酒巻 久著『椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!』
祥伝社、2005.8.5、1400円(税別)、
<高収益を生む企業体質の作り方>
【お勧め度】  ★★★★☆


 本書は、書店でタイトルと、著者がキヤノン電子の社長であることに惹かれて読
んみた。タイトルの意外性と、日本的経営のキヤノンの好業績の秘密がわかるので
はないかと思ったわけである。本の中で、著者も「椅子とパソコンをなくす」こと
は、皆さんに興味を引かれるが、改革はそれだけではないことを強調していた。
 
 本書を読んでみて、椅子にしろ、パソコン(で遊んでいる時間)にしろ、なくし
て、質の高いコミュニケーションを実現することの重要性は説得力のあるものであ
った。一読を勧めます。以下、私の気になった点(賛成している点ではないものも
あるが)列挙します。 
 
まえがき
・徹底した「会社の垢すり」を行えば、ほとんどすべての会社は黒字化するし、利
益はぐんと伸びる。「会社の垢すり」というのは、長い間に組織や社員に染みつい
てしまった、非効率な動き、ムダを徹底的にそぎ落とすことだ。

・私がキヤノンの子会社であるキヤノン電子で実践した「垢すり」のなかで効果的
だったのは、「椅子とパソコン(で遊んでいる時間)をなくしたこと」である。

・工場や工場の管理部門、会議などから椅子をなくしたことで、生産効率はあっと
いう間に当初の2倍になり、さらにいまでは8倍に近づきつつある。

・椅子をなくすことにより、フットワークが良くなり、その結果、社員同士のコミ
ュニケーションが密になったことが、生産性を押し上げた一番の要因である。コミ
ュニケーション不足は、実はムダを生む大きな原因の一つなのだ。

・社員がパソコンで遊んでいる無駄な時間を一掃し、パソコン使用のルールを明確
にしたことで、生産性の大幅な改善とともに情報漏洩対策などのセキュリティアッ
プにもつながった。

・驚くべきデータを一つ紹介すれば、実はどこの会社でも社員の多くは、パソコン
に向かっている時間のうち約4割は仕事をしていない。その間、何をしているかと
言えば、インターネットでニュースを見たり、ゲームをしたりして遊んでいるの
だ。

1章 赤字部署、赤字会社の建て直しを命じられたときには

――私がキヤノン電子を世界レベルの高収益企業にするためにまずしたこと
・黒字の部署や会社より、赤字のほうがずっと面白いし、やり甲斐があるのだ。し
かも、今度は、管理職や役員の立場ではなく、社長として自由に、好きなように腕
を揮うことができる。

・着任してから6年間、売上高はそれほど伸びていない。それでも利益率が大きく
伸びたのは、とことんムダを省いて、利益の出る仕組みをつくったからだ。その結
果、99年に比べて工場スペースが約7割も減ったほか、電気料、水道使用料、CO2
排出量についても、それぞれ5割前後の大幅削減に成功している。

・会社の究極の目標は「利益を出し、税金を払って社会に貢献する」ことであり、
それが首尾よく達成できるかは、ひとえに「人の動き」にかかっている。赤字の部
署や会社というのは、要するに人の動きが悪いのだ。

・指示は「明確」かつ「具体的」でなければならない。私がキヤノン電子へ赴任
し、最初に言ったのは、次の二つだけである。
(1)世界のトップレベルの高収益企業になろう
(2)そのためにすべてを半分にしよう
 (「TSS1/2」 TSS=Time Space & Saving)
 
・一見、実現不可能な目標も、数値化することによって、社員は結果や成果を大切
にする明確な「当事者意識」を持つことができ、目標に向かって自分の仕事を効率
よく進めることができるようになる。

・人間の知恵は無限である。目標を数値化し、知恵を働かせて行動することで、一
見、不可能に思えることも実現可能となるのだ。

・最初の一年は人事に手をつけず、人物観察と赤字の原因究明に徹することであ
る。組織の改革、立て直しにはスピードが求められるが、最初の一年は周りも目を
つぶって許してくれるし、待ってくれる。急がば回れで、勝負は二年目と心得るべ
きだ。

