その7
「大体なぁ、綾波はちょっとクール過ぎるっつうか。スカして見えんだよ。男寄ってこねえぞ」
「そう?」
「シンジ、ファーストのは素だから仕方ないわよ。こないだなんか、せっかくチョコパ奢ってやってんのにもくもくと食べるだけでさ。もー他見えてないの」
「礼は言ったわ」
「だからな、その辺が駄目なんだよワカル? ちゃんと脳みそ入ってる? ノックノック入ってマスカ? あーいい音するわ、こりゃカラッポだなギャハハ」
「・・・? そう・・・駄目なのね」
今日は起動実験の日だ。起動実験だけはサボるとリツコが鬼のような面で怒鳴るので、これだけは僕も二回しかサボったことがない。まぁ、最近は学校帰りにアスカと綾波と一緒に外で飯食ってネルフ直行と言う生活が続いているので、ネルフ関係のことはサボってない。
綾波とアスカは中味はともかく外見はなかなかなので、連れて歩くのは気分がいい。子分二人は露骨に羨ましがっている。それは快感だった。でも、実際この二人は彼女にするならどうかと考えると微妙なところだった。アスカとは同居しててもう身内感覚で女を感じないし、綾波は性格がアレ過ぎる。僕は結構一人にのめり込むタイプなので、いざ付き合うとなるとずっと先のことまで考えてしまう為に、案外気安く付き合ったりできないほうだった。
仙台で一度浮気されて相手の男を半殺しにしてからそう言えば女性関係はさっぱりだ。でも、今のこの状況が楽しくないか、といわれたら楽しいと自信を持って応えるだろう。アスカは出来の悪い妹みたいだけどそれなりに懐いているし、綾波はそもそも静か過ぎて気に障るようなことはない。今の関係がこの三人にはぴったりなのだ、と僕は思っていた。
程なくしてネルフの正門までたどり着いた。カードを機械に読ませ・・・アレ? 扉は反応しなかった。どういうことだ? 怪訝な顔で僕ら三人は顔を見合わせた。
「正門メンテするって話、あったっけか」
「んなの知らないわよ。故障してんのかしら?」
「碇くん・・・非常灯が点灯しているわ」
「・・・停電?」
裏門も同じように反応しなかった。手動の非常口まで回ってみるが、そこも硬く閉ざされていて通電している様子は無い。間違いない、ネルフは停電しているのだ。 手動の非常口を三人がかりでこじ開け、中に入るとそこは暗闇だった。こんな中を進むなんて面倒臭いことしたくなかったので一瞬サボっちまうか、なんて思ったが、内部の電源が生きていてリツコが待ってたら後が怖い。しゃーねぇなと呟きながら僕は回れ右した。
「シンジどこいくの?」
「懐中電灯買ってくる。あとついでにアイス食いてえ」
「非常事態だっていうのに暢気ね、あんた・・・その神経ちょっと羨ましいわ」
「おめーがちっちぇえだけだこのビビり女」
コンビニまで行き、懐中電灯とアイスを買って三人で食べていると、凄まじい轟音が聞こえた。耳が痛くなるようなその爆音は、ビルが崩された音だった。その崩れたビルの向こう側に巨大な蜘蛛が見える。いや、蜘蛛に見えるが幾何学的な模様とどこか金属チックでありながらぬらぬらしたその見た目にはよーく覚えがある。
「お・・・おい、アレって使徒じゃねえ?」
「うん・・・使徒っぽいわね」
思わず食べかけのアイスを落としてしまったアスカが口をあんぐり開けてそれを眺めた。綾波が黙ってきびすを返す。
「行きましょう」
「んあ・・・そだな。早くいかねえとヤベエな」
これは本当の非常事態だ。停電してるってことはもしかしたらエヴァ動かないんじゃないか?でも、とりあえずケイジまでは行かないと。エヴァ一機でも動かせるなら初号機とエヴァットがある。どちらにせよパイロット三人がこんなとこでアイス食ってる場合じゃないのは確かだった。
非常口に戻って懐中電灯をつけ、中を進む。所々に光っている非常灯を逆に辿りつつ、僕らはケイジを目指した。
