傷ついた翼
僕はあの街から逃げ出した・・・・・そう、逃げ出したんだ。
でも、そのことを後悔していないし、恥じてもいない。
全てが終わった後、僕達はあの街を去った。生き残ったある人は僕達にこう言った。
「また逃げ出すの?逃げてるかぎり何も産まれないわよ」
その時僕はこう答えた。冷静に確信を持って。
「そうさ、逃げるんだよ。それのどこがいけないの?」
その時僕達はもう人の都合で傷つけられるのはまっぴらだと感じていた。
たぶん恐れていたのではないと思う・・・・嫌悪していたのだ。
なにもかもに嫌気が差していた。だからあの街を去った、疲れはてて。
行き先はどこでも良かった。
あの街に居る限り僕達は飛び続けることを強制される。いや、されなくても強制
された日々を思い出させられる。例え飛べたとしても僕達の翼は傷ついていたんだ。
翼を休ませる場所が欲しかったんだ。あの街にはそれはなかった。
「シンジ!」
よく聞き慣れた高い声に顔をあげると目の前にリンゴが迫っていた。僕は慌てて
鉛筆を持っていない方の手でそれを掴んだ。
「ナイスキャッチ」
見ればアスカが袋一杯のリンゴを抱えて笑っていた。
「どう、良い曲書けた?私達の明日が掛かってるんだから気合い入れなさいよ・・
・・・・無理しない程度で」
軽く笑い返してからリンゴを一口かじった。・・・・・少し酸っぱいや。
惣流・アスカ・ラングレー・・・・僕と同じく、いや僕よりもずっと飛び続ける
ことを要求され、翼を折られてしまった彼女は今でも僕と一緒にいる。
あの街を去る日、僕の側にはアスカが居た。僕と同じくあの街に、生活に、人々
に嫌気が差した彼女。生き残った人の中でそんな心を理解してくれる存在はお互い
以外、他にいなかったから。お互いに必要としあった。
それは、共感、同情、依存、甘え、なれ合いに過ぎない、これから先ずっと居る
つもりなら、そのままでは破局すると心配めかして忠告する人も居たな・・・・。
確かに僕達の間にそれはあった。だが、その人達は何故その感情と人を好きになる
と言う感情が同居するとは思わないのだろう。
僕はアスカが好きだ。これは今僕が抱えているほとんど唯一と言っても良いものだ。
僕達は今この街で生きている。でも、生きようとはしていないのかもしれない。
毎日バイトをして生活費を稼ぎ、アスカの歌に合わせて曲を弾き、新しい歌を考え
・・・惰性だな。惰性で毎日が流れている。
この街に流れ着いたときはそれでも良いと思った。何かをしようと積極的に動く
ことに疲れていたから。アスカがバンドを組んで歌を歌いたいと言ったとき、この
状況が変わるかと思った。でも、変わらない。
当然か、あの時集めた他のバンドのメンバーも、僕達と同じく惰性の毎日を送っ
ているような奴等か、夢が適わないとすぐに辞めていく様な奴等ばかりだったから。
一人辞め二人辞め、残ったのは僕とアスカだけ。アスカが歌い、僕がその後ろで曲
を弾く二人だけのバンド。ごくたまに知り合いの所で歌わせてもらえるだけの名前
も知られていないバンド。
その惰性の毎日に起きた変化、それがあの光だ。
「ちょっとシンジ、あれ何?」
アスカの声に窓を向くと奇妙な物があった。球体の光・・・・・そうとしか表現
できない。僕達はしばらく惚けたようにそれを見ていた。変な表現だが見つめ合っ
ていたようにさえ思えた。
すると突如その光の玉にいくつもの黒点が浮かんだ。規則性などまるで無い黒点
を付けた球体は急に動き出し、窓から身を乗り出して眺める僕達の視界から遠ざか
っていった。
次の日、近所の人達はその話を一笑した。誰もがそんな物見ていない、夢だろう
と言う。
「あれは絶対夢なんかじゃないわ、ねえシンジ」
無論だ、僕達は確かにあれを見た。・・・・ただ・・・・何故こんなにムキにな
っているんだろう?普段の僕達なら「まあ、いいか、どっちでも」と言って終わら
せているのに。
数日後、再び僕達はそれを見た。今度はそう速くもないスピードで動き出した。
「行くわよシンジ!」
アスカの叫びと同時に僕は鞄を掴むと扉を開いた。この日が来るのを予想してい
たんだと思う。身の回りの主だった物は全てその鞄に詰め込まれていた。
アスカは玄関先で、酔っぱらってるおじさんの頭に持っていたリンゴを乗せると
クスッと小さく笑ってから駆けだした。彼女なりのこの家への別れの挨拶だったの
かもしれない。疲れた翼を休ませてくれていたこの家への。
それから数カ月僕達は各地をさまよった。昼に夜に偶に見える球体の後を追って
走り、ヒッチハイクをし、歩き、貨物列車に便乗し、・・・・・何故か一度も見失
うことはなかった。まるで待っていてくれるようだった。
ふと、何故こんな事をしているのだろうと思わないでもなかったが、その考えは
すぐに消えた。だって楽しかったから。そう、ひたすら楽しかった。アスカと二人
