夕 凪
身体の中を押したり戻ったりと、さざ波みたいに落ち着かない感覚が私を酔わす。
穏やかだけど止まることはなく、自分からは動いてないのにずっと身体は揺らされている。
ため息とは少し違う息を洩らして、私は仰ぐように喉を反らしていた。
無意識に肩をすぼめ、手をグーにして握ってる。
お尻と背骨の付け根のあたりがくすぐったい。お猿なら尻尾が生えているところが、もぞもぞとする。
息を吐いたら、掠れた声が混じっていた。顔が火照るほど変な声。
誰にも聞かせられないほど、いやらしい。
女のひとの喘ぎが、私の口から洩れていた。
「…もっと、啼きなさい、」
吉羅さんの手が腰から太腿の間をゆるりと撫でる。
私の下半分はだいぶ感覚が鈍っているみたい。肌を触られていることも忘れていた。
それを見透かしたのか、吉羅さんは乱暴に中を突き上げる。
弛緩していた入り口は、びっくりして収縮する。
吉羅さんをぎゅっと、締め上げる。
その反応を嬉しそうに見つめ、意地悪く私を揺らす。細めた目で見上げていた。
「い…たい、です…っ」
「そんなわけは、ないだろう…」
私は裸の吉羅さんの腰に乗っている。
両脚に力が入らなく、すぐに横に落ちてしまいそうな身体を支えているのは吉羅さんの楔。
脚の間から垂直に私の中に入っている。太くて長い、男のひとのもの。
直視できない程、怖いかたちが私の中を犯している。
中の壁を強く擦ると、まだ痛い。気持ちいいなんて感覚は分からない。
目を瞑って口を噤むと、吉羅さんの動きは穏やかになる。
扉をノックするみたいに、短くつついてくる。そうすると特にふっついた部分から、いやらしい音が聞こえてくる。
ねちゃっと湿った嫌な音。
吉羅さんはその溢れたものを確かめるように、私の股間に指を入れる。
自分でも触ったことがないところを、当たり前みたいに触ってくる。
人差し指と中指、長くて関節の部分が太い二本で、ネバついたものをすくっている。
指先に絡めては開いて離す。水掻きみたいに糸を引く様子を私に見せつける。
嫌がって顔を逸らすと、口に含んで舐めはじめる。
顔は笑っている。楽しげに微笑を浮かべる姿は、意地悪で綺麗だ。
「少しは、慣れたようだな、」
「…全然、です…」
腰も太腿も痺れて疲れている。一体どのくらい私はこのひとの上で揺らされているんだろう。
時計が見たくて壁を向く。
視線が逸れた途端に腰を動かし始めた。私は悲鳴を上げた。
「ゃ…っ!」
「時間を気にする余裕か、」
「ちがう…」
「まだ、相手は出来るようだな、香穂子…」
「もう、やだ…」
「何が嫌なのだ、」
「や…」
吉羅さんは目を細めて口角を上げた。
意地の悪い顔。値踏みしているように私を見る。この顔は嫌い。良くないことを考える顔。
腕を掴まれ、不意を突かれた私は、引かれるままに吉羅さんへと倒れこむ。
彼の胸の上。
腰が浮いて、つながった部分は後ろ側を擦りながら抜けていった。
堪えることが出来ずに声を洩らした。
「ぁ…はっ…ああ…っ」
吉羅さんの上で息を付く。肩が震えて、寒がっているようにも見える姿。
支えを失って崩れ落ちた。恥ずかしくて吉羅さんを見ることが出来ない。
「もう、休むか?」
吉羅さんは殆ど息を乱してない。私に入っていても全く感じてないって、言ってるような冷静な顔。
汗すら浮かんでいない姿に悔しさはつのる。
暇つぶしの為に、私で遊んでいるの?
