自閉症マニア・自閉症アスペルガー症候群研究所 本部

自閉症の本当の事を書くから、いつ強制削除されるか分からないブログ

考えてみれば

まったく、自閉症の事を考えるのが3日と保たない。いろいろケチを付けたい人が多いんだな。

私は、2000年に「ニキリンコ」のテレビ放送を見てから、NHKを始めありとあらゆる、
(多分花風社を含め)「ニキリンコ」の実体に付いて問い合わせてきた。
「泉流星」が登場したときも同様だ。

しかし、NHKも医者も、新聞も、ありとあらゆる人は、口をつぐみ、その実体に迫れなかった。

2009年2月2日付け内容証明郵便にて「花風社」に文書で問い合わせた。
しかし、帰って来た話は、「明かせません・あとはご自由にどうぞ」という返事だった。

花風社にとって、その程度の話だったはずなのに、突然麻布警察に告訴状提出だ。

さらに、民事訴訟も同時に起こした。

通常ならば、「秘密厳守を条件に、二人の名前をお知らせします」と言うところが、
弁護士に、着手金(100万円弱?)を払い、裁判を起こす印紙代(8万円)を払い、
民事訴訟を起こすことを選んだ。

不思議な人達だな。よっぽどお金が余っているらしい。利益圧縮の為の訴訟か。

答弁書の資料探しで、アスペルガーの館の掲示板を読み返してみた。いるいるいっぱい。
1999年4月30日、村上真雄が管理人として開設すると、早速辻井正次が挨拶に来る。
「ゆみっち(秋桜・現在の掲示板の管理人)」も登場。 丁度10年前だ。

今思えば、変な話で、大人を診察してくれる病院が無いに等しかったのに、此処には、
すでにたくさんの「アスペ」の連中が居る。
一体誰が診察診断したんだ?

「村上真雄」「村上由美」については、200人の前で「自閉症と診断を受けていません」と白状させた。
都の主催者は、「村上夫婦はNHKに出てたから信用した」と言ったが、
当の「村上真雄」は、「勘違いして出演させたNHKの責任だ」と私のブログに書いてきた
−−−
>しかし、待てよ?自閉症は疾病だ。病気の診断もナシに、自称していいのか?
>NHK教育テレビに明確にアスペルガー症候群の当事者として出てたよな。

それはNHK側が判断したことです。

>自閉症の当事者として、本も出しているよな。

村上由美の初の著作である『声と話し方のトレーニング』(平凡社新書)は、自閉症とは関係のない本です。どういう本なのかよく確認してください:
http://www.amazon.co.jp/dp/4582854540

>自閉症の当事者として、言語療法士の仕事もしてるんだって?

言語聴覚士は、国家資格であり、そのために勉強して試験を受けてなっているものです。彼女は医療現場で働いてきましたが、自分が当事者であるということは、親しい同僚には話していましたが、そのことを利用して働いてきたわけではありません。

投稿者 Shinyu : 2009年4月3日(金) 08:29
−−−

NHKに問い合わせたら、「診断は受けていないが複数の専門家に認められている」
から出演させたと言うんだ。

「ニキリンコ」「泉流星」について追求しても同じ事だろう。結局誰も悪くない。 本当か?

私は、私の民事裁判を通じて、白黒を追求していきます。
但し、浅見淳子、浅見昇吾が提訴を取り下げなければね。 進ちょく状況は随時書きます。

親と専門家のための本

自閉症スペクトル この本が元になっている。

子どもが「自閉症」「アスペルガー症候群」と診断を受けた。先ずここを読んで欲しい。

インターネットにはほとんど役に立つ情報なんか無いと言っても、不安で調べる。
何かいい本は無いか。そこまで考えるなら、この本を読んで欲しい。

改めて表題を読むと「親と専門家のためのガイドブック」と書いてある。

確かに、この本の内容は濃い。何度読んでも、何年経っても、また新しい発見がある。
ローナ・ウイングが書いている言葉の真の意味が分かるのは、結構時間が掛かるんだ。

だからと言って、小難しい本じゃない。丁寧に親切に書いてある。

自閉症そのものが難しいから、分かったつもりでも、後で勘違いと分かったりする。
とにかく素晴らしい本だ。
その本の中にこんな一文があったので、書き出してみる。
−−−−−−−

