■□自慢のエヴァット□■

その6

「修学旅行に行っちゃ駄目ってどういうこったこの野郎!」

僕が勢いよく机を叩くと、アスカがテレビを見ていたビクっと肩を震わせて何事かと怪訝そうな顔をした。僕はアニメに見入っているアスカにイライラしながらさらにバンバン机を叩いた。

「おぅおぅ! 何とか言えよミサトこるぁ! アスカもぼけっとテレビッ子やってんじゃねえ! 修学旅行行くなとか言ってんだぞこのババァッあぐっ」

空になったビール缶が思いっきり眉間に命中し、僕は椅子ごと後ろにひっくり返った。しまった、熱くなってババァとか言ってしまったようだ。寒気がするほど微笑んでいるミサトに、咳払いしながら「このお姉さんがそう言う青少年の夢を壊すようなこと言うんだ」と言い直す。中腰になったミサトがまた椅子に座りなおすのを確認してから、僕は再度ヒートアップした。

「よー納得いく理由を聞かせてもらおうじゃねえかよ作戦部長さんよー」
「あのねぇ、あんた達が沖縄行ってる間に使徒来たらどうすんのよ? 責任取るの私なんだからね、戦闘待機は当然でしょ?」
「ウルセー! 使徒なんか帰るまで待たせとけ!」

ミサトが無茶言うなボケ! と叫びながら今度は中味入りの缶を投げつけてきたので、さすがの僕もちょっと黙らざるを得ない。あんまり怒らせると逆効果だからだ。大体、修学旅行に行けない、なんてのは殺生すぎる。一週間分のヘアスプレーを買い込み、床屋で眉毛も整えてもらって準備万端だっつーのに何が悲しくて戦闘待機なんざしないといかんのだ。

その日の為に用意した旅行グッズの数々が僕の倉庫と貸した部屋で期待のオーラを放っている。例えば花火セットとか。僕は厳重抗議したが、ミサトは全く取り合わなかった。それどころか、「まぁ本部のプール自由に使っていいから」何て生殺しで中途半端な提案をしやがる。僕は不貞腐れて居間のど真ん中でお布団広げて寝てやった。

修学旅行がポシャったにも関わらず姦しいアスカが静かにそれを受け入れていたのには実は理由があった。あの野郎、ミサトから金で買収されていやがったのだ。最低な奴だ。ホクホク顔で買い物をするアスカに殺意すら抱いたが、まぁ、こいつは親が不気味な眼鏡かけた権力者でもなければ、特に金持ちの娘でもない。僕のように自由になる金は案外少ないらしく、よくボヤいていた。

何でも、エヴァに乗ることに対する報酬は当然あるが、年齢を考えて・・・と言う意味不明の理由で月額五万以上引き出せないようになっているらしいのだ。それをミサトが掛け合って10万まで引き上げるのが、アスカの、修学旅行を諦める代償だった。くっそー安い奴め! 不機嫌丸出しの僕を尻目に、昨日買いこんできたらしい結構きわどい水着を綾波に自慢している姿に僕は舌打ちした。楽しそうなのがまた腹が立つ。

僕はプールサイドで三角座りしながら、今頃沖縄で楽しみまくりな子分二人を思い浮かべて泣きそうになった。仲間はずれにされたみたいで超寂しい。お土産山のように買ってこいと十万渡したが、あの二人ではロクなものを買ってこないだろう。あんまり期待もできそうにない。ブルーになっている僕の横にアスカがプールの水を滴らせながら寄ってくる。僕はシッシと手で払う仕草をしてこの悲しみに浸リ続けようとした。

だが、アスカは首をかしげて僕の顔を覗き込んだ。

「シンジ泳がないの?」
「僕は今傷心なんだ。傷ついてんだ。ブロークンハートだ。なんつーかトラウマ? だからほっといてくれ・・・」
「仕方ないじゃない、使徒がホントに来ちゃったら不味いんだし。諦めて今を楽しむのが吉だと思うわよ」
「ふん、負け犬め。そんなんだからすぐビビっちゃうんだよ馬鹿」

