第九章 環境に優しいガイア市民
歴史的に見ても、この地の者たちは甘やかされすぎなのだ。
我々の先祖は、周囲を陸続きの外敵に囲まれていたため、何度も征服され、皆殺しの憂き目に会ってきた。
四千年の歴史を持つ漢民族と名乗ったところで、すでに三、四回は民族が完全に入れ替わってしまっている。
厳密には、我々は大漢帝国の血を引き継いでいるとは言えないのだよ。それは遺伝的に見てもそうだし、文化的に見てもそうなのだ。
それに比べ、第三地域は周囲を海に囲まれていたおかげで、世界史的にも稀に見る平和な年月を重ねてきた。我々が繰り返し、殺され、奪われ、犯され続けていた永劫の間、安寧と繁栄を貪り続けてきたのだ」
事務次官は、ここでニヤッと笑った。
「どうかね、タチバナススム君。
少し、我々に対する同情心が浮かんできただろう。その同情心が、我々に権威を与えてくれる源泉なのだよ。
そもそも、我々の先祖の話に、君個人は何の関わりもないはずじゃないか。それにも関わらず、自分が歴史的に恵まれた民族であるというだけで、我々に対する同情心が浮かんでくるだろう。それが我々の権力を支えてくれているのだ。
つまり我々に対し、『非同情者』という権威がもたらされたわけだな」
「・・・」
「だが、さすがに同情心を煽るだけでは、強引に奪った権力を維持する権威としては、力不足だ。更に我々の権威を高めるためにも、人権擁護法の成立は、どうしても必要だったのだよ」
事務次官は、まるでススムを真似たような屈託のない笑みを見せたものだ。
「一つ、思い出話をしていいかね。
実は、わたしは人権擁護法がまだ『法案』だった頃に、偶然ながら第三地域への工作を担当する小工組に所属していた。その時、わたしは初めて第三地域と深い関わりを持ったわけだが、いきなり心底から驚愕する羽目に陥ったのだよ。
知っているかね。この人権擁護法は、元々は国連人権委員会が出した勧告が発端だ。その勧告とは『公務員による人権侵害』に対処するため、政府から独立した人権機関を作れ、というものだった。
この国連勧告の解釈を強引にねじ曲げ、絶対権力を持つ三条委員会としての人権委員会を作らせたわけだ。
「当たり前だよ、タチバナススム君。
人が生きていく目的に、権力以外の何があるというのかね。
誰だって、他人よりは楽をしたいし、快楽を得たい。金だって無尽蔵に欲しいし、最高の女を抱きたい。君だって、きっと心の底ではそう思っているだろう。
この、人間に充満する欲求を、誰が否定できる。誰も否定など、できやしないよ。
だが、支配される側にいる限り、こんな望みはかないっこないし、かなったとしても限定的だ。そうであれば、望みをかなえるためには支配する側に立たねばならないし、そのためには権力がいるんだよ。

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