メルヘン地獄 後日のお話 作:tomoタン 輝かしいとはとても言えないし、どちらかと言えば陰惨だったかもしれない八年はあっという間に過ぎた。しかし僕がそう感じるには、僕の精神は少し年老いていた。喉元を過ぎれば熱さを忘れてしまうと言うことを、僕はよく知っていた。僕はこちらの年齢で22歳。精神の年齢は五十台に達していた。 EOEを乗り切った瞬間、僕は元の世界へと還されるのではないか。そんな不安に脅かされた。僕は碇シンジの物語を自分本位に完遂した。だから、元へ戻るのではないか。もう、碇シンジの物語は完結したのだから。そんな思いがあった。新世紀エヴァンゲリオンの世界は僕の望むような結末を迎え、そして僕はそのために払った自己の犠牲だけを背負って元いた世界へ追放されるんじゃないかと。 しかし、そんなことは無かった。碇ゲンドウを殺害し、白いエヴァを駆逐し、戦車隊を全滅させて80人以上を惨殺したその日も僕は眠り、次の朝はそうあるのが当然のように訪れた。空腹に染みるような、アスカが作った朝食は美味かった。以来、毎朝起きる度に僕は自分が今どこにいて、そして自分の名を何と名乗っているか確認するようになった。八年経った今でも、僕は碇シンジだった。きっと死ぬまで碇シンジなんだろうと、最近はようやく信じることができるようになっていた。 ここはもう、僕が知っている大好きなテレビアニメの、新世紀エヴァンゲリオンの世界じゃなかった。僕が生活する、現実と言う名の世界だった。 そして現実と言うものは実に意地が悪い。 EOEを乗り切った後、数年間は苦難の時間だった。すぐさま平和が訪れるわけが無かった。少なくとも二年と少しは血生臭く、寝つきの悪くなるような出来事が続いた。EOEの人類補完計画が失敗に終わったからと言って、ネルフもゼーレも無くなったわけではないのだ。日和見していた日本政府は、ネルフを戦略自衛隊と共に日本国正規軍として再編成し、ゼーレへ反抗の姿勢を打ち出すことを発表した。無限に稼動し、通常兵器を完全に無効化し、どんな地形であろうとも制圧行動がとれ、クリーンな破壊を可能とする初号機は、それ一機だけで日本国政府に畏怖と、そして勇気を与えた。初号機さえ確保している限り、第二次世界大戦以後連綿と続いた精神的なトラウマを克服できると固く信じているようだった。 拘束し、簀巻きにしておいた副司令…現ネルフ総帥である冬月コウゾウは巧みな政治手腕で日本政府にネルフの自治権限を勝ち取り、政府との良好な関係を構築した。ネルフは日本国内において権利として自治を認められる。そして国土の防衛と、必要であれば先制攻撃を掛けるだけの覚悟を義務とされた。僕らのネルフが現行体制を維持し、チルドレンの安全を保障するにはそうするしか無かったからだ。 勿論、最初はその無茶なネルフの要求に対して政府は難色を示したが、僕は当然のように初号機で政府を恫喝し、国内に存在するいかなる外圧も排除すると言う声明を発表した。今では日本は世界に悪名を轟かせる一国主義的軍事国家だった。 僕は進んで人を殺した。そりゃあ、道ゆく人をいきなり刺し殺すような狂人の行いはしていないけれど、最前線で戦車を踏み潰し、航空機を撃ち落すのは常に僕の役目だった。それが冬月の出した、僕らへ協力することの条件だった。初号機と言う圧力と、その力を背景にした恫喝があって初めて、冬月は政府の古狸や諸外国と対等に渡り合えるのだ。ネルフはある程度の自活能力を持っているが、それは第三新東京市の全市民の生活レベルを下げないと言う程のものではない。僕はアスカに貧しい思いなどさせたくなかった。だから冬月に土下座して、是非お願いしたいと頼み込んだ。僕は政治の素人だ。SSにあるように上手いことなんてできない。その道のプロが味方についてくれねば、生き残ることだって難しい。チルドレンはいまやそんな微妙な立場に立たされている。 弐号機と零号機は封印された。