でも、修学旅行にいけずにスネている僕はもっと負け犬だって実は知ってる。うう、本当に泣けてきた。だから僕はうがーっと叫んでプールに飛び込んだ。ぷかぷかプールに浮いていた綾波にしぶきがかかり、綾波は嫌そうな顔をした。でもアスカは普通に楽しそうに僕についで飛び込んできた。綾波が物凄く嫌そうな顔をしてすいーっと反対側に泳いでいってしまった。

ええい、どいつもこいつも僕のこの傷ついたギザギザハートをヤスリでごりごりしやがって! 僕は思いっきりアスカに水をかけまくり、反撃で水をかけられて憤慨し、そのうちブルーだったことを忘れてアスカと水のかけあいに夢中になっていた。ビビりで能天気で馬鹿のアスカは嫌いだ。でも、何だかんだいって今を楽しんでしまっている僕は自分がもっと嫌いだ。

くっそう楽しいよう。修学旅行で弾けてたらもっともっと楽しかっただろうに。他校の修学旅行生と揉めたり、海辺でロケット花火打ち合いしたり、お土産屋さんで大人買いしまくったり・・・僕は泣き顔でその日は体がふやけるまでアスカとプールで遊んだ。綾波は終始迷惑そうだったが。

さすがに疲れてプールから上がった頃にはすっかりブルーな気分を忘れてしまっていた。僕は前向きに考え直した。まぁ、楽しかったから良し。明日はビーチボールも持ってこよう!・・・とか考えていたら、警報が鳴った。

来るわけねぇと思ってたのに本当に使徒が来てしまった。





風邪ひいて熱あるわけでもないのに修学旅行に行けないわ、使徒が来るわ、今日は最低な日だ。僕はげんなりしながらミサトの生き生きした様子に溜息を吐き、ブリーフィング中ずっとアスカの髪の毛を引っ張ったり綾波をからかったりして全然話を聞いてなかった。まぁでも、何しなきゃいけないのか知らないのは不味いのでアスカに後で聞いたところ、何やら今回の使徒は火山の火口の中にいるらしい。

使徒って奴は目的も意味不明ながらその行動もわけがわからん。火山の火口で何がしてぇんだ?で、どうやら今回はそいつを捕獲しようって作戦らしい。まだ使徒の赤ちゃん状態らしいので、がんばったら捕まえられそうだからだ。めんどくせー! どうせ殺すんだから火山から出てくるまでほっときゃいいのに・・・。僕はいまいち納得いかなかった。

「つーかよ、火山の火口に飛び込むってことはアレだろ、溶岩どろどろの中に入るわけだろ? めちゃくちゃ熱そうだなオイ・・・」
「それ用の装備があるらしいわよ。でも、弐号機にしかつけらんないんだって・・・」

僕はさっそくビビり始めてるアスカの髪の毛をぐいっと引っ張った。

「やる前からビビってんじゃねえよ」
「び・・・ビビってないもん」
「顔ひきつってるぜ」
「え、嘘!」
「ウッソーン。何焦ってんだよバーカ」
「キィ!」




とっととプラグスーツに着替え、ケイジにぼけっとしていると、ミサトが爆笑する声が聞こえた。そしてアスカの悲鳴。あいつら何やってんだ? 同じくボーっとして目の焦点のあってない綾波の横を通り過ぎ、声の方向へ歩く。そこで僕はとんでもないものを見た。

「ぷ・・・うぎゃはははははは! なんだそりゃー!」

球体に手足と頭が生えたような不恰好極まりない物体がよちよち歩いている。その頭の形状から察するに、どうやらそいつはアスカらしい。あまりのインパクトに、僕は立ってられないくらいに笑い転げた。

「あ、あ、アスカ、それ反則、反則だょ、ギャハー腹いてぇ!」
「ぅぅ・・・」

情けなさと恥ずかしさで真っ赤になったアスカは顔を手で隠そうとするが、その手はぶくぶく膨れたスーツの腹に邪魔されて顔まで届かない。ヤバイ、これはヤバイ。これを見て笑わない奴は綾波ばりの醒めた面白くない奴だけだ。リツコは顔を伏せて肩を震わせ、ミサトはもう床に転げてびくんびくんと痙攣している。僕はいまだかつて無い腹筋の酷使に涙を流しながらヒーヒーと苦しく息をした。まぁでも五分も見てれば慣れてきた。

