その13
スンスンスーン(・∀・) イェッ! スンスンスンスーン♪
何だこのウザい鼻歌!? 僕は背筋を走った恐るべき悪寒に思わず首筋を掻き毟りながら振り向いた。そこにはブリーチし過ぎたのか真っ白な髪の毛の男が、気合の抜ける鼻歌を歌いながらスキップしているのが見えた。ネルフにこんな奴いたっけ? 僕は顔を顰めてそいつを見た。そいつは僕の傍までスキップしながら近寄って、そしてまるで中世の貴族のように慇懃に一礼する。あまりに凶悪なそのキャラクターに、僕は一撃必殺で腰を砕かれていた。
「やぁ、碇シンジくん。会いたかったよ」
「・・・えーっと、あんた誰」
「僕は渚。渚カヲル。スンスンスーン♪」
「その気合の抜ける鼻歌は辞めろよ・・・もしかしてフィフスか?」
「そう、人は僕をフィフスチルドレンと呼ぶよスーン♪」
「ぎゃはは辞めれ反則だそれわ」
渚カヲルと名乗ったそいつはまた芝居がかった一礼をした。端整に整った顔立ちは、その意味不明のキャラクター故に台無しで、僕は思いっきり吹き出した。笑われるとは思っていなかったのか、少し不愉快そうに口を尖らせた渚は、これまた芝居がかった様子で肩をすくめる。
そう言えば・・・親父の言葉を思い出す。最後の戦いを前に増員するという話しがあった。ようやく復元された参号機だったが、トウジはまだ入院していて乗ることができない。だからもう一人チルドレンを招聘するのだ、とのことだった。だから僕は今度こそケンスケか、それともクラスの誰かがこの戦いに参加するのだと思っていた。だから渚なんて奴は知らない。僕は首を傾げた。
「そっか、ドイツからね。じゃ、アスカの知り合いか?」
「アスカ・・・惣流・アスカ・ラングレー。セカンドチルドレンのことだね?」
「知ってんのか?」
「いや・・・僕とはセクションが違ってね。僕は彼女のことを知っているけど、彼女は僕のことは知らないはずさ」
「なんだ、そうなのかよ。にしても日本語上手いなー・・・ドイツ支部じゃ実は日本語が共通言語なんじゃねえの?」
「結構、勉強したさ。いや、言語と言うのはなかなか楽しいものでね、これでも七ヶ国語を解するよ」
「すげえなぁ、ガリ勉か? 僕は日本語以外はさっぱりだ」
「ふふ・・・好きこそ物の上手なれ、だよ。僕はしゃべりが大好きなのさッ! 歌もね! スンスンスーン♪」
「いや、歌わなくていいから」
見た目と口調が全然合ってない、一見してキモい奴だったが、話してみると案外面白い奴だ。僕は立ち話もなんだから、と言ってカヲルと共にレストスペースで煙草を吸いながら話した。ここでアスカと待ち合わせることになっている旨をカヲルに伝えると、ぜひ紹介して欲しいと言った。男にアスカを紹介するのは嫌で仕方ないのだが、こいつなら大丈夫だと確信する。だって、端整な顔立ちがキャラのキモさを際立たせている。確実にアスカの好みのタイプからは外れていると思えたからだ。それに、手を出すようなら顔面の形が変わるくらいぶん殴ってその気を無くさせればいいだけだ。この愉快な野郎はなかなか面白い。
アスカがシンクロテスト後のシャワーを終えて戻ってくる。僕と一緒にいる白髪の男の姿を見て、アスカは怪訝そうに首を傾げた。カヲルが突然立ち上がり、またもや慇懃な礼をする。明らかに引いているアスカを見て、芝居がかった調子で額を押さえ、「オーノゥ」と呟いた。アスカの顔が引きつる。
「あ、あ、あんた誰・・・?」
「僕は渚・・・渚カヲルだよ。どうぞ、お見知りおきを・・・」
「し、シンジ、何なのこの人・・・」
怯えるアスカの顔と全然気にしてないカヲルが最高すぎた。もう僕は笑いが止まらない。膝をパンパン叩いて笑い転げた僕は、カヲルの肩をバンバン叩いた。愉快な野郎だ。
