■□自慢のエヴァット□■

その5


「ぎゃははカッチョワリー!」

八つ墓村な初号機と弐号機のスライドを見た瞬間に、僕は思いっきり吹き出してしまった。すぽーんと両足を天に向かってそそり立たせ、上半身を完全に土に埋めたその姿は日曜ロードショーで見たその邦画そのものだった。しかも初号機は紫色だから本当に死体みたいで、田園風景な旧東京跡と全然合ってない。

「アスカ見ろよアレ! ぎゃっはははヤベーヤベーよあれわぁ!」

物凄い迷惑そうなアスカの肩をがくんがくんと揺らしながら僕は笑い転げた。かっこわるい負け方だったが、ムカつくより先に笑ってしまう。マヌケすぎて愛嬌すら感じた。「恥をかかせおって・・・」副司令のじーさん(名前忘れた)と、親父ゲンドウが苦々しくそのスライドを見て吐き捨てたが、僕はもう腹がよじれそうでそれどころではない。ついに親父が「シンジ、少し黙れ」とキレ気味で言うまで、僕は笑い続けた。

「パイロット両名。君達の仕事はなんだ」
「え、エヴァを操縦すること?」

アスカは少しビビりながら応えた。こいつ本当ビビりで、今回の使徒との戦いでもビビりまくってアッサリやられやがった。その後僕がエヴァットでボコボコにすると、使徒は二体に分裂し・・・まぁ、結果はごらんの通りの大敗北。僕はじっとこちらを見るゲンドウに向き直った。

「そんなもん、使徒をぶっ殺すことに決まってんだろ」
「そうだ。こんな恥をかくためにネルフがあるわけではない。よく考えろ」
「うるせぇな、テメェに言われるまでもねぇよハゲ」
「わかっているならいい。だが、次はないぞ」

口うるさい親父だ。僕はガムをくちゃくちゃ噛みながら舌打ちした。次もクソも、今度負けたらネルフごとこの世から無くなるだろうに。コケ脅しにビビっているアスカの背中をポンと叩いて、僕は小声で「あんな親父気にしてんじゃねえ」と言った。





「ユニゾン・・・? 何だそりゃ」

ミサトが持ってきた作戦は、要するに息を合わせて同時に二体のコアを攻撃すれば倒せるっぽいと言うものだった。理屈はわからないが、同時に倒さないとすぐ復活してしまうらしい。そういえば、エヴァットで一匹をぐちゃぐちゃに叩き潰してもう一匹を叩いている間に、潰したはずのもう一匹が復活していて、電源切れと同時にやられちゃったのを思い出した。なるほどそう言うカラクリか。道理で潰しても潰しても生き返ったわけだ。

「そこで! 完璧なユニゾンをマスターしてもらうために、アスカにも今日からここに住んでもらいます!」

ミサトの一声に、アスカは顔面蒼白でいやいやと首を振った。

「ちょ、待ちなさいよミサト! あんた、アタシにこいつと同居しろって言ってんの!?」
「そうよん。何、文句あるわけ?」
「大有りよ!! こいつは男なのよ! 夜中にムラムラっと来ちゃったらどうすんのよ!」
「お前、すっげえ人聞きわりーな。僕のどこがそんな獣っぽく見えるっつーんだ」
「全部よ!」

何て正直な女だ。ビビりの癖に歯に衣は絶対着せたりしない。ミサトもうんうんと頷いてアスカの言葉に同意を示していたが、だが、ミサトは悪人面丸出しでニヤリと笑う。

「使徒殲滅の為よ。この際、あんたの操はどうでもいいの。一応、リツコから避妊薬は貰ってあるわ。後方に憂い無しよ」

おいおい、僕は襲いかかるのが前提かよ。ちょっと疲れを感じて僕は溜息を吐いた。しかしミサトはヤバい奴だ。使徒が絡むと見境がない。僕はちょっと他人事のようにアスカに同情した。お互い、ヤバい上司を持ったものである。

「あ・・・悪夢だわ・・・こんな似非金髪の変なヤンキーに処女を捧げることになるなんて・・・」
「だから人聞き悪いっつーんだ。嫌がってる女を無理にヤったりしねえよ。そんなかっこ悪いことできるか馬鹿」
「ム、アタシの魅力はその程度っての!?」
「じゃ、ヤってもいいのかよ」
「嫌に決まってんでしょ、この馬鹿!」