本当は爆破処理されるはずだったが、アスカの母親の魂がインストールされた弐号機をそうするのは忍びなかった。だから無理を言ってでも保存してもらうことにした。意外にも僕に口添えしてくれたのは日本の政治家達だった。彼らは弐号機や零号機を爆破するなんて惜しいことだと考えていたのだ。将来、その保存しておいたニ機を活用できるかもしれない、そんな打算があることは明白だった。そんな奴等の思惑に乗るのは気分がよろしくなかったが、でも、アスカの為なのだ。僕の個人的な感情なんてどうでもいい。 芦ノ湖の湖底にあるシェルターに、弐号機と零号機は隠され、安置された。たまにアスカが母親の墓参りができるよう、ネルフのメインシャフトからはそこに向かえるようになってはいたが、リツコさんが施した処理で、恐らくもうエントリープラグを挿入したとしても起動することは無いだろう。エヴァにも脳があるそうで、その脳と神経類の接続を物理的に切断したのだそうだ。これを繋ぎ合わせることができるのは旧ネルフのスタッフ達だけで、その技術自体が封印テクノロジーとして守秘されている。だから今の代のネルフの職員達が寿命を迎えてしまえば、エヴァンゲリオンと言うテクノロジーは失われる。今、残されているテクノロジーは現行当面の間稼動してもらわねば困る初号機のメンテナンス技術だけだ。そして、起動した初号機を破壊できる兵器はこの世のどこにも存在しない。 遠い未来にこの弐号機と零号機を解析してその技術を復活させる者がいるかもしれないが、そんなものはどうでもいい。その頃には僕の知り合いは誰も生きちゃいないだろう。その時代のことはその時代の人間が責任を負えばいいのだ。世界が滅びようが人が死に絶えようがサードインパクトが起ころうが知ったことでは無い。 五百人あたりまでは僕が殺したであろう人間の数を数えてはいたが、間違い無く千人を越えそうだと思った途端にそんなものに興味は無くしてしまった。殺すほどに、その行為に対して僕の感情は動かなくなっていった。殺人と、戦争で人が死ぬことは別のことだと割り切れるようになった。僕が殺した誰にも、その人の人生があり、生活なり、夢なり、家族なりがあるはずだ。だから何だ。それは僕とは全く関係が無いことだ。そんなものは戦場の感傷なのだ。僕は平和の為だとか、世界の為だとか、秩序の為だとか、政治家が言うプロパガンダに全く興味が無い。僕がそうすることでアスカが生きやすい世界を作ることができる。なら、悩むことなど何も無いのだ。それ以外に理由など必要ではない。 開戦初期、抵抗を続ける戦略自衛隊の本隊を直接急襲して日本を完全に制圧下に置く為の戦いがあった。その時、アスカは弐号機で出撃すると言ってエントリープラグに篭城した。僕を手伝うのだと言って聞かなかった。だから僕はアスカをプラグから引っ張り出して、顔が腫れ上がるまでしこたま殴った。何もわかっちゃいない政治家がチルドレンの出撃は義務だみたいなことを抜かしたので、国会議事堂を吹き飛ばしてやろうかと思った程、腹が立った。実際にそんな発言をした奴の顔の形が変わるまで殴ってやろうとしたのだが、警備員に取り押さえられた。 僕の娘に人殺しをさせようなんて、誰が許すものか。それは僕がやることだ。僕の義務であり、僕の責任なのだ。僕は一人ででも、通常兵器しか持っていない軍隊の一つや二つ壊滅させられる。N2兵器の五十発や六十発、全く問題にならない。エヴァは使徒のコピーだ。僕だけでよいのだ。僕は立派にその役目を果たした。何百人も殺した。でも、勝った。僕は満足だった。罪の意識なんてどこかへ吹き飛んだ。むしろ、今では進んでその罪を受け入れてやると宣言してもいいくらいだ。 近隣諸国を蹂躙し、最後まで抵抗を続けたネルフのアメリカ支部とドイツのゼーレ本部を破壊しつくすのに、三年掛かった。数え切れないほど人が死んだが、お陰で日本は一国主義の旧アメリカのような手の付けられない横暴国家となった。僕は第三新東京市の平和のみ確保できればいい。