使徒と言う名の未知の生体兵器。
それに対抗すべく開発された人類の切札エヴァンゲリオン。
その戦いは壮絶を極めた。
その戦いに終止符を打ったアスカとシンジだったが、それは同時に彼らの母の心の失うという結果を招いた。
初号機及び弐号機は本来の機能を停止。彼らもまたチルドレンとしての資格を失うのだった。
そんな中ネルフは新たなる決断を迫られる事となる
「爪痕〜終わりの先にあるもの(前編)」
フォースチルドレン、鈴原トウジ。
ただ一度の搭乗経験しか無い彼も、未だにネルフに所属している。
その恩恵により最新の医療技術の粋を凝らした治療を受けることができ、彼の身体は以前と変わらぬぐらい
に回復していた。もとより、派手な惨劇に見えた割には、トウジが負った傷はそう大きなものではなかった。
不幸が渦巻いていた戦いの中での、数少ない幸運であった。
特別許可がおり、見舞いに来ることができたヒカリも、元気になったトウジを見て喜んでいた。だが、
「委員長の義務」だと信じ込んでいるトウジと、それを否定しないヒカリの関係は何の変化もなく、ミサト
との交渉に骨を折ったアスカにため息をつかせた。
トウジの退院も間近となった日。その日もヒカリは病院を訪れ、検査を受けるトウジを温かく見守っていた。
「どう?鈴原くん足の調子は」
「はい、もう前と変わらんぐらいです。それにしても、すごい治療技術ですな、普通の病院やったら、治療費
もごっつかったやろうし。ワシ、ネルフに入ってなぁーんもしてへんけど、ええんかいな」
「あなたの怪我は私達のせいなんだから。当然の事をしたまでよ」
「それもそうですな。そやけど、正直ネルフがここまで面倒見のええとこやとは、思ってもいませんでしたわ」
担当の女医との会話に和むトウジだったが、彼はネルフという組織の事を知らな過ぎた。彼らは自分にとっ
て利益の無い事に対して、決して行動を起こさない。負傷者に対して責任を取るなど、人道的な行動を取るは
ずもないのだ。
当然、その日ミサトが訪れたのも、純粋な見舞ではありえ無かった。
「久しぶりね、鈴原くん。元気そうじゃない。ちょっといいかしら」
「おお、ミサトさんやないですか。どうぞ、どうぞ」
「洞木さん。悪いけど今日はもう、ここまでにしてもらえる?」
見舞いに来ていたヒカリは一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに荷物をまとめだした。本来ならヒカリには
ここに入る事さえ出来ないはずなのだ。アスカ達の口ぞえもあり、ごくたまにいれてもらえているだけ。
このような状況では、ミサトの言う事に従うしかなかった。
挨拶をして出て行くヒカリ。軽く返事を返したトウジに、ミサトはある者にとっては邪悪とも言える笑顔を
見せた。
「鈴原くーーん、ひょっとして御邪魔だったかな〜?」
勤務中につきアルコールが入っている訳でもないミサトだが、しらふでもこのノリは変わらぬようだ。
だが、トウジの反応はミサトの期待を裏切るものだった。
「変な誤解せんといて下さい。委員長は役目できとるだけなんですわ。まったく、わざわざ来てくれるんは
ありがたいんやけど、ああいつも細かい事ばっかぐちゃぐちゃいう女子、ワシはすかんわ。
今日かって見て下さい、授業のノート持って来て、勉強しとけいうんですよ。入院中ぐらい勉強の事忘れ
させろや。やっぱりミサトさんみたいに、おおらかな美人がワシの好みやなあ」
これが顔を赤らめながらの台詞なら、「おおっと、シンちゃん達に負けず劣らずの、奥手と意地張りの純情
ラブラブカップルかぁ?」となるのだか、ヒカリの事を語る時は心底うんざりしたような口調で、ミサトの事
を語る時はだらしなく間延びした顔で、となればからかう余地もない。
アスカからある程度ヒカリの事を聞いていたミサトは、気の毒に思いつつも本題に取り掛かる事にした。
「ねえ、鈴原くんお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」
擦りよりながら甘い声を出すミサト。無論このことが14歳の健全な男の子に与える影響については計算
済みだ。
「な、なんですかミサトさん、何でも言うて下さい。この鈴原トウジ!ミサトさんの為やったら、たとえ火の
中、水の中」
計算通りすっかりのり気になったトウジに、ミサトは少し鎮痛な面持ちで告げた。
「もう一度乗って欲しいのよ・・・エヴァに」