段々冷静になった僕らはその赤いまん丸なアスカを囲んで口々に感想を述べた。

「しかしブッサイクだなぁコレ」
「失礼ね。確かに不恰好かもしれないけど、冷却効果は結構なものよ?」
「見た目まで結構過ぎるわよねぇ・・・」
「国連の連中がまたネルフはふざけてるとか言うぜ、絶対」
「そりゃあコレ見たら・・・ぶふッ ごめんアスカこっち向かないでキャハハ」
「もう! イヤ! アタシ帰って寝る!!」

ついにアスカがぶち切れて半泣きになってしまった。でも、泣きそうな顔でぶよぶよされたらまた笑いのツボに・・・でも、僕らがまた爆笑の坩堝に飲み込まれてしまう前に、この場にそぐわないほど冷静な、と言うか冷たい声で綾波が言った。

「じゃあ、弐号機には私が乗るわ」

その言葉に、アスカが目を剥いて綾波をにらみつけた。弐号機にかわりに乗るとか、そう言う話題はアスカの逆鱗であり、禁句だ。案の定、アスカは綾波をひっぱたこうとするが、スーツに邪魔されてごろんと転がってしまう。でも、転がったままアスカは金切り声で叫んだ。

「嫌よ! 弐号機にアタシ以外が乗るなんて絶対嫌! アタシがやるわよ! やればいいんでしょう!?」

一瞬、綾波が満足そうに頷いたように見えた。でもそれは一瞬で、瞬きすると綾波は元の無表情になっていた。ああ言うことでたき付けたわけだ。ああ、なかなか役者だなぁ、綾波は。僕はちょっと感心した。




火口は微妙な熱気と変な緊張感に満ちていた。大昔の海底探査ロボみたいな格好をした弐号機がまるで引き上げられてるドザエモンみたいにブラーンとクレーンで吊るされており、その足元にボコボコとオレンジの気泡を上げている溶岩がたゆたっている。変な絵だ。僕は初号機で火口の淵に腰掛、ミサトの指示をボンヤリ聞いていた。足を踏み入れた瞬間溶けてしまいそうな溶岩に入っていくなんて、ちょっと想像できなかった。

「国連の飛行機・・・?」

空でぐおんぐおん言いながら旋回し続けている国連の爆撃機を見つけて僕が呟くと、アスカが「手伝ってくれるの?」と少し期待して言った。だがミサトは冷たく言い返した。

「失敗したときの保険よ。N2で熱処理ってわけね」
「おいおい、僕たちごとか?」
「仕方ないじゃない?」

情けない声でミサトが言い、アスカが露骨にビビった顔でげんなりした。

「僕は初号機乗ってるからN2くらいどうでもいいけどよ、それじゃミサトとかも全滅しちまうんじゃねえの? それってヤバくねえ?」
「そうね。でも、エヴァが無事なら他は代りがいんのよ」
「・・・弐号機とセカンドチルドレンは失っても構わないってことかよ。納得いかねえな」
「そんだけのリスクがあって尚、魅力的なチャンスなのよ。人類にとって、ね?」
「そこがわかんねえ。何でだ? 使徒なんか捕まえてどうすんだ? 食うのか?」
「謎ってとこが最大の脅威なのよ、使徒は。これは使徒を知るための最初で最後のチャンスかもしれないの。そろそろ時間ね」

議論を一方的に打ち切って、ミサトが号令をかけた。僕は納得できない。危険を冒す必要性が全然わからない。毎度僕は使徒と生きるか死ぬかの殺し合いをしてる。だから捕まえることは潜在的な脅威をネルフに内包するだけなんじゃないのか? と思えてならなかった。

何より、アスカと弐号機を場合によっては見捨てることを含んだ作戦だ。僕は子分を見捨てるような、そんなヘタレヤンキーじゃない。だからミサトの言葉に大きな反発しか覚えなかった。