「不満そうな、顔だ…」
顎を吉羅さんの手が掴んだ。
それも片手で。
大きな手は私の首を締め上げれるほど指が長い。顎をすくわれると呼吸がすぐに苦しくなる。
「不満、は、きら…さん、」
「余裕だな、」
「…嫌、い…」
吉羅さんの眉がしかめられる。わずかにピクリと動かして、不満を現す。
私は気付かないふりをして、目をつぶる。唇を開けて湿った息を吐きだした。
このひとは他人に嫌われることに慣れてない。
好かれることが当たり前。自分から疎遠になることはあっても、その逆はない。
特に女の人に振られたことはきっとない。
だから、『嫌い』というと、不機嫌になる。ものすごく意地悪になる。
ひどい使われ方をして、あそこが腫れてしまうこともある。
暴力を振るう訳でないのに、動けなくなる程、身体はぼろぼろになる。
犯されている、ってそんなときは思う。
恋人同士のセックスでなく。強姦されているような気になってしまう。
もともと、私たちは恋人同士でもないのかもしれない。
私だけがこの人を好きで、好きだから言いなりになっているのかもしれない。
ものすごく一方的な関係。お手軽な相手だと思われているのかもしれない。
自虐的な笑いが自然に浮かんだ。
疲れたようにも見える顔。
この表情をするとものすごく老けて見えると家族に言われた。
「どうした、」
「なんでも、ない…」
「香穂子、」
吉羅さんの上から身体を離す。もうこれ以上ふっついていたくない。
感情が不安定になって泣きそうになる。
泣きたくないのに、涙が出そうになる。
この人に、こんな顔を見せたくない。
ベッドを降りようとする私を吉羅さんは引きとめない。
裸足のままで床に降り、散らかった服を一枚ずつ拾う。膝に力は入らない。
立ち上がろうとしても動けない。
吉羅さんに背中を向けたまま、どうしてよいか分からなくなる。
「連れて行って、やろうか、」
横になったまま吉羅さんが私に声をかける。俯く私の髪の毛を、くしゃりと弄る。
「大丈夫…」
「立てないのだろう、」
「立てる、も…」
泣き出しそうな声を出して、意地を張る。
髪がぐちゃぐちゃになるから、こんな触られ方は本当は嫌。なのに今は無性に嬉しいと感じている。
吉羅さんに抱きついて甘えたくなる。我儘を言って困らせたくなる。
でも、それはしたことがない。
嫌がられるから、言いたくない。
「お風呂に、行ってきます…」
ベッドサイドに手を付き、立ち上がる。太腿が震えて、腰のずっと奥の方から鈍い痛みがやってくる。
どくん、って脈打つような嫌な波。
「…あ、」
腰を曲げて、お腹を庇う。トイレに行かなきゃと思うのに、脚が震えて動かない。
背中を丸めて、身体は床へ沈み込む。歩かなきゃいけないのに、
―――お腹が痛い。
「香穂子?」
吉羅さんの声に返事が出来ない。俯いて床を見つめて、息を詰める。
「…見ちゃ、駄目……」
「どうした?」
「お願い、出て行って…」
吉羅さんの声は心配している。優しい響きが嬉しいのに、いまの私は彼の顔を見ることが出来ない。
「見ないで、お願い…」
「腹が、痛いのか?」
吉羅さんが心配してくれているのに、恥ずかしくて私の顔は真っ赤に染まる。
痛いのに、恥ずかしくて、泣きたいのに、どうして良い分からなくなる。
混乱している。私はめちゃくちゃ、混乱している。
吉羅さんが裸のまま、床に蹲る私のそばに膝をついた。
お腹を押さえて俯く私を覗き込む。
彼の視線が私のお腹から、その下の方へ移動する。
「見ないで、吉羅さん…」
「香穂子、」
私の太腿を伝うもの。床に落とされた赤いものが、吉羅さんの視界に認められる。
「…そうか、」
「ごめんなさい…吉羅、さん…ごめ、ん…な…」
肩を丸めて繰り返す。嫌われてしまうことを私はした。
してはいけない事の証みたいに、あれが来た。
吉羅さんと、まだ恋人ごっこをしているのに、生々しい女の証を見せてしまった。
悲しい。恥ずかしい。
もう、このひとの前に現れることは出来ない。
「無理をするからだ、」
