1 ルベーグ流の面積
f-denshi.com  最終更新日: 05/02/25

1.リーマン積分からルベーグ積分へ

[1]  解析学の入門書で始めに勉強する定積分はジョルダンの内測度・外測度を用いて定義されるリーマン積分 [#] と呼ばれるものです。リーマン積分は簡単にいうとある区間で,x軸と関数f(x)で表される曲線とで囲まれる面積を厳密に定義したもので,いわば,古典的な面積という概念の厳密化に当たります。ただし,リーマン流の定積分が可能なためには関数f(x)が,「区分的に連続」でなければならないという条件がつきます。しかしながらこの条件は, ''かなり緩やかな'' 条件で不連続点や微分不可能点がたくさんある関数においても ''たいてい'' クリアすることができます [#]。具体的に,どれくらい緩やかかといえば,

可算個の不連続点しか持たない有界な関数はリーマン積分可能
              ⇒ 連続な区間ごとに面積を求めてあとでたし合わせればよい。」

ということになります。
ここで,可算個とは,''自然数の個数と同程度の無限個'' と考えてください。詳細は次章[#]で,

[2] しかし,[0,1]で定義された有界関数 f(x)として: 

x が有理数の時に f(x)=1,
x が無理数の時に f(x)=0

と定義される関数(ディリクレ関数)は,リーマンの方法を用いて面積を求めることはできません。なぜならば,どんなにふうに定義域(x軸)の幅を小さく分割してΔx を考えても,必ずそこには有理数と無理数両方が含まれている (稠密性より[#]) ので,対応する値域の幅 Δy は 1であって,決してΔy→0 とできないからです。つまり,ジョルダンの内測度=0,外測度=1となり,積分値は確定しません。

  この関数は ''トンデモない関数'' なので相手にしないことにすれば,実用上,リーマン積分だけで十分ではないかと思われるかも知れません。 ところが,このディリクレ関数が例えば,

f(x)=

(cos n !πx)2m   0 ・・・・ x ∈無理数のとき
  1 ・・・・ x ∈有理数のとき

と書けることを知ると,そんなに ''トンデモない関数'' ではないと感じられてきます。なぜならば,この関数はなじみのある三角関数に関係する2つのパラメーターについて同時に極限を考えただけだからです。こんな極限操作は二階偏導関数 fxy(x,y)や(リーマンの)累次積分を求める際にもやっていることです。

[3] そこで,「 こういった関数についてもきちんと積分を定義しよう。」 ということで誕生したのがルベーグ積分です。もちろん,そこで全く自由に新しい ''面積'' なる概念が定義されたわけではなく,理論体系の中にリーマン積分を自然な形で内包するものでなければなりません。また,リーマン積分が素朴な面積の概念と矛盾しないように定義されているのと同じように,ルベーグの積分は素朴な面積をも内包しています。この様子を表象的にまとめると次のようになります。

素朴な面積

リーマンの面積

ルベーグの面積
直線で囲まれた図形
に対しての面積
曲線に囲まれた図形
に対しての面積
点に囲まれた図形
に対しての面積
a×b
f(x)dx
f(x)m(dx)

厳密な定義はさておき,ディリクレ関数と x 軸とに囲まれた部分の面積をルベーグの流儀で求めてみましょう。といきたいところですが,ちょっとその前に完全加法性についての説明も必要でした。

.完全加法性

[1] まず,リーマン積分の復習です。区間[0,1)で定義された区分的に連続な関数,

g(x)=

  0  ・・・・ x ∈[2n/10,(2n+1)/10)
  1  ・・・・ x ∈[(2n+1)/10,2(n+1)/10)

ただし,n=0,1,2,3,4 を考えます。(右図を見たほうがわかりやすい) x軸と y=g(x) とではさまれた部分の面積の求め方としては,不連続点において,

(1) 積分区間を10等分して一つずつ計算してから足しても,
(2) 0以外の値をとる区間を右図のように左に集めて計算

しても同じ積分値がリーマンの手法で求まることがわかります。このg(x)をリーマン可測な関数といいます。(←ちょっと大げさな言葉ですが覚えておきましょう。)

[2] ディリクレ関数についても(2)と同じような計算を行ないたいのです。つまり,区間 [0,1)にある有理数を左に片寄せてしまおうということなんです。(正確には有理数を含むすべての半開区間を片寄せます。)そのためには,数直線(x軸)の部分集合について定義される ''長さ'' について掘り下げ,厳密化しておくことが必要となります。
 まず,実数の閉区間 I=[a,b] の長さを,

m(I)=b−a

と定義することは自然ですね。では,この区間を h だけ平行移動した閉区間 Ih=[a+h,b+h] の長さはどうなるでしょうか。今おこなった定義から,

m(Ih)=(b+h)−(a+h)=b−a

となり,長さは,「平行移動に対して不変の量」と考えることができます。

  これをふまえると,いくつかの重なり合いのない区間があるとき,それらの区間全部を一つにまとめた集合(=全区間 I0)の長さを各区間の総和(=平行移動して全部つなげた区間の長さ)として定義することができます。つまり,重なっていない区間 I1,I2,I3 があるとき,これら3つの区間の和からなる区間 I0 について,

I0=I1∪I2∪I3    ⇒   m(I0)=m(I1)+m(I2)+m(I3)

が成り立つこととします。

 この有限個の区間では自明にみえる長さの加算法則を,可算個の区間にも拡張し,長さの性質として認めることにします。これを完全加法性と呼びます。(実は,ここで無限に関わる ''何か'' が取り込まれたことに注意してください!) 

