■□自慢のエヴァット□■

その3


転校しての学校生活は非常に順調だった。

僕に喧嘩を売ってきた馬鹿者・鈴原トウジはそれなりに喧嘩の強い奴だったらしく、そいつをボコボコにした僕に敢えて喧嘩を売ってくる好戦的なヤンキーはこの高校にはいないようだった。

その馬鹿者は今や僕の舎弟一号であり、舎弟二号兼パシりの相田ケンスケと共によくツルんで遊ぶようになった。連れがいないと生活に張りが出ないのも事実で、最近は学校は授業中以外それなりに楽しいものとなっていた。

舎弟共は僕の気前の良さ(自腹が痛むわけじゃないので奢ることは全く吝かではない)と喧嘩の強さに心酔しており、不満を持った様子は全く無い。鈴原トウジに至っては「八つ当たりでした! すいませんでした!」と土下座までしやがったので僕に完全に屈服していると見て良いだろう。僕は三発蹴りを入れてから快く許してやった。

そもそも高校デビューのトウジと小学五年生からキチガイだった僕では格が違うと言うことだ。

「センセどないしたんや? ボケーっとしてからに」
どこか嘘くさい関西弁でトウジが僕に話しかけた。僕は別にボーっとしていたわけではないので、首をすくめた。そして無言で顎をしゃくってこの脳の回転率が限りなくスローな鈍感野郎に僕の視線の先を教えてやる。

「綾波がどないしたんや?」
「アイツもエヴァのパイロットらしいんだよ」
「は? 綾波がでっか?」
「しゃべったこたないんだけどよ」

僕の視線に気付いたのか、綾波レイは少し顔を上げて僕のほうを見た。 ちょうどいいや。僕はツカツカと綾波レイの席に近寄った。僕の好みはもうちょっとアグレッシブで生意気な女だ。こういう、黙って口答えしなさそーな根暗女はあんまり好きじゃない。僕は机にバンっと手をついた。

「よー、お前エヴァのパイロットなんだってな」
「・・・? そうよ」
「僕より先にパイロットになったからって調子のんなよ? 動きもしねえオンボロ零号機と僕のハイグレードな初号機じゃ格が違うってもんだ。わかったら先輩風ふかしてんじゃねえぞ」

よーし、ビビっただろ。そう思って自信たっぷりに綾波を見ると、綾波は全然意に介した様子もなく、普通に読書を再開した。何、僕無視されたってことですか?眼中にないとでも言いたいのか。ちょっくらわからせてやろうと思っていただけだったのに僕は一気にムカついてきた。

僕は無視されるのが嫌いだ。

「おい聞いてんのかよ」
「ええ、聞こえてるわ」
「じゃあうん、とかはい、とか何か言えよ」
「どうして?」
「どうしてって・・・そりゃお前、無視されたかと思うからじゃんか」
「無視していないわ」
「ならそれを体で言葉で表現しろよ」
「命令ならそうするわ」
「じゃあ命令」
「あなたは私の上官ではないわ」

・・・。意地でもこっち見て話さない気か。新米パイロットに真面目に対応する気なんかございませんってか。 こ、この野郎〜! ただの根暗だと思ってたらとんだ奴だ。舎弟二号の口から既に僕のキレっぷりは学校全体に広まりつつあるというのに。綾波レイの評価は僕の中で「どうでもいい奴」から「気に食わない奴」にランクダウンした。

絶対ヘコませてやる! しかし困ったことに綾波レイは女だった。男が女に本気で殴りかかるのはかっこ悪いことだ。それは当然だ。犯す・・・? ぶんぶんと僕は頭を振った。そんなことできるはずがない。さすがに洒落にならない。実は案外僕は小心者だ。じゃあ、訓練で勝つか? うーん・・・一緒に訓練するどころか今日始めて話すまで知らなかったわけだし難しいな。そもそもミサトが接触させないように配慮してる節すらあるし。っつか僕信用ねぇなー・・・。と、考えは堂々巡りだった。

僕は三日三晩あの生意気な馬鹿女をヘコませる方法を考え尽くしたが、ついに思いつくことができなかった。く、悔しい・・・このまま黙ってあの女を調子乗らせておくことしかできないのか。いや、一つだけある。一つだけ、僕の偉大さをわからせてやるチャンスがある。そう、その時こそ、泣いて喜んでごめんなさいシンジ様生意気ゆってすいませんでしたって言うに違いない!

