本当に「いす」がなかった,キヤノン電子のオフィス
先日,キヤノン電子の酒巻久社長に,桜が満開となっていた同社の秩父工場(写真1)を案内していただいた。酒巻社長は『椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!』(祥伝社)の著者であり,職場から「いす」をなくすという大胆な改革を実行した人である。秩父工場内には,応接室など一部を除き,会議室にも,開発部門や管理部門のオフィスにもいすがない。もちろん,社長室にもないという。 『椅子と〜』によると,会議室からいすを撤去したことで会議への集中力が高まり,年間の会議時間が半減した。またオフィスでも,立つことで社員同士のコミュニケーションが密になり,問題解決の精度やスピードが劇的に改善したという。いす代も不要になり,いすをなくした分スペースが節約されるなど「いすをなくすことのメリットは計り知れない」(酒巻社長)。 筆者は秩父工場にお邪魔する前に酒巻社長の『椅子と〜』を読み,いすをなくすことで大きな収益改善効果が得られたこと,生産部門だけでなくデスクワークをしている管理部門などにもいすがないことを知っていた。それでも,実際にいすがないオフィスを目にしたときには大きなインパクトを受けた。今回はその衝撃を伝えるべく,本当にいすがないオフィスの様子をレポートする。
いすをなくすと机まわりがきれいになる
まず,工場の生産管理や労務管理,調達を行う部門のオフィスを訪れた。社員は,立ったままパソコンを使い,電話を受けている(写真2)。机の高さを立った姿勢に合わせるため,机の脚に木製の“下駄”を履かせていた。
仕事の邪魔にならないよう,少し離れた位置から業務の様子を見学させてもらうと,社員がよく歩くことに気が付いた。机と,オフィスの奥や通路に設置された共用の棚(写真3)の間をこまめに行き来している。どうやら,仕事に必要な書類や資料が,自分の机ではなく共用の棚に置かれているようだ。 実は,これも酒巻社長の改革の一つである。資料や書類を探す無駄な時間を削減するために,部門やグループで共通に使用する資料は,個人で保管するのではなく,すべて共用の棚に保管しているのだという。 必要な資料や書類が手の届くところにない…という状況を考えると,いすのあるオフィスで仕事をしている筆者には非常に面倒に感じる。しかし,立って仕事をしているオフィスでは,オフィス内を数十歩移動することは,それほど苦になるように見えなかった。 むしろ,立ちっぱなしより少し歩いたほうが楽なのかもしれない。机に必要書類を集めておかなくてもよいため,社員の机まわりは非常にすっきりしていた。机まわりを整頓することは,酒巻社長が『椅子と〜』で推奨していることでもある。 歩くスピードを体得してもらうための仕掛け
酒巻社長の説明を聞きながら工場内を歩いていくと,突然,警報(のような音)が鳴り回転灯が光った。足元を見ると,廊下に青く塗られたゾーンがあり,「5m 3.6秒」と書いてある(写真4)。この5メートルのゾーンの両端にはセンサーが設置してあり,3.6秒以内で通過しないと警報が鳴るのだ。「広い工場なので,移動に費やす時間がバカにならない。社員に歩くスピードを体得してもらうための仕掛け」(酒巻社長)だという。 秩父工場を見学し,本当にいすのないオフィスを目の当たりにして,改めて“改革の達人”と呼ばれる酒巻社長の実行力に感銘を受けた。いすをなくすことに代表される酒巻社長のさまざまな改革により,キヤノン電子の業績は,いすをなくした2000年から2007年の8年間で,経常利益率が9.7ポイント改善した。さすがに2008年以降は世界的な経済危機の影響を受けたが,4月22日に発表した2009年第1四半期(1〜3月)決算を見ると,売上高が前年同期比で39.1%減少したにもかかわらず,黒字を確保した収益体質は評価に値するだろう。 急激な在庫調整を行った製造業各社にとって,在庫が適正水準に戻ったこれからが正念場。100年に一度の不況を乗り越えるために企業に求められているのは,「いすをなくしましょう」と言って本当になくしてしまえるような,実行力のあるリーダーなのだろう。 キーワード
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