■□自慢のエヴァット□■

最終話

僕は腕を親父の前でグルグル回してみせた。親父が頷く。完治だ。

「さぁ・・・始めよう」
「ああ。ゼーレの連中の面、拝むとしようぜ」

司令室の明かりが消える。セフィロートの樹と言うらしい気を模した何かの幾何学的な文様がホログラフとなって浮き上がる。は・・・僕はその無駄に金の掛かった装置を鼻で笑った。コケ脅しもいいとこだぜ、こんなもん。

「定例報告会を・・・ん? 碇、そこにいるのはサードチルドレンかね」

ぼぅっと浮き上がった11個のホログラフに映し出される年寄りの集団が、僕と親父を囲むかのように現れる。僕は不敵に笑う。親父もいつものポーズをとってニヤリと笑った。

「キール議長、本日は重要なご報告があります」

キールと呼ばれた中央の一番えらそうな爺に向かって親父は朗々と宣言した。

「最後の使徒は・・・二ヶ月前に殲滅しました。ご報告が遅れましたことをお詫び申し上げます」
「・・・何? 碇・・・それはどういうことだ?」
「それは僕から説明させてもらうぜ」

僕は待ってましたとばかりに口を挟んだ。爺は一瞬だけ眉をひそめたが、「良かろう、報告を聞こう」と鷹揚に頷く。僕は親父に教わった通りに手元の端末を動かす。ホログラフが浮き上がって、渚カヲルの姿が映し出された。

「・・・サードチルドレン。 この少年は?」
「使徒さ。最後のな」

ざわり・・・と一瞬だけ爺たちが色めき立つ。そしてボソボソと小声で呟きあった。

「詳しい話を聞かせてもらおうか」
「いいぜ。こいつはヒトの姿をして・・・僕らの前に現れたんだ。そんでな・・・」

僕はとうとうと語り始めた。

「・・・つーわけで・・・僕の華麗な体術とファーストチルドレンの機転によって・・・最後の使徒は殲滅されたってわけさ。この顛末は僕がどうしても直接話したかったんだ。だから、腕の怪我が治るまで・・・報告は待ってもらったのさ。悪いね」

話し終えると、大儀そうにゼーレの老人達は頷いた。

「そうか、事情はわかった。ご苦労だったな、サードチルドレン。しかし・・・なぜ自らの口で話したいと?」
「そんなにわかりにく理由じゃねえさ・・・」
「先ほどから聞いていれば・・・少しは口を慎みたまえ。君は今、ゼーレの盟主の前にいるのだ」
「うぜぇな、下っ端は黙ってな。僕はこのえらそーなジーサンに話してんだ」

徐々に僕は本性を表しながら下品に笑い出した。ざわざわと11人の爺たちが騒ぎ始める。僕はひとしきり哄笑し終えてから、不敵に微笑んだ。

「そう言う口実がねぇとさ、お前らに会えないだろう? 僕が直接話したかったのはクソッ垂れた使徒の末路なんかじゃねえんだ。聞いてくれよ、そこのジーサン。僕らは・・・ネルフはさ、お前らゼーレに造反する。その宣戦布告に来たのさ。ヒトの天敵、シトは残らず掃除したぜ。今度はヒトの寄生虫、お前らキチガイ爺を始末する時だ! 僕らネルフはヒトのクビキを引っぺがすことを認めない。僕の誇りを犯すことを認めない。愛するヒトを奪うことを認めない!」

一息に言い切って、あまりの快感に僕はぷるぷる震えた。ああ、すっきりだ。宿便を出し切った気分。親父が僕の後をついで立ち上がった。

「・・・使徒を倒す為に・・・あなた方はなかなか有用でしたよ。しかし・・・これ以降あなた方は必要ない。イカれた狂信者は用済み・・・そう言うことです。我々は、我々たるべくして、行動してきた。我々ではない何かにすがるつもりはありません」
「碇・・・その言葉、取り返しがつかぬぞ」
「左様・・・それは我々に対する明らかな敵対意思と見なされる」
「構いません。死は・・・何も生みはしませんからな・・・」
「死は・・・君達親子に与えよう」