そのミサトの依頼はトウジを絶句させた。だが、間髪を入れず、ミサトは顔を近づけながら、真剣な口調で
諭した。
「あなたがこの話に戸惑うのは無理ないわ。でも、私達には、ううん、この第三新東京市のみんな、ひいては
日本中、世界中の人達にとってあなたの力が必要なの。今であなただけが世界を救える力を持っているの」
「そない大げさな。使徒はもうこんのでしょ」
「ええ、使徒はね。でも使徒をかなり弱くした様なのが出るの。言ってみれば使徒もどきね。極微弱ながら
ATフィールドもある。エヴァなら片手でひねりつぶせる程度の弱さだけど、ATフィールドである以上、
通常兵器は通じない。だからエヴァのパイロットが、あなたが必要なの」
ミサトの言葉を変えながらの繰り返しの説得に、トウジはもう一度パイロットになることを承諾して
しまった。
理由はいくつかある。
ミサトの魅力の前に判断が甘くなったこと。
もし危険な目にあったら、その時点でやめても良いという保証までもらい、絶対の安全性を誓約されたこと。
そしてなにより、自分が絶対に必要な存在であり、他の誰にも代わりのできない選ばれた特別な存在だと、
繰り返し、真摯にささやかれたこと。
トウジは今まで、良くも悪くも普通でしかなかった。無論他人とは違う個性はある。だがそれは全て普通の
人間としてのレベルであった。母は居ないが家族は存在する。勉学スポーツ共に際だった存在でもない。
彼にも優秀な者に対して羨望の眼差しを注いだことはあった。だが、トウジは自分にはその立場に至るだけ
の能力はないことを自覚していたので、ごく自然とそうなることをあきらめた。そこに至ろうと努力すること
無しに。そして無意識にそこにいる者を嫌悪していた。
これは決して珍しいことではない。というよりも、残念なことに、ほとんどの人間が持っている物だろう。
そして今、彼は選ばれた存在となった。彼自身が何かをした結果得られた物ではないが、憧れの人に自分が
必要とされ、懇願されることは、正直心地よかった。
トウジ自身は決して認めようとしないだろうが、このささやきが彼にパイロットになることを選ばせた。
そしてその選択は彼の運命を大きく変えることになる。
数日後、トウジの退院許可が下りた日、黒のプラグスーツに身を包んだトウジは、ミサトと共にエヴァの
ゲージに向かい歩いていた。
「で、その使徒もどきって言うのは、よう出るんですか?」
「まだ数件、小型の物だけよ。でもいつまでもそうとは限らないし準備はしておかないとね」
ここ数週間、第三新東京市では微弱で極小さな使徒の反応が、数件認められていた。
関係者一同は、そのことに驚愕しながらも、その微弱な反応をたどり、工作部員に調査をさせた。そこで
彼らが見た物は、ケルベロスを思わせるほど異様な姿をした、野良犬らしき物体であった。
本部指令により工作部員は即座に目標に向け発砲。だがそれは、ATフィールドと思われる障壁で銃撃を防い
だ後、逃走した。
そういった事件が何度か起きた後、ネルフはそれらの生物を暫定的に使徒と認識した。
「そやけど、使徒は全部倒したって言ってませんでした?」
「そのはずだったんだけどね」
誰もが新しい使徒の出現かと身構えた。しかし、新たな使徒の可能性は司令の一言で否定された。無論、
否定の根拠に関する説明は何もない。故に、誰も彼が何かを知っているのか、それを判断することさえでき
なかった。
だが、司令直々の指令となれば、それに反する行動はとれない。そこでリツコ達技術部が、ほかの可能性を
模索し、各データの徹底した照合解析を行った。そして数日後、今回の使徒は全てアルミサエルの一部と結論
付けた。
「それって、アレですやろ。綾波が町をめちゃくちゃにしてしもうたときの。それがなんで、また出てきた
なんてことになるんですか」
「鈴原君、群体ってしってる?」
「ああ、あの兵隊さんが武器持って集まっておる」
「複数の使徒が集まり一つの物を形取ってる、あの使徒はそういう使徒だったらしいの。そのうちの一つが
野良犬なんかを補食して力を付けている。そんなところね」
トウジの言葉をきっちり無視したミサトの説明によると、戦いにおいて残された使徒の残骸は、研究資料と
しての必要性、そして使徒の生命力を警戒し、万が一に備えての対策のため、ネルフが回収を行っていた。
だが、零号機自爆により、エヴァのみならず町や施設、人員にまでも膨大な被害が出たあの時以降、それを
