仕事が成功したことによって得た収入で投資するということは、新しい仕事が生まれるということです。新規事業を立ち上げれば新しい部門ができるし、既存事業の拡大であっても、社員にも昇進のチャンスとなる「次の仕事」が生まれたり、部下や後輩となる新人を採用したりすることになります。総じて会社が元気になるのです。

 正確に言えば、株主への配当を除けば、成果配分には二つの方法があるということなのです。一つは「賃金」、もう一つが今言った「投資」で、投資には必ず仕事がついてきます。ところが、人事コンサルタントや賃金の専門家は、成果配分というと賃金しか思い浮かばない。成果主義は成果配分の問題を賃金に限定させすぎたという意味で、経営者の思考を退化させました。

 実際、経営者が交代すると、多くの経営者が最初にすることは人事です。最近は成果主義が流行ったので、人事制度を変えることも随分としました。しかしこんな“内向き”の仕事は、経営者が「やる」と言えばいつでもできるようなことです。一方、投資は成否が見えず、失敗するかもしれない。それを恐れて、手っ取り早く人件費削減に動いているだけなのです。確かに人件費を削減すれば短期的に利益は出るかもしれませんが、こんなことを続けていたら、結局、会社全体が萎縮していくだけなのです。

 投資をして、といえば、多くの経営者は「そんな金はない」と言うでしょう。ところが、同時に、敵対的買収されることを心配しているのです。投資ファンドに狙われるくらいの内部留保があるのなら、投資ファンドへの増配で放出してしまう前に、その分自社の新規事業や既存事業の拡大、つまり会社や従業員のために使えばよい。本来、経営者がやるべきなのは、リスクをとって、投資して、新しい仕事を増やすこと。なぜそれをやらないのでしょうか。発想を変える必要があると思います。

――日本型年功制において、経営者や人事担当者はどのように社員の仕事を評価すればよいのでしょうか。

高橋: 言わずもがなですが、仕事とはとても多面的なものです。ある開発チームのプロジェクトが成功したとします。しかしその成功は、たった一人の手柄ではなく、誰かがリーダーシップを発揮して、誰かがムードを盛り立て、誰かが馬車馬のように働き、誰かがものすごく良いアイデアを出して、誰かがミスして足を引っ張った――といったことの結果です。それらをいちいち自己申告させて一元的に評価するなんて無理ではありませんか。それぞれの仕事の役割や質が全然違うのですから。

 無理に点数にして一元評価しなくても、上司がきちんと見ていれば、その社員がどんな仕事をしたか分からないはずがない。自己申告を受け付けること自体が企業にとって深刻な問題だと思います。

――しかし、会社の人数が多くなってくると、上司は一人ひとりの仕事まで見ていられないのではないではありませんか。

高橋:  努力のしがいはあると思いますよ。というか努力すべきですよ。

 分かっている人が評価するべきだというのは、たとえ細かいところまで見られなくても、社員が「この上司は私がどんな仕事をしているか分かってくれている」と心のどこかで思うことができれば、頑張れる。それこそが「自分は評価されている」ということでしょう? 一元評価で高い点数をもらうことや高い給料をもらうことが「評価されている」ではなかったはずなのです。

  高橋 伸夫氏
   

 もし自分の名前と顔も一致していないような上司から、高い点数と高い給料を通知するメールを送りつけられても、「ああ、この上司は私のことを評価してくれている」なんて誰も納得しないでしょう? 普通は「一体どうやって計算したんだろう」と不思議に思うだけです。

 ある大企業の社長と一緒に自動車に乗り込んだことがありました。その社長は、車で移動している数十分間、同乗した労務担当役員に向かってずっと社員の氏名を連呼していました。「○○は今どこで何をやっているか」「○○は××の支社に行って3年目だな」「○○のお袋は入院したと聞いたが大丈夫か」といった具合です。

 その社長が特別かというとそうでもない。GEの元CEOのジャック・ウェルチ氏は、3000人もの社員の名前と顔を覚えたと言われています。これはGE流のカルチャーなのかもしれませんが、GE出身で日本にある外資系企業の役員に就任した外国人経営者は、日本語がほとんどできないのに、日本国内の工場を視察に行くときはノートを作って社員の名前と顔を一生懸命覚えてから出かけるのだそうです。そして、現場で顔を見つけると名前で呼んで声をかけるわけですね。

 大企業ですらそうなのですから、中小企業で「評価シートを導入しよう」などと言っている社長っていかがなものでしょう。社長が部下の名前も知らなければ、誰がどんな仕事をしているのかも分からないでどうしますか。その社員が具体的に何をやっているかまで知らなくても、せめて名前と顔だけでもいい。社長が工場に来て「やあ、○○!」と声をかけるだけで、社員や周囲の気持ちが全然違う。実際、そういう社長でなければ、社員はついていく気持ちにもならないでしょう。

――評価以前に、経営者が現場を知る努力が必要ですね。

高橋: そうなんですよ。ある企業の幹部の方が、「社長が成果主義を導入したいというのでどうしたらよいだろうか」と相談に見えました。その社長が言うには、「社員の会議がたるんでいるので、現場のビビッドな雰囲気が伝わってこない。ここは成果主義でも入れてビシっとやりたい」というわけです。「成果主義“でも”入れて」って、訳が分からない。

 私はその方に言いました。「あなたや社長が何を考えているのか、私にはさっぱり分かりません。もし私が社長だったら、すぐ車一台用意させてその現場を見に行きますよ」と。なぜ社長なのに現場を見に行かないのですか。社員たちも、ダラダラ会議で報告していると社長が来てしまうと思えば、会議だってすぐに雰囲気が変わりますよ。

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