唐突に、ホログラフが消えた。決戦の火蓋が切って落とされた瞬間だった。

「親父、なかなかイケてる啖呵だったぜ?」
「ふふん・・・連中、目を丸くしとったな」
「けど、どうする? あの連中、どっかのシェルターかなんかに隠れてんじゃねえの?」
「何、量産型のエヴァを残らず始末すれば、連中にできることは何もなくなるさ」
「オーーーケィ、それは任せとけ。リツコの準備は?」
「オリジナルMAGIは支部の紛い物に負けるような代物ではない。子供の杞憂に付き合う余地が無いほどな」
「それを聞いて安心したぜ」
「問題は・・・戦略自衛隊の地上軍だな。本部の戦力だけで抑えるのは難しい。できるだけ迅速に事を済ませるのだ」
「無茶言うなよ、相手は11匹もいんだぜ。根性入れて耐えな」
「何とかしてみせるさ。シンジ、死んだら許さんぞ」
「あんたもな、親父」

僕らは発令所に向かい、ネルフの主要なメンバーが集まっていることを確認した。ミサトが僕らの到着と、僕の表情を見てニヤリと笑う。怯えても仕方ない。ここが本当の正念場。ミサトは大声で「注目!」と掛け声をかけた。

「本日をもって・・・ネルフは最後の戦いに望みます。保安部長! 準備はよろしいかしら?」
「はッ・・・全隊、防衛ラインの構築完了しております!」
「・・・よろしい。指示を伝達します。支えきれなくなったら・・・ベークライトを注入、通路を物理遮断しなさい。後のことは考えなくていいわ。これに関しては、上位の指示を仰ぐ必要はありません。保安部長、あなたの判断に委ねます」
「了解!」
「発令所人員に伝達します。赤木博士?」
「キッツいワームを準備してあるわ。ふふ・・・楽しみね?」
「・・・えーっと、問題ないようね。次・・・」

ミサトは次々に指示を飛ばした。そして、最後に僕らパイロットの名を呼んだ。



「最後に・・・シンジくん、アスカ、レイ・・・作戦部長として、最後の指示を伝達します。エヴァ量産機を残らず殲滅しなさい。ヒトが乗っていたとしても、躊躇はなしよ。そしてここからは葛城ミサトとして、個人のお願い。死なないでね・・・全部終わったら、みんなで打ち上げしましょう?」

ミサトにマイクが手渡され、本部の全域に向けての放送が始まる。

「・・・全人員に告ぐ。本日ヒトマルマルマル時を持って、ネルフは対ゼーレ総力戦に突入する。厳しい状況が予測される。本部の防備は薄く、武器も乏しい。無理強いはしない。命の惜しい者は10:00までに退去することを推奨する!」

しばらくの沈黙。時計が十時の二分前まで進む。誰一人逃げようと言う根性無しはいなかった。

「残った奇特な連中に告ぐ。ようこそ、生き残ることも難しい、この戦争の時間へ! 私に、命を預けてくれることに深く感謝する! これは一部の傲慢を阻止する、意義ある戦いであるッ! 犠牲は無駄にはならない! 全員、決死せよ!」

本部全体がミサトの演説に、震える程の轟音を上げて吼えた。下士官も、整備班も、技術者も、事務のお姉さんまでが銃を手に、歓声を上げる。二週間かかって事情説明を行い、不満分子を説得し、ネルフを纏め上げたの他ならぬミサトだった。対人折衝こそ、ミサトの本分だったのである。ミサトの演説に「乗せ」られた本部の全員が吼え、絶叫する。

「我々は、許してはならない! 我々は、守らねばならない! 我々は、我々たるべきである! 負けられない、この戦いの為にこそ、ネルフは存在したのだ! 行こう、我々自身を、勝ち取るその為に! 作戦、開始!」

僕も、アスカも、綾波さえも、叫んだ。絶叫した。この熱量に、勝利を確信する。それは妄信かもしれない。だが、勝つんだ。勝つと決めた。僕らはケイジに向かって駆け出した。



