殺人など重大事件の裁判(一審)で市民が裁判官と一緒に審理する裁判員制度がスタートした。早ければ七月下旬にも初公判が開かれる見通しだ。期待や批判、不安が錯綜(さくそう)する中での船出となったが、「身近で開かれた司法」の実現に向けて画期的な改革を大きく育てたい。
これまでの裁判は、法曹三者(裁判官、検察官、弁護士)に委ねられてきた。長期間に及ぶ専門的で難解な審理は国民の司法に対する関心を遠ざけるとともに、社会常識とはかけ離れた判決内容をもたらす要因になるなど弊害を生んできた。
これに対し裁判員制度は、六人の裁判員が三人の裁判官と対等の立場で話し合い、有罪・無罪や量刑を決める。市民感覚と健全な社会常識を裁判に反映させることによって、司法への国民の理解と信頼を高めようというのが狙いである。
しかし、人を裁くという重い責任を負うだけに、抵抗感は強く、課題も多い。二〇〇四年五月の裁判員法成立以降、法曹界を中心にPR活動や模擬裁判など施行への準備が進められてきたが、万全とはいえない。
例えば公判前整理手続き。迅速な審理によって裁判員の負担を軽減するため、公判の前に証拠を出し合い争点などを絞り込むものだが、迅速化を優先するあまり真相解明がおろそかになって冤罪(えんざい)を生まないかと懸念する声がある。法曹三者が工夫を凝らす「分かりやすい審理」にも問題が潜む。切断された遺体の生々しい写真などでの立証方法が遺族らに衝撃を与えた裁判もあった。裁判員が萎縮(いしゅく)せず積極的に意見を出せる雰囲気づくりも問われよう。
司法、立法、行政の三権のうち国民の意思が直接反映されていないのは司法だけ。「お任せ裁判」を脱して、主権者である国民が裁判に直接参加し、社会の問題と向き合い考える意義は大きい。制度の趣旨を生かすためにも、理解され、参加しやすい環境づくりが欠かせない。
そのためには硬直した押しつけ的運用は禁物だ。三年後には制度の見直しも規定されている。裁判員の辞退理由の柔軟な運用や、裁判の中で浮かび上がってくる問題点を積極的に改めながら進めていくことが重要といえよう。裁判員経験の社会での共有化が制度への信頼を高める基盤ともなるだけに、裁判員への罰則付き守秘義務の扱いにはさらに検討を要する。日本の司法制度改革の歴史的スタートを、より開かれた司法と国民の社会参加につなげたい。
「漢検」で知られる財団法人「日本漢字能力検定協会」(京都市)と親族企業の不明朗な取引をめぐり、前理事長と長男の前副理事長親子が京都地検に背任容疑で逮捕された。
公益法人には認められない多額の利益を上げていることが一月に発覚した問題は、刑事事件に発展した。年末の風物詩ともなった「今年の漢字」イベントを主催したり、三百万人近くの漢検受検志願者を抱える協会への信頼を裏切った責任は重い。
逮捕容疑は二〇〇五年九月から〇九年一月までの間、協会が広告代理店などに直接発注した業務を、前理事長らが役員を務める広告会社「メディアボックス」が仲介したように装い、実態のない「進行管理費」などの名目で計約二億六千万円を水増し請求し、協会に損害を与えたとされる。
同時期に前理事長ら親族がメディア社から受け取った役員報酬と株式配当は計約一億八千万円に上る。取引は協会の理事会に諮っていなかったという。
要するに前理事長らは、独断でトンネル会社を使い多額の収入を得ていたとみられる。事実とすれば、公益法人を私物化して私腹を肥やしていたことになり、腹立たしさが募る。
前理事長らの別の親族企業への業務委託や、高額の土地建物購入なども判明している。検察の手で金の流れやチェック体制の実態など全容を徹底解明してもらいたい。
外部から招かれた新理事長は、親族企業に対し損害賠償を請求する方針を明らかにしている。信頼回復に向け、厳格な対応が求められる。
協会を監督していた文部科学省の責任も重大だ。天下り批判などを受け公益法人の改革が進んでいる。厳しい姿勢で運営透明化などを図る必要がある。
(2009年5月21日掲載)