第4回支援会レポート 2006.10.21
支援会第4回集会で弁護団が「目撃証言」検証実験の結果を報告
「林眞須美さんを支援する会」の第4回集会「和歌山カレー事件の謎に迫る市民の集い」が10月21日午後1時から、大阪市中央区の「エル大阪」で開かれました。集会には地元・関西だけでなく、関東、中部、中国地方など全国各地から約60人が参加し、現在、上告趣意書作成に全力を注いでいる弁護団などから報告を受けました。
その中で、集会当日の午前中、弁護団が行なった「目撃証言」検証実験の報告がありました。この報告は、有罪判決の重要な決め手とされた「女子高生の目撃証言」が、現実には不可能な「目撃」であったことを明らかにするもので、一・二審判決認定のおかしさ・不当性を参加者にあらためて強く実感させてくれました。
集会では、眞須美さんの子どもさんたちが「お母さんを助けてください」と支援を訴え、参加者は最高裁での逆転判決に向けて、無実を訴える眞須美さんの声を一人でも多くの市民に伝えていこうと決意を新たにしました。
以下、集会での主な報告・発言を紹介します(文責・山口正紀)
面会・手紙で眞須美さんを勇気づけて(三浦和義さん)
午後1時に始まった集会では、最初に支援会の呼びかけ人である三浦和義さんが自身の冤罪体験と結びつけ、メディアによる報道被害、無実の罪で何年も勾留される苦しみなどを訴え、参加者に「眞須美さんを勇気づけてください」と要旨・次のように話しました。
◆許せない検察の証拠隠し
ぼくがこの事件に疑問を持ち始めたのは、宮城刑務所在監中でした。新聞の第一報を見て、最初からおかしいと思いました。新聞記事には5W1Hが必要と言われていますが、逮捕記事には、それが欠けている。それは松本サリン事件の河野義行さんの報道、先日、上告棄却決定が出た恵庭冤罪事件の報道と同じです。「スジ」のおかしい事件には、共通するものがあります。それをこの事件でも、当初から報道で感じました。
ぼくの場合も、まさに「スジの悪い事件」でした。1985年に逮捕され、15年間近く鉄格子の中に閉じ込められて、4年前に無罪が確定しました。その過程で、絶対に許すことのできないことがありました。検察がぼくの無実を示す証拠を隠し続けていたことです。
ロス市警は「あなたは強盗にあったというが、その犯人を見たというのはあなただけだ」と言い、日本の警察・検察、マスコミも、ぼくがウソをついていると言いました。
ところが、二審の途中、弁護団がアメリカで目撃者探しを頼んでいた探偵が、ぼくらが銃撃されるのを目撃していたスタンレー・スペアさんを見つけ出しました。弁護団はその目撃者に会って詳しい供述調書をとり、東京高裁に出しました。
驚いたのは、スペアさんは事件直後、日本の警察・検察から聴取を受け、供述調書も取られていたことです。検察は15年間、その調書を隠し続けていました。ところが、弁護団が法廷で指摘しても、検事は「そんな調書はない」と言う。しかし、裁判所が「それでは証拠開示命令を出しましょうか」と言ったとたん、検事は「探してみます」と言い、その次の法廷で「探したらありました」と調書を出してきました。
もっと驚いたのは、その調書を取ったのが、なんとその公判を担当していた山田検事本人だったのです。これには、さすがに弁護団も激怒しました。
事件は、ぼくが言っていた通りの強盗事件だったことを、検察は最初からわかっていた。それにもかかわらず起訴したのです。
◆検察に都合のいい「状況証拠」だけの裁判
警察・検察は、一度逮捕すると、どうしても犯人に作り上げる。当然、物証はない。そのために、逮捕された人を犯人らしく仕立てる目撃調書などを作ります。時には関係者に免責を与えて被告人に不利な証言をさせ、それを「状況証拠」にする。そうして、被告人に有利な証拠は隠す。和歌山カレー事件もまったく同じです。
裁判官たちは、証拠なしで、どうやって判断するのか。警察・検察が作ったそういう「証言」や「状況証拠」ばかり見て判断する。ロス事件の一審もそうでした。
いま、同じ立場に眞須美さんがおかれています。ぼくの場合は、弁護団が有利な証拠を確保し、法廷で開示もさせました。しかし、カレー事件では、眞須美さんに有利な証拠は隠されたままです。
ぼくが初めて面会した時、眞須美さんは家族のことばかり話していました。19分間の面会時間中、自分のことはほとんど何も言わない。子どもたちのことばかりです。
ぼくは「眞須美さん、あなた、このままだと死刑判決が確定してしまいますよ、もっと自分のことを考えてください」と言いました。
幸い、上告審を前にして、安田好弘弁護士、中道武美弁護士らが弁護人を引き受けてくださいました。眞須美さん自身も一生懸命、冤罪をわかってもらおうとしています。ただ、最近、最高裁の審理が非常に早くなっている。それも考えなければなりません。
