メルヘン地獄 その1.5
作:tomoタン





惣流・アスカ・ラングレーが部屋に閉じこもってから3日が経った。その理由は、当然碇シンジの帰還であろう。
彼女はゼルエルに敗北した。碇シンジは初号機を暴走させてゼルエルに勝利した。惣流・アスカ・ラングレーはついに碇シンジへの敗北感を認めずにはいられなかったのだ。それは彼女のアイデンティティーに亀裂が入る瞬間でもある。

惣流嬢は子供だ。僕の目からははっきりとわかる。いかに大人ぶっていようとも、彼女はほんの少女だった。だから人生を揺るがす大きな挫折に見舞われた時の対処法を知らない。彼女がとった行動は葛城ミサトとも、碇シンジであるこの僕とも、一切の接触を断つことだった。その為に部屋に篭り、深夜に一度だけコンビニへ食料を買出しに行く生活を始めたのだ。昨夜、トイレに起き出した時に彼女と出くわしたのだが、アスカ嬢はなんとも言えない渋面を浮かべただけで、何も言わずにまた部屋へと閉じこもってしまった。

あまりにガキ臭い反抗方法に、僕は半ばあきれた。ミサトも同様だったろう。だからミサトは大して気にとめていないようだった。僕もこの結末を知っていなければほおっておいたに違い無い。しかし僕はその結果として惣流・アスカ・ラングレーが壊れてしまうのを知っている。

彼女は次に失敗した時に、完全に自分の居場所を失うのだ。だから今、張り詰め、余計な雑音を耳に入れないようにしている。方法こそ子供じみているが、その決意の程は重いのだろうと僕は感じた。中学生らしくない自分の追い詰め方である。遠い昔、20年前に大学の同期が同じようにして自殺した。そいつとは大して仲が良かったわけでも無いが、自分の命を絶つと言う行為を自ら決断すると言う心境に慄いたものだ。

彼女は今、苦しいのだろう。生きる為にはそのスペースが必要だ。そのスペースが徐々に削り取られる音を耳元で聞く気分は嫌と言う程、僕にも理解できた。40年も生きていれば、何度か大殺界なんじゃないかと思う程、悪いことが重なる時期がある。僕の場合もなかなかハードだった。商談を連続で潰し、社内での立場は悪くなる一方で、髪は抜け落ち、恋人は去った。親は急逝。ついでに車で自損事故と来たものだ。一時は自殺を考えた。

守るものは何も無く、残せるものも何も無く、先に幸福が待っていそうな予感も無い。ただただ失意を重ねる毎日。やること成すこと裏目に出て、不運は重なり、自分の存在の意味を疑う。僕はここにいてもいいのだろうか、と。僕は何も残すことができずにこの世を去るのだろう、そんな生に意味はあるのか、と。

だが、そんなのは偶然に偶然が重なった結果に対するセンチメンタルな感傷に過ぎないと、車のローンを返し終えたあたりで僕は気付いた。人の生きる意味など、案外どうでもいいことだ。生きることそれ自体が生きる理由なのだ。だから人生において発生した挫折と言う結果責任は自らが背負うしかない。誰に言い訳しようが誰に救いを求めようが決めることができるのは自分だけなのだ。この人生を続けるのか、それとも中途で投げ出すのか。

僕は寂しかろうがハゲようが風俗で毛じらみをうつされようが生きることに決めた。だからここにいて、このメルヘン状況に置かれていても自分を見失わずに済んでいる。僕と言うこの意識がある限り、それが僕の総体だ。苦労を重ねた営業課長職に未練が無いとは言わないが、初号機パイロットだって悪くは無い。この先も長く続くことが予想される人生と言う奴は、思った以上に長いのだ。いちいち思い悩んでいては髪の毛が減るばかりである。

惣流・アスカ・ラングレーは自らに判断を強いられるには子供過ぎる。だから誰かに叱られなければならない。誰かに決めてもらわなければならない。自ら判断する決意を持てるまでは。僕が営業部長にこづきまわされ、週二回のペースで説教されたように。