政府にいつでも敵に回ることができると釘をさすのも忘れなかった。僕は戦中に人殺しマニアだの冷血トカゲだの真性変態だの色々と呼ばれたが、日本においては英雄だった。くそっくらえな英雄だった。チルドレンと呼ばれる謎のパイロット。日本の快進撃を支える立役者。顔にモザイクを掛けてもらって、仮名ではあったが、テレビに出演までさせられた。冬月はあらゆる僕を巧みに利用し、扇動し、プロパガンダを発し、恫喝し、教唆し、そして足場を固めた。 政治的に落ち着くのに、さらに一年かかった。EOEから長く続いた四年間にわたる東西戦争は京都協定と呼ばれる休戦条約を締結して一応の決着を見た。ゼーレ幹部達が戦犯に仕立て上げられ、処刑され、晒された。その様子は全世界に生中継され、凄惨を極める処刑シーンに、苦しかった21世紀初頭の時代を誰かのせいにできる機会を得た人々は熱狂した。世界の害悪と戦った日本は世界の英雄だった。全くゴミに塗れた英雄もあったものだ。 僕とミサトと冬月はその世界の凄惨さのほとんどに責任を負っていると思われるくらいに、よく働いたと思う。戦争の終結から四年が経った今となっても、当時のことは僕らの間で話題に上ることは無かった。日本政府と、政府擁する戦略自衛隊は世界の警察機構気取りで、常に周辺諸国に向かって威圧と恫喝を繰り返すゴミ政府となった。まぁ僕らネルフは第三新東京市のみの都市国家みたいなものだから、そんなものはどうでもいい。世界のダダッコ日本に睨みを効かせるネルフってことで世界的なウケは悪く無い。どこもかしこもネルフのオーバーテクノロジー欲しさに揉み手擦り手なのだ。ネルフは今後百年くらいは安泰だ。世界がどんなにゴミ溜めで、マトモになるにはもう百年くらい掛かりそうだって言われても気にしない。ようやく、僕らの周りは静かで安全になった。それだけで十分だ。世界を救うなんてのは頭の悪い政治家のプロパガンダだ。そんなものには僕は興味が無い。 戦争が終わってから、僕はネルフの登録から全情報を抹消し、姓名のみ残して別人となった。僕が別人となるのはこれで二度目だ。僕としては慣れたものだし、カヲルも平気で適応したし、綾波も気にしてなかった。だが、アスカだけは少し戸惑ったようだった。ラングレーの名前を捨てて、惣流アスカと言う日本名に改名し、戸籍を改竄して全くエヴァと関係が無い第三新東京市の一般市民となった。アスカがエヴァに拘りを持っているのはネルフでは周知の事実だった為、何かしらの悶着が起こるものだと皆が冷や冷やしたそうだが、アスカはそれに対しては何も言わなかった。アスカが怒ったのは、戸籍上、僕と兄弟にされると言うことに対してだった。本当は葛城シンジ、葛城アスカとして、ミサトの双子の兄弟となるはずだったのだ。僕は家族として一緒にいたかったので、最も違和感の無いその形を望んだだけなのだが、アスカは烈火の如く怒って数日間僕と口を聞いてくれなかった。だからアスカだけは冬月の遠縁の親戚の孫と言うややこしい設定で改竄し直されることになった。つまり、同じ身分のカヲルとも綾波とも親戚関係ってわけだ。 碇姓にこだわりが無いわけじゃなかったが、碇ユイは僕の母親でも何でも無い。それに、碇シンジは消えてしまってもういないのだ。だから僕がその名前を名乗ることに重大な意味は無いと思う。だから葛城姓を名乗ることにした。ミサトは六年前に加持と入籍して加持ミサトに改姓している。だからミサトの葛城姓を残してやろうと言うちょっとした気紛れでもあった。 僕らは四年前、葛城シンジ、惣流アスカ、冬月レイ、冬月カヲルとなった。綾波を綾波と呼ぶわけにはいかないし、ファーストなんて呼んだら改名の意味のへったくれもない。だから僕らは通常みんな下の名前で呼び合うことにした。そして、戦役が終わってすぐに、冬月コウゾウの計らいで全員同じ第三新東京市立大学へ裏口入学した。金の力は偉大だ。 僕はEOEの前から考えていたように、戦役が終わってすぐに一戸建てを購入した。