生きること
「あんたまだ生きてるんでしょ!しっかり生きて、それから死になさい!」
ミサトの言葉にシンジはわずかに反応した。
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シンジの目の前で弐号機に量産機の槍が突き刺さった。
「アスカ・・・・アスカ、アスカァーーーーーー!」
「落ち着いてシンジ君、今はどうしようもないわ。今は生き残ること・・・・
敵を倒すことだけを考えなさい」
ミサトの言葉にシンジから表情が消えた。
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全てが終わった。エヴァシリーズは沈黙し、ネルフ内の敵もほぼ撤退した。これ
からどのようになるかは分からないが、少なくても今命のある者は生き延びたのは
確かの用だ。
基地内に戻ってきて、エヴァから降りたシンジをミサトが出迎えた。
「お帰りなさい、シンジ君。本当によくやったわ。あなたのおかげで多くの人の命
が救われたのよ。・・・・アスカのことは残念だけど・・・・」
話しかけるミサトに視線も向けず、シンジは何かを探すように辺りを見回してい
たが、やがて少し離れたところに転がっていた死体に近づいていった。死体の側に
膝をついたままで、シンジは背中越しにミサトに話しかけた。
「ミサトさん・・・・・僕はしっかり生きましたよね、ミサトさんの望んだように」
「え、・・・・ええ、そうね・・・・」
まるで抑揚のない冷め切ったシンジの声にミサトは戸惑いながらも言葉を返した。
「じゃ、もう死んでも良いですよね」
「!?・・・・・シンジ君!」
「ミサトさんが言ったんじゃないですか、しっかり生きてから死ねって。しっかり
生きたから・・・・死んでも良いでしょ」
「何バカなこと・・・・・・・!」
ゆっくりと立ち上がったシンジの手には血に染まった拳銃が握られていた。
「この街に来て・・・・・・ネルフに来てからの僕、いや僕達は自由に生きること
さえ許してもらえなかった・・・・・アスカも苦しむだけ苦しんで死んでいった
・・・・だけど、最後の最後に僕は自由に死ぬ権利だけは与えてもらえた。その
ことだけには感謝します」
「落ち着きなさい、シンジ君!」
「ミサトさん、出来るだけ長生きして下さいね。アスカや僕をずたずたにしてまで
長らえようとして、守りきった大切な命なんですから」
シンジの口から出たとも思えない辛らつな皮肉、嘲りに近い表情。思わず動きの
凍ったミサトの目の前でシンジの腕がゆっくり上がった。
駆け寄る暇もなかった。シンジはこめかみに銃口を当てたかと思うと、いささか
の躊躇いもなく引き金を引いた。
何かがはじける音と共にシンジの体が跳ね、ミサトの視界は血の色に染まった。
「・・・い・・・・・・いやぁーーーーーーーー」
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自分の声に弾かれたようにミサトは汗だらけの体を起こした。寝ぼけ眼で周りを
確認し、顔に苦渋の色を満ちさせる。彼女はこわばった表情のまま枕元のグラス
を掴み、ぬるくなったウイスキーを一気に煽った。
「また・・・・あの夢か・・・・・・」
震える手で灰皿を引き寄せ煙草に火を付けると2、3回煙を吸い込んだ後すぐに
押しつぶしてしまった。
あの日以来ミサトはただの一夜も安眠をむさぼったことはない。浅い眠りにつく
とすぐにシンジとの別れの場面の夢を見、目を覚ましてしまうのだ。酒、煙草、薬
・・・・悪夢を紛らわせようとあらゆる物に手を出した。それでも夢を見なかった
夜はない。
単に数字だけを言うならシンジの死はあの日起きた死の何千分の一に過ぎない。
ミサト自ら手に掛けた者もいる。・・・・・・・・・だがミサトにとってシンジの
死は特別な物として脳に焼き付いてしまっている。ミサト自身の言動により追いつ
め、死に追いやった者として。
多すぎる酒量、始終くわえている煙草、不定期に大量に取る睡眠薬、加えて慢性
の寝不足と継続的な精神の不安定。ミサト自身自分の体がボロボロになっていくの
が分かっていた。だが、そうと分かっていてもどうしようもなかった。今のミサト
にとって生きて行くには現状を維持するのが精一杯だったのだ。
「・・・・・・・・死にたくない・・・・・まだ死にたくない・・・・生きなくて
も良いから死にたくない・・・・」
ミサトはシンジに、生きていくことを選択することはそれだけで意味があると言
った。だが、今のミサトは生きることを選択していない、死ぬことを恐れ、それを
回避する手段が生しかなかったので生きてるだけなのだ。もし、生と死以外にも選
択肢があればそれを選んでいただろう。
ミサトがこうまで死を恐れるわけ、それは死後の世界があるかもしれないと言う
こと、そこでシンジ達と顔を合わせるかもしれないと言うこと。他人から見れば、
ばかばかしいかもしれないが彼女は真剣にそれを恐れていた。生きることを選択し
ないながらも死を選べないほどに。
今彼女が望んでいることは二つしかない。一つは子供達が天国に行っていること
・・・・そうならば地獄に行くだろう自分とは会わなくて済む。もう一つは・・・
死ぬまでに一度で良いから、もう一度心地よい眠りを味わいたいということ。
ミサトは大瓶に入っていた睡眠薬を無造作に数錠噛み砕き、ウイスキーでそれを
流し込んでからもう一度ベットに体を横たえた。
・・・・・・そして彼女は今夜も悪夢を見る。
ども、皆様。メリーさんです。
一応1500HIT記念にと昔ニフティにあげたSSをアップしました。
私が書いたのにしては珍しくダーク、ほとんど唯一かもしれません。
EOEでミサトは随分立派なことを言っていたけど、彼女はシンジやアスカに
対しては加害者だと思うんだけど・・・という心理状態で書いたものです。
1500記念のネタがなかったので急ぎ上げてみましたが、やっぱLAS
の方がいいですよね?次に上げるのはそうします。
それでは次もよろしく。