ミサトには何度も進言した。アスカを今立ち直らせることができるのはミサトだけなのだと何度も力説した。しかし、中学生の少年が言う言葉にどれだけの重さがあるだろうか。そんなものは口先に過ぎないと流されて聞いてもらえない。それに僕は知っている。ミサトはアスカを恐れているのだ。正確には、アスカが依存対象としていた男性を奪ったことに対する罪悪感に怯えているのだ。だからミサトはアスカに触れたがらない。手に入れたものを捨てることになっては困るのだと。

僕は惣流・アスカ・ラングレーに立ち直って欲しいと思っていた。自分の居住空間が重苦しい雰囲気に包まれていると言う不快感を解消したい意図もあるし、この先、使徒の襲来で僕が戦死する確率を減らす為と言う理由もある。また、人生の先輩として世界はもう少し複雑で、複雑でありながら単純に生きる術はあるのだと教え諭したい年寄りの悪い癖が出ている面も否定できない。

僕は40年と少しの人生でついに子供を作る機会を持てなかった。僕は、自らの息子に、娘に、教えたかった。伝えたかったのだ。自分が体験的に学び取ってきた、僕なりの人生の真理を。そのくらいしか、僕に残せるものは無さそうだから。そしてこちらの人生でそれはまだずっと先のこととなるだろう。

その代替行為をアスカ嬢に行おうとしているのかもしれない。それはそれで構わないじゃないか。僕は開き直ってアスカの部屋のドアを蹴り開けた。







「勝手に入ってこないでよ!」

第一声は金切り声で、次のアクションで僕に向かってマクラを投げつける。
碇シンジの体は若くて元の体よりもずっと高性能だ。そのマクラは僕の手の中にポスと軽い音を立てておさまった。僕はマクラを部屋の端へ投げてこちらを睨みつけているアスカの傍へと歩み寄る。

部屋の様相は凄いことになっている。引き裂かれたノート。割れた花瓶。散乱するぬいぐるみ。アスカが部屋の物に当り散らした後が如実に残っている。僕はそれらを踏み分けながらアスカがいるベットへ歩み寄った。

「ちょっと付き合えよ」

「はぁ?何でアンタなんかに…」

そのセリフをアスカは最後まで言うことができなかった。僕が彼女の髪の毛を掴んで強引に引っ張り上げたからだ。アスカはか細い悲鳴を上げてたまらず立ち上がる。恨めしげな顔で僕を睨むも、しっかりと僕が握っている髪の毛に不自然な体勢を強要されて反撃の手が出ない。勿論、僕はそれを見越して髪の毛を掴んだのだが。アスカは白兵戦技に優れていて、碇シンジは彼女に勝ったことが無いと言う話をミサトに聞いている。勿論、40年真っ当に生きた僕は荒事に関して素人だ。本気で抵抗されたら痛い目を見るのは僕だろう。

髪の毛は人間の急所の一つだ。髪の毛を鍛えることはできない。アスカが髪の毛を掴む僕の手に爪を立てて引っ掻いた。焼けるような激痛が走る。僕はそれをこともなげに受け流す。表情を変えないように苦労した。アスカが引っ掻いたところがミミズバレになり、血が滲むのがわかる。

アスカはたじろいだように爪を立てるのを辞めた。冷たく見下ろす僕の視線に恐れをなしたのか、髪の毛が引っ張られない体勢に体を入れ替えて僕を見上げた。その表情は不安で一杯だった。こんな風に誰かに邪険に、乱暴に扱われる経験など初めてに違い無い。血が出るまで引っかかれても無言な僕に不気味さを感じているだろう。僕が一般的に言う反抗期に、父親に叱られる時はこうされたのだ。怒鳴られるより、何倍も恐ろしい思いをする。僕の思惑通り、アスカは萎縮している。叱られ慣れていない証拠だ。

「来い」

僕はそのまま髪の毛を引っ張って部屋を出ようとした。悲鳴を上げて少しだけ抵抗しようとしたアスカだが、すぐに抵抗を辞めて素直に従った。僕の意図が見えず、また自分の知っている碇シンジとはまるで別人に感じているんだろう。実際別人なのだが。

