自宅軟禁が続いていたミャンマーの民主化運動指導者アウンサンスーチーさんが起訴され、18日に法廷での審理が始まる。
罪状は奇妙なものだ。スーチーさん宅に米国人男性が湖を泳ぎ渡って無断侵入した。これが軟禁条件に違反する部外者との無許可接触にあたり、「国家転覆防御法」で有罪となれば最長5年の禁固刑だという。
スーチーさんの軟禁は今年中に解けるはずだった。来年は20年ぶりの総選挙が予定されている。米国人の侵入が全く偶発的な事件だったとしても、スーチーさんの選挙への影響力を封じ込めたい軍事政権が「渡りに船」と利用したのではないか。
すでに欧米諸国から、怒りの声とスーチーさん解放の要求が噴出している。日本政府も外交ルートで「深い懸念」を伝えた。しかし軍事政権は耳を傾けそうにない。
ミャンマーは国際的に孤立しているように見えるが、中国やインドとは関係が深い。中国にとってミャンマーはインド洋への経路という戦略的要地であり、天然ガスなど各種資源の開発や購入を拡大してきた。この動きに対抗し、インドもミャンマーを支援している。
この中印両国の影響力は重要だ。ミャンマーの隣国として、しっかり対応してほしい。来月64歳になるスーチーさんは、血圧低下や脱水症状など健康悪化も伝えられた。国際社会の協力を集めて、不当な断罪の阻止と解放を実現したい。
もちろん、国際社会の働きかけとは別に、軍事政権の自省も必要だ。
ミャンマーでは88年の民主化要求デモに対する軍の無差別発砲という惨事を経て90年、公正な総選挙でスーチーさん率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝した。しかし軍事政権は民政移管を拒み、やがて7段階の民主化プロセス案「ロードマップ」を提示。これに沿った新憲法起草と国民投票による採択までやっと進み、来年の総選挙を控えている。
ところが新憲法は、国会議員の25%を軍が指名し、議会が選出する大統領には「軍事的識見」が必要だとするなど、軍部による国家指導を事実上、制度化する内容だ。
この新憲法を採択した昨年の国民投票は、超大型サイクロンの被害が続く中で強行された。その前年の、僧侶を中心とする大規模デモ鎮圧の過程で日本の映像ジャーナリスト、長井健司さんも射殺された。僧侶を含む多数のデモ指導者らに禁固65年といった厳刑が下されもした。
これら数々の無理押しに続くスーチーさん起訴は、非人道的であると同時に、軍事政権が掲げてきた民主化プロセス案が偽りの看板に過ぎないことを示すものだ。
毎日新聞 2009年5月18日 東京朝刊