もちろん親は、害になる可能性が無く、倫理的に許容できるものであれば、どのような治療法でも
試す権利があります。
しかし、親は、自分たちの罪悪感や絶望、そして、わらをもつかみたいという望みに
つけこむ人たちに気をつけなければいけません。
(英国の)全国自閉症協会は冊子を発行して、現在利用できる種々の「治療法」に関する
客観的情報を提供していますが、これらの治療法をどれも擁護はしていません。

p282 「自閉症スペクトル」親と専門家のためのガイドブック より抜粋 東京書籍

−−−−−−−−
イ○○を使ったり、あちこちの理事と兼務し内部に色々な人が入り込んでいる
どこかの自閉症協会とは、驚くべき違い、モラルの高さを感じます。

この文章を読んで日本自閉症協会の会員達はどの様に感じるでしょうか。  これが現実なんです。

自閉症は自閉症

自閉症のこどもを持つ親に会うと、自己紹介の後に、必ず訳の分からない説明がされる。

「うちの子は中機能自閉症です」・・・・・「?」
「うちの子は自閉が強い広汎性発達障害です」・・「?」
「私は自閉傾向のアスペです」・・「!!!!?」

自閉症は長い間「謎の病気」であり、おおよその障害者像というものがあったが、
それは、医者個人の能力に頼り切りの「診断」であった。
だから、実際に子供の頃「自閉症」と診断され、施設に入ったかつての子供たちの中には、
今の基準で見れば、首を傾げたくなる例が時々見られる。
テレビなどで、その様子を見ていると、少ないながらも、その子なりに上手く意志を伝えてる。
身近に自閉症の子供を見ている親なら、やはり「あれっ?」と思う例もあるだろう。

1990年代に入ってからは、ずいぶん自閉症の判定基準も整備されて来たようで、
2000年以降に診断を受けた人達は、かなり精度高く「診断」を受けていると思う。

科学というのは、地道なデータを整える多くの科学者と、時々現れる突拍子もない科学者によって
進歩する。小柴先生が良い例で、小柴先生無くしてカミオカンデもニュートリノの観測も無かった。

自閉症もそうで、ローナウイングが出てきたことで、一気にあらゆる事の関連づけが証明され、
自閉症の「診断基準」が世界的に認められた。

その一部が、自閉症スペクトラムという考えであり、知能指数70を境に自閉症を2つのグループに
分けるという考えである。
つまり、知能指数70以下を「自閉症(カナー型)」
知能指数70以上を「アスペルガー症候群(アスペルガー障害)」としたのである。
これは、今後40年以上この呼び方とこの区分け方が支持され続けるだろう。

しかし、世の中、名誉欲に溢れた人間が居る。彼らはローナウイング程の実績を残せない代わりに
何とか、自分が行った事、印しを残したい欲望が満ち満ちている。
そんな時に発揮するのが、呼び方の「マイナーチェンジ」だ。

自分の影響力が及ぶ範囲であれば、「高機能」「中機能」「低機能」の分類を決めれば、
その分類に倣って多くの人がその言葉を使うようになる。
その満足感を得るために、地方地方、学派学派独特の呼び方が定着する。

極めつけが「ニキリンコ」が提唱する「自閉」。せっかく医学的に明確な診断基準が出来たにも
関わらず、それと逆行するように「自閉」という言葉だけを定着させようとやっきだ。

患者側、あるいはその家族にしてみれば、学派だの思惑などは関係ない。
とにかく、この子のために、自分の為に役に立てばそれでいい。

もし、自閉症の為に役に立てるならば、それぞれが意味が分からない呼び方をするのではなく、
単純に「自閉症(カナー型)」と「アスペルガー症候群(障害)」に分ければいいのである。

そして、その上で、個々の子供たちがどの様に違うか。或いは同じか。
きちんと診断を受けた人間のデータを、少しづつ集めていけば、
20年後には、何か分かり易いガイドブックにでもなるかもしれない。
そのかすかな希望を持って、              ブログに裁判に張り切って行こう!

