その4
「おお、海だ海だ」
興奮してはしゃぎまわるミリタリオタの太ももに膝を入れて黙らせてから、僕はその広い広い水溜りを眺めた。何度か海水浴に行ったことは当然ある。でも、洋上で船に乗るのは初めてだった。これが豪華客船とかなら最高なんだが、残念なことに僕が乗っているのは分厚い鉄板が浮いてるだけみたいに見える空母の上だ。
僕の腿攻撃で硬直しつつも、しぶとくケンスケはバシャバシャと写真を取りまくっている。この軍事オタクにとって海に浮かぶ鉄板は大きな宝物に見えるらしい。なんとも幸福な野郎だ。ちょっとムカついたので、後で味噌煮込みパン買ってこいとか無茶を言って困らせてやろうと僕は意地悪く笑った。
「来たようね」
ミサトの呟きに、僕は視線をめぐらせた。わざわざ太平洋くんだりまでヘリでやってきたのには理由がある。この船にはネルフにとってある重要な意味を持つ人物が載っており、その人物を出迎えにやってきた次第である。ミサトの誘いに、僕は当然同行することを決めた。何しろその人物とはセカンドチルドレン、つまり僕と同じエヴァのパイロットだったからだ。
何度も言うが最初が肝心だ。だから僕は髪を逆立て、全身赤の派手過ぎるツナギを身にまとって気合を表現した。本当は秘蔵の特攻服を着ようと思ったのだが、それはミサトに止められた。ネルフの品位なんて知ったことじゃないが、ミサトを怒らせるのは不味い。僕はしぶしぶ持っている服の中で最も派手なその格好で妥協することにしたのだ。
「ヘロゥ、ミサト」
つかつか歩いてくるクリーム色のワンピ姿なそいつは、僕と同年代が少し下に見える。髪は栗色、目は青い。日本人ぽい顔をしているが、ヘロゥとか言ってたくらいだし外人さんな可能性が高い。僕はますます赤い服とパッキンを誇示するように抉りこむような視線でそいつを見た。ミサトが応える前に、僕はミサトを押しのけてその女の前に立った。そう、セカンドチルドレンは女だった。だが、綾波の時みたいな失敗を犯すわけにはいかない。今度こそキッチリ気合を見せつけ、こいつには勝てない、と思わせておかなければならない。
「お前がセカンドチルドレンか?」
「な、何よアンタ・・・」
どうやら日本語はわかってるらしい。明らかに僕のこの気合十分な格好に怯んでいるのがわかった。僕は有頂天になってますます調子に乗った。
「おぅお前の耳は耳クソだらけか? セカンドかって聞いてんだよオイ」
「そ、そうよ! あんたこそ何よ!」
なかなか気丈に言い返す。でもビビってるのが丸わかりだ。僕は大体、相手の反応に満足して威嚇するのを勘弁してやることにした。
「へッ そこのミサトにでも聞くんだな」
僕はニヤリと笑った。ミサトは少し呆れ顔だった。セカンドが不満気な顔でミサトを見る。ミサトは溜息を吐いて応えた。
「えぇええぇぇ〜〜! こんな奴がサードなのぉ!?」
「こんな奴って何だよオイ!」
「こんなロクでも無さそうな不良が名誉あるエヴァのパイロットだなんて・・・悪夢よ」
「お前喧嘩売ってんのかよコラ」
「何よ!」
中々精神的にタフな奴だったらしく、もはや怯えた様子もなく言い返してくる。今度は僕が唸る番だった。くっそーエヴァパイロットに選ばれる女って何でこんなんばっかりなんだ。もっと普通の奴いないのかよ!