「し、シンジぃ・・・」
案の定、暗さにアスカがビビり始めた。僕の制服の裾をぎゅっと握ってキョロキョロしている。
「おい、んな引っ張ったら服伸びるだろ」
「だって・・・」
「あああ泣きそうな顔すんな馬鹿。わかったから、そんなに引っ張るな」
全く根性が据わってねえなぁ相変わらず。僕は溜息を吐いて、暗闇を進んだ。 僕にとっての使徒はもはや日常の延長でしかなかった。だが、停電したネルフの、暗闇を進むのはそれなりに非日常でドキドキする。平気でスタスタ歩いていく綾波の背中を追いつつ僕はへっぴり腰のアスカを引っ張って歩き続けた。
「なぁ綾波。思ったんだけど道わかって歩いてんの?」
「方向はあってるわ」
「・・・じゃ、道はわかんねーのか・・・しかしこう暗いと全然わけわかんねえな」
「道は方向さえあっていればそのうちつくわ。でも、カードキーが使えないから」
「あん? ああ、そうだな。で、どうすんだ?」
「通風孔を使うわ」
「通風孔?」
綾波は一瞬めんどくさそうな顔をしたが、すぐに表情を元に戻して説明を始めた。ネルフ本部には通風孔が縦横無尽に走っている。ケイジの階層まで階段で降りたら、その通風孔でカードが無いと開かない扉をパスしようってことらしい。何かスパイ映画のノリだ。ちょっとテンションの上がってきた僕は、拳銃かなんかあればもっとそれっぽいのに、と考えた。二十分くらいかかって階段を下りた頃には、もうすっかり闇に目が慣れていた。
「ここがケイジまで繋がってんのか?」
「すべての通風孔は繋がっているわ。距離的にここからが一番近いはず」
「さっすが綾波、ガキの頃からここに住んでるだけはあるな。じゃ、行きますかね」
「え、ええ〜こんな中進むのぉ?」
「大丈夫大丈夫、綾波さまが大丈夫つってんだぜ?」
僕が通風孔の金網をあけると、綾波がもそもそと通風孔にもぐりこんでいった。僕はごねるアスカをさっさとその通風孔の入り口に蹴りこんで、それに続く。四つんばいにならないと進めないくらいの高さの通風孔は長く、段々膝小僧が痛くなってくる。アスカはしばらくごちゃごちゃブー垂れていたが、そのうち諦めて黙った。
僕らは黙って闇を進んだ。 綾波が突然止まり、アスカもとまったので僕は思いっきりアスカのお尻に顔をうずめてしまった。アスカが悲鳴をあげ、鋭すぎる後ろ蹴りを連発する。使徒より先に殲滅されそうになった僕はようやくアスカの蹴り足を引っつかんで落ち着けって叫んだ。
「あ、ゴメン・・・」
「いてぇ・・・ったくよーゴメンじゃねえぞコラ。で、綾波先生は何立ち止まってんだ?」
「この下がケイジ」
「おお、ついたんか。で、どうやっており・・・まさか降りる方法考えてなかったとか?」
「・・・ええ、誤算だったわ」
綾波は悪びれる様子もなくあっさり認めた。
「ふざけんなこのチンカス! たまに頼りになるなと思ったらオチ付きかよ!」
「悪かったと思っているわ」
「全然誠意がねえ! 誠意を感じねえ! あー・・・しゃんねぇ・・・戻るか・・・」
後ずさりを始めたその瞬間、ネルフ全体が大きく揺れた。使徒の攻撃? ゆれはますます酷くなってゆき、僕らはその場から動けなくなった。いきなりの浮遊感にアスカが小さく悲鳴を上げる。今僕らがいる通風孔の配管パイプが足元で折れたのだ。僕らはそのまま落下し、「うぎゃあッ」「いった〜ぃ!」僕の上にアスカと綾波が落下する。
ぐえ・・・あまりの激痛に僕は悲鳴を上げながらごろごろと転げまわる。顔を上げると、唖然としているミサトと、親父ゲンドウの姿があった。
「おおおおお・・・お? あ、ミサトじゃん」
「あんたたち、どっから来たのよ・・・」
結果オーライ。痛い目は見たが、通風孔からケイジに降りることには成功した。どうなることかと思ったが、まぁ結果よければすべてよしだ。
