■□自慢のエヴァット□■

その1


僕こと碇シンジは途方に暮れていたことを告白せねばならない。
だって碇ゲンドウ・・・血縁上は僕の父にあたる・・・は僕が思いっきり胸倉を捻りあげてやったにも関わらず顔色一つ変えやしない。それどころかもっと威圧感丸出しの視線で、サングラスごしに僕の目を打ち抜く勢いだ。 多少の荒事には慣れている。イジメにはそれ以上の暴力で、だ。誰かさんのお陰でイジメられることにとっても慣れている僕は主に暴力でその問題を解決してきた。

どんなに喧嘩が強い奴だって、後ろから固くて長いもので殴れば一撃必殺だし、キレた奴だと思われればシメたものだ。僕に手出しはしてこなくなる。 でも、それは僕が喧嘩が強いと言うことを意味しているわけでは無い。相手よりも無茶ができる、と言うことでしかないのだ。碇ゲンドウは僕よりもずっと身長が高く、ガタイも良いように見える。武器も無いのに殴り合いになったとしたら負けそうだ。 だから僕は胸倉を掴んだ状態で途方に暮れていた。

認め難いことだが僕はこの無愛想で感じの悪い髭のおっさんに完全にビビっていた。何て嫌な沈黙と視線なんだろう。僕はその精神の膠着状態に徐々に耐えられないようになっていた。

「何黙ってんだよ、何か用事あるんじゃないのかよ? あぁ?」

とりあえずハッタリだ。こういう時は余裕の素振りとハッタリに限る。声が多少震えた気がするが、多分気のせいだ。この僕の恐ろしい憤怒の表情にビビって目を逸らすに決まってる。

でも、碇ゲンドウはじっと僕の目を見た。もしかして僕は物凄い追い詰められているのではなかろうか。ヤンキー集団の中で小山の大将を気取っていた僕も、さすがに焦りを感じ始めた。嫌過ぎる。早く帰りたい。

しかし帰れない。「来い」一言の手紙にぶち切れ、不良仲間達の応援(煽りとも言うが)を受けてノコノコと第三新東京市にやってきたのだ。親父が怖くてビビって帰ってきました、なんて、語れるはずがない。また、「親父ぶん殴って帰ってきた」と嘘をつくのもプライドが許さない。仕方ない、喧嘩になったら負けそうだけど、一発ぶん殴って土産話を作るか。多少の脚色はあいつら馬鹿だから許してくれるだろう。

と、僕が決意しかけたその瞬間だった。碇ゲンドウは重々しく口を開いた。

「出撃。乗るなら早くしろ。乗らんなら帰れ。人類の未来を賭けた戦いに臆病者は不要だ。帰れ。冬月、もう一度レイを出せ」
「ハァ?」

出鼻をくじかれて怯んでいた僕は、余りにも脈絡の無いその言葉に思いっきり虚をつかれて口をポッカーンと開けてしまった。何だこの親父、人並み外れた威圧感だと思ってたら脳みそのタガがはずれちゃってたのか。

まぁ、一応血縁があるのだし、少しは哀れに思ってやるべきか? 常夏日本の暑さで1本配線が溶けてしまう奴は多い。どっちかと言うと不意打ちしている最中の僕もその口だ。バットで人をぶん殴ってる最中はわけわかんなくなるのだ。なるほど同類なのか。道理で人三人くらい殺してそうな雰囲気だと・・・

「司令! せっかち過ぎます! それにレイはもう無理です!」

僕の思考を遮ったのは、爆乳美人お姉さんだった。僕は乳が大き過ぎる女は余り好きじゃない。そもそも歳食いすぎだ。美人だが、やっぱり同年代がいい。爆乳美人お姉さん・・・葛・・・なんとかさん(迎えに来てもらった時に聞いたと思うのだが、生憎、人の名前を覚えるのは得意じゃない)が血相変えてゲンドウに迫った。

思わず僕はゲンドウの胸倉から手を離してしまった。しまった、なんか超かっこ悪いよ僕・・・。慌てて僕は葛なんとかさんを押しのけて右斜め45度の角度で抉りこむように睨み付けた。必殺のガン付け光線だ。