吉羅さんの手がまた、くしゃりと私の頭をかき乱した。背中を抱きしめられて、私は腕の中にすっぽりと収まっていた。
抱えられるみたく、膝の上に座らされた。
「風呂場とトイレなら、どちらがいいんだ」
「…トイ…レ」
また少し出た。
吉羅さんのものが出ていくときのように、不意に出血する。
予定よりも5日も早い。吉羅さんとこういう関係になってから、ものすごく不規則になった。
お腹も痛くなって、吐きそうなときもある。
「抱き上げても、大丈夫か?」
「自分で、立つ…」
顔を伏せて、顔を真っ赤にさせて、意地を張る。
本当は一歩も動けない。動いた途端にきっと出血する。床を汚して、不潔な血で染めていく。
他人には見せちゃいけないもので汚してる。
子どもみたい。
自分のことを満足にできないのに、大人のすることをしたから、
―――罰が当たったんだ。
「気にしなくていい、少しは私を頼りなさい」
吉羅さんは頬っぺたにキスをした。軽く2回。柔らかい唇は触れるとすぐに離れた。
「抱き上げるから、すこしだけ我慢しなさい」
私の膝裏に腕を差し込み、もう一方の腕は背中を抱く。
一瞬息を詰めたけど、私は軽々と吉羅さんに抱き上げられていた。
高い視界。
吉羅さんの目線の高さで部屋を見る。
ふたりとも裸なのにそれが自然な事のようで、恥ずかしさはない。
優しすぎる吉羅さんに甘えたくなる。
お腹が痛いことも、生理の血を見られたことも、少しだけ遠い出来事みたいになっている。
トイレのドアを開けて私は中に降ろされた。
吉羅さんは洗面所の棚を開けて何かを探している。私はひと言お礼を言って、ドアを閉めようとした。
「香穂子、そのままじゃ寒いだろう。これを羽織りなさい」
大判のバスタオルを渡してくれた。
部屋も廊下もトイレも、もう寒くない季節。ずっと裸でえっちなことをしていたのに、急に気遣われるとちょっと照れる。
「ありがとうございます」
舌先を少しだけのぞかせて、笑顔を見せた。きっと小学生みたいな笑い方だと思った。
吉羅さんは目を瞬かせて無言になった。すぐにいつもの表情に戻って、少し出かけてくる、とつぶやいた。
ドアが閉められる。
足音が寝室へと戻っていく。足早に廊下を何度か行き来する。
金属のぶつかる音がする。足音が遠くなる。
玄関の鍵が開けられる。
再び扉が閉まり、この家には私だけが残された。
静かな吉羅さんの自宅。
高級すぎるマンションの最上階。広くて豪華で静かな家。
吉羅さんの気配がないと少し怖い。
少し寂しい。
ため息を吐くとお腹の奥から不要になった血液が、下へ降りて行こうとする。
慌てて便座に座る。
痛みとともに真っ赤な血が私の中から排出される。
ものすごい量で怖くなるほどの鮮血だ。
鈍い痛みがお腹の周りに張り付いて、額には脂汗が浮いてきた。
バスタオルを頭からかぶって、寒くもないのに震えていた。
「…痛い…っ」
背中を丸めて、お腹を抱えて我慢する。
バスタオルからは気持ちのよい香りがして、吉羅さんの優しさを思い出すと、わずかに苦しさが引いていた。
何度か水を流して、血の匂いを流していく。
出血が少し収まると、私の頭は冷静になってきた。
今度はナプキンがないことに気がついた。
まだ、予定日まで間があったから、用意がない。
すぐに着替えて、コンビニで買って、どこかのトイレに行かなきゃならない。
自分の不用意さに腹が立つ。
本当に私は子どもだ。情けないほどに子どもだ。
鍵が開けられた。吉羅さんが帰ってきた。
まだトイレに入っていたって知ったら、笑われるか、呆れられるかな。
足音は真っ直ぐに近づいてくる。寝室でもリビングでもなく、此処。
すべてお見通しで、恥ずかしい。
ノックがされた。
彼の声がする。
「香穂子、大丈夫か、」
「は、い…もうすぐ、出られます。出たら、帰ります。ごめんなさい」
恥ずかしさと、情けなさで、声は少し震えている。
「ドアを開けていいか?」
「だ、駄目っ!!」
「覗くわけじゃない、渡したいものがある」
「…渡したい、もの…?」
「開けるよ、」