僕はアスカを引き摺って家を出た。アスカが靴を履く時に髪の毛を離したが、彼女にはもう抵抗する意思は無いようだった。ただ、僕の行動の真意が読めず、目を白黒させている。そして不安そうに視線を上下左右へ泳がせていた。ミスを犯し、それを僕に叱られる寸前の部下の姿に良く似ている。違うのは、部下は責任を感じているが、彼女はなぜ僕がこうするのか理解できていないと言う点だ。

叱られる前の人間は不安で一杯である。アスカはそれを証明するかのように上目遣いで僕を伺い、自分の落ち度が何だったのか図ろうとしているように見えた。

僕は近くの公園まで歩いた。アスカは何も言わずついてきた。普段の強気な態度はどこへやら、僕の様子を伺い、必死に空気を読もうとしている。彼女が嫌った碇シンジそっくりに。まさしく碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーの性根は大差無かった。強気の仮面を破られ、守るものが無くなった彼女は僕の次の言葉を予見しようとし、最も自分の心に被害の少ない返答を思案している。言い訳を考える部下の心象を手にとるように理解できるのは、叱る立場になる前は同じ叱られる立場であったからだ。彼女は叱られることに慣れておらず、ただ困惑を顕わにしているが、内情は容易に想像できた。

公園につき、僕が立ち止まって向き直ると、アスカは不貞腐れたように僕から視線を外した。また強気の仮面を被ってその場を乗り切ろうとしている。

「何の用なのよ。アタシにあんなことしてくれたんだから覚悟できてんでしょうね」

僕は返答せずにじっとアスカの目を見つめつづけた。さっぱり笑っていない僕の目に、アスカの目が怯えを含んだのが見える。
アスカは碇シンジが自分に一定の好意を持っていることを知っている。自分がオナニーのオカズにされていることも知っている。アスカはそれを軽蔑しつつも、碇シンジだけは自分がどのような言葉を投げつけても「ごめん」と謝って自分を押さえつけようとしないことを知っている。

しかし、それは僕には通用しないのだ。きっと彼女には僕は対処不可能な不気味な存在に映っていることだろう。

僕は多少卑怯で腹黒い。計算づくで、この態度を装っている。実際はそれほど怒りなんか感じては居ないし、彼女を軽蔑するような意図も無い。しかしながら、部下を叱る時と同様に、冷酷さを印象付けることは大事な駆け引きの手法なのだ。アスカは何度か口を開いて強気なセリフを吐くも、吐いたその都度、僕の反応を覗うのだから効果は無いと言うことに気付いていない。人と人とのコミュニケーションは駆け引きを孕んでいる。僕は今、圧倒的な優位にいた。

「お前さ、馬鹿だろ」

僕は軽蔑しきった声色で首をかしながら言った。小馬鹿にしたような言い方に、アスカがショックを受けたかのように押し黙る。卑屈で、自分が軽蔑してきた相手に、今自分が軽蔑されている。その事実が徐々に彼女の心に浸透し、目に見えてアスカの顔色が赤く染まっていった。目から怯えが消え、挑戦的で攻撃的な色が灯る。僕は碇シンジよりも惣流・アスカ・ラングレーのほうがずっと気概と言うものがあるなと感じた。気概のある奴は仕事ができる。僕は嫌いじゃない。

「なぁ、エリート様。一番でなきゃいけないらしいけど、残念なことに僕のほうが優れてるって証明されてしまったこの現実をどう見てんの? いや、命令違反だの上官への口応えだのしない分、綾波レイのほうが上の評価は高いかもね?」

「何がいいたいわけ?」

アスカが剣呑な調子で問い返す。応え次第ではただでは済まさないと言わんばかりに半身を引く。攻撃態勢をとったってところだろうか。僕は少し緊張して喉をごくりと鳴らしてしまった。彼女の長い足が遠心力によって荷重された場合、一体どれだけの衝撃が僕を襲うことになるだろう。きっと髪の毛を引っ張られることよりもずっと痛いに違い無い。ビビっていることを気取られるわけにはいかない。立場がたちまち逆転する。本来の力関係で言うなら、彼女のほうが上なのだ。

