新撰組異聞・ある哀の詩 土方細腕奮闘記 作・暫 御無沙汰 (其の壱) 近藤 勇(こんどう いさみ)♂  土方歳三(ひじかたとしぞう)♀  沖田総司(おきた そうじ)♂♀  ナレーター  近藤   「歳・・・。その話は、本当か。」 土方   「副長の私の話を、お疑いになりますか。」 近藤   「いや。俺は、新撰組局長としてではなく、 一人の男、近藤勇として聞いているんだ。」 土方   「一人の男として、近藤勇として、私を愛して 下さるんですか。」 近藤   「男子たるもの、婦女子に乱暴を働く輩(やから)は斬らねばならん。       好きの嫌いの、惚れたはれたの話ではない。男として、だ。」 土方   「・・・そう、ですか。」 近藤   「・・・どうなんだ、歳。」 土方   「はい・・・。新撰組筆頭局長・芹沢鴨(せりざわかも)は、       昨晩私を寝屋(ねや)にて襲いました。あの男はケダモノです。」 近藤   「そうか・・・。総司はおるか!」 沖田   「は、ここに。」 近藤   「これまで数々の乱行狼藉(らんぎょうろうぜき)同じ新撰組局長として       もはや許せぬ。筆頭局長芹沢鴨及びその一派、局中法度(きょくちゅうはっと)       により士道不覚悟(しどうふかくご)とみなし、これより粛清する。」 沖田   「わかりました。新撰組一番隊、ただちに集合させます。」 近藤   「いや。それは無用。今後の為、他の隊士に内輪揉めは見せたくない。 あくまでも内密に、少人数で行う。」 沖田   「はっ。」 近藤   「どうだ。斬れるか、芹沢を。やつは強いぞ。」 沖田   「さあ、どうでしょう。難しい事はわかりませんが、 私はただ斬るだけです。」 近藤   「そうか。(抜刀して)・・・今宵の虎徹(こてつ)は血に飢えておる。行くぞ。       ・・・歳。」 土方   「はい。」 近藤   「新撰組局長としてではない。一人の男として、 お前の為に、俺は芹沢を斬る。」 土方   「局長・・・。お供させてください。」 近藤   「来るか。」 土方   「(刀を抜き)今宵の和泉守(いずみのかみ)は、 やけに輝きやがる。」 近藤   「俺の真似をするな。」 土方   「だって格好いいじゃないですか。私にだって やらせてください。」 近藤   「はは。好きにしろ。でもまあ、安心したぞ。 芹沢に乱暴されて、少し臆病になったかと思ったが。 お前の笑顔が見れて安心したよ。」 土方   「近藤さんにだけです。笑顔みせるの。 他のやつらにはもったいなくって。」 近藤   「うん。お前は、笑ったほうがいい。」 土方   「私も、近藤さんの笑顔が好きです。」 近藤   「うむ。・・・行くぞ。」  二人、退場。 ナレ   「時は幕末。動乱の時代を疾風の如く駆け抜けた狼達がいた。 京の都を維新志士から守護すべく結成された最後の侍達。 鉄の掟が最強の戦闘集団をつくる。局中法度(きょくちゅうはっと) 一つ、局を脱するを許さず。一つ、私の闘争を許さず。       一つ、士道に背くまじき事。これに背きし候者(そうろうもの)、       切腹、申し付けるべく候。」 沖田   「我ら!」 近藤   「京都守護職、会津中郎様御預(あいづちゅうろうさまおあずかり)」 土方   「新撰組!」 近藤   「新撰組局長近藤勇!ガキ大将の成れの果て、新撰組の局長の、心は一つ誠の旗に。       そこのけそこのけ邪魔するやつは、大業物(おおわざもの)との誉れも高い、       我が愛刀の虎徹(こてつ)の前に、血の華咲かせてくれようか。」 沖田   「新撰組一番隊隊長沖田総司!子供と思ってなめんなよ。剣の腕なら組一番。       にっこり笑って人を斬る。すらりと輝くその剣は、       菊(きく)一文字(いちもんじ)と申します。」 土方   「新撰組副長土方歳三!あの人焦がれてついてきて、       いつのまにやら鬼副長。