うーん、複雑な乙女心って奴か? 段々ヒステリックにわめき始めたアスカとミサトを尻目に、僕はさっそく付き合いきれなくなってきたので、煙草に火をつけて聞こえないふりをした。 結局、目の据わりだしたミサトにビビってアスカは同居を承諾した。僕はもうどうにでもしやがれって感じに開き直ってたので、「へぃそうですかリョーカーィ」と呟いて三本目の煙草に火をつけた。

ミサトはアスカの同意を聞いて嬉しそうに笑いながら、携帯で何か電話を始める。小一時間くらいアスカがぶつくさ文句を言っていたので、僕は仕方なくコンビニへ避難することにした。アスカはアスカでキレさせるとヤバイ奴なのだ。この間訓練で完膚なきまで叩きのめされてから、僕はアスカに真っ向から喧嘩を挑むことはやめることにした。

ビビり癖さえ無ければ使徒戦でも僕より強いかもしれないのに、悲しいかなアスカには気合と根性がない。まぁ、でも平常時の技術は恐ろしいので、仲良くしておくにこしたことはない。



コンビニで週刊誌を五冊読みきり、ミサトと自分の分のビールと、アスカ用に缶ジュースを適当に買いこんで部屋に戻ると、陰気な顔のアスカと、上機嫌なミサトがゲーセンの筐体のような巨大な装置を広げていた。

「なんだこりゃ」
「これがユニゾンにむけての秘策その1、ダンスマスィーン・ユニゾン1号よ!」

ミサトが無闇に胸を張り、アスカは陰気すぎる溜息を吐いた。魂まで抜けてそうだ。まぁ、見た感じで大体やりたいことはわかった。下のピカピカ光るボタンみたいなのを押すパターンを覚えて、僕とアスカでそれをぴったりタイミング合わせて押せるようになればユニゾンってわけだろう。実に安易だ。ちょっと呆れた。

「つーかさー、こんな遊びみたいなのでいいのか? 一週間しかねぇんだろ?」
「特訓とか言ったってあんたダレるだけじゃないの。遊び要素で楽しくユニゾン、これが最近の教育の流行なのよ!」

まぁ、厳しく特訓とかされるほどにダレるのは事実だ。僕は頭をがりごりかいた。いまいち、ミサトって女はよくわからない人だ。

「秘策その1ってさ、その2とかその3とかあんのか?」
「ないわよ。なんつーか気分?」
「なんかちょーてきとー。僕ちょーふあーん。作戦部長無能ー」
「うっさいわね! いいからヤレ!」

そうして、僕とアスカの特訓生活は始まった。 ペアルックのダンス着を着せられることだけは僕もアスカも頑なに拒みつつ、ダンスマスィーン・ユニゾン1号での特訓は朝晩区別なく続いた。とりあえず全然合わない。僕は早すぎるし、アスカはダンスの完成度に拘ってそもそもあわせる気があんまり無い。何か悪しき完璧主義と言うか、もうアスカは自分の世界だ。

大体、これだけ数限りなく繰り返していると飽きてきてしょうがない。僕は適当に体を動かしながら腹減った、とか、漫画読みたい、とか、関係ないことばかり考えていた。ミサトはこれほど合わないとは思っていなかったらしく、最初は叱咤激励していたが、今ではキレ気味で罵声を上げている。

「なぁミサト。今更だけどさー、これ無理っぽくねぇ?」
「あんたが真面目にやればいいのよ! アスカはもうダンス完璧じゃない!」
「あわすのが目的だろ、ダンスじゃなくてよ。僕はこれは踊れそうにねぇわ。ハズイし」
「照れなんか捨てなさい。大体、普段から恥ずかしいカッコしまくりのあんたが照れるなんて百万年早いわよ!」
「僕のファッションにケチつけんなっ 万年男日照り!」
「言ったわねこの小ヤンキーが!」
「僕のどこが・・・」

ぴんこーん。本日六回目の口喧嘩が始まりそうになった瞬間、チャイムが鳴る。誰か来た。アスカは全然マイペースでダンスしまくってて気にする様子もない。ミサトはチッっと鋭く舌打ちして冷蔵庫からビールを取り出し、ぐびぐび飲み始めた。僕は溜息をついて玄関へ向かった。

「なんだ、お前ら何か用か?」

訪問者は、我がクラスメイツ、トウジ、ケンスケ、委員長、そして綾波だった。綾波?何で綾波がこいつらとつるんでんだ? ちょっと不思議に思ったが、何のことは無い、ただマンション前でバッタリ会っただけだったそうだ。綾波はミサトに呼ばれて来たんだそうだ。

