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●私鉄・第三セクターに関する雑学

「はくたか」160km/h運転の話

 国鉄末期からJR発足後数年間、各地に"第三セクター鉄道"と呼ばれる鉄道が誕生していきました。これは、赤字に苦しむ国鉄が面倒を見切れなくなった地方ローカル線を地元が設立した第三セクターの鉄道会社が運営する、というものです。(簡単に言えばね。)
 その第三セクター鉄道"第一号"となった三陸鉄道(岩手県)は、当初黒字経営を続け、「第三セクターの優等生」とまで言われましたが、その後は赤字に転落、現在も苦しい経営状態が続いています。
 このように、第三セクター鉄道のほとんどは赤字経営で、黒字経営の会社はたったの4社。今回は、その4社に含まれる「北越急行」がなぜ[特急]はくたかの160km/h運転を開始したのかについてお届けします。

[1]元々は国鉄北越北線――北陸新幹線が運命を変えた!?

 上越線の六日町から信越本線の犀潟までを結ぶ、全長59.5kmのほくほく線は、第三セクターの北越急行が運営する路線です。元々は国鉄の北越北線(ほくえつほくせん)として計画され、それを略して平仮名書きしたのが「ほくほく線」という路線名で、公募により決定しました。一見すると何だか愛称のようですが、正式な路線名です。ほくほく線。
 元々北越「北線」と計画されたからには「南線」もあるわけで、北越南線(直江津〜松之山〜越後湯沢)の建設計画もありました。地元では「南北戦争」とも呼ばれる激しいルート争い、誘致合戦の結果、距離が短い北越北線、現在のほくほく線が先に建設されることになりました。
 なお、先ほど触れた「北越南線」は後にも先にも出て来ません。おそらく、国鉄とともに消え去ったのでしょう...。
 こうして、着工に至るまでには色々な出来事があり、国鉄北越北線として、日本鉄道建設公団が1968年に六日町〜十日町間、1973年に十日町〜犀潟間の建設工事を開始します。ところが、まつだい〜ほくほく大島間の鍋立山トンネルの難工事(完成まで実に22年もかかりました...)や、1980年に施行された国鉄再建法により、工事は凍結されてしまいます。

 しかし、一時「南北戦争」とも呼ばれるルート争いまで発展した地元としては、何としてでも鉄道が欲しい。そこで、地元住民や自治体が新潟県に働きかけ、1984年に第三セクターの「北越急行」を設立。1985年4月から単線非電化路線で気動車10両編成が走る鉄道として建設が再開されます。丁度その頃、北陸新幹線高崎〜長野間の着工が決定。しかし、国にそれだけの財源を確保する目途は立ちません...。何としてでも北陸新幹線の建設費を圧縮したい政府・・・。
 そこでクローズアップされたのが、比較的線形の良いほくほく線でした。これを、最大限、新幹線に近い高規格で建設し、上越新幹線とつなげることで、現実的な東京〜北陸間の移動手段として機能させることが決定。ほくほく線で越後湯沢と直江津をショートカットすれば、距離が短くなるのはもちろん、160km/h運転を実施すればスピードアップの効果は想像以上のものになると考えられたんです。この160km/hという数字は、政府がフル規格新幹線の建設費を圧縮するためにその代わりの1つとして考えられた「スーパー特急」の目標速度。つまり、ほくほく線は(もしかしたら)日本初のスーパー特急ということになるのかも知れません...。

[2]はくたかを160km/hで運転するために――設備の改良

 こうして、1989年1月に晴れて新幹線接続・北陸方面短絡ルートとして新幹線に準じる高規格化が決定されたほくほく線には、160km/h運転を実施するために様々な技術が盛り込まれています。とはいっても、ある程度土木工事が進んだ段階での高規格化の決定。当然、ルートを変更すること、単線を複線に変更することなどは出来ませんが、160km/h運転を実施するために、色々な工夫がされています。
 ほくほく線は全線単線。となれば、行き違い設備が必要になってきます。特急列車は長編成。さらに行き違いをする際に減速をすることは避けなければなりません・・・。
 ということで、六日町駅では特急列車直通用の分岐器を追加、犀潟駅では信越本線との合流地点・方法を変更、十日町駅では地平ホームを設置する予定を高架駅に変更など、駅についても変更点・改善点が所々に見られます。
 単線であるがために、列車の行き違いは必須ですが、その行き違いを行う駅・信号場では特急列車の長編成に対応、分岐器はV(Y)字型の両開き分機器から片開き分岐器に変更、さらに、高速で列車を通過させることが必要なため、なんと新幹線と同じノーズ可動式分岐器を採用するなど、もうそこは在来線ではなく「新幹線」のような感じ。いやー、すごいですねー。
 そして、最も有名なのが信号設備・保安装置。もちろん、列車密度や設備費などを考慮してATC化は見送られましたが、地上信号には目標の160km/h運転をするために通常の進行信号(G信号)よりワンランク上の信号を現示する必要があり、緑色1灯(G信号)を2つ、G信号が2つということで「G-G信号」が考案され、採用されました。これによって、通常のG信号が在来線最高速度の130km/hの速度制限という意味になるなど、在来線とは一味違う信号設備となりました。ATSについても、在来線ですでに実用化され、高い安全性を保障するATS-Pが採用されました。