私Chipの自己紹介

都から頂戴した貴重な精神障害者手帳
「この子トールとそっくり。」
「ほんとだ。トール君自閉症ナンじゃないの」 頑固で意固地な私を家族が、からかった。

それは、昭和42年、カナー型の少年の日常を写したドキュメンタリーだ。
自閉症という言葉もこのとき初めて聞いた。日本中の人も多分初めてだったと思う。

「重い子供がいるんだから、軽い子供だっているにちがいない」私は画面を見つめ確信した。

番組では、始めは耳が聞こえないのかと思ったこと。
呼びかけても向かないが、でんでん太鼓の音にはきちんと反応すること。
小学高学年になった今でも、写真撮影の時はこちらを見ようとしないこと。
など、その特徴的な事柄について、淡々と事実だけ、よけいな推測を交えず報じていた。
(当時の作り手は、まともだったね)

実は写真撮影の時、困らせるのは私も同じ。
目玉が強い意志を持って、さらにレンズを通し巨大化してこちらを見つめるのだ。
気持ち悪いっちゃあない。

別に写真に撮られるのが嫌いなんじゃない。
あの強い目を見なければいけない事が嫌いなのだ。

もちろん、そんなことが出来ないのは、4才ぐらいまで、5才になると嫌々従うようになる。
そんな私と、その子供に家族は無意識に共通点を感じたのだろう。

我が家は、西は博多から東は札幌まで、全国の主要都市を転居して歩いた。
それに伴い、小学校3校、中学2校、高校2校、さらには中学予備校迄含めると、
高校を卒業するまで、延べ8校を転々とした。

同じ地域に住んでいたなら、高校以外はだいたい似たような顔ぶれの持ち上がりだが、
私は、実に多くの異なる同年代(延べ2000人)と机を並べた事になる。

しかし、それでも話が合う(同じような思考回路を持つ)人間に巡り合うことは無かった。

大学を5年で卒業後、就職。 転職した先で妻と出会った。
彼女も一風変わり者。何とも変わっているのは私と話が合うことだ。

付き合いだした頃、彼女が怒り出すのを覚悟してこう言った。
「ねえ、厳密に言うと、あなたは自閉症の軽いタイプだと思うよ。」
意外にも彼女は怒ることなく、それどころか
ほとんどの人が知らない自閉症について詳しいことに驚いた。

そして、自身のことについては、否定も肯定もする事は無く、
その後も何度か同じ話が出たが、いつも同じ態度だった。

ところが、その時蒔いた種は結婚15年後、突然芽を出す。

結婚して15年。私は鬱になっていた。
もちろん自分でうつ病だなんて自覚もないし、そのうち気も晴れると思っていた。
しかし、気が晴れる日は来ない。

異変に気付いたのは妻だった。
彼女の異常なほどの答えを求める執念は、最新の自閉症研究資料の収集にねらいを定め、
新設のクリニックになんとか診察の予約を取り付けた。勿論二人分である。

私は、私が自閉症か自閉症でないかはどうでもいいことだった。
ただ、かつて見たカナー型の子供と私は繋がっていると強く感じ続けていたのだ。

妻は、診察の予約だけでは飽きたらず、講演会などにも出席していた。
その時、ある噂を聞きつけてきた。「ニキリンコと言う自閉症で、翻訳家の女性が居るらしい」

自閉症の翻訳家と言うことには別に驚かなかったが、それで食っている話を聞いて驚いた。
自閉症でそんなに世渡りが上手く出来る人が居るんだ。

しばらくしてNHK教育テレビにんげんゆうゆうにて「ニキリンコ」が登場した。
私は驚愕した。「こんな自閉症居るわけない!」
かつて、「太鼓と少年」と言う自閉症を紹介した真面目な番組を作った、同じNHKが
こんな「偽物」をまことしやかに放送するなんて。