カヲルは日本語吹き替えの映画で日本語を勉強したらしい。やたら芝居がかったセリフの数々は、どうやらその辺に影響を受けているようだった。死ぬほどマヌケなのに大真面目なところが僕の笑いのツボを掴んで離さない。僕はカヲルがすっかり気に入ってしまっていた。どんな質問にも律儀に返答し、まだ怯え気味のアスカを見るたび、「オー・・・ノゥ」と頭を振る。ああ、こいつ馬鹿なんだ、と思い至った。不快な馬鹿は嫌いだ。でも愉快な馬鹿は大歓迎だった。
「いやー・・・お前その天然ぶりは最高だよ。持って生まれた才能だな、そりゃ」
「お褒めに預かり、光栄至極・・・いや、君こそ僕の心を掴んで離さないよ・・・シンジくんの眩しい笑顔が」
「男に言われても嬉かねぇ・・・つうかキモッ」
「ふふ・・・恐縮、恐縮」
アスカが逃げた。人見知りする奴だ。僕は仕方なくアスカを追っかけることにした。カヲルに、「また今度な」といって立ち上がる。渚カヲルは慇懃に礼をし、「アディオス、シンジくん。またの逢瀬を楽しみにしているよ」と意味不明の日本語で深々とお辞儀した。僕はそれを見届けて、アスカを追いかけた。
アスカはネルフの長い廊下の隅ッ子でカタカタ震えていた。余りにもおかしな様子のアスカに僕は首を傾げた。何だよ、何をそんなに怯えてんだ? ようやく僕はアスカの異常に気付いてアスカの肩を掴んだ。アスカは怯えきった表情で歯をカチカチ鳴らしている。そしてアスカは呟いた。
「シンジ・・・アレは・・・ヤバイわよ」
「わかるように言えよ。カヲルは確かにヤバイキャラしてっけどよ」
「そうじゃない!」
アスカは震えていた。
「シンジはわからなかったの? アイツの雰囲気」
「何だよ・・・どうしたってんだ。とりあえず落ち着けよ」
「落ち着いてなんかられないわよ! アイツ・・・アレは・・・」
「お、おい、アスカ、大丈夫か?」
「アレは・・・使徒よ」
「ハァ?」
いきなり何を言い出すんだか。僕は呆れて溜息を吐いた。何だ、シンクロテスト中に居眠りして悪夢でも見たのか? 僕はガタガタ震えるアスカの頭をナデナデして落ち着かせながら、耳元でささやいた。
「んなわけねーだろ? あんな変態スレスレの奴がどうやったら使徒に見えんだよ。そもそも、アイツが使徒だったらエヴァでプチって踏んだらいいだけじゃん?」
「いや・・・嫌よ! あんなのに近寄りたくない!」
「お前、最近テストやりすぎで疲れてんだよ。変な幻覚でも見たんじゃねえの? ほら、手ぇ貸してやっから・・・今日は早く寝ろよ」
「シンジぃ・・・ほんとなのよ。信じて」
「おうおう、野郎が正体現したら僕がブチっとやってやんからな」
適当にアスカにあわせつつ、僕はアスカに手を貸して立たせ、肩を抱いて本部を出た。家についてもまだアスカは震えていた。よっぽど怖い幻覚でも見たのか。僕はアスカを強引にベッドに寝かせ、ちゃんと寝付くまでずっと横にいた。しかし・・・何なんだ? アスカはビビリだが、今日の怯え方は異常だった。渚カヲル、使徒ってのは微妙だが、アスカを怯えさせるだけの何かがあるのかもしれない。僕はアスカが寝たのを確認してから、本部へと足を運んだ。
もうどっぷりと日が暮れている。本部に着くと、僕を待っていたかのように綾波が立っていた。綾波は厳しい表情で僕をじっと見ている。そして呟くように言った。
「アレに接触したのね」
「アレ?」
「フィフスよ」
「ああ、綾波も会ったのか? あいつ愉快だよな」
「碇くんは気付かなかったの?」
「何だよ・・・綾波もかよ」
僕は首をすくめた。アスカと同じことを綾波までが言った。僕は何も感じなかった。でも、アスカと綾波までもがこんなことを言い出すなんて・・・段々、洒落にならない気分になってきた。
「まぁ・・・今からそれを確かめに行こうと思ってるわけなんだがな、僕は」
「私も行くわ」
「いいぜ。まぁ、僕はあいつはただの馬鹿だと思うんだけどな」
「私には敵にしか見えないわ」
「・・・問い詰めてみるとしますか」