退役報酬で目玉が飛び出しそうに馬鹿みたいな金額が僕の口座に振り込まれていたから、目一杯贅沢な家を買ってやろうかと企んだのだが、アスカが成金趣味みたいでキモチワルイと嫌がったので大学に近い場所で最も大きな三階建ての家を買った。一階に加持夫婦が住み、二階に僕とアスカ、三階にレイとカヲルが住むことになった。僕だけは戦役が発生した場合に召集されるが、他の誰もが一般人としての生活を獲得することができていた。リツコさんにも一緒に住もうと提案したのだが、リツコさんはここは辛い思い出が多すぎるからといって戦役終了と共にネルフを退職し、沖縄に転居してしまった。 僕はリツコさんがいなくなって二週間くらい塞ぎ込んだが、久しぶりの大学生活が楽しくなってくるにつれて、段々と本来の調子を取り戻した。アスカとカヲルが塞ぎこむ僕を慰めようと何だかんだと世話を焼くので、いつまでも失恋の痛手を感じているわけにはいかなくなったのだ。去年、リツコさんから手紙が届いた。結婚しましたって話だ。封書に添えられた写真で、幸せそうに微笑むリツコさんと、少し年配だが、なかなかダンディーなオッサンが仲睦まじく手を握り合っていた。僕はそれを見て、リツコさんを完全に諦めることができたので、今はもうなんとも無い。 何年ぶりかの大学生生活は、とても楽しいものだった。僕とアスカとカヲルは揃って同じテニスサークルに所属し、新人歓迎コンパでカヲルがまたもや全裸で暴れて一気に有名になった。普段クールを気取っている彼は酒が入るなり暑い暑いと言って脱ぎ始める悪い癖があるので程ほどにしておくようにと注意したのに、カヲルは懲りていなかった。こいつが本当に使徒なのか、僕は最近自信が無い。 また、セックスを覚えてからのカヲルの弾けぶりは見ていて爽快な程だった。あちこちに彼女を作ってはそれが発覚し、どこであろうが修羅場を繰り広げる。一度、我が家に押しかけた女性がナイフを振り回して警察沙汰になってしまったほどだ。僕は奴を風俗に連れて歩いたことをちょっとだけ後悔していた。奴は本当に欲望と言うものに素直過ぎる。アスカは不潔だ不潔だといってカヲルを毛嫌いしたが、当のカヲルはケロリとしたものだ。ある意味、さすがは使徒だと感心する。アスカをわざとキレるまでからかい、アスカが実力行使に出るとATフィールドを展開して逃げ回る。最近アスカはカヲルが何か言う度に包丁を投げるので危なくて仕方無い。微笑ましいような、勘弁して欲しいような。就職活動をする気配が無いカヲルは貯金を食いつぶして一生遊ぶ気のようだ。自分に寿命は無いのだから、シンジくんが死んだら僕は初号機と一緒に眠ることにする。それが僕の寿命だと語っていた真摯なカヲルは、生活に対してトコトン不真面目で、そのギャップが面白い奴だった。 レイは至って静かだ。EOEの前も、後も、全く変わらない。日当たりの良い場所で本を広げて読みふける。気が向いた時だけ大学の講義を聞きに行き、自分の好みに合わない講義にはその場で席を立ってどこかへ行ってしまう。アスカが肉料理を作ると、嫌いだからと言って意地でも食べようとしない。最近覚えた酒を舐めるようにチビチビ呑んだら酔っ払ってすぐ寝てしまう。僕を真似て吸い始めた煙草を一人でベランダで吸う。カヲルに絡まれるとすぐ不機嫌になって不貞寝する。アスカと張り合って料理を作るも、味見するなりゴミ箱へポイ。アスカに化粧させられそうになると嫌がって逃げる。服装に無頓着でノーブラTシャツなんて言う悩ましい格好で外をふらつく。痴漢に出会うとATフィールドを展開する。リツコさんとメールで文通しているらしく、リツコさんのメールの内容を自慢気に僕に語って聞かせる。 レイは変わらない。飄々と、ただ自分の生きたいように生きる。なんとも猫のような気質で、僕は彼女らしいと思う。きっと彼女は一生変わらないだろう。僕の家の座敷猫のように、自由気ままに生きるだろう。僕は猫を飼う気を無くしていた。