「ふん、まぁアタシが来たからにはアンタなんてもうお払い箱よ!」
「あぁ? んっだ自信満々じゃねえかよ?」
「当ったり前でしょ!? 何年エヴァのパイロットやってると思ってんのよ。アンタみたいなポっと出の素人に出る幕なんてもはや無いわね! 田舎に帰る準備でもしなさいよこの田舎ヤンキー」
「・・・てめぇ、何様だ? 天然の茶髪だからって調子乗ってんじゃねえぞ外人」
「アタシはクォーターよ! 見てわかんないの? アンタこそ目くそたまってんじゃないのっ」
ああ言えばこうわめきやがって何かムカつくなー。だが、僕には完全にこいつに勝っている部分がある。僕はわざとらしく溜息を吐いて勝ち誇った。
「大体な、俺はもう三匹も使徒ヤってんだぜ。お前はまだ戦果ゼロだろがゼロ! 実は口だけで下手ックソなんじゃねえの? 何たってゼロだし・・・ぷっ」
いきなり大振りのスイングで平手が飛んでくる。さすがに予想もしていなかった僕はそれを危うくまともに食らってしまうところだった。ギリギリよけた僕は内心心臓バックバク言わせつつ、余裕を装って肩をすくめる。あぶねえ、女に殴られるかっこ悪い奴になるところだった。でも、精神的優位にあるのは間違いない。僕は意地悪い笑みを浮かべた。
「何だよ、もしかして図星?」
「・・・張り手一発で許してやろうと思ったのに」
いだッ 鋭いローキックが僕の腿を打った。ビリビリ痺れる太腿に僕の注意が向いた瞬間に、弾丸のような横一閃の蹴りが僕の腹部に命中する。いきなりの痛みに僕は一瞬で沸騰した。次の一撃は派手な後ろ回し蹴りだった。ただし、速い。普通に速い。チンピラキックとはえらい違いの凶悪な一撃が僕の側頭部を打つ。一瞬、視界はブラックアウト。
だが、僕が気を失うことは無かった。ムカついた。こんな気分で寝れるわけがない。女だと思って甘く見ていた。こいつは敵だ! 僕は女に掴みかかろうとした。幾らなんでも僕より筋力があるとは思えない。掴んでしまえば僕の勝ちだ。わき腹に灼熱の痛み。格闘家バリのミドルキック。でも痛みは僕をさらにムカつかせ、力を漲らせる。
ついに女の手首を掴み、僕はその手を思い切り捻り上げた。そして振り上げた拳を・・・なぜか後頭部に強烈な衝撃を感じ、そこで僕の意識は途絶えた。僕が意識を失っていたのは一瞬だけだった。だが、最初に見えた視界は鉄板でできた空母の床だ。倒された。一体誰に?
見上げると、鬼の形相のミサトが見えた。どうやら僕の意識を飛ばす延髄切りを敢行したのはミサトのようだ。いきなり喧嘩になった僕とファッキンセカンドを止める為に、ミサトは最も効率良く効果抜群な「実力行使」を行ったのである。
僕はミサトにだけは勝てる気がしない。よしんばバットで不意を襲ったとしても普通に撃ち殺されるだろうし、真っ向勝負ならネルフでミサトに勝てる奴なんていない。僕は何事も無かったかのように立ち上がり、僕に蹴りを四発も叩き込んだ上等な女を睨んだ。
「おいおい、いきなり洒落になんねぇことしてくれ・・・」
「シンジくん・・・」
ミサトが鬼の形相のまま、手首をペキっと言わせた。
「み、ミサト、ほんのジョークだ。だよな?」
僕は視線で女に「逆らったら死ぬぞ」と言うことを伝えた。上手く伝わったらしく、女・・・惣流はコクコク頷いた。それ程その時のミサトの目の据わり方はハンパなかったのだ。ミサトは珍しく本気でキレている。僕と惣流はニコニコ笑いながら(多少引きつった笑顔だったが)「よろしくね☆」「こちらこそ♪」「この船案内してくれないかなー:)」「いいわよー(^^」ってな具合に握手しつつミサトの視界からフェードアウト。
管制塔の裏まで回りこんで、二人で顔を見合わせて溜息を吐いた。
「やべえ、ミサトマジ怒ってたな」
「アイツ怒らせるとシャレですまないのよね・・・」
「何だ、お前もミサト知ってたのかよ」
「まぁね・・・一回足腰立たなくなるまでローキックされたわよ。訓練の名目でね」
「ああ・・・それがミサトの手なんだよな。合法的にボコボコにしてくんからな」
共通の敵を前に、なんだか親近感。四発蹴り貰ったのは腹に据えかねるが、まぁ相手は女だ、うじうじ根に持つのもかっこ悪い。僕はそう思い直して、ヤンキー座りした。
「僕は碇シンジだ。よろしくな、セカンド」
「惣流・アスカ・ラングレーよ。アスカでいいわ」