その後、なんとNHKの取材と女性自身の取材を一度にコーディネートをし、さらに、
NHKでは言葉より筆談の方がコミニュケーション出来ると、パソコンのディスプレーを介して
会話する一方で、女性自身の取材では大いにしゃべり、打ち上げは、小料理屋で
話は大いに盛り上がり延々4時間に渡ったと言うのだ。

妻が申し込んだ自閉症の診察は、当日嫌ならキャンセルすれば良いと考えていたが、
そこで私の考えは変わった。
こんな偽物が大手を振って歩いては、今までの自閉症の環境は一気に壊れてしまう。
それを警告出来るのは、同じ当事者しか居ないだろう。
私は、怒りの勢いで、診察日にクリニックに向かった。

そして私は、日本では数少ない専門家の診察を受けることができ、
「アスペルガー症候群」と診断された。遅れて、妻もきっちり「アスペルガー症候群」と診断された。

「軽い自閉症」の自覚があった私にとって、診断や診断名など、どうでも良いことだったが、
現実は違った。
なぜなら、アスペルガー症候群は「脳機能薬」の感受性が一般の人と違うことがある。

私は少量の抗うつ剤の適用を受け、今では安定した日常を過ごしている。

もしこれが何の知識も無い一般の精神科だったら。
生活費の苦労の上に、抗鬱薬の副作用に悩む日々であったなら、考えるだに恐ろしい。

私はこんな大人。 山岸 徹 52才 自営(2009年)

とにかく育てなきゃ

エリーの毎日 いい本だなぁ

なんか子供が変かな?そう思っていたら、病院へ行くのを勧められ、自閉症の診断を受けた。

確かに、ショックはあるだろう。どうして善いか分からないかもしれない。
しかし、日々子供は育つ。

我が家のすぐ近くの家では、ネットの情報など漁らず、特別本を探し歩くこともせず、
ひたすら他の姉弟と分け隔てなく育てるだけで、伸び伸び育った自閉症の女の子も居る。

情報が有るから善いと言うことは無く、情報が有りすぎると言う場合もある。

多分、子育てには「正解」など無いのだろう。子育てもあなたの人生の一部なのだ。
子育てが全てでは無い。

しかし、不安に震える母親には、この本を先ず勧める。
この本は、あくまで子育ての途中経過であり、成功体験の報告ではない。

子育てが成功したかどうか。それはその子供が寿命を全うしたときに、ようやく分かるかもしれない
答えのない事だと私は思う。

自閉症児エリーの記録 クララ・パーク 松岡淑子訳 河出書房新社

自閉症ってなに?

昭和42年、NHKのドキュメンタリー「太鼓と少年」を見て、自閉症に取り憑かれた。
彼と私は、ほぼ同い年。彼は今どうしているだろう。生きているだろうか。

以来、自閉症の事を考えていた。
「自閉症ってなに?」・・「カナー型とかなんとかいうやつでしょう?」
それは、単語だ。説明になっていない。

知ったかぶりの奴に歴史を聞いた時の様に、物知り顔の主婦に、詳しく話を聞こうとした時の様に、
仕事が出来ないヤツに仕事の説明を聞いた時の様に、
誰に自閉症の事を聞いても、聞けば聞くほど分からなくなった。

しかし、世の中偉い人が居る。ローナ・ウイングだ。
1970年からこつこつとデータを集め、ついに自閉症の「自閉症」という概念化に成功した。
L.Wing(1988)'The continuum of autistic characteristics',in E.Schopler and G.B.Mesibov(eds),
Diagnosis and Assessment(New York:Plenum Press)
1988年のこの発表をきっかけに、幾つもの論文が発表され、関連が付き、自閉症を的確に
捉えられるようになった。

