イラスト:阿部昭子
読者の皆様こんにちは。この原稿がアップされる頃には新型インフルエンザが国内でどうなっているのか、全く予測がつかない状況であります。毎日ネットで現状把握と対策に努めております。我々医療者が右往左往するのはよくないのですが、実際いろいろな面で右往左往することになってしまいました。患者さんの前では落ち着いて平静を保ちつつ、楽屋裏では泣きべそをかいている今日この頃です。
4月末からの新型インフルエンザ騒ぎで、私たちの定常業務にも変化があった。もちろん、このコラムも日常のご報告なぞしている間もなくなってしまった。ああ、おかげで4月にご報告していた女医さんの結婚話がお休みになってしまったじゃないの!新型インフルエンザも気になるけど、女医さんの新生活も気になるわ!…という読者の皆様。新型インフルエンザと女医新婦のその後であります。
結婚式披露宴の翌日に新婚旅行に出発、なんて優雅な日程は組めるはずもなく、今回の結婚イベントには、披露宴の日程と新婚旅行の日程の間には少々のタイムラグがあった。新婚旅行は、周囲が休みを取らせてくれる頃合いを見計らって取らなくてはいけないし、「それでもできるだけ長く旅行に行きたいの」というご本人希望のために、5月ゴールデンウイークに重ねて長期に新婚旅行の日程が組まれておりました。
ああ。人生で一度(のはず?)の新婚旅行。しかし無情にも新型インフルエンザで病院内の診療体制は警戒態勢が日に日に変化していった。
「もっちろん行きますよ。お休みは取らせていただきます!!」
S先生(今回ご結婚された女医さん)は真新しいネームプレートを誇らしげに胸に飾りつつ医局でおっしゃった。
「いやあ、だからさ、発熱外来も一般外来とは別枠で立てなくちゃいけなくなるしね、そうすると人員も足りなくなるわけだし。それに不要不急の海外渡航は自粛するように院長のお達しがあったわけだしね…」
「不要不急ですって? 絶対に必要だし、すでに遅らせているんです! 行きます!私は行きます!」
ICT(Infection Control Team)のI先生のやんわりとした説得なぞ聞き届けられるはずもない。強気なS先生だ。
まもなくWHO警戒フェーズは5に上げられた。以後当院では実際に発熱外来の準備が始まり、担当医のシフトが決められ、対応マニュアルの配布と今後についての説明会が開催されることになった。冒頭での院長あいさつ。
「今後当院では、アメリカ、メキシコ、カナダをインフルエンザ蔓延国とし、職員でこれらの国への渡航は極力自粛をお願いします。渡航する場合は公私を問わず届け出を要し、院長と事務方の許可を受けてください。帰国後は熱計表と体調を記入した健康管理手帳の提出、一定期間の勤務禁止自宅待機とします。その間は有給休暇消化とみなします。必要以上の迷惑を職場にかけないように諸君の配慮を望みます」
これでは事実上の渡航禁止命令である。確かに実際に発熱外来が始まれば、外来人員の増員が必要になる。学会やなんだと言っても抜けられるのは厳しい。私はS先生の顔色をうかがった。
S先生は、ぺぽぺぽと携帯でメールを打っている。何を打っているんだろう?だんな様にラブメール? S先生を横目に私とI先生とM先生はひそひそと打ち合わせ。
「S先生に新婚旅行に行くなとは言えないじゃん?言ったところで辞めそうにないじゃん?当面外来担当からははずそうよ」
「いや、そういう問題じゃないでしょう?今の言い方、行くなって言ってるようなものじゃないか?」
「いくら仕事だからって女の子に新婚旅行を辞めろなんて言えないよなぁ」
「だから職場の圧力じゃなくて、新型インフルエンザのせいだってば」
3人とも深いため息をつく。
院長の訓話が終わるとS先生はつかつかつかと私たちの方へ歩み寄ってきた。
「新婚旅行辞めます。外来担当に組み入れてもらってもいいです」それだけ言うとクルっときびすを返して行ってしまった。どうやら先ほどの携帯メールはその連絡だったらしい。I先生はご機嫌で「ああ、一人でも医者が増えればローテーションが楽になる」。
せっかくの新婚旅行が新婦側の職場の理由で中止になってしまったわけだけど、新郎=専業主夫君は納得してくれたのかな?今度やんわり聞いてみよう。それにしても、現場の医療者はこんな風にがんばっているんですよ、皆さん!
医学博士。医療崩壊の波が押し寄せる市中病院で勤務中。診療、研究、教育と戦いの日々。大学医局から呼び戻しの声があったものの、現場に留まる事を選んだがために青息吐息の不養生。愉快な仲間と必死に戦う現場での愚痴はおしゃべりすることで息抜きとする養生。医療現場の日常をちょっと変わった角度からお伝えします。