・人間観察で私が特に注意を払っているのは、「後ろ姿」である。人間は人に背中
を見せているときが、一番無防備で、その人の内面が表出しやすい。人は元気なと
きは肩を張って歩いているが、悩んでいるときなどは肩を落としてとぼとぼと歩い
たりするものだ。

・人間の善し悪しは何で判断すればいいか。これにはいろいろなモノサシがある
が、私が一番重視しているのは、「丸投げ体質かどうか」である。

・丸投げ体質の人が力を持つ会社は、だいたい赤字になる。丸投げ体質は非常に危
険であり、会社をダメにする最大の元凶の一つなのだ。

・一年じっくり人物観察を行い、丸投げ体質に象徴されるような、手をつけるべき
人物や課題が浮き彫りになったら、いよいよ人事異動を発令したり工場の閉鎖を発
表したりする。改革の反対派を抑えるためには、やるべきことがわかったら間髪入
れずに断行するのが肝要である。そうやってたまりにたまった組織の膿を一気に出
す。その場合の膿は、「上(役員、管理職)」から徹底的に搾り出す必要がある。
人事は上から手をつけないといけない。

・儲かっている会社かどうかは、規律の有無と密接に関係しているのだ。

・「大事は軽く、小事は重く」。小事こそ大事であり、疎かにしてはいけないの
だ。小さいことをキチンとできない人間に、大きなことができるはずはないのであ
る。

・前向き駐車の例もそうだが、同じミスを3回も繰り返すような学習効果がない人
間は、基本的にダメである。同じようなミスをするかどうかは、頭の善し悪しとは
何の関係もない。当事者意識と責任感さえあれば、普通は学習効果が働き、「二度
と同じヘマはしないように気をつけよう」と注意するし、努力もする。このため同
じようなミスは防げるはずなのだ。

・赤字をつくるのは古い人間である。古い人間とは新しいことを受け入れない人間
のことだ。だからキヤノン電子でもたまった膿を一掃するため上の人間から降格人
事に手をつけた。それを不満として辞めた人間もいるが、一般社員ではそうしたケ
ースはほとんどない。

2章 なぜ会社から「椅子」をなくしたのか

――仕事の効率を高める最もシンプルな方法
・2000年から会議の時間短縮と活性化をめざして、それまで椅子に座ってやってい
た会議を立ったまま行うようにした。いまでは課長代理から部課長級、役員会議に
至るまで、社内の会議はすべて立ちっぱなし。全員が「立ち会議」である。そのた
めにすべての会議室から椅子を撤去し、テーブルの脚には社員手製の約30センチの
「ゲタ」を履かせ、立って使うのに丁度いいような高さを1メートルほどにした。

・会議の効率化と創造性の発揮のために2つの仕掛けを施した。1つは「自分の意
思のない意見は厳禁」というルールをつくったことだ。具体的には、「?だろう」
「?だと思う」「?と担当者が言っています」などの表現を禁じた。

・もう一つの仕掛けは、自分の意見を促すために資料の持ち込みと配布を禁止した
ことだ。手元に資料があると、どうしてもそれを目で追い、ただ棒読みするだけに
なってしまう。そこで必要な資料は会議室に設置したスクリーンに投影し、それを
見ながら会議を進めるようにしている。大事なことは必要に応じて自分でメモを取
ればいいのである。

・何よりもいつまでも立ちっぱなしは嫌だから、意見も質問も活発になる。率直に
議論し合い、素早く結論を出す――。立ち会議にしたことで、俄然、集中力が高ま
ったのだ。その証拠に議事録を調べると、会議時間は大幅に短縮しているのに、発
言数は着席方式のときと変わらないか、むしろ増えていることがわかる。