行うだけの余裕はなかった。
「考えてみたらあの時はいろいろあって、使徒の活動停止もコアの破壊も確認してなかったもんね。吹っ飛ん
だからやっつけただろうと思っていたの」
「はあ、綾波の奴も面倒な事してくれたもんですなぁ」
トウジの頭はこれまでのこと、これからのことなどを思い、珍しく忙しく働いていた。
(・・・軽々しゅうOKするんやなかったかな)
「ついたわ、ここよ。今日からこれが貴方の愛機になる、エヴァンゲリオン初号機!頼むわよ鈴原君」
そびえ立つ紫の巨人。一度はそれにより怪我を負わされたトウジとしては、軽い戦慄を感じていた。
だがそれも一瞬。その時急に降ってわいた全身にかかる重みと、背中に感じる柔らかい感触に、彼の全神経
は奪われた。
「もーー、そんなに堅くならないの、鈴原君。言ったでしょ、今回から安全は保障付きなんだから。家族の
ためにもがんばらなくっちゃね、おっとこの子なんだかぁ。ほら、リラックス、リラックス」
豊満な胸を押しつけながらささやくミサトにより、トウジの頭はややこしいことを考えることを放棄した。
だらしなく顔を崩した彼の頭には、もう不安はかけらも存在しなかった。
翌日学校で、トウジの退院とエヴァパイロット復帰は、ケンスケニュースのトップ項目として全校に流れた。
トウジ退院だけならば、せいぜいクラスメートの話題が関の山だが、新たなパイロットの選出はようやく
疎開先から帰ってきた子供達にとって、無関心ではいられなかった
大勢の人達から注目され、周りに人垣ができた経験など無いトウジは、すっかり舞い上がってしまった。
聞かれるままに、パイロットに選ばれた経緯や新たに見つかった使徒のことなどを話していた。
「けどよぉ、なんで碇達がいるのに鈴原がエヴァのパイロットやるんだ?碇達の方が経験あるんだし、
わざわざお前を新しくスカウトしなくても」
「それが違うんやなぁ、シンジと惣流はほんまの意味での適格者やなかったんや。今あるエヴァは前のとは
違うから、あいつらやったら動かせへん。つまり、今役に立つのはワシと綾波だけなんや。ま、詳しいこと
は機密ちゅーやつやけどな」
得意満面で語り続けるトウジ。他の者達は機密と言われればそれ以上突っ込んで聞くわけに行かなかったが、
シンジとアスカがエヴァから降り、代わりにトウジが選ばれたことだけは理解できた。
そんなトウジをシンジ達は心配、羨望、侮蔑など、それぞれの表情で眺めていた。
「ねえ、アスカ。鈴原大丈夫かなぁ?エヴァのパイロットなんて危険なんでしょ。やっとアスカ達が戦わなく
て済むようになったって言うのに、今度は鈴原だなんて・・・」
「心配ないわよ、今度の敵って弱っちいんだから。それより良いのヒカリ?あいつの手綱引き締めなくて。
あれ見てみなさい。浮かれちゃって、ばっかみたい」
「惣流だって威張ってだろ。エヴァのパイロットになったんだ、浮かれて当然じゃないか。いいよなぁ、
トウジの奴。ところで何でシンジ達はエヴァから降りたんだ?なぁ、俺にだけ教えてくれよ。親友だろ?」
自分の欲望に正直なケンスケの言葉にシンジは苦笑を漏らしたが、何も答えなかった。機密と言うことも
あるが、もう振り返りたくない事柄だったからだ。
エヴァとシンクロできる素質がチルドレンの条件ならば、シンジとアスカはそれに当てはまらない存在
だった。二人にその素質はなかったのだから。
二人が出来たのは自分の母親の心とのシンクロだけ。互換テストの際のシンクロも初号機からのアシストが
加えられていた結果に過ぎない。
母達の心がエヴァから失われた今、二人のシンクロ率は0になっていた。今の初号機と弐号機は、他の
エヴァに使われていた疑似人格システムを積んだ、普通のエヴァに過ぎない。使徒との戦いで見せたあの
圧倒的なまでの力も、おそらく失われただろう。
母の心とこの町にいる理由、この二つを失い、空虚な物が心を締めていた二人にとって、これまで通り面倒
を見てくれると言うミサトの申し出はありがたかった。
二人ともこれからの事を考えるだけの余力や、願望を実現させることのできる力はなかったので、この申し
出がなければ、どのような今日を迎えていたか分からない。今再び活力を取り戻すことが出来たのもミサトの
おかげと内心感謝していた。
最近やや余裕の出来たシンジは、ミサトと比較して、自分と同じ喪失感を味わったはずの男の事を、苦々