吉羅さんは私が了承していないのに、ドアノブを下げる。私は座ったままの姿勢で、バスタオルで身体を隠した。
血の匂いはまだ残っている。
「これを使いなさい。いまきみの服も持ってくるから、落ち着いたなら着なさい」
ドアは10センチぐらい開けられ、吉羅さんの腕だけが見えた。
床に何か紙袋が置かれ、すぐに閉められた。足音は寝室へと去っていく。
私は腰を浮かして置かれたものを引き寄せる。
大きな茶色の紙袋。
テープを剥がして中を開けると、肩が跳ね上がって赤面した。
「も…やだ、」
―――恥ずかしい。そして、申し訳ない。
「どう、しよう…」
袋の中には予想外のものが入っていた。
生理用品がいくつかと、痛み止めの薬が数箱。
何処かで、いま、あの人が購入してきてくれた。
吉羅さんが、ドラッグストアで、籠を持って買い物をする姿が想像された。
棚の前で、昼用と夜用のナプキンを見比べている。
隅っこに置かれたタンポンとどちらがいいか迷っている姿が浮かぶ。
真面目な顔で、照れもせず、真剣に検討したのだろうか。
男のひとがあのコーナーにいるのも珍しいのに、吉羅さんがいる。
コンドームを買っている姿のほうが、まだ想像できる。
「ごめんさない、吉羅さん」
涙が目尻に浮かんできた。
申し訳ないのに、面白すぎる映像だ。
声を漏らして笑いそうになり、あまりに悪いので我慢したら、また血が出てきてしまった。
すでに痛みは半分くらいに減っていた。
吉羅さんはリビングでコーヒーの香りに包まれていた。
私が中に入ると、やっと出てきたか、って顔で振り返った。
長椅子に座る彼と少し距離をとって床に腰を下ろした。
着替えただけで、私には血の匂いがまだ張り付いているような気がするからだ。
「気分は?」
「…お世話を、大変掛けました…」
「横になったほうが楽なら、寝ていても構わない」
「少ししたら、帰ります。本当にありがとうございました」
萎縮する私と、不審げな顔付きで見てくる吉羅さん。
彼から何か言われることが怖い。こんな失態をした女の子を吉羅さんは知らないだろう。
やっぱり子どもは面倒な相手だと、呆れている。
「何か温かいものでも、飲むか?」
「…いいえっ、もう帰ります…」
頭を横に振って、帰るを連呼する。
俯くとスカートの裾からはみ出た太腿と膝が、いつもより白く見えた。
少し血が足りなさそうな色だ。
「どうして、きみは…」
ため息が吉羅さんの口から吐かれた。
呆れている口調。私は肩をすくませて膝にそろえた両手を握りしめる。
「強情な、子だ」
「ご、めんなさ…い…」
「なぜ、そんなに謝る。その理由が分からない」
「だ…って、」
涙が出そうになる。消えてしまいたくなる。このひとの前から、居なくなりたくなる。
「私がしたことが、何か気に障ったか?」
「違う…っ」
「必要と思われたから、用意した。なかったら、困っただろう?」
「…困った、です」
「謝られても、少しも嬉しくない。礼を言うところだろう、香穂子」
「は…い、」
吉羅さんは長椅子から立ち上がり、私の横に座り込んだ。
片脚は胡坐をかくみたいに横に倒し、もう片方は私のお尻にふっつけて伸ばされた。
肩口に顔が近づいてきたので、後ろへ逃げた。
「何故、逃げる、」
「…匂い、私…血の匂いが、まだするの…」
「気にするな、」
「でも、」
「風呂に入って落としてくるか?」
「家に、帰ってから、入る・・・」
吉羅さんは息を耳元に吹き掛けた。ぞわっとする嫌な感触。
嫌いだってことを知っているのにわざとにした。
「…ゃ…」
「薬は飲んだのか?」
「飲ん、だ」
「痛みは? 吐き気は?」
「…だい、じょうぶ…」
Tシャツの襟口を引っ張って肩を露わにされた。
下に着たキャミソールとブラの紐をずらして骨ばった肩にキスをした。
「吉羅、さん…なに?」
「続きを、しよう」
肌を舐められた。腰を抱かれて崩れた上半身は吉羅さんの腕の中に収まった。
「で、できないよ…私、だってっ」
スカートの中に吉羅さんの手が入った。
