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Contents 08/05/06掲載


新世紀のビッグブラザーへ 著:三橋貴明


最終章 新世紀のビッグブラザーへ

 

 オープンカフェ「平和人権の泉」には、ほとんど人影がなかった。

 かつての心字池、今の「憲法九条の池」の畔にたたずむ「平和人権の泉」は、メインストリートである人権通りからは、かなり距離があり、交通騒音もさほど聞こえてはこない。ただひたすら、心地よい静寂だけが周囲を満たしていた。

池に覆い被さるように、大きく枝を突きだしたソメイヨシノから、桜色の花びらが舞い落ち、水面を少しずつ埋めていく。

 ススムが入院している間に、立春は彼方に過ぎ去り、はや桜の季節である。

 三週間ほど前にようやく退院したススムは、新学期から東京人権大学に復学した。

 手術の肉体的なダメージは薄れたものの、精神的な苦痛の方は、日々深まるばかりである。かつてない虚無感に心を支配され、少年は倦怠と空虚に彩られた日常を過ごしている。

 一応、大学の講義には出席しているものの、空いている時間には、本当にやることを思いつかない。ススムは講義が終了すると、毎日のように「平和人権の泉」でコーヒーを飲み、時間を潰している。

環境対応を強制されてからというもの、自宅での居場所を完全に失ってしまった。できうるなら、早い時刻の帰宅は避けたい。

だからと言って、繁華街に繰り出す気になどなれるはずもない。

行き場のない少年は「平和人権の泉」の一角に陣取り、まるで人生の終幕を迎えた老人のように、閉店時間まで、ただひたすら池を眺め続けていた。

長期に渡り入院していたため、年度の最終学期は、ほとんど大学の講義に出席できなかった。自分では留年確定と思っていたのだが、なぜかすんなりと進級してしまった。

年度末の試験も受けていないので、本来であれば進級するなどあり得ない話なのだが、所詮は人権犯罪人を一カ所に集め、監視することを目的に開校した人権大学である。一般の大学と、進級のロジックが同じであるはずもない。

と言うか、ススムはすでに、自分が留年しようが退学になろうが、もはやどうでもよくなっていた。

大学教育の問題以前に、自分の人生、生命さえも、今の少年にとっては意味のないものに変わり果ててしまったのである。

いや、単に自覚がないだけで、すでに自分の命は尽き果てているのかも知れない。あの情報委員会で、フータートゥンと正面から渡り合った日。もしかしたらあの日、実は自分は死んだのではないだろうか。肉体の方がそれに気がつかず、ただ惰性で動き続けているだけのかもしれない。

オープンカフェ「平和人権の泉」でコーヒーを飲みながら、来る日も来る日も、ススムは生命と死について考え続けていた。もしも生命という言葉が、子孫を残し、遺伝子を未来へと繋ぐことを意味するのであれば、自分はすでに生きていない。間違いなく。

 環境対応という美名で呼ばれる不妊手術を強制され、少年は生殖能力を喪失してしまった。もはや普通の男性のように、女性と愛し合い、子供を作ることは永遠に不可能である。

 死。

 環境対応を受けてからというもの、ススムは常に「死」という言葉にまとわりつかれていた。少年の頭の片隅に、常に「死」という単語が張りつき、離れようとしないのである。

実際のところ、すでに自分は遺伝子的には生きていない。自分の遺伝子は、間違いなく自分で途絶える。自分が死ぬとき、それが自分の遺伝子が断絶するときなのだ。

遅かろうが早かろうが、その日は確実にやってくる。

そうであるならば、自ら物理的に死の時期を早めたところで、あまり変わりは無い気がする。

現在が、特に肉体的な痛みに苦しめられているというわけではないのだが、この心理的な無気力感は耐え難い。まるで、拷問だ。

ススムの心を灰色に染め上げた、この終わりなき退屈感から逃れられるならば、自ら死を早める方が適切な気がする。

すでに自分は、遺伝的には生きていないのだから。

「あ・・・」

 そう言えば、今日は四月七日である。

桜の季節。四月七日。

今頃気がつくとは、随分と迂闊な話だが、今日はススムの誕生日である。少年は今日、二十歳になり、ついに未成年ではなくなったのだ。

 だがまあ、所詮は遺伝的に死んでしまった自分のことだ。成年だろうが、未成年だろうが、今さらどうでもいいことである。

 ススムは一口コーヒーを啜り、遠い視線を人権大学の校舎へと送った。

 これだけ離れていても、校舎の壁面に設置された、巨大なOEL画面が見える。

 テニスコート並の広い画面に先程から映し出されているのは、丁寧に髪を整えた、痩せた狐目の男であった。男は大仰な身振りで腕を振り上げ、何やら演説をしている風に見える。