僕の家にはもう既にちょっと大きい猫がいる。 そしてアスカは…僕の想像通りの、いい女に成長しつつある。いまや、僕のほうがアスカにべったりだ。なかなか親離れできそうにない自分に苦笑してしまう。僕は完全無欠の親馬鹿で、アスカがそれを望んでいるのだと言い訳しながら常にアスカを見つづけた。アスカの成長を見るのが僕の何よりの楽しみだった。四年間常に胃痛と胸焼けと悪夢に悩まされ、僕はもう自分のことを自信を持って普通のオッサンだとは言えなくなっている。それから四年経って大分和らいできたものの、まだ悪い夢を見る日もある。血塗れの手で、足で、返り血だらけの顔で、人を殺しなれている。そんな僕の手でも、アスカの頭を撫でる時だけは優しく平凡な手なのだ。僕の心配ごとは後はアスカの就職先だけだ。アスカは内定先をネルフに決めた。復興支援局と呼ばれるミサト統括の戦後処理機構に配属が内定しているらしい。まだ、日本国内にも戦後の傷痕が生々しく残っている。そんなものをアスカに見せたくは無かった。きっと悲惨なものも見るだろう。辛い思いもするだろう。でも、それはアスカが決めたことだ。僕が両腕を血に染めてでも手に入れた場所を、それを手伝うことができなかったからこそ、自分の目で一つ一つ見て回りたいのだと言うアスカの、大人としての責任ある決断だ。僕はそれを静かに見守らなければならないのだ。アスカはどんどん、大人になっていく。それは嬉しくもあり、少し、寂しくもあった。 「シンジー、あんたまだ就職決まんないの?」 朝飯を食べて、新聞を広げる。わしゃわしゃという新聞の立てる音にまぎれてアスカの声が聞えた。エプロン姿でじゃぶじゃぶと食器を洗うアスカの後姿を横目で一瞬だけ見て、僕は再び新聞に目を落した。 「あー。なかなか決まらんねぇ」 「また蹴ったんでしょ?」 「…あんな企業、蹴って当然だろ」 大学生活も終わりに差し掛かっている。僕の内定先はまだ決まっていなかった。内定自体は出ることは出ているのだが、僕がそれを蹴りつづけているからだ。 僕が面接を受けると大抵の場合受ける質問が決まっている。どこから調べてきたのか、それとも公然の秘密になっていしまっているのか、僕が碇シンジであることがすっかりバレてしまっているのだ。だから面接官は僕に向かって目をキラキラさせながら、英雄の英雄憚を聞きたがる。 曰く、日本の守護神エヴァンゲリオンを操縦する気分はどうなのか。 曰く、戦場で常勝を誇った秘訣は何なのか。 曰く、政府との特別な繋がりはあるのか。 曰く、ネルフと懇意になれる可能性はあるのか…。 僕はそのようなものにウンザリだった。第三新東京市から出た瞬間に暗殺対象である僕はこの都市国家内で就職せねばならない。しかし、こんな狭い都市の中で僕の身分を隠しきることは土台が不可能な話なのだ。どんな面接官も、僕の体験してきたことと、そしてネルフと癒着できるかどうかと言うことだけを探って、僕の仕事に対する適性なんてどうでもいいかのようだった。 一昨日の面接は特に最悪だった。余りにも露骨にネルフへの紹介を迫るものだから、僕は途中で席を立ってやった。それなのに、次の日には内定通知が届く有様だった。僕が希望する営業職への道乗りは、僕が思っていた以上に厳しかった。ニュートラルな目で僕を見てもらうことなど、不可能に近いかもしれない。 だから最近僕は特に不機嫌だ。僕の夢である営業職制覇計画はまず就職の段階で躓いている。 「大体な、営業希望だつってんのにアホ共がネルフに根回しする方法ばっかり聞きやがる。僕を馬鹿にしてんだあいつら。初号機でビルごと踏んだろかい全く!」 「まぁ〜あんた英雄様の上にネルフの隠れ幹部だしねぇ。影番ってーの? 色々期待もされるわよ」 アハハとアスカは食器を片しながら気楽に笑う。自分は就職決まったからっていい気なもんだ。くそう、昼飯時にカヲル呼んで酒飲んでやる。煙草もスパスパ吸ってやるからな! 