私が、どんなに求めても、得られなかった「自閉症」のヒント。
日本人に聞いて分からなかったことが、多くの英米の医者、本当の科学者の研究が翻訳され
直接読むことが出来るようになって、ようやく「自閉症」の大まかな形が具体的に分かるようになった。

真理に目を向けている本は、どの本も同じ事、つまり「自閉症」について語っている。
ところが、その切り口は微妙に違い、言葉(表現)がまた微妙に違い、
実物(私の妻)を観察して考え、私を観察して貰い、その様子を聞いてまた考える。

途中、自身、或いは妻のアスペルガー症候群としての診断もあり、さらに肉付けがされ、
ようやく、なんとか言葉にして説明出来るようになってきた。

私が、知り、私が得た一部ですが、自閉症の事を少しでも知りたい人へ、
私が呆けない内に、私と、妻と、さらにここで参加する仲間と共に、書き残して行こう。

ティーチ

ティーチの良質なガイドブック

ここ で、現実に自閉症の子供を育てている親からの、貴重なコメントを貰った。(強制削除にて消去)

この本の11ページ、TEACCHプログラムの基本の中に、

「失礼を承知で言えば、読者各位の中には『ADHDもLDも高機能自閉症も軽度発達障害なのだから
 同じ方法で教育すればよいのではないか』と考える方がおられるかもしれない。
 どうしてTEACCHが自閉症だけを対象にするのか、本書を読み進めていただきながら
 ご理解願いたいと思う。」

と、ある。

私は、1999年頃から、掲示板や新聞の投書、自身のホームページ、ブログなどで、一貫して
自閉症とLD等のと「味噌糞一緒教育」に反対してきた。

私の主張と同様の自閉症関係者の意見を公式な形で見たのは、初めてで大変驚いた。

そもそも、この本は、自閉症の子供を持つ親や、自閉症に関係する教育者などが読む本なので、
本当に、つい先日まで読んだことが無かったんだよね。貰いもんなんだ。

これ、いい本だわ。    こめんね内山先生。  みんなは「買って」読んでね。
「本当のTEACCH」 内山登紀夫 学研 ヒューマンケアブックス

AS気味だと感じたら、大変!精神科へ行かなくちゃ!!

自閉症は「疾病」である。「生まれつきの障害」である。

自閉症の研究が進んでいる英米と「日本」との、自閉症に対する認識の違いは、
自閉症、アスペルガー症候群と判断するのは、医者であることだ。

自閉症は疾病である

ガンであれば、病院へ行き、検査を受け、悪性腫瘍が認められて初めてガンと診断を受ける。
私はガンだけど、診断の必要性は感じません、は認められない。気のせいかもしれない。

統合失調症であれば、何度も慎重に問診を受けてようやく、統合失調症と認められ、診断が下る。
私は統合失調症だけど、診断の必要性は感じません、は認められない。早い治療が必要だ。

しかし、自閉症だけは、どんなに「疾病」だ、「生まれつきの障害だ」とガイドブックに書いてあっても、
私は自閉症だけど、診断の必要性は感じません、
私はアスペ気味だけど、診断の必要性は感じません。
私はアスペルガー症候群の当事者ですが、診断の必要性がありません。