「おぅコラ、邪魔すんじゃねえよ!」
「ガキは黙ってなさい!」

ッ!! うお・・・この乳ねーちゃん超怖いんだけど・・・。僕は口をパクパクと金魚みたいに開閉させることしかできなかった。啖呵なんてそんな即興ですぐポイポイでないよ・・・仕方ないので、後ろむいて不貞腐れていることにした。 父・ゲンドウと乳・葛なんとかさんの話は終わったらしい。振り向くと、乳の人は非常に人を不愉快にさせる仮面みたいなうそ臭くて不気味な微笑みを浮かべ、僕のほうに向き直った。

「あのね、シンジくん」
「気安く呼ぶんじゃねえよ」
「このままだと、かわいい女の子が酷い目にあっちゃうのよ」

聞いちゃいねえよこの乳。

「その子、大怪我してて本当なら動けるような状態じゃないの」
「へーへー、そうですか。そりゃ大変っすね」
「だから、シンジくん。君が乗ってくんないと困るのよね」

突きつけられる銃口。しまった、車の中で散々おちょくったから容赦が無い。て言うかここは一体何なんだ。でかいロボがあるわ、僕よりパッキンの白衣ねーちゃんがいるわ、親父は偉そうだわ、銃突きつけられるわ。・・・変態ハウスか?

「うんって言わなかったら、どうすんだよ?」
「両膝ぶち抜いて一生立てなくしてやるわ」

・・・こわ。反論の余地は、無いようだった。僕は目が据わっている乳ねーさんをなるべく刺激しないように、友好的に微笑んだ。

「煙草1本すわせてくんないかな・・・ちょと考えるから」

そうして白衣のパッキンに何だかんだと説明を受け(全然わからなかったけど)頭に変な飾り物を付けられ、生贄のように筒に閉じ込められて水攻めされた僕は非常に憤慨していた。銃で脅された上にこの仕打ちは何だ。絶対ゲンドウと白衣パッキンと乳の頭を鉄バットでかち割ってやると決意しつつ、僕は適当に筒の中の椅子でくつろいでいた。

まぁ憤慨してても始まらない。復讐は計画的に。アイフル。 最初は筒が水で一杯になった瞬間に「謀られた」「死んだ」とか思っておしっこチビりそうだったものの、慣れてしまうと何か結構居心地が良い。椅子は適度に柔らかくて座り心地が良く、変なレバーとかは足を置くのに丁度良い高さだった。

死ぬほどくつろいでいる僕に、モニタごしに乳が怒鳴っているのが聞こえたが、敢えて聞こえない振りをした。この居心地は悪くないが棺桶みたいな筒は相当壁が分厚い。今銃で撃たれることは無いだろう。あのねーさんは本当に撃つから困る。国家公務員だか何か知らんが絶対野放しにしてたら危険だ。誰か逮捕してくれ。

妙な感覚に顔を上げると、筒の壁が全面モニタとなっていた。何だこれガ○ダムみたいだなと思っていると、突然物凄い勢いのジェットコースターに乗せられたみたいに、腹の奥からずしんと重い荷重を感じて僕はぐぅと唸った。体勢が体勢だっただけにそれは一瞬僕を気絶させるほどで、頭をシートの端にガンとぶつけなければそのままお休みしていたかもしれない。目の奥で星が散る。石でぶん殴られたみたいだ。

何てものに乗せるんだあいつら。僕は復讐を再度固く誓った。 痛みに顔を顰めつつ目を開けると、辺りは夜の街だった。不思議だったのは街をヘリかなんかから見下ろしているような、視点の高さだ。でもすぐにそれはこのでかいロボに乗っているからだとわかった。

しかしロボに乗ることになるとは思ってもみなかった。正義の味方って感じか。かっちょいい必殺技とかあればいいんだけど。 つうか、あんまり話を聞いてなかったせいで何をしたらいいのかわからない。何だかわからない気分な時は寝るべきだ。授業とか。じゃあ寝るか、とベストポジションな体勢を探し始めた瞬間だった。