「何も、司令まで前線に出る必要は・・・」
「赤木博士・・・気遣いは無用に願おう。息子が命を賭けているというのに、私だけが後ろで座っていられようか? 答えは否、だ」
「しかし・・・司令は総大将であられます」
「リツコ君、私は死なんよ」

私は敢えてリツコ君を抱き寄せた。ユイを亡くして以来、誰一人寄せ付けなかった。しかし・・・死ぬかもしれん。その思いが私を少しだけ弱くさせたのかもしれない。今まで、一人の女性も幸せにしてやれたことはなかった。ここで想いに応えないことは、私にはできなかったのだ。リツコ君の私への慕情は勿論知っていた。知っていて、その気持ちを利用してきた私は外道の類であろう。しかし、もしも生き残れたならば、その想いに応えるつもりではいたのだ。年甲斐もなく、胸の奥が熱くなる。今、彼女を突き放すことは残酷過ぎる。だから、私はリツコ君の額に口付けた。



それは不器用な口付けだった。顎の髭が私の額を擦り、くすぐったさに私は少女のようにむずがってしまう。涙が出るほど、嬉しかった。だが、司令は・・・ゲンドウさんはこれから死地に赴く。涙が、零れた。

「リツコ君。もう、行かねばならん。この続きは・・・後でな」
「はい・・・お待ちしております。ご無事で」

私の意志とは正反対に、優等生じみた答えが口を滑り出た。違う、こんなことを言いたいのではない。私は・・・泣いて、叫んで、行かないでと・・・しかし私は既にゲンドウさんの目を見てしまっていた。眼鏡の奥に隠された、気弱な瞳を。その瞳は彼の一人息子と同じように一つの意思の塊となっていた。止められようか? だから、私はせめてゲンドウさんが心配しないよう、気丈に振舞うべきなのだ。




「ぬおおお! やらせはせん、やらせはせんぞおぉ!」

司令の叫びと、連続して聞こえる銃撃音。右翼は劣勢か? しかし打つべき手は既に打っている。私は司令を援護すべく、その横に滑り込み、遮蔽のバリケードごしにグレネードランチャーをぶち込んだ。爆音に敵の悲鳴がかき消される。次いで、ベークライトが注入されて通路を塞いだ。これでしばらくは保つだろう。だが、こっちはもう駄目だ。ここも放棄してベークライトで封鎖するしかない。
「司令、ご無事ですか?」
「何とかな。葛城君のほうはどうだ?」
「今のところは無傷ですわ。左翼のラインも押されています、急ぎましょう」
「ああ。すまんが手を貸してくれるか?」
「構いませ・・・司令・・・その足は」
「兆弾を受けた。止血は済んでいる。そこの彼に・・・手当てしてもらったのだがな」

壁に寄りかかっていた若いネルフ職員。肩に手を置くと、彼は静かに横に倒れた。背中に大きな穴が開いていた。こんな状態で・・・司令の足の手当てを? 私の胸の奥が熱く熱くうずいた。

「司令、負けられません・・・負けられませんよ・・・この戦い」
「無論だ・・・行こう、味方が援軍を待っている」

私は司令に肩を貸し、左翼向かって走りだした。



本部施設防衛はさすがに劣勢のようだ。私は両手をフルに振るってキーボードを叩きながらモニタで状況を分析する。ドイツ支部のMAGIがスキャンをかけてきているのがわかる。小癪! 私はとっておきの侵食性ワームプログラムを迷わず回線に叩き込んだ。攻撃的意味の集合体であるその振る舞い設計書はデータというデータを腐らせ、有毒にする。ドイツ支部は程なくして沈黙した。次! 私は余裕すら感じていた。プログラミングで使徒を倒した私の腕は伊達ではない。世界の赤木はここにいる。どこの馬の骨ともわからないようなオペレーターの操るMAGIの紛い物に、私と、私のMAGIを倒せるわけがないのだ。