アスカも僕の横にペタンと座り込んだ。
「じゃあ、僕はシンジでいいぞ。ドイツから来たんだってな?」
「そーよ。ネルフのドイツ支部から」
「弐号機持ってきたんだろ? いいな、最新機らしいじゃん。強いのか?」
「当ったり前でしょ! 世界初の制式エヴァよ、アンタのプロトタイプと違って実戦仕様なんだから!」
「ひゃはーそりゃいいな! かっきー! 今度乗っけてくれよ」
「駄目よ! アレはアタシのなの!」
「ケチくせーなー。ああ、そういやドイツってさ・・・」
なんだか自然に打ち解けてしまい、僕はムカついた事実をすっかり忘れ去ってアスカと話し込んだ。なんだ、アスカっていい奴じゃん。向こうも同様だったらしく、服装見た瞬間は引いたって笑いながら言った。敗北感を与える作戦は失敗だったが、連れが一人増えたと思えばまぁいいか。僕は笑って、新しい戦友を受け入れることにした。
「おお・・・弐号機って赤いのか・・・」
「アンタの意味不明な服と違ってめちゃかっこいいでしょ」
「てめ、この服は気合なんだよ気合! 燃え上がる魂系?」
「アハハ意味わっかんない」
話ついでに弐号機を見せてくれるというので、僕は二つ返事で見せてもらうことにした。紫のいかつい顔面な初号機もいいが、弐号機のロボっぽい面構えもなかなかイカしている。マニア好みの初号機と違ってナウなヤングに馬鹿受けな感じだ。僕は素直に感心した。確かになんか強そうだ。
「初号機もアレはあれでいいけど・・・赤ってのがいいなぁ、弐号機は」
「でしょでしょ?」
「おおよ、主人公機って感じだよな。戦隊モノでも赤はリーダー色だしよ」
「初号機は紫だもんねぇ。どっちかと言うといっつも貧血の用務員のオジサンって言うか」
「言うにことかいて用務員かよ・・・つうかあんなイカツイ顔面のオッサンがいたのかよ」
「ジュニアの頃にね。すんごい怖いの、箒振り回してコラー!ってさぁ」
「ぎゃはは、いるいるそう言う用務員のオッサン!」
しばし「学校にはこんな変な先生がいるよね」話で盛り上がり、僕とアスカは弐号機の胸の辺りに腰掛けてダベり続けた。何となく楽しい。なかなか気の合う奴だ。しかし、その楽しい時間は衝撃と、遅れてきた爆音によって引き裂かれた。船体が揺れに揺れて、僕もアスカも弐号機の上から振り落とされそうになってしまう。
僕はさかさまに落ちそうになったアスカの手を掴んで引っ張りあげた。「あ、アリガト」と少し顔を赤らめるアスカにかわいいとこあるじゃんとか思う余裕はあんまり無く(いや、チョット思ったけどさ)僕はこの衝撃の正体を半ば本能的に見抜いていた。 これは、使徒だ。
甲板に出てみると、シロナガスクジラばりの巨大さを持ったサメみたいな奴が暴れまわっているのが見えた。海面を高速で切り裂くその背びれがかなりおっかない。間違いない、使徒だ。こんなふざけた怪獣は使徒しかいない。
だが、ここには幸い弐号機がある。速攻出撃できる。
「おっしゃー! 久々にきやがったなーアンニャロー!」
前回相当痛い目を見ていたので、僕は燃えに燃えていた。綾波の借りもある。僕は連れをやった奴に容赦しないのだ。使徒同士が知り合いかどうかまではわからないが、まぁ似たようなものだし同類に違いないと僕は決め付けた。
「アスカ、弐号機貸してくれ! あ、いや一緒に乗っけてくれるだけでもいいんだ、使徒の野郎には借りがあんだよ」
「い、今ここで出撃する気なの?」
しかしアスカは歯切れ悪く渋った。この野郎、この期に及んでビビってんのか!? でも良く考えたら出撃するしかないのだ。魚雷とか使徒に効くはずない。ミサイルだってN2爆弾だって鼻歌気分なのが奴らだ。僕らが出なきゃ全滅するのは目に見えてる。こんな鉄の塊の中で死ぬなんて僕は真っ平ゴメンだった。
「ビビッてる場合じゃねえぞ! 大体この船沈められたら死んじまうだろうが!」
僕は慣れた手つきでエントリープラグをイジェクトさせ、乗り込もうとした。ビビってる奴なんかあてにしない。だが、アスカは慌てたように僕を止めた。
「わ、わかったわ。プラグスーツ着てくる」
アスカは、「いきなりすぎる」とか「心の準備が」とかぶつくさ呟いていたが、対使徒の戦いを僕に譲ってしまうのも嫌らしく、すぐにプラグスーツに着替えてきた。
「予備よ、使って」
「いらねーよそんなもん」