高級そうなスーツに身を包み、一見、ベンチャー企業のCEOを思わせる風貌である。だが実はこの男、ススムが生きるこの世界で、今や最も有名な人物と言っても過言ではないのである。

 この痩身の男こそが、第一地域共産党の総書記にして、大アジア人権主義市民連邦の主席なのだ。現代世界において、最も巨大な権力を握る人物なのである。

 世界最強の権力を持つ連邦主席は、何やら切迫した表情で、画面のこちら側の視聴者に語りかけている。大変有り難いことに、音声の方はここまでは届かない。

 連邦主席の演説であるから、おそらく同時通訳が入っているだろう。だが、今のススムは、棒読みじみた通訳の声さえも耳にしたい気分ではなかったのである。

 音声が聞こえないため、微妙に間が抜けた感じを覚える連邦主席の演説姿を眺めながら、少年は自分の運命を変えることになった、一冊の本を思い出していた。

 ジョージ・オーウェル著「1984年」

 そう言えば、あの「1984年」にも、絶対権力を持つ全体主義の王の描写が出てきた。あの王は、一体何と呼ばれていただろうか?

 そうだ。偉大なる兄弟。ビッグブラザーだ。

 あの小説は、三つの全体主義国家に支配された、架空の未来世界を描いたものである。主人公が属する国家、オセアニアの最高権力者は、ビッグブラザーという通称で恐れられ、同時に敬われていた。

 

『ビッグブラザーがあなたを見守っている』

 

 ジョージ・オーウェルが近未来のディストピアとして「1984年」を書いてから、すでに長い、長い歳月が流れた。オーウェルの時代とは、もはや世紀までもが変わってしまったのである。

だが、新しい世紀に入っても、現実世界では相変わらず数多の独裁者、全体主義国家の王たちが健在である。市民連邦のみならず、旧ソ連地域、中東、アフリカ、中南米などの多くの地域で、言論の自由が制限され、人々は圧制下の社会で苦しみ続けているのだ。

皮肉なことに、全体主義で人々の権利を制限している国、あるいは独裁者ほど、「人権! 人権!」「平和! 平和!」と声高に叫び、世界に偽善と欺瞞を撒き散らしているのが現実だ。

多くの国や独裁者が、表向きは人権や平和を叫び、裏では自前の軍隊で同胞を迫害、虐殺している。そして他国を侵略するための軍備を、着々と整えているのである。

これが新全体主義に支配された、輝かしき新世紀である。

世界中で暴虐の限りを尽くす独裁者たちの代表株は、文句なしにこの画面に映っている人物だ。大アジア人権主義市民連邦の主席と、第一地域共産党総書記を兼任する男の権力は、この世に並ぶものがない。

さしずめ、新世紀のビッグブラザーというところか。

「・・・ビッグブラザーがあなたを見守っている」

 ススムはそっと、「1984年」の有名な台詞を口にしたものだ。

 実際にこの痩身の男が見ているわけではないが、第三地域の各所には、現実に百万を超える数の高性能ビデオカメラが設置されている。市民連邦で生きる限り、起床から就寝まで、あらゆる時間、あらゆる場所で、ススムたちは生活を、人生を監視され続けているのだ。

「死・・・」

 この痩身の男を巻き添えに死ぬことができたら、惨めな自分の人生も、少しは報われるだろうか。

 OEL画面を見ながら、ススムは暗く陰惨な事ばかりを考え続けていた。

 だが、億分の一の幸運に恵まれ、この男を殺すことができたところで、また別の人物が連邦主席の地位を継ぐだけだろう。

そもそも連邦主席はほとんどの時間、OKINAWAの新中南海にこもっている。一般人のススムには、近づく術などない。

それよりも、直接的に恨みがあるフータートゥンへのテロ行為の方が、まだしも現実味がある気もする。あの禿頭の共産党中央委員の職場は、ここからわずかに二キロも離れていない、情報委員会を象徴する漆黒の建物の最上階だ。

 だが「まほろば」から支援を受けることができないススムが、今から情報委員会に潜入するなどできるはずもない。

そもそもフーに近づけたとして、腕力がせいぜい人並み程度の少年が、一体どのような手段を用いれば、あの男を殺せるというのだろうか。無論、ススムは爆弾や銃器の扱い方など知らないし、入手方法も分からない。