チャンスは案外早くやってきた。そう、また使徒が来たのだ。

しかも都合よく零号機の再起動実験が成功したその日に来たのだ。これは神様が綾波レイをキャンを言わせてもオッケーだと僕に向かって微笑んでいるからに違いない。僕はマッハの速度で学生服からプラグスーツに着替えをすませ、まるで飯前で「待て」って言われてる犬のように気合タップリでエントリープラグの中に滑り込んだ。

そう、僕が選んだ綾波屈服計画とは、使徒との戦いでわざとピンチに陥ってから、華麗に綾波レイを庇ったり助けたり何かそんな感じ。大雑把な気もするが多分大丈夫。今回からはリツコが作ってくれたエヴァット(命名・碇シンジ)があるからだ。

エヴァットは握りやすさ最高なまさに僕の為のエヴァサイズ金属バットだ。何たらかんたらよくわからない加工されており、使徒をがんがんぶん殴った程度では折れないとリツコのお墨付きも貰っている。バットが無くても勝てるんだから使徒なんかこのエヴァットがあればちょちょいのちょいだ。

「シンジくん、零号機はまだ実戦には耐えられないわ。今回も、単独で何とかしてちょうだい」

ミサトの声。え? ・・・ええーそれじゃ計画とちが・・・僕の初号機は既に勢いよくカタパルトを疾走し始めていた。


・・・。


まぁ結論から申し上げると瞬殺されちゃいました。テヘ☆
出撃から0.2秒でビーム光線を食らってエヴァットを振り上げる間もなく、僕はシンクロ解除してエントリープラグ大脱出。痛いの熱いのってもう、死ぬかと思ったね。ミサトは僕の迅速な脱出を誉めた。いい判断だったらしい。逃げなきゃ今頃初号機共々ローストシンジの出来上がりだった。

危ないところだった。前回、前々回と何だかんだ言ってボコボコぶん殴っただけで勝てたってのに、今回はちょっぴり洒落にならない。ミサトが国連軍脅してかっぱらった自走砲台の末路を見るや、僕の背筋はぞーっと凍った。オペレーターのロンゲが「自走臼砲、消滅しました」とか言うから思わずおしっこチビりそうになってしまった。消滅ってなんだよ。。。

初号機は僕が脱出してすぐに下げたらしいので、装甲の取替えだけで再出撃可能だそうだ。でも、アレはちょっと反則だろ、バットじゃ勝てそうにねぇ。僕が難しい顔でうんうん唸る以上にミサトはもっとうんうん唸っていた。こうなったらミサトの作戦だけが頼りだ。まぁ、今までこいつの作戦って役に立った試しが無いんだけどな。

一抹の不安はあった。やおら、自信満々の顔でミサトが笑い始めた。何か思いついたか、それとも開き直ったのか。

「ミサトー・・・接近戦しかないとか、そう言うキチガイなこと言うなよ、俺泣くぞコラ」
「わーってるわよ。任せなさいって」
「シンジくんの言う通りよ。接近戦は危険すぎるわね」

リツコが何時もの様にえらっそーな態度で話しかけてきた。リツコはキツいコトばっかり言うが、結構話のわかるねーさんだ。案外ミサトほど無茶は言わない。ミサトはニヤリと嫌な笑みを浮かべて言った。

「ATフィールドって絶対領域って割には全然絶対じゃないわよね?」
「そうね。シンジくんは二度もそれを物理的に壊してみせたわ」
「つまりエネルギー量さえ十分なら突破は可能・・・よね? シンジくん、言いたいことわかる?」

わかるわけない。僕は首を振った。しかしリツコはピンときたようだった。挑戦的な視線。僕はちょっぴりオロオロしながら二人の会話を聞いた。

「答えは簡単。あいつの射程外から一撃でぶち抜いてやればいいのよ」

ミサトの作戦はすぐに実行に移されることになった。のたくたとしか動けない零号機でも盾がわりにはなる、と言うことで作戦はエヴァ二機で行われることに。しかし、僕は当初の計画が実行できると喜ぶ気にはなれなかった。そんな余裕はとても無い。即座に逃げたので、痛い熱いは一瞬だったが、アレをもう一度、次は真っ向からドカンと食らったとしたらちょっと生き抜く自信が無い。

つうか本音ではもう嫌だ帰りたいという気持ちで一杯だったが、となりのケイジにいる綾波レイを見ていると、そんな言葉は絶対言えそうになかった。奴は恐れを感じていないかのように超然としており、かっこよさすら感じてしまう。そんな綾波レイに背を向けるのは完全な敗北と道義だった。

僕は歯を食いしばってえいちきしょう成るようになりやがれ!と半ばヤケクソでミサトに一発で決めてやるから任せろなんて大言壮語してしまった。ああ、逃げたい、逃げたい、逃げたい。でも逃げることはもうできない。 そんな僕の心的葛藤なんかいざ知らず、綾波レイはただぼうっと月を見上げていた。青白い月の光が、白いプラグスーツに反射してやけに幻想的雰囲気だ。その落ち着きぶり、泰然とした態度に、僕は眩しさすら感じる。