で夢中になって光を追いかけるのが。見知らぬ土地を二人で駆けめぐるのが。お互
いの絆がより一層太くなるような気持ちだった。
ある雨の日、傘もなく、雨宿りをする場所もなかった僕達は二人して電話ボック
スに駆け込んだ。狭いボックス内で身を寄せ会った僕達はいつのまにか自然と抱き
合っていた。理屈じゃない・・・言葉じゃ今の気持ちを表せない・・・・過去を共
有していたからじゃなく、今感じている純粋な気持ち・・・愛している、心から愛
している。雨に止んで欲しくなかった。
僕達の旅にも終わりが近づいたようだ。昨日から光の位置が変わっていない。あ
そこに何があるのか分からないが、あの光が僕達をあそこに誘いたかったのは間違
いないだろう。
だだっ広い野原の真ん中にある山、死火山なのか頂上には噴火口の後も見える。
そしてその日の夜僕達はそこにたどり着いた。光は僕達の到着を待って居たかのよ
うに、表面に最初に会ったときに見た黒点を浮かべると噴火口に落ちていった。ほ
とんど間を置かず、そこから様々な光が湧き出てくる。溢れんばかりの光やカクテ
ルライト、ネオンサインのような光や闇夜に浮かぶ人家の光・・・僕達は手をしっ
かりと握り合ったままその光の渦に身を泳がせていた。
・・・・・・目が覚めた。そこは何もない草原、横には手を繋いだままのアスカ
が居る。しばらくその横顔を見ていると彼女も目をさましたようだ。
身を起こした僕達はしばらく黙って見つめ合った。
「・・・・・・・・・・・で?」
「ん?」
「だから・・・・・・あれで終わりなわけ?」
「んん・・・・・・たぶん・・・」
空を見上げてみても、あの球体はどこにも見あたらない。
「私達、何もかも捨ててあれを追っていたのよね」
「うん、多分もうバイトもクビになってるだろうし」
「家賃払ってないからあのぼろアパートからも追い出されてるわ、きっと」
「少ない蓄えもすっかり使い果たしちゃったし」
「ライブの約束全部すっぽかしたから二度とどこでも使ってもらえないでしょうし
・・・」
「それで」
「手に入れた物って」
「「昨日の光の渦だけ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・っぷ」
「・・・・・・・・・・・・・ははは」
僕達は同時に吹き出して大笑いをした。まったく何をしていたんだろう、他の人
から見たらとんでもない間抜けだろうな。あの光を追ったら何かがあるって訳じゃ
なかったのに。でも・・・・
「でも・・・・・楽しかったよね」
「うん、本当に楽しかった。久しぶりに本当に」
そう・・・それで十分だよね。
僕は立ち上がり草を払ってからアスカに手を差し伸べた。
「そろそろ行こうか?」
「どこに?」
「とりあえずどこかの街かな。どこだって良いじゃないか、どうせ何もかも無くし
たんだから」
「そうね」
アスカは僕の手を掴んで立ち上がるとまぶしいぐらいの笑顔で言った。
「でも、何もかもなくした訳じゃ無いわよ。そりゃいろんな物を捨てたかもしれな
いけど、今度は私達の意志でやったんだし・・・・それに、変わりに大切な物を
取り戻せたし、かけがえのない物はしっかりと手元に残ってるわ」
「何?大切な物って」
「ふふ・・・・「情熱」って奴よ」
「じゃあ、掛け替えのない物は?」
「ナ・イ・ショ!・・・・行こう、シンジ」
アスカは急に駆けだした。
・・・・・・情熱か・・・・確かにね。今の僕達はただ生きてるだけじゃない、
生きていこうと何かしようと言う気持ちで溢れている。何かすることを楽しめてる。
惰性で仕方なく生きてるんじゃない!
あの光がなんだったか分からないけどそんなことはどうでも良い、おかげで僕達
の傷ついた翼が癒え、再び飛ぶことが出来るようになっていたと知ることが出来た
んだから。
僕はアスカに手を引かれながら、一つの曲を頭で組み立てていた。うん、いける。
情熱を取り戻した今のアスカが歌ったらきっといい線行くに違いない。多分これか
らは惰性なんて必要ない日々が始まってくれる。
でも、一つだけ気になるな。アスカの手元に残っている掛け替えのない物って何
だろう?・・・・・喋らない気なら僕のだって言うもんか!僕にだって取り戻した
物と捕まえたまま絶対放したく無い物があることを。取り戻した物はアスカと同じ
で「情熱」だけど・・・もう一つは内緒にしてやる。
アスカの手を握り返して僕も並んで駆けだした。
癒えた翼を広げ。
こんにちは、メリーさんです。
このSSの元になったのは、TW●−M●Xの某CDアルバムについていたおまけのアニメーション。それのイメージで書いてみました。
私が書いた短編の中では一番のお気に入りです。アニメーションとエヴァの感覚をそれなりにまとめられたという気持ちでしたから(^^)。
新作を書かない私の30000HIT記念と言うことで(爆)。
それではまた。
CQF00436 メリーさん