下院外交委員会に異例の書簡
イノウエ議員に関して興味深いのは、長年、政治家としては日本や日米関係にはほとんど関与してこなかった経歴である。1980年代の日米貿易摩擦のころなど、逆に日本側の貿易慣行や対米経済進出を厳しく非難していた。そのイノウエ氏が慰安婦問題という日米間の論題をこれほどまでに熱情をこめて語るというのは、きわめて珍しい。あくまで米国の政治指導者として、今回の慰安婦決議案が米国の国益を害するという認識なのだろう。
日本側としては日米関係をこれほど熱心に、しかも日本側の立場への配慮にも基づいて守ろうとする長老政治家の言動は高く評価してしかるべきであろう。
イノウエ議員はこの慰安婦決議案が同じ民主党日系米人のマイク・ホンダ下院議員によって今年1月末に下院に提出されてからまもない3月冒頭に、既に反対を表明していた。
イノウエ議員は同決議案を最初に審理する下院外交委員会のトム・ラントス委員長に異例の書簡を送り、採択をしないことを要請したのだ。
イノウエ議員はこの書簡で日本側の「村山談話」や国会での「戦後50年決議」「戦後60年決議」を挙げて、日本側は慰安婦問題のような戦争がらみの案件には反省の意を十分に表明してきた、と強調した。慰安婦についても歴代首相の謝罪の言葉やアジア女性基金からの賠償を指摘した。そのうえで日本がサンフランシスコ平和条約以来の米国にとっての強固な同盟国であり、貿易パートナーであって、イラクへの自衛隊派遣など対米協力も顕著だとして、こんな決議案は日米関係に悪影響を及ぼすと、説いたのだった。
このイノウエ書簡にもかかわらず、ラントス議員は下院外交委員会での慰安婦決議案の採択へと動いたわけだが、そのプロセスでは明らかにイノウエ書簡のインパクトも見受けられた。
当初の決議案は周知のように、慰安婦問題を「日本軍による20万人もの若い女性の強制徴用による性的奴隷化」と定義づけ、日本の首相や政府に「明白かつ明確な公式謝罪」を求めていた。しかし6月26日に下院外交委員会に採決のため提示された決議案には日米同盟の重要性や日本が民主主義や人権尊重という価値観を米国と共有しているという文言が挿入されていた。明らかにイノウエ議員の主張の反映だった。
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