フィフスの部屋の位置は綾波が知っていた。綾波の先導で僕らはその部屋へ向かう。だが、ついた部屋はもぬけの殻だった。急激に心拍数が上がる。僕と綾波は顔を見合わせた。ヤバイ匂いをようやく僕も感じ始める。暢気なのは僕のほうだったか。僕は携帯でアスカに電話した。アスカは眠そうな声で応じたが、今綾波と本部にいる旨を伝えると、すぐ行くから待ってろと叫んで電話を切った。喉が渇いていたので、レストスペースでアスカの到着を待とう、と僕は綾波に提案した。ついでだからミサトも呼びに行こうかと考えたが、綾波はミサトを呼ぶことに反対した。
「もしも・・・エヴァでの戦闘になったら、生身の葛城三佐は危険」
「そんなことにゃならねぇ・・・とは言い切れないしな。まだここで仕事してるはずだ、そう言う事態になったら、連絡すっか」
ようやく、寝癖も直してないアスカが全力疾走で到着した。ぜひーぜひーと荒い息をしながら、僕と綾波の間に割り込んで僕の左腕をしっかり胸の間に抱え込んだ。こいつは本当に焼餅焼きな奴だ。でも、まぁ、そこも好きなんだけど。惚気ている場合でもないので、僕は煙草の火をもみ消して立った。
「さて、どこを探すか」
「ケイジへ」
「なんで?」
「弐号機の無事を確かめないと!」
僕らは真っ先にケイジへ向かうことにした。綾波もアスカもそれを強く主張したからだ。こいつらの中では既にカヲルが使徒だと言う話は確定事項らしい。どうもいまいちそれは信じられなかった僕は、首を傾げながらもそれに従うことにした。
「大体よ、何でお前らにゃアイツが使徒だって断言できんだ?」
「私と同じだもの・・・彼は人の肉でできていない」
「何でシンジにはわかんないの? 毎日エヴァに乗ってる癖に」
「エヴァ? 何でここでエヴァの話が出てくんだっつーの。お前らの話は小難しくてわかんねーよ」
「同じなのよ・・・エヴァと使徒は」
「知ってるっつの。エヴァは第一使徒のハードコピーってんだろ?」
「そっか、シンジはエヴァの声を知らないんだっけ」
「しらねえよそんなもん」
「聞けばわかるわ。確信できる。あの渚って子は・・・使徒なのよ」
納得できねぇな。でも、それを否定できるだけの材料を僕は持っていない。いずれにせよ確かめてみれば済む話だ。僕は頭をボリボリかいて、それからは黙って歩いた。カヲルが使徒だと? 笑えない冗談だぜ・・・と考えながら。
だが、僕の納得のいかない思いは、ケイジについた途端に霧散した。復元されたばかりでピカピカに磨き上げられた参号機の頭の付近に、渚カヲルが浮いているのが見える。人は・・・浮いたりしない。渚カヲルは僕らの姿を認め、少し首を傾げてから、また例の芝居がかったお辞儀をする。
「やぁ、意外に早くバレてしまったね」
「一目見た瞬間からバレてた見たいだぜ。僕は今ようやっと信じる気になったけどな」
「・・・もう少し、君達との接触を楽しみたかったのだけれど」
「さぁ・・・そりゃどうかな。僕はもう、てめぇを生かして帰す気がなくなってきたぜ? 殺すことを躊躇える程、仲がいいわけでもないしな」
「君は冷たいね?」
「お前みたいなの、嫌いじゃねんだけどな。・・・アスカ、綾波、プラグスーツ着てこい」
「シンジは!?」
「僕は無しでも大丈夫だ」
カヲルが空中でヒューっと口笛を吹く。どこまでも芝居臭い奴。なるほど、人間のふりをしてたってわけだ。芝居臭かったのではなくて、本当にただの真似事をしていたと言うことか。マヌケな言い回しや極端にうそ臭い態度は、なるほどそう考えれば納得がいった。こいつが使徒だと、ようやく信じることができる。そう、使徒とはこう言う、姑息な奴らだ。カヲルはわざとらしく悲しんでみせた。
「残念だね・・・ヒトとはやはり分かり合えないのか」
「分かり合う必要はねぇよ。お前らシトと僕らヒトの間に馴れ合いなんて・・・いらないだろ?」
