竹原市の大久野島沖に沈む毒ガス弾とみられる不審物。発見から4か月が経ち、地元に不安が広がる一方で、処理の見通しが立ちません。不審物は、なぜ放置されたままなのか―。取材で浮かび上がったのは、国の縦割り行政の弊害でした。
プレジャー・ボートの男性に近づく海上保安官。1枚の文書を手渡しました。
「海底でですね、発煙剤みたいなのが見つかったんです。あそこらへんに近づかないようにして下さい」(海上保安官)
「お知らせ」と書かれたこの文書。竹原市大久野島の北側60mの海域で、化学兵器の疑いがある不審物が発見されたため、この海域に近づかないよう呼びかけています。
「マリンレジャーとか、海浜を利用される方が、GWを境に増えてくるということで、広く一般に周知する必要があるだろうと」第6管区海上保安本部 交通部安全課 村上寛 専門官)
「あちらに黄色いブイが見えます。あのブイの下に赤筒と思われる不審物が沈んでいるということです」(藤原佳那子記者)
不審物は長さ20cm、直径5cmの円筒状で、およそ20個海底に散らばっています。旧日本軍が戦前、大久野島の毒ガス工場で製造した「あか筒」の可能性が高いとみられています。「あか筒」には、猛毒のヒ素が使われています。
「大久野島は家族が毎年行くんです、泊りがけで。ちょっと不安はありますけどもね」
「海水浴できんし、水飲まれんし、とにかく全部調査してもらって完全なものにしてもらいたいですね」(地元の人)
地元の住民に広がる不安―。漁業組合は、問題の海域で漁をするのを中止しました。
「やっぱり風評が怖いんで、あそこの魚は取るまあということで、漁はいったん中止にしています。3月ころからメバルのシーズンで、これからタコなんですがね。まあ、しょうがないですね」(芸南漁協 福本悟組合長)
修学旅行など観光への影響も懸念されています。
「修学旅行の生徒さんもたくさんおいでになりますんで、この風評被害というのは、われわれにとっては残念なことでありますから、早くこれをですね、解消したいと思っております」(竹原市 小坂政司市長)
不審物が発見されたのは、ことし1月でした。先月、公表されて以降、広島県や竹原市が、環境省に対し、1日も早く安全を確保するよう要請しています。しかし、本格的な調査や処理作業が行われる見通しは立っていません。
「まあ、ここへきて4か月余りという中で、いまだに不審物という範ちゅうにあるわけですから。時間がかかりすぎなんですよ。大変そういうことでは残念ですね」(竹原市 小坂政司市長)
なぜ、時間がかかるのか―。環境省の担当者に聞きました。
「水域で化学兵器が発見された場合に対処というものについては、内閣官房が総合調整を行った上で、省庁で連携して対応するという状況でございますので」(環境省の担当者)
陸上での毒ガス弾処理について、国は、主に環境省が防衛省と協力して行うと定めています。しかし、今回のような水中での処理については、内閣官房が調整した上で、関係省庁に対応させるとして、明確な規定はありません。
9年前、福岡県の苅田港の海底で発見された毒ガス弾は、港の管理という観点から、国土交通省が処理しています。縦割り行政の弊害から省庁間で調整するだけで5年間を費やしました。しかも、処理費用は当初の見込みの25倍=およそ580億円にふくらんでいます。調査の結果、毒ガス弾の数が当初の57個から2600個以上に増えたからです。
「こちらはかつて旧日本軍の毒ガス兵器工場があった場所です。こちらで作られた毒ガス兵器の一部は、島の周辺の海に捨てられたという証言が残っています」(藤原佳那子記者)
環境省によりますと、大久野島の北側と対岸にある忠海地区の間の海域では、金属反応が367か所確認されました。空き缶などの金属ゴミのほかに、毒ガス弾が含まれている可能性があるということです。
「もし不審な物を見つけた場合には、むやみに触ったり、いじくり回したりすることは念のために避けていただきたいと思っておりますが、あまり過剰な心配をする必要はないと考えております」(環境省の担当者)
「心配はない」と主張する環境省。しかし、地元の毒ガス問題研究者・山内正之さんは、「放置すれば海洋汚染の恐れがある」と指摘します。
「容器が実際に腐食して、それが拡散していけば、ヒ素が実際に環境に広がっていくわけですから、それは、やっぱり汚染につながりますよね。それは決して放っとったらいいというわけではないでしょう」(毒ガス島歴史研究所 山内正之事務局長)
環境省は、この海域で送水管の設置工事を進めていましたが、不審物の処理の見通しが立たないため、途中で断念しました。これまでに投じたおよそ3億7000万円の予算が水の泡となりました。
日本政府が毒ガス弾という戦前の「負の遺産」に正面から向き合わないことが、今日の事態につながったと、山内さんは考えています。
「日本がかつて戦争中に、こう遺棄した『負の遺産』に対して、きちっとした処理とか、対応していこうという姿勢が、はっきり言って欠けている結果じゃないですか。やっぱり、それはちゃんとやるべきですよ。やらなかったら、いつまでたっても、また似たような問題が起こってきますからね」(毒ガス島歴史研究所 山内正之事務局長)(5/19 19:23) |