僕の目にとんでもないものがうつった。それは身の丈・・・ええと、とりあえずビルより高そう。キモい形の腕と肋骨丸出しの、なんとかゲルゲとかそんな名前っぽいビックサイズな怪人が僕の視界でゆらゆらしていた。

さすがにたまげた。おったまげた。でかいしキモいしどう考えても人類に優しく無さそうな、ついでに環境にも悪そうなそいつが僕の戦うべき敵だと一発でわかった。直感的にそいつから目を逸らしたくなるのをグっと堪えて僕はシートに座りなおした。何か不真面目にしてたら痛い目を見そうだ。僕のヤな勘は結構当たる。なぜなら既に嫌な状況にあるのを自覚してるだけだからだ。

「・・・金属バットは、無いのかよ?」

僕の切羽詰った呟きを誰も聞いちゃいない。まずは歩けとか悠長な言葉が聞こえるが、生憎説明をこれっぽっちも聞いてなかった(聞く気はあったんだ、理解できなかっただけで)僕はそれすらどうしたらいいのかわからない。ようやく、パッキン白衣の「考えるだけでいい」と言う言葉に反応することができた。

うおっ ・・・確かに考えた通り、このロボは動いてるらしい。

ゆっくり動くモニタの風景は、ロボの視点で物を見ているようだ。ていうか、そうなんだろう。じゃあ、走ることを考えれば、走れるんじゃないの? と、考えた瞬間に風景が原付バイクに乗っている時よりもずっと早い速度で移り変わった。視界が速度で狭くなっているのか、もうあのキショい化け物しか見えない。

走り始めは色々考えた。まず横にステップして横から蹴り入れてそのまま頭突きして・・・でも、段々考えるのがかったるくなってきた。そうなのだ、喧嘩モードに入ると段々こうしてわけがわからなくなってくる。僕は真っ直ぐその怪物に向かって走った。 喧嘩はよほど気合の入った相手で無い限り最初の一発で大体決まる。僕は素手のタイマンには自信が無いが、不意打ちで一発入れた後の喧嘩は仙台最強を自負している。汚いと言われてもこれが僕のスタイルなのだから仕方ない。 バットが無いのは残念だ。

しかし、相手は何かゆらゆらしてるだけでこっちに反応示さない。なら、このまま飛び蹴りで突っ込んで石かなんかでボッコボコに・・・なんだか熱くなってきた。 この何だったか名前は忘れたけど僕の乗っているロボは、考えた通りに動く仕組みらしく、途中からロボを動かしていると言う感覚は無くなっていた。興奮してきた僕は雄たけびを上げながらいつもの上等手段でいきなり蹴りを入れた。飛び蹴りって案外効かないが、体勢は崩せるのでそこで顔面にワンパン入れればこっちの勝ちだ。 でもそれは人間相手の流儀だった。

バットの無い僕は初弾をかわされた時点で後が無い。まさかバリアがあるなんて聞いてない。僕の渾身のキックはオレンジ色に眩しい変な壁に弾き飛ばされていた。 突然足が吊ったかのように痛み出した。意味がわからず、僕は絶叫して立ち上がろうとしたが、上手くいかない。足が痺れてぷるぷるしている。固い壁を思い切り蹴っ飛ばしたみたいな感じだ。

もしかして痛みが伝わる理不尽構造のロボなのか? と言う疑念の答えはすぐに出た。

「いぎゃあああああッ」

バットで殴られた時よりも、ブロック塀でひっぱたかれた時よりも、それはずっと痛かった。もうほんと勘弁してくださいって思わず言いそうになってしまう。一体なんでこんなに痛いのか最初はさっぱりわからなかった。どうやら痛んでいるのはわき腹だ。ロボの視点で自分の腹を見る。そこにはぶっとくて光ってる棒が突っ込まれていた。

刺された! これは未体験ゾーン。キレた奴と評判の僕を刺す根性のある奴はいなかった。刺したら殺しきらないと殺しに来るとか思われてたからだ。だから幸い僕は今まで刺されたことがない。こんな痛みは知らない。

ムカついた。真剣にムカついた。どこか夢見がちだった気分は一瞬で真っ赤な色に染まった。二週間くらい集中治療室にぶち込んでやる。ポリに捕まってもいいや。鑑別なんかもう三回目だ。次は年少か? 