「何でよ、着ないとシンクロできないでしょ?」
「初めてエヴァに乗った時はスーツ無しだったぜ? いけるいける、大丈夫だって」
「ウッソ、マジ? あんた凄いわね」
「僕はなんつーか天才の中の天才? だからいーんだよ! ほらいくぞ」
僕はアスカをプラグの中に蹴りこんで、すぐさまその中に続いて飛び込んだ。 某M78星雲から来た正義の巨人のように、僕とアスカを乗せた弐号機はシュワッチと華麗にジャンプした。そのまま八艘飛びよろしく、ミサトがいる空母まで飛び移ってゆく。さすがに長い時間訓練したと豪語するだけあって、アスカの操舵は見事なものだ。若干顔がビビり気味なのが気になるが、ダイジョブジョブ何とかなるさ。今までだって何とかなったんだし。僕はモニタに通信装置を表示して空母のブリッジに向かって怒鳴った。
「ミサト、電源用意してくれ!」
「ちょ・・・アタシの弐号機なのにぃ・・・」
アスカが小声で何か文句言ってるが無視。ミサトが生き生きとした様子で僕に応えた。
「シンジくんも乗ってるの? ちょうどいいわ、作戦行動開始よ!」
「エヴァットは積んでねんだよな、この船」
「悪いけど、プログナイフで何とかしてちょうだい!」
「ナイフは好きくねんだけどなー了解。聞いたかアスカ?」
「え、えぇ。プログナイフ、よね?」
何で不安そうなんだこの野郎。僕は思わずアスカの頭をペチっと叩いた。
「おいおいおーい! 戦争の時間ですよー? しっかりしろや自称エースパイロット」
「痛いわね! わかってるわよ! プログナイフ装備!」
「よっしゃー! いいかーエヴァに乗ってんのはお前のが長いかもしんねーけどなー、使徒との戦いは僕のが回数こなしてんだ。使徒との戦いはなー、気合なんだよ。気合負けしなきゃ勝てる!」
「な、何よそれ! 全然作戦になってないじゃない」
「要は喧嘩と一緒ってこった。とにかく刺せ! 刺しまくれ! 死ぬまで刺せ! ギャハー!」
僕ががなりたてると同時に、使徒はその巨体を海面からジャンプさせた。僕はいけやれぶっ殺せとはやし立てたが、ナイフを構えたまま弐号機は動く気配を見せない。僕も一緒にシンクロしているのだが、弐号機を動かせるのはメインでシンクロしているアスカだけだ。ふざけんなこの野郎、ビビってやがんな! 僕はシンクロしているのに動こうとしない弐号機に苛立った。使徒は弐号機の頭上を飛び越えてまた海水深く潜ってしまう。
「何してんだ! 刺せよ!」
振り返ったアスカの顔は、泣きそうだった。 こいつあんだけ凶悪な蹴り技持って襲い掛かってきたくせに、何ビビってんだ? 僕は怪訝を隠さなかった。また、使徒がジャンプする。今度はさっきよりもその軌道が低く、弐号機はナイフを放り出してしゃがみこんでそれを避ける。何だよこの喧嘩の素人丸出しなへっぴり腰は!
「おいアスカぁ! まさかビビっちゃってんのかよ」
「・・・う、し、シンジ」
「お前さっき使徒なんかボロ雑巾にしてやるとか言ってたじゃんか!」
「で、でもぉ・・・」
「うるせー! デモって何だ!国会議事堂かコノヤロ、やる気ねえなら僕に譲って降りろ馬鹿!馬鹿アスカ!」
「い、いや! 嫌よ! 降りるのは嫌!」
「じゃあ前向いてナイフ拾って使徒に刺せよ!」
「ぅ・・・うん」
しかしモニタ一杯に広がる使徒の姿。あ、アスカに怒鳴ってて使徒のこと忘れてた。当然、使徒に突撃された弐号機は吹っ飛ばされるわけで。
「いっでー!」
「いったぁぁぃ!」
僕とアスカは同時に悲鳴を上げて胸を押さえた。シンクロだけしてるから痛みだけ伝わってくる。乗るんじゃなかった。ちょっと後悔の僕。でも、乗らなきゃこいつビビって負けてただろうし、そうなったら僕の輝かしき未来は文字通り海の藻屑だ。僕は怒りを抑える為に深呼吸した。
「あのな、アスカさんよ。難しいこと考えずに相手をぶちのめすことだけ考えてりゃいいんだ。さっき僕に蹴りくれたときみたいにな」
「う、うん」
「手伝ってやっから、な?」
「うん」
ようやくやる気を出したか、真剣な表情でアスカは前を向いた。手のかかる女だぜ全く。だが、状況はちょっぴり悪い。海に落ちてしまったのはヤバイ。人間と同じ構造をしたエヴァは当然、水中で自由に動けるようにできてない。悠々と弐号機のまわりを回遊していた使徒が、方向を変えて一気に距離を詰めてくる。