「まぁ、いいや。上がれよ」

怪訝な顔をしている四人は、おっかなびっくり葛城邸に上がりこんできた。

「・・・まぁ、なんだ。そう言うわけでよ」
「なるほどなぁ、センセガッコにけーへんからまた逮捕されたんかと思って心配しとったんや」

こいつも人聞きの悪いことを言う奴だ。僕は渋面を浮かべてうんこ座りした。トウジ・ケンスケ・委員長の三人は学校に出てこない僕とアスカを心配して様子を見にきたそうだ。トウジはともかく、細かく気の効く高性能パシりケンスケは大体エヴァ絡みだろうと思っていたあたりさすがである。ちゃんとご主人様の都合を阿吽で感じているのだ。

「でもさぁ碇ぃ、何か上手くいってなさそうだな?」
「まぁ見ての通りでよ。こんな恥ずかしい踊りできるかっつーのな」

気の利くパシりは好きだが、太鼓持ちは好きじゃない。ケンスケはタメ口だが、ちゃんと弁えていて僕の気に障るような言い方をしない。やさぐれたミサトは僕とアスカの友人が来ているというのに、ゲファーっとゲップしながらビールを飲み、綾波に向かって愚痴っている。綾波も酒臭くて不愉快ならそういえばいいのに、上官には弱い奴で、素直にミサトの愚痴を聞いていた。

三回アスカと僕は踊ってみせたが、悉く途中でダンスマスィーンがエラー音を鳴らし、ユニゾン失敗のサインをあげる。段々ムカついてきていた僕はユニゾン1号を蹴っ飛ばした。いい汗かいたって感じで爽やかに汗を拭くアスカも何かチョットムカつく。笑いを堪えているトウジは後で蹴り入れてやる! 

僕はすっかりやる気を失って煙草に火をつけ、小休止した。ミサトが突然立ち上がり、綾波にむかってやってみろ、と言った。僕はつけたばかりの煙草を灰皿に置いてしぶしぶもう一回だけな、といいつつ立った。何回やっても誰が相手でも一緒だって・・・適当に流す気満々で、僕は適当にユニゾン1号の上に立った。ミュージックスタート。

「お・・・おぉ!?」

不思議なことに、綾波と僕の動きはぴったり一致した。適当に流しているはずが、いつの間にか僕は真剣に綾波にあわせていた。どんなに動きを崩しても、綾波はそれにあわせてくるのだ。だから負けるかって気分になって僕は今までで最高に真剣に踊りきった。ユニゾン1号はユニゾン作戦が成功している、と言うランプを始めて点灯させる。

俺、やればできるじゃん!

だが、僕は上機嫌にはなれなかった。目の端で、青い顔をしているアスカが目に入ったからだ。踊ることに夢中になって目的を忘れ去っていたアスカは、僕と綾波のぎこちないながらも完全なユニゾンを目の当たりにし、ようやく我に返ったらしい。そこへミサトが追い討ちをかけた。

「ま、零号機を出せたならレイを使ってたわね」

冷たすぎるその声に、アスカの体がビクンと跳ね上がる。あーあ、まーたビビっちゃってるよ。アスカはこの世の終わりが来たような表情で肩を落とし、トボトボフラフラ歩き出した。そのまま無言でマンションを出てしまう。ミサトが失敗した、と言う表情を浮かべた。

「檄を飛ばすつもりだったんだけどねぇ」
「ミサト、今のは幾らなんでも超ひでぇ。どっちかつったら僕のが悪いだろ」
「う・・・ごみん。シンちゃん、悪いけどフォロー頼むわ・・・」

しゃーねぇなぁ。僕は舌打ちして、トウジとケンスケにおやつ買ってきて食ってろ、と一万円札を渡してマンションを出た。ミサトもミサトだが、アスカは打たれ弱すぎだ。本当に手間がかかる奴だ。僕はフラフラ出て行ったアスカを追って走った。

アスカは公園にいた。ブランコに乗ってきーこきーこ言わせながらボケーっと夕方の沈み行く太陽を眺めている。まだ高校生の癖に「哀愁」とかそんな感じの言葉が似合いそうな姿だ。僕は溜息を吐いた。