そんなことどうでも良くなってきた。ただ、視界が真っ赤で脳みそが沸騰しそうなほど熱くてたまらない。 僕はその腹にめり込んだピカピカ光る棒を掴んで、ロボの膝を叩きつけた。ボキッっと音がしてその棒が折れる。棒を力任せに引っ張ると、内臓が全部出ちゃいそうなほど痛かった。引き抜いたのは自分だが、それもこれも目の前のキモいバケモンが悪いのだ。

思い知らせてやるぁ! 僕はその棒を振りかぶって怪物に殴りかかった。めっためたにしてやらないと気が済まない。しかしまたもバリアに阻まれる。なんて邪魔な!ガンガンそのオレンジの壁をぶん殴ると、壁はガラスが砕け散るみたいな音を立てて粉々になった。なんだ、案外モロいじゃん。

僕の時間が始まった。一撃目が怪物の腕にめり込んだ。なかなか固い良い感触。折れたかもしれない。傷害罪だ。速攻でまぁいいやって気分になった。そのまま僕は二十六回ぶん殴った。今日は僕を止める連れがいない。死んだらごめんでもあと五十発。

三十発目で怪獣が倒れた。僕は馬乗りになってさらにガンガン棒を叩きつけた。 途中で棒が折れたので、仕方なく僕はその怪獣を踏みつけまくった。ああ、多分殺しちゃった。でも、僕を刺したのだから当然死んで当然だ。まだズキズキとお腹が痛い。さぁ死ね、早く死ね。死体が残らないくらい潰れてしまえばいい。

目の端にうつるモニタで乳とパッキンが何か叫んでいるのが見えた。怪獣の顔? っぽい白いのがグチュグチュに形が無くなるまでぶん殴り、胸の中央の赤い玉が砂になるまでふんずけたので、僕は大分溜飲を下げていた。乳とパッキンがうるさい。面倒くさいと思いつつ、モニタを見ると、何か怒ってる。ヤバイ、やっぱ殺しちゃった逮捕か! と、混乱した頭で考えた。

さっきとは別の意味でテンパってきた。

「もう倒したわ! もう、いいから!」

何か必死の叫び。そんなにヤバイんですか、と僕はますます焦ってきた。

「いやその殺す気はなくて、自衛っつうか、刺されたから動転して、その、ちょっと過剰かもしんないけど、いやほんと申し訳ないっす!勘弁してください!」
「ちょっと何言ってんの? 大丈夫?」
「え? へ?」
「使徒は倒したわ。作戦成功よ、凄いじゃない!」
「は? あ?」

よく事情が飲み込めないまま、僕は回収班とやらに筒から引っ張り出されて毛布にくるまれた。段々冷静になって来た。さっきの自分の慌てっぷりが少し恥ずかしくなってくる。途中から怪獣退治じゃなくて普通に喧嘩してるような気持ちになっていた。だからまさか殺しちゃったのか、と焦ってしまった。

乳・・・ミサトというらしい。ミサトが僕を抱きしめて「よくやったわ」と言った。まぁ悪い気分ではないけど、銃で脅したこと忘れてんじゃないかこのねーちゃん。でも僕は悪びれなかった。だって怒らすと怖そう。素直に、「どうも」と応えるに留めた。

「立派だったわ」
「え。そ、そう?」
「ええ、あなたはこの街を守ったのよ。それは立派なことよ」
「ええと、まぁね。はは・・・」

素直に照れてたら、ミサトの野郎、普通に笑顔でこう言いやがった。

「つうことで、次もよろしくねん」

何かとんでもない所に来てしまった。そして帰れないらしい。背中に突きつけられている何か固いものと、ミサトの微動だにしない笑顔がそう語っていた。この人たち筋者よりタチ悪いよ。上納金じゃ許してくれなさそう。

僕こと碇シンジの第三新東京市での素晴らしき生活は、こうして突然始まっちゃったのである。この生活の果てに何が待っているのか、僕は想像もしたくない、と思った。