「お前さ、エヴァ降りろよ」

僕は思い切って後ろに飛んだ。目の前を白い閃きのようなものが通り抜ける。風圧が僕の前髪を薙いだ。アスカが目にも留まらないハイキックを繰り出したのだ。予測していなければ絶対に避けられなかった。追撃される前に僕は半ば叫ぶように言いつづけた。

「迷惑なんだよ! お前みたいに遊びでエヴァに乗られちゃたまんねぇんだよ! 命掛かってんだ。自分の命も他人の命も! 明日の生活が掛かってんだ! はっ! 負けられないだぁ? お前の敵は僕か! 綾波か! 目の前の現実も見えずにチャラチャラ苦しんでる振りしてる奴なんか誰があてにするもんかよ。誰も必要としねぇよ! 自分しか見ない奴なんか!」

「うるさい!」

二度三度とアスカの拳が空を切る。僕は全力で後ろに下がりながら続けた。

「エヴァに乗る理由が無い奴はエヴァ降りろ! どうせ役に立たない! 必要無い!」

「理由はあるわよ!」

今度は後ろ回し蹴りだ。僕の腕を掠めていく。少し触れただけなのにその部分がジンジン痛んだ。

「アタシは一番でなきゃいけないのよ! 誰よりも優れて、1人で生きていけることを証明しなくちゃ…」

「なら何でエヴァのパイロットなんだ! パイロットなんて一兵卒で使い捨てじゃねぇかよ! お前が言ってることは矛盾してんだ! 僕と綾波に勝ったってそれが何だってんだ! 薄っぺらいプライド守る為に欺瞞しているって自覚しろ! 恥を知れ!」

「偉そうに! あんたはどうなのよ!」

ついにアスカの拳が僕の頬を捉える。だが、思ったほどの痛みは無い。アスカは体重が軽いのだ。拳に重さが無いし、非力である。僕は思いっきり殴り返した。女の子の頬を殴るのは道徳的に良く無いんだろう。でも、関係無かった。引いたら駄目だ。

「僕は明日も生きていたいから乗るんだ。お前みたいに誰かにかまって貰いたいから乗るわけじゃない! お前はガキなんだよ!」

「アンタだってガキじゃない!」

「少なくともお前よりゃ大人だ。お前、エヴァ降りたらどうするのか考えたことあんのかよ」

アスカは殴りあう手を止めた。

「そ、そんなの…」

「使徒が無限に来るとでも思ってんのか? 目先しか見えてねえ、やっぱガキだな。これは秘密だけど教えてやるよ。使徒は残り三体しか来ない。まぁ、他にちょろちょろ始末しなきゃいけないのがいるけど。でも、全部終わるまでそう長くは掛からない」

「そんなの、その時になったら考えるわよ!」

「エヴァで一番になっても、そのエヴァとはすぐにお別れなんだ」

「…嘘よ!」

アスカはボロボロと涙をこぼし始めた。恐ろしい形相で拳と足を振り上げていた激しい勢いはガスの抜けた風船のように萎み、地に落ちる。僕もアスカも鼻血まみれで、口の中は切れてズクズクになっていた。痛みを急に思い出して僕は顔を顰めた。

「嘘じゃない。アスカはエヴァに乗れなくなったら人生が終わるって勘違いしてる。今後もエヴァに乗せて貰えるように功を焦ってばっかりだ。誰がそんな奴を信用するのさ。今エヴァに乗れるのはリストラまで間が無いからさ。新人育成するより安上がりだってだけの話だ。僕らの実力じゃない」

「嘘よ…」

「エヴァに乗るのに実力なんていらないんだ。必要なのは条件が整うか整わないか。それだけさ。お前何歳から訓練して、今の数値は幾つだよ? 僕は何時からエヴァに乗ってる?」

アスカは応えられなかった。自分を支えていたものが瓦解する音を聞いているのだろう。ただ、鼻血の上に鼻水と涙をたらしている。きっと僕の顔も酷い有様なんだろう。アスカは耳を塞いでしゃがみこみ、大声で泣き出した。僕はまたアスカの髪を引っつかんで引っ張り上げる。