普通のショーツでナプキンを付けているから、少しでもずれたら洩れてしまう。
「痛みがないなら、いいだろう」
「駄目、触らないで…っ」
脚の間の中心のその場所を、吉羅さんは指で突いた。
普段だったらそれだけで声を出してしまうほどの強い刺激。
吉羅さんを求めるものが出てくる場所。今日はかわりに大量の血液が溢れる。
「駄目っ、吉羅さん駄目っ!」
眉をひそめた不愉快そうな吉羅さんの顔。すぐ目の前にあった。
そのあとは近すぎて何を考えているか、わからない距離になる。
唇が塞がれ、舌が絡みついた。呼吸と言葉は彼の口の中に吸い込まれた。
「…んっ!」
ショーツの上から指が突く。いつもの行為と同じように、下着の縁から中へ入ってくる。
ナプキンの下。
むせるような血の匂いがするその入り口に、躊躇わずに入っていく。
首を振って嫌がる。嫌。こんなの嫌だ。
いつもは違う体液でびっしょりとなるそこで、吉羅さんの指を濡らしているのは出てきたばかりの血。
粘度の高い血液。不潔で生暖かい血。
その滑りを使って、吉羅さんは指を中に入れようとした。
―――嫌だ、やめて、
両手で肩を叩く。胸を押して離れようとする。
ささやかな抵抗を鼻で笑って、吉羅さんは私を床へ押し倒す。
本気なの?
こんな状態で、するの?
「吉…、羅…」
横になって態勢が変わった。
唇は離されて呼吸は楽になる。
寄り添うように吉羅さんは横に寝た。
指は少しだけ中にいた。
「香穂子は、わたしが怖いのか、」
「…怖く、ない」
「嫌いなところがあるか、」
「ない、です…」
中にいる指先がもう少し入れられる。
「わたしは、香穂子のすべてが愛しい。きっと、きみが恥ずかしいと嫌がることも、可愛い出来事にしか思えない」
「でも、」
「少し、此処に私物を置いておけばいい。今回は不測の事態だから、もう気にしなくていい。
自分で用意したものなら恥ずかしくないだろう」
「でもでも、」
「…何だ?」
吉羅さんは片肘をついて、寛いでいる。そのまま昼寝をしてしまうんじゃないかと、思えるほど穏やかな顔。
私の中に入っていることを除けば、呑気な休日の午後にしか見えない。
横を向いて腰を引こうとしたら、意地悪く笑って、更に奥へ入ってきた。
「私のもの、置いておいたら、困ること、ありませんか…」
「…どんなときにだ?」
「…他に、誰かお客さんが、来たときに、」
「クロゼットや寝室に客は入れない」
「ゲ、ストルーム、や…お風呂に、お客さんが、来ませんか…」
「金澤さんなら、来ることもあるが…」
言いにくそうに質問する私と、真面目な顔で端的に答える吉羅さん。
質問する私が煮え切らない態度で、答える立場の吉羅さんは余裕がある。
余裕がありすぎて、根元まで入ってしまった指を少し動かし始めた。
痛くはないけど、奇妙な感じが内側でざわめく。
「わたしは、仕事での付き合いは多いが、自宅に招くほど、濃い人間関係が苦手でね」
「仕事でも…濃い関係の人は、何人か、居るんじゃないですか」
「…なるほど、」
中の奥を強く擦られた。背中がひくりと、勝手に反った。
「……変、態です…」
「それを許すきみも、相当な女だと、思うが、」
「許してません、勝手に吉羅さんが、」
粘膜を撫でながら指を引き抜いて行く。痛くはない、痛くないけど、嫌な感触。
「わたしが、此処にきみ以外の女を、引き込んでいると、思っているようだな、」
「…違う、の?」
「他人を疑うということは、きみもわたし以外に、男を咥えこんでいるといると思ったほうがいいな」
「違うっ」
入り口まで出て行った指はもう一本増やされて、再び中へ侵入した。圧迫感に声が出そうになる。
「……あっ…ひど、」
「わたし一人では、満足できないようだから、もう少し、使ってもいいということだな、香穂子」
「違う…っ、吉羅、さ」
「誰が、きみを善がらせているのか、ゆっくり聞かせてもらおうか」
「いな…い、いないっ…」
横たわっていた身体を吉羅さんは起こした。私を真上から見下ろした。無表情で、目が怒っていて、怖い。
冗談でなく、本気で疑ってるの?