はみんな簡単に、認めてしまう。
どうも、日本自閉症協会ですら、そのスタンスのようだ。
しかし、善意だけで自閉症協会に参加する時代はもう終わっている。

商売、書籍販売を目的に、診断が無く、さらに自閉症当事者と自称して
自閉症協会に参加してくる人間が居る時代だ。

今年(2009年)の4月2日は、あらゆる所で、自閉症の理解、啓発を促す催しが、
全国で開かれたようだが、実は、その催しを開いた連中の啓発が必要なのだ。

「自閉症は疾病である。明確な診断を受け初めて自閉症と認められる」という、
簡単な、疾病の大原則さえ、認識されていないのだ。

自閉症、アスペルガー症候群は、血液型占いでは無い。  真剣な疾病に対する話なのである。

自閉症の患者としては、それ程切実なものなのである。 金儲けに利用しないで欲しい。

知性と本当の勇気ある発言

 山岸さんのブログが、私の周囲でも話題になっています。

 A君タイプの保護者は、ニキさんご本人が講演されていることもそうですが、
有名どころの先生方が皆さん、講演会などで、ニキさんの話を自閉症の代表者として
お話されるので、それらを根拠に「偽者だなんてありえない!」という意見が多いです。

 B君タイプのお子さんの保護者は、「そう?うちの子はニキさんに似てるよ。本人も愛読してるし。」
とか「他の当事者の○○さんのほうがうちの子には似ている。」とか
「前からうちの子とは違うな〜って思ってたんだ。もしかしてうちの子ってアスペじゃないのかな〜って
悩んだくらい。」などと結構意見がバラけています。

 A君タイプのお子さんの保護者、B君タイプのお子さんの保護者、それぞれに反応は違いますね。
両者の間には「話せていいわね。」⇔「話せても大変なのよ」、
「福祉が充実していていいわね。」⇔「福祉がなくても自立できるじゃない」などといった溝があって、
普段は別々に集まるのですが、両方に属する私は、両者の考え方の違いが興味深かったりします。


 もちろん、ニキさんが本物かどうかというのは、気にならないと言えば嘘になります。
けれども、それよりも気になるのは、周囲の彼女の持ち上げ方です。
なぜ、数多くいらっしゃる当事者の中で、彼女だけがあれほどクローズアップされたのでしょうか?

また、あのように持ち上げられて、彼女が周囲に誘導されたり、周囲の期待に応えるように
受け答えをしたりして、本人の意図せぬところで、違った自己理解をしてしまったということは
考えられないのでしょうか。

 B君なんかはよく、相手に合わせて(あるいは誘導されて)深く考えもせずに受け答えをしては、
そのセリフのせいで墓穴を掘りますから、同じようなことになっていたとしたら、
彼女も被害者になりますね。

 彼女には防げなくても、自らをモニターしにくい特徴を持っている可能性を知っている関係者なら、
防げたはずですから。もしかしたら、周囲がこんなに彼女ばかりを当事者として利用しなければ、
山岸さんが彼女への疑問を抱くこともなく、あるいは、早めに関係者が山岸さんの質問に
真摯に答えていれば(健康保険証で診察した医師なら、「僕(私)が診断しました」と
宣言されればいいだけですよね)、
彼女は今、このように疑われるようなことはなかったのかもしれないと思うと、
誹謗中傷だとか告訴だとか脅かされている山岸さんにしろ、ニキさんにしろ、いい迷惑だな〜と
思ったりしています。

 確か、山岸さんは横浜の有名なクリニックで診断されたとブログで読んだような気がするのですが
(違っていたらすみません)、いきなり裁判だどうだということではなく、横浜のクリニックの先生方や、
ニキさんとかかわりのある有名な先生方が本人達に代わって話し合われてはどうかと
思うのですけどね。
私は、積極的に理解と支援を啓発されている先生方が、なぜ、関係ある当事者に対して
知らんふりされているのかがわからないでいます。

 また、彼女が本物だとして、何冊も出しておられる売れに売れた本の内容が、
読者のそばにいる自閉症の人に役立ったのかどうかということも気になります。

この騒動で、ニキさんの本は、B君の診断前に購入して読んだことを思い出し、
最近、彼女の本を読み直してみたのですが、B君には、彼女についての記述は
あてはまらないことが多かったです。