「シンジ・・・あのさ、失敗したら・・・」
「うるっせぇ」

アスカが何かを言いかけたが、僕はその言葉を遮った。ビビりがビビった言葉を吐けば、自分の言葉にもっとビビってゆくものだ。強気な発言は自分を強くしてくれるが、その逆もまた然りなのである。だから僕はアスカの現場での弱気な発言を許したことは無かった。

「おいおいアスカさんよ。お前こっち来てから今までロクな実績がねえんだ。そこ自覚してんなら、弐号機降ろされないようにやってみせろや」

アスカの顔が強張る。人類にとってのチャンスとかそんなのはどうでもいいが、これはアスカが来日して初のアスカ単独の作戦となる。これを成功させれば、アスカは弐号機パイロットとして初めて不動の実績を手に入れることができるのだ。その意味でアスカにとってチャンスではあるのだ。案の定、「降ろす」と言う言葉に反発してアスカは真剣な顔で「もちろん、やってみせるわ」と断言した。僕はその言葉に満足した。

ヤンキーの世界でもモノをいうのは実績である。結局、誰それは何々と言うことをやった・・・と言う過去形でしかその力は評価されない。やるかもしれない、やる力はある、何て言う未来系では何の評価もない。だから通り名がつく程にならなければ何時までも木っ端扱いなのだ。そこは厳しい実力社会。エヴァにしてもそうだ。毎月恐ろしい金額が口座に振り込まれている。何の仕事をしたわけでもなく、だ。それはこういう時に命を張る代金である。

先陣切って危険な乱闘に突っ込んでバットで人を躊躇なくぶん殴れるからこそ、一目置かれる。「俺は三人相手でも勝てるぜ」とか言うだけで実際手を出さないヘタレ野郎は軽蔑されるだけだ。僕は仙台で「バットマン」と呼ばれた。今は「初号機パイロット」と呼ばれている。アスカが「弐号機パイロット」ときちんと認識される為の、これは試練なのだ。

「いいか、失敗したらケツは僕が拭いてやっから、とりあえずやってこいや」

どうやって後始末するかなんて全然考えずに、僕は偉そうに言った。アスカは少し安心したように頷いた。子分二人とアスカと綾波は僕の舎弟みたいなもんだ。だから僕は連中のボスとしてケジメをとらなきゃいけないのだ。いざとなったら・・・国連の爆撃機ぶっ潰してやる。



アスカと弐号機が溶岩に沈んでいって10分たった。僕はイライラしながらオペレーターとミサトとアスカのやり取りを聞いていた。どうやら、順調に使徒を発見するところまでは終わったようだ。後は捕獲用のケイジに使徒の赤ちゃん突っ込んで上がってくるだけである。僕はほっと一息ついた。まだ油断はできないが、第一段階はクリアしたと見て間違い無さそうだからだ。そして、捕獲に成功した、と言う報告が聞こえて、僕はやっと溜息を吐いた。現場にも緊張感の緩みが感じられた。

「ふぅ・・・見てるだけってのもなかなかしんどいな」
「そうね。私なんか毎度それよ? あんたが指示無視しまくるから」
「うるせー馬鹿。現場の判断って奴だ。今までそれで不味いことになった試しねぇだろ」
「まぁね。そう言う意味じゃ信用はしてるわよ。ま、今回は何事も無くてよかったわ。終わったら、温泉にでも行きましょうか?」
「ジジくせーなー。まぁいいけどよ。温泉つったら卓球だな、卓球やろうぜ卓球」
「あら、私は強いわよ?」
「上等!」

もう後一分かそこらすれば弐号機が溶岩の中から姿を現すだろう。僕とミサトはようやく安心して軽口をたたき始めた。だが、一分たっても弐号機の姿は現れない。オペレーターのロンゲが鋭い声で警告した。