「あいてて ・・・まぁ見ての通り通風孔から」
「行動力があるのはいいんだけど・・・一歩間違えたら大怪我よ! 少しは考えなさいよ・・・」
「アホかてめぇ、使徒来てんだぜ!? 駆けつけた僕らに大いに感謝しやがれボケ!」
腰をとんとん叩いていたゲンドウが歩み寄ってくる。ミサトが言うには、総出でエヴァに電池を取り付けしていたらしい。人力で、だ。ゲンドウも電源ボックスを押したらしい。珍しいこともあるもんだ。でも、ミサトは小声で、司令はあんた達が来るのを信じてたのよ、と耳打ちした。ウゼーそんなの知るか!
でも、まぁ、汗まみれのゲンドウの姿を見てぐっと来たのは確かだ。何だよ、熱いじゃんか! 顔合わすたびに碇家の面汚しだとか穀潰しとか母さんがあの世で泣いてるとかぐちゃぐちゃうるさい奴だが、やることはキッチリやってくれるじゃないか。僕はニヤリと親父そっくりに笑った。
「よー親父。何機出せんだ? 初号機は動かせんのか?」
「ああ。全機15分は稼動できる状態だ。出撃しろ」
「へ・・・しゃーねぇな! 今日はてめぇの顔立ててやるよ」
「お前のような馬鹿息子はこんなとき以外何の役にも立たん。負けたら勘当だ」
「使徒なんざに負けるかよハゲ。てめぇは座って茶でも飲んでな」
「・・・頼んだぞ」
「後は任せな。いくぜぇ、アスカ、綾波」
僕らはリツコが用意したプラグスーツに着替え、エヴァに乗り込んでシンクロを開始した。
「カタパルトは動かないわ。シャフトから直接外に出て」
「あぁ!? アレよじのぼれってのかよ!」
「しょうがないでしょ!」
「ミサトーお前しょうがないで流しすぎだ馬鹿! いっつもじゃねえか! 人事だと思いやがって・・・テヘって言うんじゃねえ!」
「シンジぃ・・・上見て・・・」
「あん? うおッ」
アスカの言葉に上を向くと、巨大な瞳がシャフトを見下ろしていた。もうこんなところまで使徒が入りこんできていたのだ。僕はエヴァットを構えた。 元はといえば停電してる時に使徒がタイミングよく来るのが悪いのだ。つまり使徒が何もかも悪い。僕はそう考えてぶんぶんエヴァットを振った。
ここの所、状況的に自由にエヴァット振り回せる機会が無くてフラストレーション溜まっていたところだ。ジェット噴射の弱点をさらに改良し、強力な電磁石の反発力を利用した新生エヴァットは青い血を欲している。アスカは巨大で不気味な瞳にビビっていたが、僕の怒りの気配を感じ取ってナイフを構えた。
一丁しかない役立たず銃パレットライフルは綾波が持つことになった。
「じゃあ、上っててあのおメメをぶん殴るとしますかー!」
エヴァットをもう一度背中にしまってどっこしょ、と壁の出っ張りをひっつかみ、僕とアスカはぐいぐいその壁を登っていった。途中上を見ると、なぜか巨大な目はうるうると潤んできていた。僕に喧嘩を売ったことを早くも後悔してんのか? なんてそんなことはあるはずもなく、ボトっと落ちてきた粘性の高い液体がアスカの弐号機を直撃する。
「にぎゃっ」
アスカは猫みたいな悲鳴を上げてさかさまに落下していった。
「こらー! 涙かぶったくらいで落ちてんじゃ・・・」
今度は僕のところにボトっと涙が落ちてくる。その涙は初号機の肩に触れてジュウっと言う嫌な音をたてた。ついでやってきた激痛に、僕も思わず壁の出っ張りを手放しそうになってしまった。
「いってぇぇぇええ! なんだこれ!」
「・・・溶解液?」
肩が焼け焦げて煙を上げている。ヤベエ、これ頭から被ったらショック死しそうだ。僕は小刻みに体を左右に振って的を絞らせないようにしながら少しづつ上っていった。綾波のライフルが火を吹くが、使徒のATフィールドがその弾丸を通さない。でも、その援護射撃のお陰で溶解液が降ってくることは無くなった。使徒が銃撃を嫌がってシャフトの入り口から離れる。チャーンス!