 絶望。死。

 結局は、ここに帰ってくる。

 何も求めず、何も望まず、ただ自分で自らの命を絶つ。これこそが最も賢く、そして最も楽な選択肢なのではないだろうか。

 腐敗した魚のような目で池を眺め、延々と死について考え続けていたススムのかたわらに、小さな人影が立った。

「コーヒーのお代わりをお持ちいたしました」

 自分はコーヒーの追加など頼んだ記憶はない。

 ススムは多少邪険な仕草で、コーヒーカップを置くウエイトレスに目をやった。

 

 度肝を抜かれた。

 

 ゴシック・ロリータ風とでも言えばいいのだろうか。

 黒を基調としたモノトーン風のドレスに、無数のフリルが縫いつけられ、胸元には悪趣味なまでに巨大な純白のリボンが、蝶々結びに留められている。肩から掛けた漆黒のケープからも、やはり白いフリルを、多量にはみ出させていた。

 スレンダー、以外に表現のしようがない美しい脚に、膝上まで覆い尽くすほどに長い、レースつきソックス。足下には黒エナメルの厚底の靴を履き、蜘蛛の巣模様を散りばめた短めのスカートを、薄絹のようなペチコートで膨らませている。

 漆黒の短い髪に、コケティッシュな印象を与えるヘッドドレスを乗せ、両の耳からは大きな十字架のイヤリングが吊り下げられていた。

濃い紅色で彩られた唇は、少女にどことなく病的な印象を与えている。だが、まるで人形のように整った小さな顔では、彼女の意志の強靱さを示すごとく、黒曜石の双瞳が光を帯び、陽光を浴びた宝玉のように輝きを放っていた。少年は、少女の瞳に全身が吸い込まれるような、不思議な感覚を覚えた。

 一瞬、ススムは自分が白日夢でも見ているのかと疑い、二度、三度とまばたきを繰り返したものである。

何度、瞼の開閉を繰り返しても、彼女はそこにいる。夢ではない、現実だ。

「MI・・・」

 言葉を発しかけた少年の唇を、繊妍な少女は、優しく人差し指で押し止めた。

「・・・コーヒーのお代わりをお持ちいたしました。こちらはお下げ致しますね」

 少女は淡々とした口調で繰り返し、まだ中身が少し残っているカップに手を伸ばした。その手馴れた仕草は、まさしく本職のウエイトレスそのもので、カフェ「平和人権の泉」においては、それほど場違いにも感じられない。

 だが、ゴシック・ロリータの衣装は、色々な面でやりすぎである。

 まさか・・・。

 MIKIはひょっとして、第三地域のファッションについて、何か大きな勘違いをしているのではないだろうか。ゴスロリとウエイトレス、それにおそらくはメイドファッションまでをも含め、色々と混同してしまい、こんな奇妙な格好をしているのではないだろうか。

と、ススムはこの肝心要の大切な時間に、人生で最も貴重とも言える解逅の間、後から思えば信じられないほどに莫迦莫迦しく、くだらないことを考えていた。

「あ・・・」

 陶器が触れ合う音が響き、少女はカップを取り落としてしまった。飲み残しのコーヒーが、少年の膝に垂れかかる。

「も、申し訳ありません」

 MIKIは鈴の音を鳴らすような、透明感のある声音で謝った。

 少女は多少慌てた風に、お盆から布巾を取り上げ、ススムに顔を寄せてきた。

少年の頬に、ほとんど触れ合わんばかりに唇を近づけ、少女はささやく。

「ススム・・・」

 MIKIの髪から甘い香りが立ちのぼり、少年の鼻腔をくすぐる。

 瞬間、少女の唇が少年の頬に確かに触れた。

 ああ、やはり自分は夢を見ている。ススムは確信した。

 ゴシック・ロリータの格好をしたMIKIに、耳元で名前を呼ばれ、頬に口づけされた。あまりにも現実離れしたシチュエーションだ。リアリティの欠片もない。

そもそも、数千キロ離れた南の島にいるはずの「まほろば」の少女が、危険地帯である第三地域にいるはずがないのだ。

 激しく混乱する少年をよそに、MIKIは白魚を思わせるほどに細く、綺麗な指を、そっと差し伸ばす。まるで金縛りにかかったかのように、身動き取れないでいるススムの胸元に何かを差し入れ、少女は素早く身を起こした。

「大変、失礼致しました・・・」

 見れば見るほど、あり得ないほどに整った小さな顔に、憂いの表情を浮かべ、MIKIはそっと身を翻した。

 掲げた左手にお盆を乗せ、ペチコートを揺らせながら「平和人権の泉」の店内に入っていく。桜吹雪が細身を包みこみ、一瞬、少女が薄れゆく幻影のようにも見えた。

MIKIは一度もこちらを振り返ることなく、瞬く間に店の奥へと消え去ってしまった。そしてその後は、二度と姿を見せることはなかったのである。

 時間にして、わずかに一分。

 ほんの一分間だけ、少年は「まほろば」の少女と出会ったのである。

 