・座り癖があると、椅子がないと会議ができないし、会議室を取る、という行為も
億劫だから、なかなか決まった会議以外は開かれることがない。これではミスのな
い素早い意思決定などできるはずもない。会社のいたるところに、ゲタ履きのテー
ブルとホワイトボードを置くだけで、社内のコミュニケーションはあっという間に
密になるのだ。

・トップがすべきは、改革の「目的」を明示することであり、それを実現するため
の「手段」は部下に考えさせないといけない。改革するときに手段まで命じてしま
うと、部下はそれ以外の改善策を考えなくなる。何より「上からやらされている」
と思ってしまい、主体的に取り組む意欲を持たなくなってしまう。社員の自主性を
喚起するには、改革のための手段は自分たちで考えさせる必要があるのだ。

・立つのは、あくまで生産効率の改善のためである。椅子をなくするのが目的では
ない。立ったほうが効率がいい部署だけ立てばいいのである。

・長時間立ち続けるには、背筋をピンと伸ばした正しい姿勢を取る必要がある。背
中を丸めるように立っていたら辛くてしょうがない。立っていて楽な姿勢は、イコ
ール正しい姿勢なのだ。そして人は無意識のうちに正しい姿勢を取ろうとする。そ
うすることで自然と骨格の歪みが修整され、積年の苦痛を取り去ってくれたのでは
ないかと思う。

・「どうしてそうなの?」「どうして、あれじゃなくてこれなの?」と何度も何度
も質問を繰り返し、相手が自分で気づくように導くのだ。人材の育成というのは教
えるというよりも、そうやって自分で気がつかせせるように導くのが基本であり、
鉄則なのである。

・上司たるもの、部下を上手に失敗させてやることも大事なことだ。上司の目配り
のきく範囲であれば、失敗してもたいていは軽症ですむ。そうした軽い痛みを味わ
うことで自分の間違いに気づかせるのである。

・《挨拶をしない→コミュニケーション不足→不良品の発生》という悪循環に陥る
のである。挨拶をするしないは、それだけ見れば、取るに足りないようなことのよ
うに思えるが、実は不良品の温床であり、組織を危うくする蟻の一穴のような存在
なのだ。

3章 「パソコン」は惰性の隠れ蓑
――パソコンとうまくつき合うにはルール作りが欠かせない
・キヤノン電子情報セキュリティ研究所のデータによれば、利益率が1?5パーセ
ント程度の会社ではパソコンの業務外利用が全社平均で3?4割に達している。つ
まり、全社員を平均すると、パソコンに向かっている時間の3?4割は仕事をしな
いで遊んでいるのである。

・「Sep」の履歴機能はパソコンの操作履歴をすべて記録するもので、その効果と
しては、(1)業務改善、(2)不正防止、の2つが期待できる。具体的には、すべての
ファイルに対するアクセス状況、メール操作の状況、アプリケーションの稼働状
況、ネットの閲覧状況を記録することで、ムダなパソコン使用を炙り出すととも
に、社員の不正を心理的に抑止するのである。

・「Sep」というソフトは、言うまでもなく市販用だが、もともとはキヤノン電子
の社員の勤務実態を把握するために作ったものだ。

・そもそもメールで来るような用件は、もともとたいしたものではない。ほんとう
に大事な用件であれば、必ず電話がかかってくるし、それこそ緊急であれば、メー
ルの返事を待たずに先方から朝イチで会社まですっ飛んでくるはずだ。「メールが
来たら即レスしなきゃ」などとバカなことは考えなくていいのである。

・設計者の生産性は、キーボードのタイプ数とバグの関係を調べることでおおよそ
の把握が可能なことを知った。そして、このとき作ったソフトこそ、後の「Sep」
の原型になったのである。

・パソコンの使い方一つで「怠惰の隠れ蓑」になる――。そのことを熟知していた
私は、キヤノン電子の社長に就任してすぐに、すべての社員のパソコンの操作履歴
を時系列にとって分析してみたが、案の定、業務外利用がボロボロ出てきた。わけ
ても衝撃的であったのは、「キヤノン電子で一番優秀」と評判の女性が、実に勤務
時間の9割をパソコンで遊んでいたのが発覚したことだった。