「使徒が活性化しています! 捕獲ケイジが・・・破られました!」

ついで聞こえてくるアスカの悲鳴。何事も無かったと安心したらこれだ。だから使徒なんか見つけ次第殺しちまえば良かったんだ。僕は火口で中腰になった。

「アスカ! まだ生きてるか!?」
「何とか。でも、プログナイフ落としちゃった! きゃあああ!」
「おい! 何が起こってんだ!?」
「使徒が!」

よくわからんが、使徒が急にでかくなって捕獲ケイジをぶち破り、今まさに弐号機に襲い掛かっているらしい。僕は肩のナイフを火口に投げ入れた。

「ナイフ入れたぞ!」
「・・・きた! サンキュ!」

珍しくビビってないアスカは、きっちり僕の投げ入れたナイフを受け取ったらしい。今回は状況が状況だけに、アスカもビビるだけの余裕が無いのか。逆に僕は危機感を感じてきた。何かやばい。国連の爆撃機が旋回するのが見えた。

「ミサトぉ! 国連の馬鹿共下がらせろ! 気が散る!」
「無茶言わないで! 熱処理されたくなかったら何とかしなさい!」

ミサトこそ無茶言うぜ。モニタごしにアスカの様子見る以外に僕に何ができるって言うんだ。僕はリツコにさらに改造を施してもらったジェット噴射機能付エヴァットを背中から取り出して構えた。使徒の攻撃でアスカを支えるワイヤが二本切られ、引き上げ速度は亀の歩みよりもトロ臭くなっている。

早く上がって来い! そうすればこの新型エヴァットで僕がかわりに戦ってやれるのに!アスカは必死で戦っているようだった。でも僕は何もできない。見てることしかできない。下でアスカが喧嘩してるってのに!

「うぅぅうう・・・うっがあ! チキショームカついてきたあ!」

ああもう、こう喧嘩を見てるだけってのはストレスだ。僕は我慢できなくなりつつあった。モニタごしではアスカの顔しか見えなくて、どんな状況になっているのかさえわからない。下を見るとボコボコ沸き立つ溶岩。僕は生唾をゴクリと飲み込んだ。

「ああ・・・熱いだろな・・・」

一瞬の躊躇。ミサトは僕が何をしようとしているのか気付いて鋭く静止の言葉を吐いたが、それは僕は既に火口から飛び込みを敢行した後だった。もう我慢なんかできない。初号機でATフィールド張れば多分、多少は耐えられるはずだ。僕はワイヤを片手に、エヴァットを振り上げて溶岩の中に特攻した。

「あぢー!! あぢぢぢッ」

さすがにLCLの加熱までは至らなかったが、全力でATフィールドを張っているにも関わらず初号機に恐ろしい熱気が迫っているのが文字通り肌で感じられた。ATフィールドは万能バリアじゃない。どういう理屈か知らないが、熱の伝播は防げないのだ。視界はほとんどない。程なくして弐号機の背中までたどり着く。

「おら! 使徒はどこだ!」
「シンジ!」

嬉しそうなアスカの声。僕はケツを拭いてやると言った。男に二言は無いのだ。弐号機を覆う耐熱装甲をガンと一発エヴァットで軽く叩いて、僕は弐号機の背中にぴったりくっついた。アスカの背中を狙っていた使徒らしき怪物の姿がようやく見えてくる。 そいつは溶岩の中をすいすい泳ぎながらやってきた。

オエ! キモッ! 見た目は深海魚か何かのようにグニグニした魚みたいな姿だ。中央に爛々と輝く赤い瞳。・・・アレがコアか!僕は弐号機の肩に足を乗せてエヴァットを大上段に構えた。

「アスカ、道作れ!」

基本的に頭がいいアスカは、僕の言葉をすぐに理解した。背中ごしに弐号機のATフィールドが放射状に広がってゆき、僕は一瞬弾き飛ばされそうになったが、ATフィールドの展開をやめて足を踏ん張り、弐号機の頭を足で挟み込むことでそれに抗した。溶岩が初号機の装甲を焼き、灼熱の苦痛に涙が出そうになる。

永遠の一瞬の後、溶岩が徐々にATフィールドに押しのけられ、空白の空間が生まれる。勢いよく突っ込んできていた使徒はその空間で宙に浮いたままこちらに突っ込んでくる。思いっきり振りかぶったエヴァットの頭が火を噴き、エヴァの筋力とジェットで加速したエヴァットの先が使徒が慌てて展開したATフィールドごと使徒の頭をぶったたいた。