[3]160km/h対応の681系を用意

HK681系[特急]はくたか
在来線最高速160km/hの俊足が自慢の681系特急はくたか。
撮影:MOTO電鉄

 ほくほく線開業へ向け、特急列車は10往復、使用車両は160km/h運転用としてJR西日本681系と北越急行HK681系が、また、越後湯沢〜六日町間・犀潟〜直江津間はJR東日本となるため、JR東日本485系3000番台になることが決定します。最高速度160km/h運転を行うことが出来るのはJR西日本681系と北越急行HK681系で、JR東日本485系は120km/h運転となります。
 JR西日本と北越急行が使用する681系は、485系特急「雷鳥」「スーパー雷鳥」の老朽化による置き換え、及びほくほく線・北陸新幹線のスーパー特急区間での160km/h運転を目的に開発されました。最初から、ほくほく線での運用をにらんで開発されたわけですね。
 このように、高速運転が目的で開発された681系は、モーターの出力向上やブレーキ性能の向上も去ることながら、トンネルでの気圧変動対策(いわゆる"耳ツン"対策)として、初代0系新幹線と同じようにトンネルに突入すると自動的に車内と車外の空気を遮断する仕組みとなっています。
 JR西日本が681系をほくほく線160km/h運転用の車両にすると決定すると、北越急行も681系を、塗色を変更し、HK681系として新造しています。なお、北越急行が所有するHK681系の整備はJR西日本に委託されています。
 681系が"耳ツン"対策としてこれだけ力を入れているにも関わらず、ほくほく線での試運転中、思わぬ出来事が発生しました。ほくほく線のトンネル断面が複雑で、高速走行をすると、想像以上の気圧変動が起こり、やはり耳ツンが起こってしまうことでした。ドアが、その気圧変動によって押されたり吸われたりして、せっかくの気密も破られてしまうのが原因でした。そのため、ドアが閉まった際に完全に圧着させる戸押さえ装置が必要となり、特急「サンダーバード」用のJR西日本681系はこの装置を装備していないため、「サンダーバード」用の681系が「はくたか」に使用されることはありません。

[4]最初は140km/hから――慎重に慎重を重ねた160km/h運転

 このように、160km/h運転へ向け、着々と準備がされ、1997年に特急「はくたか」が営業運転を開始するわけですが、実は当初の最高速度は140km/hとされました。
 なぜ、160km/h運転をすぐにでも開始できる頑丈な設備を持っているのに、最初から160km/hで運転しなかったのでしょうか? 160km/hという数字は、どちらかというと新幹線に近い速度。となると、在来線車両として設計された681系では車体にかかる負担がとても大きなものとなり、最初は青函トンネルですでに実施されていた140km/hで運転したのでしょう。
 その後、681系に何か異常が発生していないかどうかを調べる検査を何度も受け、問題は無いとされると、1998年のダイヤ改正で150km/h運転へ。この時は、スピードアップではなく、余裕時分を確保することに充てられました。
 そして、2001年9月21日、最高速度160km/h運転の認可を受け、2002年3月23日のダイヤ改正で、ようやく目標の160km/h運転の実施に至りました。

[5]これからのほくほく線とこれからの新幹線

 このほくほく線160km/h運転の目的は、東京〜北陸方面の所要時間短縮と、北陸新幹線開業までの"つなぎ"です。つまり、北陸新幹線長野以北が開業してしまえば、特急「はくたか」はおそらく走らなくなるわけで、このはくたかが走っているおかげで黒字経営の北越急行も、北陸新幹線延伸開業により赤字に転落してしまうことが懸念されています。そのため、これからは沿線利用者の確保が重要となります。

 ほくほく線160km/h運転の実現は、新幹線が必ずしも必要でないことを証明しました。つまり、わざわざフル規格で多額の費用を投じて新幹線を建設しなくても、比較的安い、このような方式でも十分実用性がある、ということです。レール幅を1067mmにすれば在来線特急がそのまま乗り入れることができ、これはフル規格新幹線にはないメリットです。
 ほくほく線、及びスーパー特急方式は、整備新幹線の基本計画には含まれているものの、着工には至っていないという新幹線に採用されていくかも知れません。

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