"「マヤ、000012,143444,10008,20004のポートにロック。攻勢防壁展開! 超えようとするアクセスがあったら、痛い目見せてやりなさい! 青葉くん、逆探知は?」
" 「アドレス 1C-DD-EF-4D-33-34・・・アメリカ支部、第3セクションです!」
「上等・・・日向君、思い知らせてやりなさい!」
「了解! 双方向圧縮ワーム、論理展開します!」
「次は・・・どこ? ああんもう、数だけは多いんだから!」

私は脳裏のすべてをロジックとして論理の攻撃を迎撃し続けた。



「っし・・・派手にやってんな! 今のトコ、まだ互角みたいだな・・・そろそろ行くぜ、アスカ、綾波!」
「了解! 皆殺しにするわよ!」
「了解・・・この日が・・・来たのね」
「行くぞオラー!!!」

シンクロのシーケンスが開始される。S2機関に火が灯る。四肢に力が漲る。ギリギリ復元に成功した第四世代エヴァット・ロンギヌスが辺りの空気をイオン化させて青白い炎を上げた。弐号機の周囲に発生した無意識に放出される溢れるようなフィールドの嵐がエヴァの拘束具を圧迫し、ギリギリと音を立てて破壊し始める。零号機が両手一杯に抱えた銃器を抱えなおし、金属の擦れる音が響いた。気合は充分。気力は充足。根性は据わって全員が熱く熱く奮い立っていた。武者震いが僕の体を震わせる。使徒一匹殺すのに四苦八苦、だが、今回はその使徒と同等の量産型エヴァが11機。数の上でも圧倒的な不利。それがどうした? 上等。上等だ!

カタパルトがリニアの電極に稲光を走らせる。僕らのエヴァは僕らを乗せて戦いの野に走り出した。

地上。まだ昼にもなっていない。眩しい太陽が照らし出す、11匹の小鳥ちゃん。羽を広げ、不気味な笑みを浮かべる白いウナギ野郎が漂っているのが見える。スカしてやがるぜ。だが、今日の僕らはスペシャルだ。簡単に勝てると思ってやしないだろうな? 僕と初号機は獰猛な猛獣の笑みを浮かべた。さぁ、始めよう! 最後の大喧嘩を!



急降下してきた一体を、僕の光の速度のエヴァットが迎撃する。気色悪い爬虫類を思わせるその頭を一撃の下に叩き潰し、翻す一撃をその胴に叩き込む! 吹っ飛んだ量産機の体を、綾波の両腕に抱えたロケットランチャーと陽電子砲が集中砲火、地に落ちた所を、アスカのフィールドが上半身を叩き潰した。

「まず一匹ぃ!」
「アスカぁ、いいトコだけ持ってくんじゃねぇよ!」
「獲物は早いモン勝ちよ!」

人が乗ってるかもしれない、何て一切考えなかった。乗ってたとしても、そりゃ乗ってる奴が悪いんだ。敵に種類なんか無い。それらは一体どんな姿をしていたとしても、殺すべき一つの個体でしかない。様々な姿をして襲ってきた使徒のすべてを殺しつくし、最後の人の姿のそいつを殺した時、僕らにタブーは消え去った。

アスカに張り合って身につけた回し蹴りが量産機の一体を捉える。量産機が手に持った槍をエヴァットで払い、エヴァットを持つ手とは逆の手で量産機をぶん殴る。アスカに真っ二つにされた量産機の一体の上半身が足元に転がってくる。僕は両手でエヴァットを振るって地面のそいつを三発ぶん殴ってぐちゃぐちゃの肉塊に変えた。

いける・・・勝てる! 僕らは確信した。そして、残った量産機を己の餌食とすべく、飛び掛っていった。

五匹目までは、ぐちゃぐちゃに潰してやったのを確認していた。だが、六匹目からは数えるのを辞めてしまった。エヴァットをロンギヌス形態に変え、それを縦横に振るう。切り裂き、殴り潰し、刺し貫く。綾波は六本目のランチャーを使い切ってそれを量産機に向かって投げつけているのが見えた。アスカの一撃がまた一体の量産機の上半身を吹っ飛ばす。

