日本将棋連盟の二〇〇八年度公式戦は後手の勝率が先手を上回った。なんと統計を始めた一九六七年度以降初めてだそうだ。それほど後手は不利ということなのか。
自らの人生を「後手」に重ねるのは、かつてサラリーマンから将棋棋士となり話題を呼んだ瀬川晶司四段。その異色棋士が、三十九歳にして名人戦の順位戦昇級を決め、新たな入り口に立った。
瀬川さんの歩みは、まさに紆余(うよ)曲折だ。棋士を養成する奨励会で年齢制限にかかり二十六歳で退会。その後、大学生活や会社勤めをしながらアマチュアで大活躍した。三十五歳の時に連盟が「特例中の特例」として認めた編入試験に合格、念願のプロ入りを果たした。
瀬川さんは著書の中で「先手が勝者とは限らない。後手には後手ならではのメリットがある」という。挫折が精神力を強めた。「あきらめず工夫し、努力すれば風向きも変わる」と説く。
会社勤めなどの経験も視野を広げた。外に出て知った将棋の楽しさが、一度は閉ざされたプロへの情熱を再びかき立て、厳格な連盟に新たな道を開かせる原動力となった。
瀬川さんの挑戦は、失敗してもやり直せる社会の必要性を示すとともに、厳しい境遇にある多くの人々の励ましとなろう。頂点を目指し、さらなる後手の妙味を見せてほしい。