「幾多の同胞を殺した君が言うと・・・迫力があるね。なかなか怖いよ、君」
「そりゃそうさ」
僕は笑ってみせた。何しろ僕はシトの天敵、碇シンジだったからだ。
最後の使徒が、こんな形で、唐突に現れるとは寝耳に水もいいところだ。実際のところ、僕は動けなかった。にやついた顔のまま表情を変えないカヲルは・・・使徒だ。使徒なら、生身の僕なんて瞬殺できるだけの力を持っていてもおかしくはない。動けばやられる、そんな強迫観念が僕が駆け出すことを阻害していた。初号機までの距離は30メートルほど。しかしその距離は踏破するには長すぎるように思えた。ちくしょう・・・僕はビビってるのか。カヲルはそんな僕のかすかな怯えを感じ取ったのか、目を閉じて溜息を吐く。
「僕も必死でね・・・悪く思わないでくれたまえよ」
カヲルの目がカっと開かれた。僕は反射的に横っ飛びに転がる。僕が元いた場所にアスカのATフィールド放射の縮小版のような見えない破壊力が炸裂し、床をへこませる。ここの床は分厚い鉄板だ。それをヘコませる威力のものを体に受けたら・・・骨が折れる程度で済むとは思えなかった。僕は立ち上がり、油断なくカヲルの方向を伺った。だが、そこにカヲルの姿は無い。悪寒を感じ、前のめりに倒れる。首筋をゴゥっと風が凪いだ。カヲルが驚いたように、ヒューっと口笛を鳴らす。
「ヒトとは思えない勘の良さだね。素晴らしいよ、君」
「へ・・・喧嘩には慣れッ子だぜ」
「その余裕、腹立たしさすら感じるよ。彼女達が戻るまで、まだ数分はあるだろう? それまで、やれるとでも思うのかい?」
「やんなきゃお前はあいつらも殺すだろ?」
「それは当然・・・僕も死にたくはないのでね。エヴァに乗らせるわけには・・・」
振り向き様に右の拳を突き出す。しかし、カヲルはぐにゃりと体を曲げてそれをかわした。笑顔のまま変わらないその表情にムカついてくる。カヲルの左手が僕の顎を狙って繰り出される。人間サイズの使徒の力がどんなものかはわからないが、食らったら死ぬ、と言う確信はあった。僕はとっさに左腕で頭を庇う。エヴァの中で感じる擬似的な痛みではなく、本当の肉体の損傷に僕は声にならない叫びを上げた。左腕は簡単に折れてしまった。衝撃で頭が揺れる。足がガクガクと笑った。今度こそ、カヲルは驚いた表情を浮かべた。
「なぜ、死なない?」
「知る・・・かよ。てめぇのパンチに気合が足りねんだよ!」
「手加減したつもりは・・・無いのだけれど」
がぁ・・・今度はカヲルの膝が僕の無事な右腕を痛打する。僕は肩膝をついて倒れるのを阻止した。もう一度立ち上がり、折れた左腕を振り回して抵抗する。だが、僕のヘナチョコなパンチはATフィールドに阻まれて止まった。激痛が視界を白く染め上げる。僕はもう限界だった。たったの二発で、意識を飛ばされそうになっている。だけど。ふざけんな! 痛みは僕の力となり、動機となる。この憤怒を抱えて眠りに落ちることなんてできるはずが無い。僕は震える膝を構わずにまた立ち上がった。
「よぅ、使徒てのも大したことねぇな」
「感心するよ。ヒトの身でありながら・・・」
「気合がありゃ、痛くも痒くもねんだよ! さぁ、もう一回だ、来いよヘタレ野郎」
「死は・・・怖くは無いのかい?」
「さぁね。でも、死んだほうがマシってこともあらぁ。お前みたいなのにナメらるなら死んだほうがマシだぜ。人畜無害な面で油断させようって腹だったか? けっ、残念だったな、こっちにゃ人間使徒探知機が二人もいるっつーの。このトンチキ野郎、姑息なんだよやることが」
「言いたい放題、言ってくれるじゃないか?」
「やる気になってきたかよ? お前なんか右腕1本で充分だ。かかってこいよオラ!」
無言で、カヲルは拳を突き出した。その拳の先から放たれる破壊の衝撃波が僕の骨という骨を砕くだろう。くそ、あと一匹、こいつさえぶっ殺せば・・・使徒はもう来ないのに! 僕は目を閉じた。倒れる時は前のめり。そう決めている。絶対に後ろには・・・倒れない。