「くっそ、こいつら何匹いんだよ! 僕はもう六匹か七匹やったぞ!?」
「アタシは八匹! ぐちゃぐちゃにすりつぶしてやったわよ!」
「あぁ!? 計算合わなくねぇ?」
「再生・・・している」

僕らは一端集合して互いの背中を守るように立った。すりつぶしたはずの量産機の一体が、足元で急速に復元していくのが見えた。まるで、第七使徒の片割れみたいに。そしてすぐ、痛々しい姿をさらしていた量産機は元の趣味の悪い笑顔に戻る。僕らは愕然とした。何て野郎だ、あんだけボコボコにしてやったのに、すぐ治っちまうなんて!?

飛び掛ってきた量産機を切り捨てる。だが、そいつもすぐに自分を修復し始める。ヤベえ・・・僕は初めて危機感を感じた。このままじゃ、こっちが保たない!? 初号機はともかく、弐号機も零号機も電源は有限だ。それに僕だって、無限に活動できるわけじゃない。僕は悲しいかなシトではなく、ヒトだった。



弐号機のアンビリカルケーブルが切断されたところから、形勢が逆転し始めた。弐号機は程なくして活動を停止し、アスカが無念の叫びを上げる。僕は弐号機を守りながら戦わねばならず、消耗は一気に激しくなってきた。

「チッキショー! きたねえぞゼーレ!」
「碇くん・・・ケーブルが・・・」
「綾波も、イカれたか。くそ、ジリ貧だな」

綾波の姿がモニタに写る。綾波は、微笑んだ。

「碇くん、約束を・・・覚えてる?」
「おう、躊躇すんなってアレだろ?」
「・・・約束、守ってね」
「は? こんな時に何を・・・」

零号機が、僕との連携を廃して走り出す。僕が叫ぶ前に、綾波の零号機は戦場の中央まで走り出た。そして、零号機は青い両腕を天に向かって突き出す。何をしようとしているのか、僕には想像もつかなかった。でも、綾波のことだからろくなことじゃないってことはわかった。

「綾波ぃー! 何をする気だ!」
「こうなるのは、想像できていたのよ。だから、私は私にできることを・・・やるわ」
「何か知らないけど、辞めろ! 諦めるのはパイロットの流儀じゃねえだろ! エヴァ乗りは、最後の最後、死ぬまで諦め・・・」
「諦めてるわけじゃない。ただ、できることをする。生き残る為に」

突如、零号機から光が立ち上った。それが何を意味しているのか僕は本能的に直感し、初号機とのシンクロを反射的に解除する。シンクロを解除した初号機はすぐに肉の塊になった。内部電源が外の様子を映し出す。零号機は相変わらず仁王立ちで、そして、光に輝く波を発している。それは一度だけ見たことがあった。もう一つのATフィールド。それは二度目の、綾波のアンチATフィールドだった。零号機を倒そうと、槍を振り上げた量産機が、零号機の体から伸びた灰色の触手に捕まってその体にずぶずぶと沈んでいった。11体すべての量産機が取り込まれるのにさほど時間は掛からなかった。僕がシンクロを切った理由、それはここにある。アンチATフィールドに触れたモノはすべてがその中に取り込まれ、強制的に融和させられる。生ある初号機では、同じく取り込まれてしまうのだ。

「碇くん・・・躊躇しないで・・・ね」
「仲間は殺れねぇって言っただろうがぁ!」



「早く・・・長くは、保たないから」
「いいから、そんなもん解除しろ! 量産機は僕が!」
「駄目・・・不可能よ、碇くん。約束、守ってくれないの?」
「けどよ・・・けど!」
「約束も守れない、そんな男だったの? セカンドが死んでもいいの?」
「嫌だよ! でも、綾波を殺すんだってゴメンだ!」
「お願い。・・・やく・・・そ・・・く・・・」
「・・・・・・ちくしょう・・・クソったれぇ! いてぇぞ、我慢しろ! 絶対助けるからな!」