僕はグヌヌと唸って、読みかけの新聞に再度集中しようと目を落した。これ以上、考えるのは気分が悪い。まともな面接を行ってくれる企業に行き当たるのを祈るばかりだ。 ばさりと僕の新聞が取り上げられた。僕が不機嫌を顕わに見上げると、アスカがニタニタ笑いながらそれを手早く畳んでテーブルに放り投げた。そして、僕に甘えるようにあぐらを組んだ僕の足の上にその小さなお尻を乗せた。 「ねぇシンジ。いっそのこと就職なんか辞めちゃえば?」 「…貯金はあるさ、そりゃあ。十回くらい人生完遂できそうな程さ。でもな、男ってのは仕事が無いと物足りなくて死んじゃう生き物なんだよ」 「それは前にも聞いたわよ。仕事はやればいいわ」 「はぁ?」 アスカの言うことがわからずに僕は首を傾げた。就職せずに仕事をするなんて意味不明だ。アスカはイタズラっぽく笑った。そして僕に抱きつくようにして向き直り、僕の目を見る。 「どうせならさ、シンジが作っちゃえばいいのよ。起業すればいいじゃない! 腐るほど貯金あるんでしょ?」 一瞬、その意味を理解しかねる。 言葉が徐々に僕の脳裏に染み込んでいった。 そうか。 その手があったよな。 何で気付かなかったんだ!! 「それだ!」 そうだ、状況が悪きゃ、それを変えてしまえばいいのだった。無いなら作ればいいではないか。僕はここ数年ずっと実践しつづけてきたはずのそれをすっかり忘れてしまっていた。 僕の視界は一気に開けていった。光が溢れ、自然と頬が緩むのがわかった。 僕はアスカを抱きしめて、頭を撫でた。ナイスアイデアだ、アスカ。 いいね、いいじゃないか。どうせなら暇してるカヲルとレイも巻き込んで、でっかい会社を作ってやろう。そして僕に向かってアホなことを抜かした企業の面接官共の度肝を抜いてやる。 「いいぞ、いいぞ、何やるかは後で考えるとしてだな、とりあえず目指せ業界ナンバーワンだ!」 僕は今日、アスカの一言で、また生まれ変わったような気がした。 陰惨な思い出はゴミ箱へポイだ。新しい人生を、今日から始めよう。 アスカがはにかむように笑った。僕も笑った。 今日やっと、何もかも片付いた気がした。…のだが。 「へへへ…でね、あたしがシンジと結婚したら社長夫人ってことになるのよね。そしたらネルフ辞めるから役員にしてよね。約束よ?」 …。 ええッ!? 完 後書き: 最後の最後でやっぱり誘惑に勝てなかった俺。テヘ♪ ああー!完結した!完結した!ここ数日寝る時間削った甲斐があったわサッパリしたー!固くてなかなか出なかったウンコがやっと出たみたいや。後は紙で拭くだけや。 メルヘン地獄完結。冷静に読むと地獄を天国に変えるスパシンのお話で、話の筋自体に目新しさは無い。断言してもいい。結構、スパシン系完結作ではよく使われているような筋と大差無い。何か降臨スレなのに批評しやがった奴が案外よく見てる。その通り。全くその通り。書いてみりゃ40のオッサンである必要ゼロな俺シンジだった。LAOの謗りは免れ得ない。もしも最初の電車シーンから始めてたらもっともっとリツコへのオッサンシンジの恋心やレイとリツコの離反やミサトやアスカの変化を自然に書けたろうね。ぶつ切り輪切りにした場面場面をパラパラ散らして後は脳内補完に任せた、消化不良残しまくりのまさにエヴァって感じやなぁ。ま、しゃーない。全部はしんど過ぎて完結できそうにないもん。 まぁ、ええねん。俺自分と同じ嗜好の人に向かって書いたねん。そう言う人にはこれで充分消耗品として使えるねん。これでええねん。 楽しめなかった奴は知らん。無理矢理に読めって頼んだわけやないもーん。不快になった奴は早く忘れられるといいねって言葉を贈っとく。お気の毒やね。楽しんだ奴は上手い具合に俺のネタを消費できてちょっとだけ得したな。それは俺も本望よ。わはは、最後まで読んでくれてありがとうなんて殊勝な言葉は死んでも吐かんぞ。あくまで高CQのtomoタンよ。高CQなめんなバカヤロー! また気が向いたら書くがな。 |