僕は一気にシャフトを上りきった。ついで、最初から上りなおしていたアスカが僕においついてくる。電源は残り七分少々。
「手間かけさせやがって・・・ぶっ殺す!」
僕とアスカは一斉に、蜘蛛のような使徒に襲い掛かった。 僕のエヴァットが長い足の1本をへし折る。アスカのATフィールド放射がもう1本足をもぎ取った。平地で遠距離攻撃手段の無い使徒なんか、僕らの敵じゃない。使徒はぶぴゅっと汁を飛ばす下品な攻撃で抵抗するが、足を二本失って自由に動けない使徒の攻撃なんかトロ過ぎてあたるわけがない。
「なんかよーこいつよえーなぁ」
「見た目のきちゃなさは最強クラスよ」
背後に回って残った足を粉砕すると、使徒はもう動けずにただ汁を前に向かってぴゅっぴゅと飛ばし続けていた。その姿はちょっと哀れで、そして哀愁たっぷりで思わず笑えた。しかし、油断していた僕らに使徒は最後の抵抗を試みた。全面から狙いを絞ろうともせずにがんがん汁を撒き散らしはじめたのだ。全方位にとんだ汁をすべて回避するのは容易ではなく、攻めあぐねて僕とアスカは少し下がる。電源残り時間は三分。もうあまり時間がない。
「アスカ、フィールドで汁全部飛ばしてくれよ。一発で決めるからよ」
「了解。ちょっと離れて」
まぁ、何にせよ強敵ではない。汁に触れると熱いので嫌だったが、あの程度でエヴァを倒そうなんて片腹痛いにも程がある。アスカが放射したATフィールドが撒き散らされる汁を弾き飛ばして1本の道を作った。この一瞬で僕には十分過ぎた。エヴァットを振り上げ、使徒に殺到した僕はまず汁がぴゅーぴゅー吹き出る穴を叩き潰し、返すバットで半円上の頭をぐしゃりとへこませる。使徒は途中で折れた足を振り回そうとするが、僕は構わずエヴァットでガンガン殴りまくる。コアが露出してない分倒すのに回数が必要だったが、まぁ頭をぐちゃぐちゃにしてしまえば関係ない。
原型が無くなるまで殴ったところでエヴァの電源が切れた。使徒は当然、もう動かなくなって自分で撒き散らして汁で溶けてしまった。
「停電なかったらもっと楽勝だったな」
「こんなんばっかりだったら楽なのに・・・」
僕とアスカはエヴァから出て、ぶすぶすと煙を上げている使徒の残骸を見ながら呟いた。
「つうか超焦げくせぇッ 早く帰ろうぜ、甘いもん食いてえ」
「そーね。そろそろ停電終わってんじゃない?」
結局、停電の原因はわからなかったらしい。だが、まぁよわっちい使徒で助かった。アスカの言葉どおり、毎度こんなもんなら楽なのにな、と僕は呟いた。
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