メディアは「無料」の縛りから解放されたい 「情報は有料」へのシフト――フィナンシャル・タイムズ(1)

フィナンシャル・タイムズ2009年5月21日(木)10:44
(フィナンシャル・タイムス 2009年5月17日初出 翻訳gooニュース) アンドリュー・エッジクリフ=ジョンソン

ネット上のこの記事1本を新聞紙面で読むとなったら、いくらなら払いますか? 印刷されたフィナンシャル・タイムズ紙一部は全体で平均5万語。対するこの記事は約2000語。とすると単純計算すれば、新聞一部の値段の約4%に相当するはずで、となるとこの記事一本の値段は10セント(17.5ユーロ、8ペンス、約14円)ということになる。

記事のテーマに特に関心のある読者なら、もっと払ってもいいよと言うかもしれない。しかしそれ以外の読者にとっては、何の価値もないものだ(などと認めたがる記者はいないが)。

同じようなやりとりが今や、ニュース業界やメディア業界のあちこちの役員室で繰り返されている。ほとんどのコンテンツ・メディアがこれまで進めてきたデジタル戦略の基礎そのものが、経済の失速によって揺らいでいるからだ。

もう10年以上も前からインターネットの世界では「情報は自由になりたい、情報はタダになりたい」という「正論」が主流を占めてきた。しかし出版社も放送局もゲーム開発者もここへきて、広告収入モデルだけでは無理だと気づき始めているのだ。自分たちがたくさんの予算をかけて作るコンテンツにマッチするものと期待していたデジタル・ビジネスモデルが、もうこれ以上は持続できないと、みんな分かってしまったのだ。

その結果、これまで「情報スーパーハイウェーはタダ」という前提に慣れきっていた消費者の前に、今後は次々といくつもの料金所がたちはだかることになるだろう。

メディア大手ニューズ・コーポレーションのルパート・マードック会長がこの5月、メディア業界における考え方の変化を端的に言い表してみせた。「我々は今、コンテンツの価値について画期的な議論のまっただなかにいる。現行モデルが故障していることは、多くの新聞がはっきり気づいている」 マードック氏はこう述べて、英タイムズ紙など一般紙のオンライン記事を有料化する計画を発表した。

ニューズ・コーポレーション傘下の「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」は、フィナンシャル・タイムズと同様、オンライン有料化をすでに実施している数少ない経済専門紙だが、このWSJもマードック会長の発表から間もなくして、(1) 有料定期購読にはプレミアム・コンテンツのランクを追加する、 (2)たまに読みに来る不定期読者には記事1本ごとに課金するマイクロペイメント(少額決済)の仕組みを導入する――などと発表している。

英ガーディアン・メディアグループや米ニューヨーク・タイムズといった新聞の親会社もやはり、専門的な内容のオンライン・コンテンツについて課金制を検討している。しかしこの有料化の議論は、経済危機で大打撃を受けている活字メディアに限られたものではないのだ。

タイム・ワーナーのジェフ・ビュークスCEOは「どこでもテレビ(TV Everywhere)」構想を掲げて、業界内の支持を得ようとしている。この「どこでもテレビ」が実現されれば、ケーブル視聴契約を結んでいる人のみが、ケーブルテレビの番組コンテンツをネットでタダで観られることになる。テレビ業界で初めて番組をネットで無料提供したウォルト・ディズニーも、視聴契約を主体としたデジタル・サービスを模索している。

音楽業界も同様だ。ネットからの違法ダウンロードで巨額損失を被った音楽業界は、アップルのiTunesなど合法的な音楽サイトでようやく利益のほんの一部をかろうじて回収できるようになった。なので業界は現在、ミュージック・ビデオ用の有料サービスを作ろうとしている。ユニバーサル・ミュージックはYouTubeと共同で、プロ・ミュージシャン用のコンテンツサイト「Vevo」の開発にとりかかった。広告収入型のサービスとして開始する予定だが、ワーナー・ミュージックのエドガー・ブロンフマンCEOは今月、「広告以外の収益を生み出す方法がしっかりなければ」そのようなサイトはうまくいかないと警告している。

デジタル配信によってミュージシャンのアルバムは一曲ごとに切り売りされるようになり、消費者は自分がほしい曲だけ買うことができるようになった。そして今や音楽以外のメディア各社も同じような現象に直面している。消費者が金を払ってでも読みたい、あるいは観たいと思うのは、新聞紙面でいうところのスポーツ面のオンライン版のみ、あるいはゴールデンタイムの人気番組のみかもしれない。だとすると、スポーツ面ほど人気のない面や人気のない時間帯の番組は、販売に苦労してしまう――そういう課題に、メディア各社は直面しているのだ。

マイクロペイメントは解決策の一部にしかならない。しかしメディア各社がそういう手段を検討しているという事実だけでも、メディア各社のビジネスモデルの核心であるネット広告が、いかに期待を下回っているかが明らかだ。

インターネット広告は、従来よりももっと効果的に消費者を選別するので、そのターゲティング能力によって今まで以上の広告効果を上げることができる――という約束があったからこそ、広告主は広告費用をオンラインにシフトしたのだし、だからこそメディア各社はネット上でコンテンツを無料化したのだ。同じメディア各社が従来の新聞紙面や雑誌やケーブル・チャンネル上では広告収益と講読(視聴)収入の両方に依存し続けたにもかかわらず、ネット上だけが無料だったのだ。

ネット広告収入の急増に伴い、無数のベンチャーも既存メディアもこぞって、同じビジネスモデルを追い求めて走り始めた。しかしオンライン広告に依存した全てのビジネスモデルを満足させるほどオンライン広告が急成長するなどと信じたのは「集団的な精神病のようなものだ」とFT.comのロブ・グリムショー担当役員は言う。

むしろネット上のニュースは今、完全に供給過多の状態にあるとグリムショー氏。まともに差別化されていない膨大な在庫が、広告料を引き下げてしまっているのだと。「出版業界の大部分は無料サービスから離れる必要がある。広告サイドの数字はまったく見合っていないのだから」

FT.comは無料コンテンツと有料コンテンツを組みあわせた「ハイブリッド」方式をとっている。読者がサイトを使い始めてしばらくは何本か無料で読めるが、その本数を超えたらまず登録を求めて、その次には有料購読を求めるというFT.comの方式は、今のところFT独自のものだが、検討しているメディアはいくつかある。

英大手広告代理店ゼニス・オプティメディアによると、世界中のオンライン広告収入は2003年〜2008年にかけて年平均32%成長したが、2008年〜2011年には19%に下がる見通しだ。米英などの成熟市場では、オンライン広告の成長率は昨年末にほぼゼロになり、今年はさらにマイナスになるかもしれないという。急成長しているテレビ・映画サイト「Hulu」でさえ、広告スペースを売り切るのに苦労しているのだ。

広告業というのは常に周期的に変動する商売なので、経済展望が改善すれば今まで以上の成長は可能だと、既存メディア各社のオーナーたちは考えている。しかし既存メディアは同時に、デジタルモデルを使った実験的施策にかつてないほど資金や人材を投入している。米投資銀行ラザードでメディア・コンサルティングを担当するジョン・チャチャス氏は、多角化の試みは論理的なことだと言う。新聞業界は「費用モデルだけでなく収益モデルも変える必要がある。コンテンツの有料化はそのひとつだ」と。 (続きへ

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フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。

(翻訳・加藤祐子)

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