・優秀な女性が遊んでいる会社は、利益率が1パーセントを切るような儲かってい
ない会社が多い。それはつまり、優秀な女性を使いこなせないような無能な管理職
しかいない証拠なのだ。人材をムダに飼い殺しにするような会社に、儲かる経営な
どできるはずがないのである。

・部下が遊んでいるかどうかは上司の管理能力次第である。したがってパソコンの
操作履歴で職制の高い人間の働きぶりを調べれば、そこの部署が遊んでいるかどう
かは、すぐに見当がつく。上司が遊んでいる部署は、部下も必ず遊んでいる。

・パソコンの操作履歴のチェックは、監視が目的ではない。社員の怠け癖を排除
し、やるべき仕事に集中してもらい、生産性を上げ、利益率の高い会社にするのが
目的である。

・俗に犯罪者の9割は無職と言われる。将来に希望が持てないから悪事に手を染め
るのだ。これは会社でも同じで、情報漏洩などの社内犯罪に関係するのは、そのほ
とんどが将来に希望を持てない“社内失業者”である。具体的には、処遇などの不
満から会社を辞めたがっている人間などである。

・人心の荒廃は犯罪の温床である。こうした不満分子にはパソコンを持たせてはい
けないし、重要な情報にも触れさせないことである。ただし一番のセキュリティ対
策は、実は「愛社精神」なのだ。社員の仕事内容を正確に把握して、働いた分をき
ちんと評価する。そうすれば、社員は一生懸命会社のために働くようになり、悪さ
をしよいうなどとは考えなくなる。能力にふさわしい仕事を与えられれば、それこ
そ悪事を考える暇もないだろう。

・情報漏洩は、内部犯行がその大半を占める。その意味では社内失業者をなくし、
不満分子を育てないことが何よりのセキュリティ対策なのである。

・言葉は悪いが、いまの若い設計者には「設計バカ」が多い。自分の得意とする専
門技術には秀でているが、それ以外のことはからきしダメというスペシャリスト型
の人間が目につく。よく「ゼネラリストよりスペシャリストをめざせ」と言うが、
こと設計に限って言えば、それは逆である。スペシャリストではなくゼネラリスト
をめざさないといけない。設計というのは“全人格の投影”であり、幅広い教養が
ないといい設計はできない。

・パソコンは鉛筆と同じで、たんなる道具にすぎない。その力を100パーセント活
用するには、使う側がクリエイティブになる必要がある。幅広い教養を身につけ、
創造的に使いこなすことで、初めてそのパワーを全開にして引き出すことができる
のだ。

・最近は「ナレッジマネジメント」などと言って、そうしたノウハウをデジタル情
報としてデータベース化する企業もあるが、そのデータベースを有効に活用できる
人は少ない。それより口伝と紙で残すほうが、はるかに伝承性は高い。

・そもそもメールというものは、自分の伝えたいことのせいぜい10パーセント程度
しか伝えられない。対面していれば、声のトーンや顔の表情、身振り手振りなどで
言葉以上の情報を伝達できるが、メールではそうした情報はいっさい“添付不
能”である。

・「話があるなら電話を使いなさい。近くにいるなら直接会って話しなさい。そう
やって対人コミュニケーションの回数を増やして、意思の疎通をはかって下さ
い」。そして、ムダメールの象徴である「同じフロアでのメールのやり取り」(=
ワンフロア・メール)を禁止した。

・このワンフロア・メールの禁止に違反した場合は降格のペナルティが待ってい
る。アホメールを一掃するには、ルールと罰則を作るに限る。それがメールバカに
つける一番の薬である。

4章 今日から始められる「会社の垢すり」教えます

――溜まった垢を落とすだけで、ほとんどすべての企業は黒字化する
5章 社員の「自主性」を育てる仕組みづくり
――社員のやる気を最大限に引き出すことが、会社を最も強くする
6章 リーダーに求められる資質
――会社を伸ばす上司、潰す上司