「アスカ、何してんだよ。明後日はもう使徒来るんだぜ?」
「・・・だって。だって、ファーストのほうがいいんでしょ? シンジもそうなんでしょ!?」
「だってじゃねえだろ。綾波がいくら合わすの上手くても零号機は修理中だしよ。それとも、綾波に弐号機譲るんかよ? お前はそれでいいのかよ」
「いや・・・それは嫌。絶対嫌よ!」

アスカは頭を振った。弐号機を降ろす、とか、パイロット辞めろ、とか、そう言う言葉にだけはアスカは過剰に反応する。そして、ぐすぐす泣き出した。僕は心底どうしたらいいかわからなくなってきた。女の涙は反則だ。

「あー、うー。なんつーの? さっきまではさー、どっちかつったら僕が悪いわけで。真面目にやってなかったからな。これからは真面目にやるからよー、泣くなって。な?」
「でも・・・全然上手く合わないし」
「やりゃできるって。何とかなるって。この間の使徒だって何か上手いこと倒せたじゃん?何とかなるんだって。絶対真面目にやるから! な?」

僕は必死に身振り手振りを交えて「真面目にやる」「がんばる」と生まれてこのかた三回くらいしか使ったことのない誓いを何度も口にした。ようやく泣き止んだアスカにほっとしながら、僕はやっぱり女ってすぐ泣くから苦手だなぁと思った。男だったら有無を言わせずぶん殴ってお仕舞いにできるのに、面倒くさいったらありゃしない。

アスカを何とか宥めすかして帰った頃には、もうすっかり暗かった。子分二人と綾波は帰宅してミサトは酔っ払ってがーがー寝ている。僕は静かになった居間にでんと置いてある巨大な筐体に初めて積極的に足を乗せた。言ったからには男に二言はない。

「さぁ、やるか」

アスカはコクンと頷いた。ようやく、アスカがこっちに合わせるようになってからは、僕も順調に進歩した。段々照れも無くなってきて、深夜になって初めてユニゾンOKのサインが点灯する。僕もアスカも飛び上がって喜んだ。そこからはとんとん拍子でお互いに上達した。真面目にやれば何とかなるものだ。

寝ることにしたのは、深夜二時過ぎだった。この数日で二人とも振り付けだけは完璧だったので、もうほとんどユニゾンは完璧だった。 朝・・・と言うか昼前に起きると、ミサトは既にネルフに出勤した後だった。書置きに、

「今日は明日の出撃準備があるから本部泊り込みになります。シンちゃん、アスカ襲うときはちゃんと優しくしないと駄・目・よ?」

と、ふざけた内容が書き込まれていた。それを見たアスカが警戒を露わにして近寄ってこなかったので、結局午前中は煙草をすってるだけで終わってしまった。午後になって練習を再開し、もう百回に一回くらいしかミスしないくらいユニゾンができていることを確認してから、僕とアスカはラーメンを食べにいった。

何だかんだ言ってミサトが料理しないとこの家に飯を作成できる人材はいない。ミサトの料理は不味くない程度だが、暖かいしそれなりに努力の後が見えるので嫌いじゃあない。これで掃除ができればミサトはいつでも嫁にいけるのに、と常々思う。

そしてできるだけ迅速に嫁に行って欲しいと願うばかりだ。一緒に住んでると確実に寿命が減っていく。

ラーメンを食って戻ると、僕もアスカも何となくダレた気分で、三回踊って全部成功したところで特訓は切り上げることにした。もう自信満々になるくらい大丈夫だ。明日は決戦なのだし、体を休めることも重要だろう。適当にバラエティー番組を見、風呂の順番で争い、寝る準備が整ったところで、今日は早めに休むことにした。

「ほんとに絶対こっち来ないでよ! 来たらその時点で110番するからね!」
「あいあい、わーってるよ」
「絶対の絶対のホントの絶対よ!」
「大丈夫だって・・・」
「絶対絶対ホントに絶対?」
「うるっせー! 早く寝れ馬鹿!」

アスカが来てから、僕は居間で寝ている。アスカは僕の私物を全部物置部屋につっこんでとっとと自分の部屋に作り変えてしまっていた。僕もそのうち物置部屋を片して自分の部屋にしないといけないだろうが、まぁ今日までの辛抱だ。僕は居間の真ん中に広げたお布団に寝そべって、先週買ったSDATを耳にはめた。

適当に買ったCDの適当に耳に残る曲がシャカシャカ鳴って眠気を誘う。最初の日はさすがに同年代の女が同じ屋根の下にいることにドキドキムラムラしたもんだが、一週間も続けば慣れたもんだ。僕はごろんと寝返りを打って窓の外を見上げた。綺麗なお月様がぼんやり浮かんでいる。