アスカは怯えきった目で僕を上目遣いに見た。完全に仮面は剥がれ落ちていた。

「人生は…」

僕はその傍まで歩いていって、言い含めるように優しく言った。

「人生てのは長い。その長い時間尺度の中で色んなことを体験する。目の前で冷たくなっていく母親を見ることもあれば、失いたく無い人が自分の元から去ってしまうような悲しい出来事がそこらかしこに転がってる。でも生きてんだ。みんな辛くても生きてんだ」

アスカは呆然と僕の言葉に聞き入っていた。

「お前、それを邪魔してんだ。自分が、自分に、自分をって自分ばっかりで、邪魔してんだ。エヴァ降りろ」

「嫌…嫌よ! それだけは嫌!」

血まみれの頬を三度平手で叩きつける。アスカはよろめいてジャングルジムによりかかった。アスカは弱々しく座り込む。

「だって、だって、他にどうしろって言うのよ…」

「他には何も無いって? やっぱお前馬鹿だわ。ガキの上に馬鹿。どうしようもないね」

僕はアスカの目線にあわせて座り込んだ。

「毎月120万給与があって非常事態以外は好き勝手気ままに時間を使って、『何も無い』だって? 傲慢にも程があるね。事実色んなものを持ってるじゃないか、アスカは。無いものネダリのワガママなクソガキ。この先長い人生でそれすら手に入るかもしれないとも思わずに、今欲しい、今くれ、今、今、今」

ビクリとアスカが震えた。

「難しいこっちゃ無いんだ。色んな方法を考えて、その一番実現しそうな方法をとればいい。エヴァで目立ってみんなにチヤホヤされるのも限界だわな。じゃあ、次にアスカはどうすんの? それを考えればいいじゃない。わからなきゃミサトだのリツコだのに聞けばいい。人間が先験的にできることなんてたかが知れてる。何たって14歳の若輩者なんだ、先輩に尋ねりゃいいじゃん」

「…」

「自分は今何を持ってるのかもっと冷静に考えてみなよ。自分が欲しいものが何かってのも考えてみな。僕らにエヴァに乗る理由なんか無い。たまたま僕らだっただけなんだ。変な強迫観念にとらわれず、自分を俯瞰して見る。意味わかる?」

アスカはコクンと頷いた。またポロポロと涙が零れだす。僕は持っていたハンカチでアスカの鼻と頬を拭いた。ハンカチはたちまち血塗れになってしまって涙を拭けるような機能性が失われてしまった。僕は苦笑して、ポケットティッシュを取り出してアスカに握らせた。

「使徒…倒さないと明日来ない。僕はまだまだ死にたく無いんだ。もう、降りろって言わないから…ちゃんと手伝えよ?」

アスカは小さく頷いて、ちいさく、ごめんなさい、と言った。

ポロポロと相変わらず零れ落ちる涙を拭おうともせずに、もう一度ごめんなさいと言った。

徐々に大きくなっていく嗚咽を堪えながら、きっとほとんど言ったことが無いごめんなさいと言う言葉を何度も何度も重ねる。
アスカは、今この瞬間だけは、叱られて泣く、かわいい女の子だった。







多分、もう大丈夫だ。僕はそう感じている。
急に人が変わるとは思えないけれど、自分を追い詰めて壊れたりしないだろう。負けん気の強い彼女のことだ。僕が言った言葉を噛み含めて、いずれは自分の中のトラウマを乗り越えるだろう。

不味いのは…彼女をしこたま殴ったってことだ。ガキはある程度殴らなきゃわからないものだ。
でも、僕は額面上、彼女と同い年であって目上の存在ではないわけで。
冷静になった彼女に後で仕返しされるだろうなーと思うと気が気じゃない今日この頃である。










後書き:

外伝的お話。プロローグとその二の間に起こった出来事。その二でアスカとのやり取りが唐突って言われたので書いた。
まぁ、大体スパシンとかで御馴染みのこう言うシーンがあったんだよーって記号化さえしてりゃあ大丈夫かと思ってたけど、自分で読み直してみてもキモチワルイから一応書いといた。LASだなぁ。LASだよねぇ。

全編大真面目と言うメルヘン地獄では珍しい回になりそうな予感。