自分がやってもいないことで、何年も拘置所に入れられる。恵庭冤罪事件のOさんもそうです。それがいったいどういうことか。どんな気持ちになるか。もっていきようのない怒りに、「なんで自分が」と苦しむ。そんな時に、「おもて」にいる人たちからの手紙や面会に、どれほど勇気づけられるか。眞須美さんはいま、大阪拘置所にいます。激励のはがき一枚でもいいですから、出してほしいと思います。
それから、今度、講談社から出た「死刑判決は『シルエット・ロマンス』を聞きながら――林眞須美 家族との書簡集」、本人が獄中で書いたもので、いまの眞須美さんの心情が、とてもよくわかる本です。ぜひ読んでください。
新しい弁護士の目で、全記録を見直し(高見秀一弁護士)
三浦さんの話に続き、高見秀一弁護士が、事件とマスコミ報道の問題点、一審以来の裁判の経過、上告審に向けた弁護団の取り組みについて、要旨・次のように報告しました。
◆マスコミが「毒婦」にした
私は、一審の裁判から弁護団に加わってやってきました。
この事件は、捜査段階でマスコミが眞須美さんを「毒婦」にし、その報道が世間の注目を集めた事件です。家を取り巻いた報道陣に眞須美さんがホースで水をかけている映像が何度も放映され、それが彼女のイメージにされました。
捜査段階で彼女は黙秘権を行使し、一通の調書もありません。それも非難されました。弁護人にも抗議が来て、マスコミの論調も「本当のことをしゃべらせるのが弁護士の仕事だ」というふうになり、「黙秘はけしからん」「弁護人は接見内容を公表するのが当たり前」という風潮が作られました。
事件が起きたのは98年7月25日。当初は食中毒とされ、次に青酸化合物、最後にヒ素が原因ということになりました。
捜査は、非常にお粗末でした。一審判決も「証拠がどういうルートで鑑定人までいったのかが、書面で残されていないのは問題」と言っているぐらいです。資料、写真がきちんと残っていない。
「スプリング8」を使ったヒ素の鑑定分析にも問題があります。林家から検出されたとするヒ素とカレーから検出されたヒ素が同じかどうか。鑑定した中井教授は「同じだ」と結論しましたが、その結果を起訴前にマスコミに話し、「悪事は暴かれるということを立証したかった」と言っている。鑑定の中立性のなさを示す発言です。
12月29日に起訴されましたが、動機は不明のまま。保険金詐欺は事実のものもありますが、カレー事件は詐欺とは性格が違う。カレー事件は、金と関係のない事件で、保険金目的にはならない。それを類似事件として無理やり起訴したわけです。
99年5月の初公判冒頭陳述で、検察は「被告人の悪性格を立証する」として、事件と関係のないことを並べた。弁護団は「事件と関係がない」と異議を申し立てました。
動機について、検察は一審で「地域住民に疎遠にされて激昂した」と主張しましたが、判決はそれを否定しました。つまり、動機なし。それでも①「カレー鍋を覗き込んでいた」という女子高生の目撃証言は信用できる②カレーと林家から検出されたヒ素は同じ③他に犯人の可能性のある者はいない――として、死刑判決を言い渡しました。
◆黙秘権を否定した二審判決
眞須美さんは捜査段階に続き、一審法廷でも黙秘しましたが、二審では保険金詐欺について具体的に証言しました。しかし、大阪高裁は「自分に都合のいい供述であり、信用できない」「最初に言わなかったことを突然言っても信用できない」としました。
黙秘権とは何か、がまったくわかっていない判決です。「黙秘したことを不利に扱ってはいけない」とした一審判決よりもひどい。「やっていないのなら、最初からやっていないと言わないのはおかしい」と。マスコミや世間一般も同じ言い方をしました。
しかし、被告人は、一切の証拠を持っていかれ、国家機関とたった一人で対峙しなければならない。自分の言い分を言うとしても、あいまいなことや記憶の間違いは往々にしてあります。100言うとして、一つでも間違いがあると信用してもらえない。だからこそ、黙秘権がある。それは、人類の叡智なのに、それをわかっていない。
一・二審有罪判決の決め手にされたのは、カレーを作っていたガレージの向かいにある家の二階から見ていた、という女子高生の「眞須美さんがカレー鍋を覗き、湯気が上がってのけぞった。タオルで汗を拭いていた」という証言です。
しかし、この証言には信用性がない。彼女の証言では、眞須美さんは「白いTシャツを着ていて髪の毛は長かった」となっていますが、当日眞須美さんは黒い服を着ており、他の証人も捜査段階では「黒い服」と言っていたし、当時、眞須美さんの髪は短かった。
ところが、法廷では、他の証人も「白い服」に合わせた。弁護団は、捜査段階での住民の聞き取りに関する捜査報告書の開示を求めました。しかし、裁判所はそれを認めなかった。真相解明というのなら、証拠を全部出して評価すべきでしょう。
やはり、検察は都合の悪いことがあるから、証拠を出さない。捜査機関が権限を持って集めた証拠書類は、全部出すべきではないか。
弁護団はいま、全力で上告趣意書を作成中です。上告審から安田弁護士、中道弁護士、石塚弁護士が入って、裁判記録を新しい目で見直してもらっています。