「吉羅、さん…怖い」
「先程は、そう言っていなかったが、」
「怖い、」
「そろそろ、脱がせるよ。きみの状態を見せてもらう、」
「…や、めて、」
中に入っていた指を抜いて、両手がショーツに掛けられる。怖くて悲鳴も上がらない。
吉羅さんの考えていることが分からない。
理解しようとしたらおかしくなりそうだ。
下着は膝まで一気に引き下ろされた。
嗅ぎ慣れた血の匂いが、再び鼻についた。
「ものすごい、出血だな…」
吉羅さんの視線が下腹部に集中した。観察するようにじっくりと見つめていた。
「…わた、し…吉羅さん、以外に、いないよ」
涙が混じりそうな私の声。
「わたしも、香穂子以外に、恋人は持っていない、」
冷淡な吉羅さんの声。
「本当に、吉羅さんとしか、したこと、ないよ」
「わたしも、香穂子にしか、こんなことはしたことがない、」
吉羅さんの顔が近づいてくる。
両膝の間が閉じないように片脚を挟み、私の入り口には血で真っ赤に染まった片手が添えられている。
始めるときに、吉羅さんはそこを戯れに舐める。
恥ずかしくて嫌がる姿を楽しむために、開いた肉の内側を舐める。
襞も、突起も、吉羅さんに見られて、遊ばれている。
自分で見たことがない、入り口の奥もこのひとは知っている。
「血の匂いに、酔いそうだ、」
「や、めて…」
「すでに、酔っているかもしれないな、」
「汚い、よ…っ」
「きみの部分で、そんなところは、ない」
舌先が突起を包み込んだ。
「やだぁ!」
恥ずかしくて、声が悲鳴みたいに上がった。
吉羅さんはより強く舌を押しつけた。
尖ったそこが潰されると奇妙な痺れが股の間から広がっていく。
早い脈が打っているようで、どくどくと血液の流れを感じる。
お腹の奥が収縮して、身体を縮めたら、またたくさんの血が出て行った。
吉羅さんが、そこにいるのに。顔を近づけているすぐ下から、溢れだしていた。
「……あ、ぁあ…」
堪えていたものが溢れだす。
涙も、声も、血液も、もう止められることが出来ずに、身体から出て行く。
隠してしまいたいものは、間近で見られ、恥ずかしいことは、可愛いのひと言で暴かれる。
吉羅さんの愛情は、支配。
思うどおりになる人形が欲しいだけ。
きっと、私でなくてもそれはいい。
私がそばにいるから、間に合わせている。
きっと、絶対、
「啼くほど、善かったか、」
涼しい視線で私を見下ろす。形のよい唇に血液の跡が見える。両手には乾き始めた赤いものが付着する。
「嫌い、吉羅さん…嫌い、」
「途中で、止めたから、不機嫌か?」
「嫌い、嫌い…」
短い笑い声を息とともに吐き出す。
バックルを外す金属音がする。
吉羅さんが自分の服を乱し始める。
後は、もう、何も覚えていない。
fin
【2009/05/19】