サラシで巻いたふくらみは、       なんでもできる証拠なの!愛しい人がくれたのは、       天下の名刀、和泉守(いずみのかみ)!」 土方   「・・・格好いいなあ、これ。」 近藤   「だろう。俺が寝ずに考えた口上だよ。これをな、       斬り合いの前にぶちあげるんだよ。それでもう       半分勝ったようなもんじゃないか。相手もびびってヘッピリ腰よ。       なあ。多摩の百姓から出てきて、いよいよ俺達も武士になるんだ。       こういうのも必要だろう。」 土方   「うん!すっごいいい!なんか、スカっとしますよね!       俺達は武士なんだって!」 近藤   「だろ!だろ!」 沖田   「そうですかあ?」 近藤   「何?沖田君。何が気にいらないの?」 沖田   「そりゃあお二人のは格好いいですよ。ただ僕のですね。       この、子供と思ってなめんなよって、余計なめられたりしませんか?」 近藤   「だって」 土方   「子供じゃん。」 沖田   「なっ!?」 土方   「見た目そうなんだから仕方ないじゃない。」 沖田   「じゃあなんですか。僕の売りは少年剣士ですか。       ぼっちゃんサムライですか。」 近藤   「そうじゃないんだけどさあ、お前やっぱりおぼこいじゃない。       ぼっちゃんって感じがにじみ出てるんだよね。それはもう どうしようが拭いきれないし。そういうとこをしっかりと       認識していかないと成長ってないと思うんだ。」 沖田   「何の成長ですか。」 土方   「心も体も成長するんだって。そういう細かいとこ気にしてると       近藤さんみたいになれないよ。」 沖田   「別になれなくていいですよ。キャラ違うし。僕はね、       シュっとした天才剣士って路線なんですから。       近藤さんみたいに、ギャートルズの骨付き肉にくらいついて       ガハガハ笑ってるイメージじゃないんですよ。」 近藤   「しっつれいなやつだなお前。」 土方   「それが大人の魅力ってやつなんだ。総司にはまだ出せないね。」 沖田   「だから目指すキャラが違うからそんなの出せなくて結構です。       背脂ギトギトとんこつスープって感じじゃないですか。 近藤さんから出てるのって。」 近藤   「おい歳こいつもう斬れ。」 土方   「ラジャ。」 沖田   「うわあ!もう!やめてくださいよ!冗談ですよ。」 近藤   「まあ、なんだ。そのうちそれはなにしてやるから。       総司はとにかく自分のあれをなにしてくれ。       しっかり覚えろよさっきの。まあ、何事も形から、だ。」  近藤、退場。 沖田   「なんですかなにをあれって。さっぱりわかりません。」 土方   「わかれよ。この長い付き合いでなんでこう       ツウとカアになれないんだ。」 沖田   「土方さんはわかったんですか、今の。」 土方   「愛の、力だよ。」 沖田   「うわあ、恥ずかしい。」 土方   「恋を、したまえ沖田君。恋はいいぞう。       恋は、人を強くする。」 沖田   「恋、ですか。・・・恋はもう、してるんですがねえ。」 土方   「え?何?今何って。」 沖田   「私だって恋はします。」 土方   「はあ。・・・ええっ!嘘!」 沖田   「嘘にしたいんですがね。どうにも・・・。」 土方   「そうなの!へえー。意外意外。で、誰なのその、       恋の相手って。」 沖田   「嫌です。教えません。」 土方   「え?」 沖田   「言いたくありません。」 土方   「あら、そうなの?」 沖田   「はい。絶対に駄目です。」 土方   「まあ、ね。そこまで言うんなら仕方がない。・・・沖田君!」 沖田   「はい。なんですか。」 土方   「沖田君!新撰組副長として命令する!その恋の相手は誰なんだ!」 沖田   「何言ってるんですかあんたは!」 