こいつは恐怖とか、危険とか、そう言うものを感じやしないのか?僕がこんなに怖い、帰りたい、逃げたいと思っていてもエヴァに乗ることを選択したのは、譲れぬ意地があるからだ。馬鹿かもしれないし、はっきり言ってキチガイとあんまり変わらない動機かもしれない。でも、これは僕にとって死ぬより大事なことだ。背を向けるくらいなら死んでもいい。だから捕まろうがどうなろうが、僕と敵対したあらゆる野郎をバットでボコボコにしてきたのだ。負けたって勝つまで襲ったのだ。

だが、綾波レイはどうなのだろう。一体どんな理由でこの危険、恐怖と戦えるのか。僕は聞いてみたくなった。

「なぁ、綾波。 なんでエヴァに乗るんだ?」

月の光の中の綾波レイはゆっくりこちらを向いた。そして少し首をかしげた。

「何でそんなこと、聞くの」
「気になったから。悪いのかよ?」
「・・・別に」
「で、どうなんだよ。何で乗るんだ? 何で乗ってんだよ。金の為か?」
「絆、だから」
「ハァ? もうちょっとわかりやすく言ってくれよ」
「私には他に何も、無いから」

何だこいつ電波? 僕はあっけにかられて頭をかいた。何も無いってどういう意味だ?

「よくわかんねーなー。怖いし痛い目見るし、他に何も無いからエヴァって意味わかんねーよ。また俺を無視しようと適当こいてんじゃねーだろなー」
「・・・怖いの?」
「ば、ばっかやろ怖いわけねーだろ。でもさ、死ぬかもしんねーじゃん?」
「あなたは死なないわ」

やけにキッパリ、綾波は言い切った。

「私が、守るもの」

あんまりキッパリした断言に、僕は思わず息を呑んだ。そしてすぐ、ムカついてきた。何だこの野郎、言うに事欠いて僕を「守る」だって?女の癖に、シンクロ率全然無いくせに、零号機昨日起動したばっかりで僕より全然操縦下手クソな癖に?何よりも、恐ろしく腹が立つのが「守る」ってセリフだ。何様だ? 僕は守ってやらにゃ駄目っぽい奴に見えたってのか? くそ、本当にこいつ気に食わない。

「上等じゃん。お前の出番なんかこねえよ、僕が一発でキメてやっから」
「そう?」
「そう?・・・じゃねえっつの。じゃあ賭けようぜ。一発で決まったら、向こう一ヶ月昼飯お前の奢りな」
「決まらなかったら?」
「何でも言うこと聞いてやるってんだ馬鹿。まー俺が勝つに決まってるけどな」

むくむくと闘志がわいてきた。こんな奴に負けてたまるかってんだ。別に昼飯代なんて奢ってもらう必要も無いけど、こいつに何かペナルティーを与えてやりたい。絶対一発で決めてやる!





「不味い! 気付かれた!?」

ミサトの声に、僕は顔が引きつるのを感じた。撃つ前に気付かれたってことか? くそったれあの使徒は千里眼か? ずるい、ずるすぎる。まぁ遠距離から気付かれない間にバキュンと一発キメてやろうとしてた僕らが言うことではないが。でもモーマンタイ。漢字で書くと無問題。照準は既に完璧。射撃も得意な僕最高! 

賭けは勝ったも同然だ。僕は思いっきりトリガーをひいて綾波レイのヘコんだ顔を思い浮かべた。だが、僕の放った光弾は、使徒のビームと交差する瞬間にぐにゃりと曲がって見当違いな方向へと折れ曲がっていった。

外した!? そ、そんな馬鹿な!

「作戦失敗! 撤退よ!」

ミサトの声。弾は一発しかなかったし、ぶっちゃけ射撃の照準あわせはMAGIがやってた。僕がやることって言えばトリガー引くことだけだが、どうやら打ち返されるのは想定外だったらしい。派手な爆音を立てて使徒のビームが近くの送電線をぶっ飛ばした。くっそ〜賭けは負けか! 僕は一目散に逃げ出そうと、エヴァの体を起こした。

「第二射、きます!」

オペレーターの声。前を向くと、迫り来るビームがやけにゆっくり見えた。嘘ぉん・・・しかし、想像した激痛はこなかった。突然視界一杯に広がる零号機の背中。SSTOのうんたらかんたらと言う何か頑丈らしい盾を構えた零号機が僕の初号機を庇ってビームを受け止めていたのだ。文字通り、守られてしまった。