しい想いと共に、たまに考えるようになった。
碇ゲンドウ。シンジの実の父にして失われた碇ユイの夫。
ゲンドウは最後の戦いからしばらくの間は、抜け殻のようだった。彼にとって戦いの真の意味だったもの
が、消え去ったのだから。だがゲンドウは、急場凌ぎかもしれないが、新たな心の拠り所を見つけた。
その対象となった者はユイの心を受け継ぐ娘。
全てを精算した後にさえ、ユイと関係する者を求める辺りが、ゲンドウという男の限界なのかもしれない。
その日からゲンドウは、一人の子煩悩な父親となった。レイの望むことならば、どんなことでもかなえて
やると言う姿勢を露骨に表している。レイの住居もゲンドウの宿舎に移り、2人で暮らしている。
以前アスカがレイはゲンドウにひいきにされていると言ったとき、レイは否定した。だが、もし今同じ事を
言われたとしたら、今度は否定できないだろう。
この突然の行動に多くの人はまず戸惑い、次に微笑み、最後に顔をしかめた。
ゲンドウの意外な一面、それによって居場所を得たレイ、このことはまず好意の目で見られていた。だが、
シンジの存在を思い出したとき、それは崩れ去る。
ゲンドウが父として生き始めるにあたって、彼はレイのことしか見てなかった。血を分けた実の息子を
共に過ごす存在として、考慮さえしなかった。
シンジがその事実を知ったとき、ショックを受けたが、それ以上に心の中の何かが急速に冷めていくのを
感じた。その瞬間、シンジにとってもゲンドウは父でなく、ただの一人の男となった。
使徒との戦いの日々の中で、シンジは父を求めていた。心のどこかでゲンドウを信じたかった。故に、
ゲンドウの拒絶はシンジの心を蝕んだ。
だが、今は違う。自分がゲンドウの瞳に、道具以上の存在として映っていないとはっきりと意識した以上、
精神的に二人は他人となった。他人のすることならば、必要以上に傷つくことはない。
それはそれで良かったのかもしれない。二人の間に修復不能な亀裂が存在する以上、無理に近づこうとして、
亀裂に落ち込むことはない。二人が他人になることで、初めてシンジは心の平安を得られたのかもしれない。
それでも、一応血のつながりのないレイを無条件に可愛がり、ゲンドウにも子供に対する愛が存在する事を
見せられると、誰もが心の中にやりきれないものを覚えていた。
「ええか、お前ら。今この街を守れるんはワシと綾波の二人しかおらん。世界中で二人だけや。つまりワシら
二人だけがホンマに選ばれた人間なんや。惣流みたいな似非エリートは訳が違うんやで」
「お、おい、鈴原。そりゃ言い過ぎだぜ。惣流に聞かれたらどうなるか・・・」
「かまうかい。ワシは嘘言ってるわけや無いんやからな。おおい、惣流、お前も認めるやろ。お前はにせもん、
ワシはほんまもんやったってな」
「ちょっと、鈴原いい加減にしなさいよ」
流石に限度がすぎると思い、立ち上がって叱りつけたヒカリを制し、アスカがゆっくり立ち上がった。
「ええ、認めてやるわよ。あんたが本当のチルドレン、私はママのサポートがなければ起動することもでき
ない偽物だってね」
「そやろな。いくらお前でも現実やったら認めるしかないわな。」
「けどね、誰も羨んだりはしない。今のあんた見てると、今まで私がどれだけみっともないことを言ってたか
が、よーーくわかるわ。あんたよりは、はるかにましだったにしてもね。まあ、そんな貧しい心しか持て
ないことに、同情ぐらいならしてやるわ。せいぜいがんばって、世界の平和でも守ってちょうだい」
まるで汚らわしいものを見るような目で言い捨てるアスカに、今度はトウジの方が激した。今度はシンジが
慌てて中に入る。すぐ瞬間的に爆発する二人だけに、言い争いが起きたとき、場を納めようとする役目を請け
負っている少年の苦労は絶えないのだ。
「アスカ、トウジだってやりたくてやる訳じゃないんだし。誰かがやらなくちゃいけないから、嫌でも仕方
なくやってるんじゃないか。トウジも調子に乗りすぎだけど、あんまり責めるのは可哀想だよ」
「はん、嫌でも仕方なく?どこをどう見たらそうなるのよ。どう見ても喜々としてるじゃない。どうせミサト
あたりにさんざんおだてられて、持ち上げられて、すっかりその気になってるんでしょうよ」
いささかの迷いもない、断定的なアスカの言葉。いつもながら、何がそこまで彼女に確信を持たせているか
は分からない。だが、この件に関しては図星だったらしく、トウジは言葉に詰まっていた。