満月かと思ったが、微妙に欠けているようにも見えた。ここハコネは気候的にあんまり雨は降らない。だから夜は星や月が綺麗に見えていい。雨ばっかりの仙台とは大違いで、夜の空は好きだった。まどろみつつ、ぼけっと月を見上げる。居間は大きな窓があってベランダと繋がっているから、空が良く見える。このままずっとここで寝るのもいいかもしれない。そんなことを考えていると、ガラっと扉が開く音がして、ぺたぺた素足で歩く音が聞こえてきた。

何気なく時計を見ると、僕は大体二時間くらいぼけっと空を見ていたことになる。苦笑してシーツを被りなおした。ジャーっとトイレを流す音。ああ、今の足音はアスカか・・・と、眠りに入る一歩手前の状態で思った瞬間、バサっと何かが目の前に降ってきた。薄く目を開けて前を見ると、パンツとTシャツ姿のアスカがむにゃむにゃ言いながら僕のシーツを奪い取る。

途端に僕の心臓がばっくんばっくん激しく胸の内側を叩き出した。

「おーい、アスカ?」

返事はなく、すーかすーか寝息だけが僕の声に返ってきた。この天然野郎、寝ぼけて布団間違えやがった。思わず生理現象の僕は、ぐぅと唸って怯んだ。あんだけ絶対こっちくんなとか訴えるとかわめいてた癖に、自分から来るなんて何考えてんだ。僕は生唾を飲み込んだ。僕の中で悪魔シンジと天使シンジが激しく剣と剣をぶつかり合わせている。

「据え膳って奴だ。食っちゃえよ!」
「駄目だよ! 駄目だよ! そんなことできるはずがないじゃないか!」

普段はヘタレな天使くんも今日ばかりはなかなか手ごわく、僕は思い切れなかった。 しかし悪魔シンジは巧妙だった。

「わかってる、そりゃ確かに犯罪さ。でもよ、チューするくらいはいいんじゃねえの? それならバレやしねえって!」

天使シンジも応戦するが、この時の悪魔シンジは強すぎた。「バレねぇから問題ねぇんだよ! 死ね!」天使くん敗北。僕は生唾を飲み込みまくりつつソーっとアスカに顔を近づけた。アスカの髪はシャンプーのいい匂いがする。アスカの寝息が僕の前髪を揺らした。自分の唾を飲み下す音にびっくりしてしまう。距離は少しずつ、少しずつ迫ってゆき、あと3センチほど。

「・・・や・・・いや・・・」

ヤベ! おきちまったか!? 僕はアスカの声にビビって海老のようにぴょんとアスカから離れた。僕のシーツをかぶったアスカは涙をこぼしながら、「いや、降りるのはいや」と繰り返している。寝言か・・・ビビった。真剣にビビった。苦しげな顔で、アスカはうなされている。

その寝顔を見ていると、段々気が静まってきた。生理現象バリバリだった股間は萎縮し、ついでに眠気も吹っ飛んだ。

「アスカ、おきろよ。アスカ」

あんまりうなされているものだから、僕はアスカを起こすことにした。目を擦りながらおきたアスカは、僕の顔を見るなりひきつって後ずさりしたが、ここが居間であることに気付いて、自分で寝ぼけてここに来たのだ、と気付いて顔を伏せた。まぁ、明るかったら真っ赤になったアスカが拝めたことだろう。

「なんか魘されてたぜ。怖い夢見たか?」
「え・・・うん・・・ちょっと」
「あんまりウンウン唸ってっから思わず起こしちまった。悪いな。もう三時だぜ? 早く寝よう」
「うん・・・」
「おやすみ!」

気分的に眠れそうも無かったが、僕はアスカの掴んでいるシーツをひったくってそれを頭からかぶり、寝転んだ。あー、何か損した気分。でもまぁ、これでよかったような気がしないでもない。チューしてたら自分を保てた自信が無いからだ。でも、アスカは動こうとせず、すぐにその場で横になった。