僕は頭がカッと熱くなった。悔しい、あんなに大見得を切ったのに、結局この女のいう通りに守られている。しかし、様子がおかしい。使徒のビームが途切れる気配が無い。零号機の盾が徐々に溶けつつあるのがわかった。僕は通信機に向かって怒鳴った。

「馬鹿! 逃げなきゃ盾壊れるぞ!」
「駄目。初号機を失うわけにはいかないから」

苦悶の表情の綾波がモニタにうつる。早く逃げろと、苦しげにささやく。もう限界だ。屈辱感は僕の堪忍袋の緒をジョッキン切断した。激しい怒りが僕を支配する。ふざけるな。ふざけるなよ、綾波レイ。僕はそんなに落ちぶれちゃいない。女に守られるようなかっこ悪い奴になれるもんか。僕は初号機の背中にくっついているエヴァットを抜き、零号機の横を駆け出した。

早く、早く、もっと早く。

僕自身、短距離走にはあんまり自信が無いほうだが、初号機は別だ。運動神経を総動員して走る。走る。使徒の元へ。モニタにうつした零号機は、盾の大半を溶かされたところでやっとビームの嵐から開放された。綾波レイは死んだか? 死んだかもしれない。ふざけやがって、僕を庇って死ぬなんてあべこべじゃないか。

使徒の次の目標は僕。上等! 僕はもう危険も恐怖も何も感じなかった。ただ、憤怒と屈辱感だけが僕を走らせる。もう一発ビームが来た。何とか横に避けるも、肩をかすって装甲の一部を吹っ飛ばす。激痛が一瞬僕の足を鈍らせかけるが、ここでやられたらただかっこ悪いだけだと言う妄念に似た感情が僕に力を与えた。

次は足にかする。つんのめって倒れてしまうが、前転してもう一度駆け出す。使徒は撃ちながらビームの方向を変えられないらしい。だから、動いていれば致命傷は食らわない。わかってしまえばもう楽勝。僕はエヴァットを振り上げ、防御しようとした使徒のATフィールドを一撃で粉砕する。

もう誰も僕を止められない。野球選手も真っ青な見事スイングが使徒の足元、ドリルみたいなのをぶち折り、返すバットで青色のガラスのキューブみたいな使徒を下から斜めに打ち上げる。地面に落っこちた使徒に、エヴァットを六回叩きつけて完全に粉々になったのを確認して、僕はすぐさま振り返って走り出した。

あんだけ粉々にしてやったんだから、さすがの使徒も死んだだろう。あとは綾波レイの安否だけだ。綾波レイが死んでたら僕は本当にかっこ悪いだけの奴になってしまう。頼むから生きててくれ、と僕は祈るような気持ちで、二子山までの距離を一分弱で踏破した。零号機は湯気をあげていて、煤けて黒くなり、焼死体みたいだ。

僕は零号機の背中のハッチを引きちぎってプラグを引っこ抜いた。地面にプラグを置いた時点でエヴァの電源が切れる。仕方ない。外に出てプラグのハッチをこじ開けるしかない。プラグは近づくだけで熱く、ハッチのレバーなんか触ろうものなら火傷でもしてしまいそうだ。しかし迷っている暇は無い。僕は手に唾をぺっぺとつけてレバーを思いっきり回した。熱い。手がハンバーグになっちゃいそうだ。だが、僕の努力の甲斐あってハッチが勢いよく開かれる。

「綾波、生きてるか?」

中も熱かったが、まぁ死ぬほどじゃない。中にぐったりしている綾波を見つけて、僕はほっと安堵した。綾波は力なく横たわったままだが、その視線はちゃんとこちらに向けたのだ。

「お・・・おお〜生きてたかぁ。良かったなぁ、助かってよ」
「勝った・・・のね」
「ああ・・・賭けはお前の勝ちだ、約束どおりなんでも言うこと聞いてやるよ」
「何でも?」
「うん何でも。あ、いや、家買ってくれとか無茶なのは無しだ。高校生でできることにしろよな」

綾波レイはぼそぼそと何かを呟く。僕は耳を近づけた。

「あー? 何だって? 聞こえなかった」
「・・・もないから」
「え? もっかい」
「私には、何も無いから。だから、いい・・・」
「おいおい、それじゃ僕の面子がたたねってんだ。何かあんだろ、考えろよ」

綾波レイは、少し首をかしげて、そして、見たこともない表情で言った。

「・・・考えておくわ」

不覚にも僕はその顔に見惚れた。それは僕が綾波レイに見る初めての表情だった。それは、笑顔だった。