「く、口ぃ〜!?」
「そりゃ使徒だからなぁ・・・」
腹に激痛が走った。かまれた。 超いてえ。だが、最近なんか慣れた。使徒との喧嘩で痛い目を見るのはもう仕方ないとまで思うようになってきた。心配なのは、この痛みでまた馬鹿アスカがビビっちゃわないかってことだ。でも、僕の心配は杞憂だった。案外気丈な顔でこの激痛に耐え、前を見据えている。
ようやく腹括りやがったか。僕は痛みに耐えながら、無理して笑った。大丈夫、涙はLCLに溶けて見えない。
「アスカー、大丈夫か?」
「な、何とかね」
「水ン中じゃ殴っても効きゃしねえしな。どうすっかな」
「こう距離が近くちゃ、ATフィールドも撃てないしね・・・」
「は? ATフィールドを撃つ?」
「そーよ。何、アンタできないわけ?」
「僕はバット専門だからな」
「あっきれた・・・そんなんでよく使徒と戦ってこれたわね・・・ATフィールドはね、自分を守る壁であると同時に、武器でもあるのよ」
「まぁ使えないなら意味ナッシングだ。おうおう痛そうだな、ホント大丈夫かよ?」
「ふん、アンタだって!」
ニヤリと笑いあう。ビビリの癖に基本的には負けず嫌いらしい。顔面蒼白でよく言うよ。多分僕も人のこと言えたもんじゃないんだろうけど。
「こいつの口開けて逃げれたら、ATフィールド撃てんのか?」
「多分」
「じゃ、まずそこからだな」
僕は思いついた作戦をアスカに耳打ちした。アスカは少し不快そうな顔をしたが、「まぁ、それしかないか」と呟いて僕の作戦に同意した。僕の立てた作戦とは、一旦アスカはシンクロを解除し、操作系を僕に譲る。そして僕が弐号機で使徒の口を開ける間アスカは休み、この噛み付いている使徒を引っぺがしたところで操作交代、温存したアスカのATフィールドで使徒を撃滅する。このまま二人とも噛まれていたら、僕はともかくアスカはダウンしてしまうだろう。だから、これしかないと僕らは考えた。
「ふんぬおぉぉりゃああああおおおおええええぼけえあああああぎゃああああああほあはおほあああ!!」
たっぷり三十秒は踏ん張って、ようやく使徒の口が開き始めた。両腕と胸筋だけでこの使徒の口をこじ開けるのはなかなか難儀な作業だ。僕の気合の声はもう死にかけた蛙の断末魔の様相を呈している。あんまりかっこよくは無いが、こだわっている時ではない。足をかけられるまで開いたら、後は楽だった。
全身を屈伸させる力で一気に使徒の口を開ききる。このまま引きちぎってやりたいところだが、生憎弐号機にそこまでのパワーは無かった。エヴァットも無いし、あったとしても水中では威力半減だろう。開いたはいいが、脱出するにはどうしたものか。ようやく激痛から開放された僕は少し余裕がでてきていた。使徒は高速で泳ぎ続けている。なら、普通に放してやれば、通り過ぎていって距離が離れるのではないか? 半分勘だが、試す価値はあるだろう。僕は思いっきり足を屈伸し、伸びきる力と腕で押す力で使徒の口から脱した。
「やった! アスカ!」
「行くわよ! おおおおりゃあああ!」
シンクロを交代し、アスカが操舵桿を力強く握った。女の子らしくない、だが気合十分な掛け声と共にオレンジ色のかくかくした円盤が一瞬、水中に激しい泡を発生させながら、反転して向かってきた使徒とぶち当たる。アスカのATフィールドは少しだけ使徒のフィールドと触れ合って拮抗したが、それを押し切って使徒を真っ二つに切り裂いた!
「使徒はしぶとい、息の根止めちまえ!」
「オッケーィッ!」
二度目のオレンジの輝きが使徒を三枚に下ろす。さすがに一たまりも無かった。使徒は青い体液を海水に溶かしながらぶくぶくと沈んでいった。勝った。
「ATフィールドか、すげえな。やり方教えてくれよ」
「コツさえ掴めばそんなに難しくないわよ」
「じゃあ代わりにエヴァットでの撲殺の仕方を・・・」
「それは別にいい」
「なんでだよ、エヴァットすげえんだぜ?」
「名前がダサいから嫌。ネーミングセンス腐ってるわ」
「・・・わかってねぇな・・・あのなぁ、エヴァットつうのはなぁ・・・」
僕は切々とエヴァットの素晴らしさを語りつつ、帰途についた。後は残り電源が空母に上がるまで持つことを祈るばかりだった。
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