「ここで寝ても、いい?」
「は? ・・・ああ、まぁ、いいよ。別に。勝手にしろよ」

どうやら相当怖い夢を見たようで、アスカは少し怯えているようだった。全くビビりな奴だ。でも、これで僕は朝まで眠れそうにないな、と苦笑するしかなかった。






「さぁ! いよいよね! ・・・って、どしたのシンちゃん。目の下すごいクマになってるわよ?」
「ああ、ちっとな・・・」

二時間くらいしか寝れなかった僕は欠伸をかみ殺しながら初号機とシンクロした。今回の作戦ではエヴァットは使えない。また、ATフィールド放射攻撃も使えない。エヴァットは僕にしか扱えないとこの間発覚し、ATフィールド放射攻撃は僕にはできそうにない芸当だ、と言うこともまた発覚している。だから、ユニゾンしてちんたらATフィールドを侵食しつつ同時攻撃をかけるしかない。一体一体だとエヴァットの前にゴミのようなその使徒は、不死身じゃなけりゃ大したことはないし、僕とアスカのユニゾンはこの二日の特訓で完璧に仕上がっている。負ける要素は無い。

「しゃー!気合いれていくぞおらー! 52秒でアイツぺったんこだ!」
「・・・ぅ」
「んーだよその気合抜けまくりの声はよ。またビビってんじゃないだろな」
「だ、大丈夫よ」

朝からアスカはちょっと変だ。顔赤くしてこっち近づいてこないし・・・まぁ、パンツ姿で爆睡してるところを僕に見られてるわけだからそれも仕方ないか、と僕は意地悪く笑った。ビビってないならそれでいい。

最初の一小節はパレットライフルだ。この役立たず銃は全然使徒に効かないが、それなりに牽制の効果はある。使徒がライフル弾を嫌がってジャンプしてくるところを、僕とアスカは息ピッタリのダブルバク転で華麗に避ける。ミサトが曲にあわせて防御壁をエヴァの前にそそり立たせ、そこからさらにパレットライフル連射で第二小節まで完了。第三小節では相手の反撃に対してバク転、空転で後方に避けて距離を開ける。ここまでも完璧。第4小節の主役はミサトだ。ミサトの号令と共に兵装ビルが火を噴き、ミサイルの雨あられが使徒の足を止める。ダメージになんて期待してない。足が止まればいいのだ。

その間に距離を詰めた僕とアスカはATフィールドを一気に侵食して中和する。第六小節のミサイルの途切れ目に一気に踏み込んだ初号機と弐号機の同時アッパーカットが綺麗に使徒の顔面(?)をぶったたき、その体を浮かせる。練習しまくった回し蹴りが同時に使徒に炸裂し、使徒は勢い良くぶっ飛ばされた。さぁ、仕上げだ!

「シンジ!」
「おーよ!」

天高く舞い上がった初号機と弐号機は、空中の同じ高さで一回転し、落下する勢いをあわせて思いっきりキックを使徒のコアにぶちこんだ。必殺ライダーキックならぬエヴァキックだ。エヴァの洒落にならない体重と筋力のすべてをつぎこんだこの蹴りは改造人間ごときとは比較にならない威力で使徒のコアを踏み砕く!

足に、コアがばきりと割れる感触が伝わってきた。勝ちを確信した瞬間、使徒はびくんびくんと二体同時に痙攣し、そしてくたりと力を失って倒れるや否や、最後の力を振り絞ったのか大爆発して自爆した。慌ててATフィールドを展開してその爆風を避けるが、僕もアスカもラストの爆発は想定外だった。着地できずに爆風に巻き上げられ、そして空中で激突してからみあうように、使徒の爆発でクレーター状となった地面に落下する。

「いぃっでぇ! アスカどけ! はやく! 足が!」
「いたたたた! し、シンジがどいてよ! 手踏んでるって! 手!」

互いにナチュラルなサブミッション状態。たまらず僕はシンクロを解除して外に出た。こんなことまでシンクロしなくてもいいのに、アスカも同じように外に出てくる。

「こらぁ! 何してくれんだアスカ、いてえじゃねえかよ!」
「それはこっちのセリフよ!! あんたが着地ミスるから悪いのよ! 馬鹿!」
「うるせー! 無茶言うんじゃねえ! パンツ一枚で寝てたくせに!」
「ッッ!! えっちばかへんたい! あんたこそ寝てるアタシにキスしようとしてたでしょ!この卑劣漢!」
「ぅ・・・き、気付いてたのかょ・・・」
「ええ! マジでやったの!? イヤー!!」
「ば、馬鹿、未遂だって! やってねぇ、誤解だ!」
「最悪ー! 死んじゃえバカー!」
「いやその、ほんとやってないって!」

ちなみにこの時の会話は全部司令部に筒抜けだったらしく、僕は副司令のじーさんと親父に恥をかかせるなって後でコッテリ絞られたのであった。