土方   「私は副長だ。新撰組の全てを掌握しなければならない。」 沖田   「職権乱用です!」 土方   「あはは!冗談だよ!あはは、まあいい。また、       機会があれば教えてくれ。」 沖田   「嫌です。機会なんてありませんから。あなたにだけは、言いたくありません。」 土方   「おいおい。総司、私の事が嫌いか?」 沖田   「嫌いじゃないです。嫌いじゃないですったら!・・・好きです。」 土方   「それはよかった。」 沖田   「・・・あの、・・・土方さん。」 土方   「ん?どうした?」 沖田   「近藤さんを、好きですか。」 土方   「うん!大好き!」 沖田   「・・・そうですか。あんまりあっけらかんと言われると、切ないなあ。」 土方   「京都まで来たのも、近藤さんについて来たかったからだし、       新撰組に入れて貰ったのも、近藤さんを守りたいからだしね。」 沖田   「近藤さん、剣道弱いもんねえ。」 土方   「あんなイカツイ顔してるのにねえ。私に負けても、[歳は強いなあ]って、       一回でも悔しい顔した事ないんだもん。」 沖田   「あれでよく芹沢さんを斬るとか言ってたなあ。」 土方   「うん。あれは嬉しかった。あの時、近藤さんが、[新撰組の為じゃない、       お前の為に芹沢を斬る]って言ってくれた時、ああ、私ってこの人の事       好きで本当によかったなあ、って思った。でも、       近藤さんに人斬らせたくなかったから、あたしもついていった。」 沖田   「それなんですが・・・土方さん。」 土方   「ん?」 沖田   「あなた、嘘を言いましたね。」 土方   「・・・そうか。総司にはわかったのか。」 沖田   「何故あんな事を。芹沢さんは確かに素行が悪かったですが、       あなたの事、太刀筋がいいと褒めてたんですよ。       歳はいい剣士になる。あれは天才だって。」 土方   「褒めて貰って、有難いなんて思わないよ。芹沢がどう言おうが       私は近藤さんに迷惑を掛けるやつは許せないんだ。」 沖田   「だから、襲われたと嘘を言ったんですか。」 土方   「どうせいずれはああなったんだ。芹沢が新撰組局長を振りかざして       京都で暴れまわって、金を借りた両替商に大砲まで打ち込んで、       新撰組が悪名を着せられた。斬ってなにが悪い。」 沖田   「あなたの嘘を大義名分に、芹沢を斬るのは意味がないんですよ。」 土方   「だって!そうでもしないと近藤さん、芹沢を斬れなかった。       あの人は、優しいから。・・・近藤さんは、知ってるのか。」 沖田   「・・・いえ、知らないと思います。」 土方   「お願い。総司。言わないで。」 沖田   「土方さん。」 土方   「お願いだから言わないで。この事知ったらあの人、私を嫌うかも知れない。       なんて卑怯な女なんだって追い出されるかもしれない。そんな事だけは       絶対に嫌!他の誰に嫌われてもいい、あの人に、あの人に嫌われるのだけは!       嫌なの・・・。」 沖田   「・・・士道、不覚悟ですよ、土方さん。」 土方   「私の局中法度は、近藤さんだけだから。あの人が新撰組唯一の       局長になる為に、私はなんだってしてきた。あの人が高みに上るなら、       私はこれからも何だってする。」 沖田   「・・・わかりましたよ。でも土方さん。もう少し回りにも目を向けて下さい。 近藤さん一人が新撰組じゃあないんです。それと、近藤さんに命を投げ出す人は、       あなただけじゃないんですよ。みんな近藤さんが好きなんですから。僕だって、  近藤さんに人斬らせたくないんです。だから芹沢も僕が斬ったんです。」 土方   「総司・・・うん。有難う。」 沖田   「泣かないでください。あああもう鼻が出てますよみっともない。ほら、 これで拭いてください。」