しかし、衝撃波が僕に向かって放たれることは無かった。プラグスーツ姿のアスカの蹴りが、カヲルの腕の方向を逸らせていた。虚を付かれたカヲルは腕を押さえて飛び下がる。アスカがふぅふぅと荒い息をしながら、鬼のような目つきでカヲルを睨む。怯えて、ビビって、足が震えてる癖に。僕は唇を噛んだ。諦めてしまうところだった。腕の激痛を無視して、僕は仁王立ちに立った。アスカが矢のように飛び出し、カヲルに向かって鋭い蹴りを放つ。カヲルが慌てて展開したフィールドにそれは阻まれた。カヲルの腕が閃き、アスカを襲う。だがその腕の側面をアスカは足で払ってヒトを殺せるだけの威力をもった衝撃波を逸らす。攻撃してる最中にATフィールドは出せないだろ! 僕はカヲルに向かって無事な右腕を打ち込む。拳は確かにカヲルの頬を捉えた。
「おい、アスカ。生身で使徒と戦うなんてキレてんじゃねえかよ」
「キチガイはアンタの特許でしょ・・・アタシはあんたの彼女なんだからね」
「ギャッハハ、そだな!」
一撃食ったらお陀仏だ。そんなスリル満点の戦い。両側面から僕とアスカはカヲルを攻め立てた。カヲルは恐ろしく強力な衝撃波や、生身じゃ絶対に破れないATフィールドで応戦するが、使徒といっても所詮ヒトと同じ姿をしているカヲルは、次第に僕とアスカの両面からの挟み撃ちにATフィールドでの防御一辺倒になってくる。人間の形状では、構造上、多人数を相手に素手で戦えないのだ。カヲルが悲しげに顔を歪めた。
「ヒトとしての死を・・・与えようと思っていたのだけれど」
膨れ上がる、カヲルのATフィールド。僕もアスカも、跳ね飛ばされてしまう。カヲルはまた、空中に浮き上がった。
「ヒトがシトを殺せるのは、神の肉でできた衣を被ったその時だけだよ・・・悪いけど、終わりにしよう」
膨れあがっていくATフィールド。輝きを増すそれは、刺々しい拒絶の力を増幅させてゆく。触れれば死ぬ。僕もアスカも息を呑んだ。使徒の名の通りに、光り輝き、天使のような羽を広げるカヲルは美しさすら感じさせた。僕は笑った。アスカも笑った。勝利を確信した。
人と同じ姿で、このATフィールド出力は・・・さすがは使徒だ、凄いもんがある。でも、人を舐めすぎだな。カヲルが怪訝そうに顔をゆがめ、後ろを見た。そしてすべてを理解したのか、僕らに向きなおって苦笑した。
「・・・そう言えば、彼女のことを忘れていたね。独りの僕らはヒトには勝てない・・・と言うことか」
零号機のフィールドがカヲルの破壊的な衝動のすべてを霧散させる。そして守るものを失ったカヲルの体を、零号機は何の躊躇もなく、踏み潰した。
ことの次第は、ミサトから親父に報告された。さすがに使徒がチルドレンに化けてやってくると言うのは想定外だったらしく、慌てて事後処理が行われた。渚カヲルと言うチルドレンは最初から存在しなかった。事情を知るもの、知らないもの、すべて等しく緘口令が敷かれた。アスカは渚カヲルの残骸を見てしまって真っ青になって卒倒し、今は家のベッドで寝込んでいる。綾波は零号機の足が汚れたとかブツブツ言っていたが、オイシイところを攫ったのがよほど嬉しかったのか、なんだか機嫌は良さそうだった。
親父、ミサト、リツコ、そして僕の四人は密かにネルフ本部の一室に集まった。
「最後の使徒は・・・まぁ、想定とは違ったが・・・倒した。これからが、本当の戦いだ」
「・・・だな。ゼーレにはまだ報告してねんだろ?」
「ああ。シンジの腕が完治次第、事を起こす。その日こそ、最後の勝負だ。いいかシンジ・・・」
「いいよ・・・言われなくても負けねぇ」
「ふん・・・まぁ、よかろう。葛城君、赤木君、最後の準備を頼む」
「はッ シンちゃん、ここが正念場よ」
僕は真剣な顔で頷いた。最後の時は・・・近い。
|