「トウジ、僕達に出来る事ってあまりないから、こんな事言うのも何だけど、エヴァのパイロットになるって
楽しい事じゃないよ。ミサトさん達って、その・・・悪い人じゃないんだけど、言うことは絶対聞かせよう
とするから。それが結構つらい事でも絶対に・・・。忠告にもならないよね、これじゃあ」
心配そうなシンジを見て、調子を取り戻したトウジは胸を張って言い放った。
「それなら大丈夫や。お前ら見てて、ネルのえげつなさはしっとるからな。ちゃーんと手はうっとるわい」
「手?一体何したのトウジ?」
「まず安全はちゃんと確認しとる。それと万が一の時の命令の拒否権や。ワシは自分の意志で命令を選ぶこと
が出来るンや。ワシがお前らとちゃうのは、これをきっちり要求したことやな。どうしてもあかんと思った
ら、自分の意志でやめられるから心配するな」
命令拒否をすると聞いて、それまで笑ってみていたケンスケが猛然と詰め寄った。
「拒否権?そんなことできる訳ないじゃんか。仮にもネルフは軍隊なんだぜ。軍に置いて上官の命令は絶対。
たとえ己の身を犠牲にしようとも、遂行すべしっていうのは常識だろ」
「普通はな。そやけど、あそこは普通とちゃうやろ。大体シンジ達があんだけ苦労したんも、命令やから言う
て何でも言われてた通りしてたからや。やっぱり、男やったら自分の行動は自分で決めらる様にしなあかん。
もしそれがかなわんのやったら、最初から乗らん方がましや。そういうたらミサトさん、快よお了承して
くれはったわ」
得意げに説明するトウジの姿にケンスケは不満げだったが、ヒカリは少し安心した。
だが・・・シンジとアスカには得心がいかなかった。
ネルフが普通の組織ではない、それは認めよう。だがそれは、イコール普通の組織よりも融通が利く、
ということではない。特に任務遂行上に関することでは。
今回のトウジに対する処置は、ネルフの姿勢の改正かもしれない。今の心のざわめきは、自分達が得られ
なかった物を、トウジが得ている事に対する嫉妬かもしれない。そう思っても黒い懸念は消えなかった。
同時刻、リツコの部屋では勤務中であるはずなのに、なぜかのんびりコーヒーをすするミサトの姿があった。
そんなミサトに、リツコは皮肉とも賞賛とも取れる言葉を投げかけた。
「とりあえずは、パイロットの確保ができてよかったじゃない。シンジ君達と暮らしてるおかげで、子供の
扱いになれたのかしら?」
「まーね。けど、うわさに聞いていたけど関西人の交渉術ってすさまじいわね。妹さんの治療継続はもちろん、
パイロットしての給料とか戦闘の際のボーナス、日常訓練の削減、命令の拒否権、被害時の責任の回避、
いろいろ言ってくれたわ。当然っていえば当然の要求なんだけどね」
ミサトの言葉の中に、無視できない物を聞いたリツコの眉が、わずかに跳ね上がった。
「ちょっと、それ認めたんじゃないでしょうね?そんなの聞いてたら、正常な組織運営が成り立たないわよ」
「しょうがないじゃない。一点も譲らないって聞かないんだもの。受け入れてもらえないならエヴァに乗ら
ないって言われたらねぇ。今最優先しなければならないのはパイロットの確保、そのほかの条件は次の時点
の話、ちがう?そういうだから、訓練はへそを曲げられない程度で押さえてね〜」
「まあ訓練だけなら、今回の敵はエヴァが動きさえすれば良いから、なんとかなるけど・・・命令拒否権は
致命的じゃないの?」
「拒否されないような出し方すればいいだけよ。シンジ君やアスカに比べたら扱いやすい子だしね」
コーヒーを飲み終え、悠然と去っていくミサトの姿には余裕さえ感じられた。
トウジは自分の立場を最大限生かした交渉をしたと満足していた。だが、ミサトはその交渉をも手玉に
取れる自信を持っている。それがどういう結果をもたらすか、この時点では誰にも予想できなかった。
【続く】
新作書くのは久しぶり、余裕無いのよ(^^;。
しかし、これも途中まで(爆)
なにはともあれ、ごく一部の人を延々とお待たせしました「最低トウジシリーズ」第二弾
ようやくリリースです。
でも、今回はあまりトウジが最低じゃない・・・次回はしっかり最低にしなくては!
このHPの一周年に間に合わせたかったから出したけど、続きはいつ書けるのか!?
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