[3] これがもっともらしいことは,例えば,次のようなバラバラの可算個の閉区間の和集合 I :

 I= Ik  ただし,Ik=[k,k+1/2k ] (右図) 

の長さ m(I)を

m(I)= m(Ik)=1/2+1/22+・・・= 1

と計算(定義)することが不合理に思われないことからわかります。

[4] さらに,長さの体系が矛盾を生じないように,任意の数直線上の点{a}=[a,a]に対して,m({a})=0, m(φ)=0 などを定義する必要もあります。(点の長さは0  ⇒  開区間 I'' =(a,b) と閉区間 I =[a,b ] の長さが等しい。つまり,長さを考えるときは '')''  と  '']'' の違いに神経質になる必要はない。また,空集合{φ}の長さも0とします。)
 以上,まとめると,

まとめ

(1) 実数の閉区間 I=[a,b] ⇒  長さを測度といい, m(I)= b−a と表す。
   点の測度は 0, I1=(a,b) のとき m(I1)=b−a,  φ空集合 m(φ)=0
(2) 平行移動しても測度は不変: I ⇒ I'=[a+x,b+x] のとき,m(I')=m(I)
(3) 完全加法性:半開区間の可算個の系列, I1,I2,・・・・In・・・ について,

I= Ik かつ, Ij∩Ik=φ; j≠k     ⇒   m(I)= m(Ik)

3.ディリクレ関数の積分

[1] ルベーグが新しい積分論のために考えた本質的な仕掛けはたったこれだけなのですが(ちょっとびっくりでしょ!),ディリクレ関数の積分には有理数に関する次の定理も必要です。それは,

「有理数の濃度(=個数)は可算である。」

つまり,有理数を適当な順番に並べて,自然数と1対1に対応させることができるという定理です。とりあえずここでは証明なしにこれを受け入れることにしましょう。

[2] すると,次のようにすべての有理数を交わりのない半開区間 Ik の列の中に取り込むことができます。

(1) 閉区間[0,1]にある有理数を
       Q0 = {q1,q2,・・・・・,qk,・・・・}
  と一列に並べます。 (下付き数字で自然数に1対1対応しています。)

(2) q1を取り出して,任意の小さな正数εを用いた長さεの閉区間を
            I1=[q1−ε/2,q1+ε/2]  ←この区間には無限個の有理数が含まれている!
  とします。

(3) I1 に含まれているすべての有理数を Q0 から取り除いた残りの集合を
       Q1 = {q'2,q'3,・・・・・    }
  とします。 

(4) 先頭にきたq'2 を取り出して,先の区間の幅εの2分の1より小さな正数ε'を用いた閉区間
            I2=[q'2−ε'/2,q'2+ε'/2] ,ε'<ε/2
  とします。 ただし,ε'は先の I1 と重なり合わないように,つまり,I1∩I2=φ となるように十分小さくとります。
(5) I2 に含まれているすべての有理数を Q1 から取り除いた残りの集合を
       Q2 = {q''3,q''4,・・・・・    }
  とします。

(6)  ・・・・・・・・

これを繰り返せば,共通点のない閉区間の可算個の列:

I1,I2,・・・・,Ik,・・・・

にすべての有理数を取り込めることができます。(ここで,Ik の個数 ≦ 有理数の個数  であることがポイントです。) これらの区間について完全加法性を認めれば,

I= Ik  ⇒  m(I)= m(Ik)=ε+ε'+ε''+・・・
≦ε+ε/2+ε/22+・・・・・
=2ε  (ε: 任意の小さな正数,なお,便宜的に 2ε=εとしておきます。)

がいえます。ここで,ε→0 の状況を考えれば,これは[0,1]にあるすべての有理数を,長さ→0 である区間 I にすべて押し込むことが可能だということを意味しています。もう少し,丁寧に言うと,

 [0,1] に存在するすべての有理数を「測度の総和が 0 となるような高々可算個の区間で覆えることができる
               ≡ Q の測度は 0 である。

[4] 以上の考察のもとで,ディリクレ関数: f(q)=1 の値を与える  ''すべての有理数を含む区間'' を左の閉区間[0,ε]に集めると,(イマジネーションをたくましくして,右図を見てください。横軸はもはやタダの数直線ではありません!)

f(x)=

  0 か 1 ・・・・ x ∈[0,ε]
  0    ・・・・ x ∈(ε,1)

と考えることができます。すると,

f(x)(dx)= f(x)m(dx)+  0・m(dx)≦ε

の不等式が成り立ちます。 よって,ε→0 のもとで,

f(x)(dx)=0

と結論付けていいのではないでしょうか・・・。  というのがルベーグ流の積分なのです。

[5] 以上がルベーグ積分の ''エッセンス'' です。それほど難しい話とは感じなかったのではないでしょうか。しかし,ここから話をより深めていこうとすると,「集合・位相」 のある程度きちんとした大学レベルの知識・専門用語が必要となります。
 
そのような訳で次章から集合論について少し突っ込んだ話をしていきたいと思います。そしてそのあとで,「どのような関数ならばルベーグの積分が可能なのか」といった基本的な問題について議論し,応用を示しながらそのような関数を具体的に多少,エンレガントに表現するためのワザを磨いてゆきます。