 あまりにも予想外な出来事に遭遇し、ススムはしばらく呆然としたまま座り込んでいた。

 ほとんど小一時間が過ぎ、ようやく少年の金縛りは解けた。

「・・・」

 身体は動きを取り戻したが、心の方は未だに茫然自失状態である。

 これまでSuperWiMAXの端末越しに会話するしかなかった「まほろば」の少女と、ついに実際に会うことができた。

実物のMIKIは、少年が思い描いていた以上に美しく、そして寂しそうだった。まるで御伽噺かファンタジーから抜け出したように儚い容姿で、しかし同時に、彼女は確かに、何か強い「力」のようなものを持ち合わせていた。その力が一体何だったのか、今のススムには分からない。

 まるで妖精のように華奢で、しかし同時に、勇気と強い意志を持つ少女。ススムはついに、間近に出会うことができた。まさしく夢のようである。

 いや、もしかしたら本当に夢だったのかもしれない。環境対応を受け、実はその時点で正気を失ってしまった自分が、真昼間から妄想を夢見ていただけなのかもしれない。

 少女の姿は、もはや完全に消え失せてしまった。彼女がここにいたという証拠など、何ひとつ残されていない。

「ん・・・?」

 ようやくススムは、極めて大切なことを思い出した。ほとんどパニック状態に陥りながら、自分の胸元を探る。

「・・・手紙が」

 あった。

 確かにあった。MIKIからの手紙だ。彼女が確かにここにいたという、紛れもない証拠である。

 ススムは震える手つきで封を開け、MIKIからの手紙を取り出した。

 

『前略

 ススム・・・。

 どのような書出でこの手紙を始めればいいのか、いえ、そもそもわたしにススム宛の手紙を書く資格があるのかどうかさえ、分かりません。

セミンが本当は何を考えていたのか、何を目的にわたしたちと行動を共にしていたのか。それを見抜けなかったのは、わたしです。全てはわたしの責任なのです。

 わたしのせいで、ススムに取り返しのつかない迷惑を掛けてしまった。ススムの一生を台無しにしてしまった。

許してください、と、哀願する資格さえ、わたしにはありません。

 もしも一つだけ、不躾なお願いをさせてもらえるならば、ススム、どうかわたしを憎んでください。決して、わたしを許さないでください。日々、あなたの絶望と、わたしへの憎しみを受け止めながら、残された人生を過ごしていきます。それがわたしにできる、ススムへの唯一の償いだと思うのです。

 

 ススム。わたし個人としては、もはやあなたに何も言う資格はありません。でも「まほろば」で市民連邦と戦う、一人の人間としては、あなたに伝えたいことがあり、そして伝えなければならないとも思っています。

 わたしたちの世界は、昔はこうではありませんでした。人々は今よりも自由で、笑顔で、何よりも幸せだったと思います。ススムと同じく、全体主義が蔓延する世界に住むわたしにとっては、あの頃はもはや遠い夢のようです。

 もう十年近く前になるでしょうか。

 第三地域の解放が始まり、良心勢力からの迫害が激しさを増し、ここに住み続けることが難しくなくなった父、藤崎貴之は、わたしを連れてアメリカに移住しました。
 
ほとんど亡命状態でした。

大好きな街や、大好きな友達とお別れするのが哀しくて、わたしは毎日泣き続けました。

 わたしは子供ながらに、懸命に父を責めました。なぜ、こんなことになってしまったのか。誰のせいで、こんなことになってしまったのか。

わたしは父をなじり、問いつめました。

 父は、答えました。

 

「なぜこのような状況になってしまったのか。それは歴史的な積み重ねがあり、多数の要因が複雑に絡み合っているため、とても一言では説明できない。

 だが、誰の責任でこんな事態に陥ったのか。それを知るのは簡単だ。

 

ただ、鏡を見ればいいのだから」

 

 ススム。わたしたちは今、かつて世界が経験したことのない閉塞的な状況の中で、日々追いつめられつつあります。つらく、苦しい毎日が続き、誰か他人のせいにしたくなるとき、わたしはいつも、この父の言葉を思い出すことにしています。

 

 ススム。あなたがこれからどのような人生を送るのか、わたしには分かりません。今さらあなたに何を言う権利も、もちろん資格も、わたしにはありません。でも、これだけは覚えておいて欲しいの。