その中で、やはり女子高生の目撃証言がいちばん問題になっています。彼女は、「眞須美さんが、ガレージの中をうろうろしているのを見た」「道路の方を気にしながら見ていた」などとも言っていますが、そもそも二階からそれらが見えたのかどうか。
眞須美さんの二女は、「ガレージの中でずっとお母さんと一緒にいた」と証言していますが、裁判所はそれを「信用できない」と蹴りました。上告審では、女子高生の証言を崩すことが大きなポイントになると思います。
真実の私を知ってほしい(眞須美さんのメッセージ)
二人の報告のあと、集会参加者に宛てた眞須美さんの手紙が読み上げられました。眞須美さんはその中で、支援の輪が広がっていることへの感謝の思い、8月に出版した本を読んだ読者からたくさんの激励の手紙が寄せられていることなどを書き綴り、「マスコミが作った林眞須美ではなく、真実の私を知ってほしい」と、以下のように訴えました。
林眞須美さんの手紙(2006.10.20)はこちら >>
女子高生「目撃証言」を覆す弁護団の検証実験
高見弁護士が上告審のポイントに上げた女子高生の目撃証言をめぐり、弁護団はこの日午前中、ある検証実験を行ないました。検証の目的はズバリ、「ほんとうに向かいの家の二階からガレージの奥の動きが見えるのか」。
集会では、弁護団が、ガレージと「目撃者」の位置関係を示した略図、公判に提出された警察の「目撃証言」再現実験の写真、弁護団がこの日実施した検証実験の写真などをスクリーンに映しながら、実験の結果を詳しく説明しました。
弁護団はまず、スクリーンに「目撃者」とカレー鍋の位置関係を示す現場の略図を映しました。それを見ると、女子高生が目撃したという二階から、カレーを作っていたガレージの奥との距離は直線にして約15メートル。カレーは、いわゆる「ずん胴鍋」2つで作られていました。警察はその「目撃」状況を再現検証しています。その様子を撮影した警察の再現写真を映しながら、弁護団は次のように話しました。
◆女子高生が目撃したのは「別人」ではないか
女子高生「目撃」証言のポイントは三つ。一つは、「眞須美さんがガレージに一人でいた」、二つ目は、「彼女がカレー鍋の蓋を開けた」、三つ目は、「その時、鍋から湯気が上がって眞須美さんがのけぞった」というものです。ほかに、眞須美さんが、ガレージの中をぐるぐる歩き回っていた、という供述もあります。ただし、仮にそれらの供述が本当だとしても、それは「眞須美さんがカレー鍋にヒ素を入れた」という目撃そのものではない。
それに対する反証が、二女証言です。「ガレージの中にはずっと二人で一緒にいた」、つまり、眞須美さんが一人でガレージにいたことはない、という無罪を示す供述があります。
また、女子高生証言では、眞須美さんの服装は「上は白、下は黒、首にタオル」となっていますが、当日、眞須美さんは黒い上着を着ていて、タオルも巻いていない。そして、眞須美さんは、ずっと二女と一緒にいた。
女子高生が目撃したというのは「一人」。つまり二女証言の「二人」ではない。とすると、女子高生が目撃したのは、眞須美さん以外の第三者ということになるのではないか。
さらに問題があります。向かいの家の二階からガレージの奥の動きが実際に見えるのか。女子高生は捜査段階の供述では最初「1階で見た」となっていた。それが公判証言では「2階で見た」に変わりました。
実は、検察官も立ち会った再現検証の最中に、1階からではガレージの奥が見えないことがわかり、「一部を見た」に変わった、という経緯があります。
法廷証言では、女子高生が2階の部屋の網戸越しに、それもレースのカーテン越しにガレージを見たことになっています。警察の再現実験写真には、そのカーテンが映っている。レースといっても非常に布地の部分の多いカーテンです。私たちは、同じカーテンを探しましたが、そっくり同じものはなかったので、よく似たものを見つけて実験しました。
(ここで、警察の再現実験写真に写っていたカーテン、弁護団が検証実験に使ったカーテンの写真がスクリーンに映し出されました。レースの模様は違うが、布地の部分の多さは、ほぼ同じで、透過性はかなり低い。弁護団の実験では、カーテンの向こう側に何人かが立ち、それがどのように見えるか、カーテンの手前から写真撮影しています。弁護団は、その写真をスクリーンに映しながら)
どうでしょうか。皆さん、カーテンの向こう側にいる人が男か女か、わかりますか。
(実験台になった男性Aさんは、Tシャツに黒い短パン、別の女性BさんがTシャツに黒いスカートでしたが、スクリーンに映ったカーテン越しの姿からは、短パン姿の男性Aさんの方が女性のように見えます。つまり、布地の多いカーテン越しでは、男女の区別も難しいことが、参加者にはよくわかりました。)
実験の結果、カーテン越しでは個人の識別が不可能なことがはっきりしました。女子高生証言にあった「カレー鍋の湯気」は、とても見えない。服装、人数などから考えて、女子高生が見たというのは、実は違う人だったのではないか。そう考えると、女子高生証言は、むしろ眞須美さんの無罪を示す証拠になる可能性があります。