僕は・・・エヴァットを振り上げ、そして膨れ上がって醜い肉塊となった零号機に振り下ろした。光の速度に限りなく近づき、死を撒き散らす衝撃を伴った閃光が、元零号機だった何かを縦一線に両断した。僕はその中にエントリープラグの姿を探して、エヴァットを縦横に振るう。待ってろ、綾波。こんな結末は認めない。誰かの犠牲の上にハッピーエンドなんて素直に喜べやしねえ。僕は素直にアスカに笑えなくなってしまう。事あるたびに綾波を思い出してしまう。そんな人生真っ平だ。鉈のように振るったエヴァットにかすかな金属の感触。僕は肉塊に迷わず手を突っ込んでかき回した。

「・・・あった・・・おい、オイ! 生きてるか!? 生きてるのかよ!?」

ジジっとモニタが回復する。派手にエヴァットで揺らしてしまったせいか、頭を打ち付けて赤い血を額から流している綾波の姿を確認できた。綾波はピクリ・・・と体を動かした。そして、額を押さえて、いつものようにとぼけた声でうめいた。

「・・・死ぬかと思ったわ」
「こっちの心臓が止まるかと思ったっつーの・・・」

僕はプラグを片手に、エヴァットで残った肉片をガンガン叩いて原型がなくなるまでぐちゃぐちゃにした。勝ったのだ。

「安心するのは、まだ早いんじゃないかい? シンジくん・・・」

安心しきって腰を抜かしかけていた僕の度肝を抜くその声は、零号機に踏み潰されて死んだはずのあいつの声だった。潰したはずの肉の塊が、徐々に集まって一つの形を成していく。・・・カヲル・・・生きて、いたのか。モニタに、生きていた頃と寸分違わぬその姿に、僕は幽霊を見てしまったかのような寒気を覚えた。肉の塊は・・・そのままぐちゅぐちゅと音を立てながら収束し、巨大な・・・渚カヲルを形作った。

「い、いやぁぁぁ!」

アスカが悲鳴を上げる。まぁ・・仕方ないわな。ふるちんだし。僕はエヴァットを構えた。ちっ、せっかく・・・ようやく休めると思ったのによ。しかし、この野郎、何で今更出てきやがった?

「僕がな生きているのか・・・不思議そうだね?」
「けっ・・・嬉しそーにしやがって。何しに出てきやがったこの野郎」
「わざわざ零号機の足の裏から大復活したって言うのに、つれないねぇ、君は」
「やる気か? やるなら容赦しねぇぜ、このふるちん野郎」
「勿論・・・リベンジマッチさ。ヒトとシトは同じ時を生きられない・・・だろ?」
「上等!」

コレで最後。本当のフィナーレは吹かれる途中で無粋なカヲルに止められた。でも、まぁいいぜ。売られた喧嘩は買うのが流儀だ。僕はエヴァットを振り上げた。

戦いは永遠に続くかのようだった。S2機関から力を振り絞る僕の初号機は、僕がダウンしない限りは無限に動ける。一方、正真正銘の使徒であるカヲルもまた然りだった。僕が振るうエヴァット・ロンギヌスの切っ先を、ふるちんのカヲルが軽やかにかわす。亜光速のエヴァットをなぜかわせるのか、さっぱりわからない理不尽な動きだ。僕は必死に、必死に、闇雲に、エヴァット・ロンギヌスをふるい続ける。

「無駄、無駄ぁ・・・シンジくん、ヒトの形は非常に戦いに適していると思わないか? これだけ汎用性の高い動きは、ガギエルやサンダルフォンには到底、不可能だろう・・・僕がなぜこの形状を選んだと思う?」
「知るか馬鹿!」
「僕はヒトを尊敬しているのさ。強く、賢く、そして意地汚い程に生へ執着する。見習うべきものだ。特筆すべきのはこの、精神と言うものだろうね? 言語とおしゃべりが好きだって言うのは本当さ・・・僕はヒトをよく勉強していると思わないか?」
「うぜぇ、べらべらしゃべってんじゃねぇよふるちん! さっさと死ねぇ!」
「君は上品さと言うものを学んでみるべきだね・・・僕は手に入れたんだよ、この精神の力。僕が今何を思っているか、当ててごらん?シンジくん」
「うるっせぇ! 黙れっつってんだろうが!」
「つれないねぇ・・・じゃあ、自分で言おう。僕は今、君を殺したくて仕方ないってね!! この衝動、怒りは・・・僕の力を何倍にも高めてくれる」
「へん、怒りが力になるってのは同感だぜ。おめぇの姑息なトコが死ぬほどムカつくんだよ!」
「その言葉、そっくり返すよ。気に食わないんだよ、ヒト風情が!」