 かつて、この第三地域は地球上で最も美しく、風光明媚を誇る国でした。いえ、今でも自然だけは美しいままだけど、以前はこの地に住む人々は、今よりももっと温かく、優しく、みんながお互いを思いやって暮らしてきました。

 社会は大きく開かれ、自由な空気の中で、人々は独特の文化を花開かせてきました。

 でも、いつの間にか、伝統や歴史、思いやりといった言葉に代わり、平和、人権、環境といった、字面だけは美しいけれど、中身は空っぽの言葉ばかりが、幅をきかせるようになってしまいました。

 

 ススム。わたしのことはどれだけ恨んでくれても構わない。だけど、これだけは忘れないで下さい。

 あなたは大アジア人権主義市民連邦、第三市民なんかじゃない。この国も、第三地域なんて、空虚で醜い名前じゃないの。

 この国の本当の名は、日本。

世界で最も古い皇統を伝え、伝統と最先端が美しく混じり合った文化を誇り、古くから、本当に古くから時を積み重ねてきた、他国とは比較にならない長さの歴史を持つ国なの。

今でも奈良の東大寺正倉院には、千三百年前もの世界各地の宝物が、当時の状況のまま保存されています。こんな国は、世界のどこにもありません。

この国は、わたしたちだけのものではない。この国は未来の日本人のためのものであり、そして過去、遠い過去から一日、一日を積み重ねてきた、わたしたちのご先祖様のものでもあるの。

 

この国の名前は、日本。

 そしてあなたは、日本人。

 これだけは、覚えておいて下さい。

 死がわたしの時を止めるまで、これから毎日、あなたへの償いを重ねながら生きていく、わたしからの最後のお願いです。

早々

追伸 

ススム。二十歳のお誕生日、おめでとう。

藤崎美貴』

 

「日本・・・」

 ススムは甘露を転がすように、口の中でその響きを味わった。知識として知ってはいたが、口に出したのは初めてだ。

「日本人・・・」

 自分は日本人。MIKI、いや、美貴も日本人。

 美貴。

 刹那、ススムの記憶に残る少女の愛らしいゴスロリ姿が、日本という言葉とオーバーラップした。

「日本。日本人。美貴」

 先程の美貴は、ススムの前でついに一度も笑顔を見せなかった。

最初から最後まで、可憐な少女はどこか寂しそうに眉を顰め、口元に哀しげな色を漂わせていた。少年は未だに、ただの一度も、彼女が楽しそうに笑う姿を、直接的には見ていないのである。

 彼女の笑顔を取り戻さなければ。

 少年は立ち上がった。

 ふと顔を上げると、巨大なOEL画面で演説を続ける連邦主席の姿が目に入った。主席の演説は長時間に及ぶことで有名だ。まだまだ二、三時間は喋り続けるつもりなのであろう。

 ススムは、輝きを取り戻した視線を「新世紀のビッグブラザー」に向け、はっきりとした口調で言った。

「新世紀のビッグブラザー。

 あんたなんか、大嫌いだ。

ボクは生きる」

 もはや、少年は自分のためには戦えない。生きられない。

だが、大好きな人のためなら、大好きなもののためなら戦える。生きていける。

 

オープンカフェを出たススムの前に、無数のソメイヨシノから舞い散る花びらが、風に舞い踊っていた。まるで、桜色のシャワーである。

美貴とのわずかな解逅を果たす前の少年は、一人ぼっちだった。孤独だった。

今も、一人であることに変わりはない。

だが、少年はもはや孤独ではなかった。

 

「さあ、一人から始めよう」

 

 少年は凛と胸を張り、桜吹雪が舞う美しい道を、華麗な日本の春の季節を、しっかりとした足取りで歩いていった。

 

 

 

*この物語はフィクションだが、人権擁護法案の内容と危険性、中華人民共和国の過去の侵略と人権侵害、いわゆる「従軍慰安婦問題」に関する記述、いわゆる「南京大虐殺問題」に関する記述、川崎市や小平市、伊賀市における行政の在日朝鮮人・韓国人に対する異常な優遇、韓国の親日反民族特別法に関する記述、韓国の日本文化に対する様々な起源主張、無防備都市宣言に関する記述、水曜デモ、韓国人の天皇陛下に対する「日王」という呼称、韓国の対馬に対する自国領土主張、中国の権力闘争に関する記述、中国のインターネットに関する情報統制、民主党による人権擁護法案、外国人参政権、及び沖縄一国二制度の推進、そして日中記者交換協定の存在などは、全て事実に基づいている。(筆者)


あとがき へ続く 


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