使徒の上半身がぐしゃりと潰れた。

使徒は突っ込んできた勢いそのままに反対側の溶岩に突っ込み、ぐずぐずと音を立てながら溶けて消えた。エヴァット攻撃の衝撃に耐えられず、ワイヤがぶちりと切れた。僕は慌ててそれを掴み、弐号機の無事を確かめる。ATフィールドの全力展開で耐熱装甲のあちこちに亀裂が入っていたが、弐号機は無事だった。

「アスカ、大丈夫か?」
「・・・あづい」
「あー、大丈夫みてーだな」

耐熱装甲は既に役に立たなくなっていたようで、アスカは顔を歪めてその熱に耐えていた。

「ううう・・・怖かったよぅ」
「バカヤロ、僕のが見てて怖かったっつーの。もっとこう、ちゃちゃっと倒せよ使徒なんか」
「だって、ナイフ効かなかったんだもん」
「気合が足りねえからだ、気合が。つうかあっちいな、早く上げろよミサト」

僕はエヴァの姿勢をロックしてLCLの中でふわふわ浮かんだ。暑さに体中が弛緩する。温泉なんか行かなくても十分汗かけそうだ。僕は犬みたいに舌を出してヘェヘェ息をした。

「シンジ・・・」
「あ?」
「助けてくれて・・・アリガト」

アスカが、暑さで苦しそうにしながらはにかんだ。

「へッ・・・冷たいチョコパ奢れよな」

僕も、ちょっと照れながらはにかんだ。




「必殺のドライブスマーッシュ!」
「にぎゃっ」

ミサトの強烈なスマッシュが眉間に命中し、アスカがひっくり返る。これで僕とアスカ合わせて八連敗。ミサト卓球強すぎ。あまりに勝てなくてムカついてきていた僕はもうフルーツ牛乳飲みながら不貞腐れコースで煙草をすっていた。

「ちっきしょう、使徒に負けた時より悔しいぜ」
「ちょっとは手加減しなさいよ!」

僕とアスカがブーブー言うと、ミサトは爽やかに汗を拭きつつ、「いつでも勝負事には真剣なのがポリシーよ」といった。あんまりムカついてきて、卓球はもうやる気がしないので、汗をもう一度流そう、と、また風呂にいくことにした。

浴衣をとっとと脱ぎ捨てて露天風呂に首まで浸かって100数えている最中に、壁の向こう側からミサトとアスカの声が聞こえてきた。何か楽しそうな声。温泉は気持ちいいのだが、一人で入っててもなんかつまらない。向こうは楽しそうでいいなぁ、今度来るときは子分共も連れてこよう。

「ミサトってスタイルいいわよね・・・」
「アスカはこれからでしょ? 16の割には結構発育してるほうじゃない」
「ちょっと! 胸揉まないでよ! きゃあ!」
「この弾力、なかなかの揉み応え・・・やっぱ若いっていいわねぇ〜」
「アタシにその気な無いわよー! えぃ」
「いたっ やーだ、そんな強く握んないでよ」
「仕返しよ!」

・・・。一体何をやってんだ。僕は鼻まで温泉に浸かってぶくぶくと息を吐いた。自分自身が元気になってきてしまった。薄い壁一枚隔てて、夢のレズクサプーンの世界が・・・広がっているのか? 反射的に鼻の下がべろんと伸びた。・・・まぁ、ちょっとくらい・・・僕は音を立てないようにそーっと湯から出て、桶をそっと重ね、足場を作る。

足場は少し不安定だったが、まぁ、乗れないこともない。あとちょっとで、壁の向こうが見える。もうちょっと・・・僕は背伸びした。背伸びした瞬間、足場が崩れ。。

「ぐべっ んおおおおお!?」
「シンジー! 今まさか覗こうとしてたんじゃないでしょうね!? サイテー」

本当最低だ・・・僕はにじんできた涙をそのままに硬い石の上で背中の痛みに耐えながら、次の壁を超える手段を考えていた。結局、覗けそうになった瞬間に飛んできた石鹸で目を痛打されるまで、僕の努力は続いた。