へ、本性表しやがって。何が精神を知った、だ。僕は鼻で笑った。お前ら使徒はいつでも僕らを皆殺しにする気満々だったじゃねえかよ? よわっちい人間なんかにやられるのが我慢ならないってな。けどな。僕はエヴァットを振り上げる。

「負けられねぇんだよ!」

僕のエヴァットは、空気を切り裂いてカヲルに叩きつけられた。

「勝負有り・・・だね」

初号機の腹にめり込んだ腕を、カヲルはニヤニヤしながらかき回す。僕は灼熱の感覚に絶叫した。痛いなんてもんじゃない。もう神経が擦り切れていっそ何も感じなくなってしまいそうだ。強いフィードバックが僕の腕を震わせる。ちくしょう、何であたらねーんだよ! ギリギリまでひきつけて放ったエヴァットの一撃は、うそ臭い動きのカヲルにかわされ、そして瞬き一つしない間に、僕は、初号機はカヲルの腕で串刺しにされていた。

「痛いかい? 痛いだろうね・・・」
「ぐがあああああ! あが、がああああ! やめ、・・・ぎゃああああ」
「心地よい・・・君らの滅びを飾るに相応しい。もっと良い声を聞かせてくれないか?」
「ぐぎゃああああああ!」

僕は情けない悲鳴を上げてプラグの中でのたうちまわりながら血を吐き出した。叫びすぎて喉を傷つけたらしい。段々、体中が麻痺してくるのがわかる。このままだと、シンクロしてるだけで僕は死ぬだろう。僕は声にならない溜息を吐いた。できればさっきの一撃が当たって、奇跡の大逆転といきたいところだったが・・・

「き・・・気が・・・がああ! ぐ、ふ、ぐぐ・・・進まなかったん・・・だけどな」
「相変わらず・・・しぶといね・・・」
「ま・・・ま・・・まぁ・・・当たらない・・・なら・・・当たる・・・よう・・・に・・・いでぇええああああ! このクソ野郎!」

初号機が海老ぞる。カヲルはまだ気付かない。第四世代エヴァットの俗称は・・・神を殺す槍ロンギヌス。人間のことはよく勉強してるみたいだが、ネルフの切り札に関しては勉強不足みたいだな? 腹の中で腕をかき回されながらも必死で溜め込んだゼロ・シフトの反発力が、もう耐え切れないほどに膨れ上がっている。カヲルが顔色を変えた。馬鹿が! 自分に酔ってるからだ、このナルシスト野郎め。僕は使徒にとっておぞましい笑みを浮かべた。

解き放たれた純粋な力が、嬉しそうに僕の腹に腕を埋め込んでいたカヲルの胸の中央に突き刺さった。カヲルが、何か言いかける。馬鹿たれ、お前の電波妄言なんか聞いてやらん! ロンギヌスの二又の切っ先が激しく回転し、カヲルの胸の中央を打ち抜いた。カヲルは胸のド真ん中に巨大な穴を開けた状態で、不思議そうに首を傾げる。腹の中の手から、力が失われていく。ロンギヌスの突き抜ける衝撃が、カヲルのコアを砕いたことを確信する。そして、カヲルは僕のほうを向いてニヤリと笑った。

「・・・ふふ、シンジくん、君、ムカつくよ」
「恐縮、恐縮だぜ?」

カヲルはゆっくり、後ろ向きに倒れた。


今度こそ、勝った。勝ったのだ。





「やぁやぁ、ゼーレのじーちゃん達。お加減いかが? 老衰してる?」

僕の嫌味なほど明るい声に、ゼーレの重鎮、キールがぬぅ・・・と呻いた。司令室で、僕と親父が対峙するそいつらは、朝っぱらの偉そうさはどこへやら、僕らに対して怯えすら感じているようだった。

「全部見てたんだろ? どうだった? 僕の勇姿は。最後ちょーっとあぶねかったけどな」
「君ら親子のお陰で・・・我々は七千年の時を失ったことになる。台無しにしてくれたな・・・」
「ま、諦めて次を待つんだな。生きてられたら、だけど。ひゃはひゃはひゃははは!」
「黙れ、シンジ。お前がしゃべると我々が悪人のように聞こえる」

親父が渋面で僕の馬鹿笑いを止めた。親父も地上戦をやったらしい。足は添え木で固定され、こめかみからも血が流れ、悪趣味なグラサンは割れてヒビが入っていた。

「ゼーレの方々・・・これで人類補完計画の推進は事実上不可能となりましたが・・・あくまで我々と敵対しますか?」
「抜かせ・・・初号機を擁するネルフに敵対できる組織など、この世にはない」
「まだボケてはおられないようですな。事実を正しく把握できているなら・・・この後のことはお分かりでしょうな」
「・・・我々は無駄なことに金と時間を費やすような暇人ではない。ネルフを独立勢力と認め、提携を提案する。補完計画が頓挫した今、世界の復旧が我々の最大の急務だろう・・・」
「懸命なご判断に感謝いたします」
「あんだよ、こいつら悪人じゃねえの? 何でマトモなこと言ってんだよジジイ。悪あがきとかしろよ」
「我々は非道の集団ではない。ヒトを、世界を思えばこそ、補完計画を推進してきたのだ。君に阻止されてしまったがね? ならば・・・本来のあるべき姿に戻るだけのことだ」

ハァ・・・さいですか。イマイチわからないけど、連中はなにやら今度は世界復興のための議論だかなんだかを始めた。何かさっぱりしたジーサンだなぁ・・・喧騒のホログラフが消える。親父が、黙ってくしゃくしゃと僕の頭を撫でて、そして少しだけ笑った。



すべてが終わって、ようやく僕は半ば休学状態だった高校に復学した。相変わらずの子分達と、アスカと、ちょっとだけ明るくなった綾波と。使徒が去った世界は、使徒がいる時とさほどの代りは無い。ただ、使徒は二度と来ない。初号機とシンクロすることも、月に一度くらいになってしまった。アスカは頻繁に弐号機に乗って、エヴァと話してるらしい。奇特な女だが、アレでも僕の彼女なのだ。ちょっとだけ退屈だが、それなりに心地よい世界。僕は相変わらず、ミサトの家にアスカと一緒に住んでいる。ミサトは昔の恋人を探しに行くと言って出て行ってしまった。今はスイスで登山してるらしい。元気な三十路だ。リツコは親父と再婚した。デレデレする親父は見てられないくらい情けなかったが、母さんが死んだのはもう十年以上も前のことだ。そろそろ自由になってもいいのかもしれない。親父と、墓前で母さんに顛末を全部語った。母さんは天国でよくやったって言ってくれているかな?

「センセ・・・全国制覇とかアホなこと言うのんやめや・・・」
「そうだぜ、碇・・・そろそろ落ち着けよ・・・」
「バカヤロ、うちのかわいい新入生が第四高のアホにタタキ食らったんだぜ? これはもう、全国制覇してきょうびの馬鹿ヤンキー共を締めてやるしかねぇだろ!」
「ちょっとシンジ・・・鈴原と相田を困らせるのもいい加減にしなさいよ!」
「うぉ、ヤベ、アスカだ! 逃げろ!」
「ふふ・・・全国制覇の前に・・・この私を倒すことね・・・」
「うぉ、ヤベ、アスカと綾波だ! 逃げろ!」

笑い声が心地よい。きっとこの先ずっと、僕はこうして生きていく。僕は僕として。

ずっとずっとだ。



自慢のエヴァット 完結