 「自閉っ子、こういう風にできてます!」は、感覚に過敏や鈍感なのは、B君も同じだけれど、
エピソードは全く違っていました。「俺ルール」は、エピソードは似てるんです。
でも、その後の解説とか学習の仕方が、B君とは違うんですよね。

 自閉症は千差万別で、個々に違うのは当たり前のことなのに、B君から自閉症というものが
見えてくるまで、ニキさんとB君の違いのようなものには、気づけていなかったんです。
不思議ですね。

 B君がアスペルガー症候群と診断される前、しゃべらないA君の障害特性が全く理解できず、
それでも「少しでも社会に適応できるように」と、なんとかスキルを身につけさせたくて、
アプローチの仕方を模索し、こちらの主観で想像するしかなかった頃、ニキさんの本は、
救世主という感じでした。
学校の先生にも見せ、皆で「なるほど、こういうメカニズムだったのか」と喜んだものでした。

当時の私は、ティーチにもはまっていて、勉強会でカードやスケジュール、自立課題などを作成
しまくっていました。
そして、周囲が驚くほどにA君は学校や家庭で適応していきました。私は有頂天でした。

 そのあとしばらくして、B君がADHDではなくアスペルガー症候群であったことが判明し、
混乱しました。私が理解していた自閉症というものと、B君のそれは、大きく違っていたからです。

そうこうしているうちに、A君が大爆発してしまったんですよね。

 ですから、私や周囲の人間がそうだったように、保護者や教師が、
ニキさんの本やティーチ関連の本を妄信的に信じて、そばにいる当事者を無視して、
安易にあてはめることに危険を感じています。

 「ニキさんの本は、自閉症のバイブルだ。」「このティーチの本はいいよ。」などと
話題になったのは事実ですし、
「お子さんとは違うかもしれないけど」「お子さんには合わないかもしれないけど」と警告することなく、
これらの本を薦めた保護者や医療・療育・学校関係者は多かったですから・・・。

例え警告したとしても、保護者が社交辞令的に受け止めたり、その違いがどういうものか
わかっていなければ、警告していないと同じなんですよね。

親は必死ですから、そのような情報があれば、躊躇無くとびついてしまうんです。
また、飛びつかないことが「こどもを大切に思っていない」というプレッシャーになって、
仕方なく実践するという方もおられました。
私の場合は、乗り気になって頑張っていましたが。
当時を思い出すだけで後悔の思いがこみ上げてきます。

 A君タイプの子を持つ親は、こどものことがわからないから、わからないままに、
一般的に良いとされることをしようとして、結局はこどもを追い詰めるという失敗をしがちです。
本当はわが子をよく観察して、何かしら芽生えたところを育てるときに、支援を用意してあげれば
いいのですが、実際は、観察の仕方(視点)がなかなかわからない、芽生えなんて見落としてしまう、
時間ばかりが無駄に経過しているようで焦ってしまうなどなど、簡単なことではありません。

この観察も、「うちの子はこうだ」と思う根拠が本や講演会からということが多く、
保護者はわが子を観察しているつもりでも、実は色眼鏡を通してみているということに
気づけていないことが多いです。
私もそうでした。だから、こどもを観察するところを、本や講演などに頼り、
「自閉症だから」という色眼鏡をかけた状態から支援がスタートしてしまい、
そこから先を必死で頑張ってきました。
例えば「自閉症だから、見せたらいい」と視覚的なものを提示し、「見せても意図がずれる」
ということに気づけていませんでした。

 ちょうど、私と同じように頑張った数人の保護者は皆、後悔を口にしています。
あるお母さんなんかは、積極的に学校関係者へお話をしにいっています。
彼女のお子さんは、A君よりもお話ができて、一人で買い物に行ったり、
バスに乗れるほどのスキルを身につけました。その様子は、無理強いしているという感じではなく、
写真の手順表を用意したり、ごほうびを用意したりして、本人も納得して取り組んでいたように
見えていました。学校でも先生に「今日も嫌がらずに頑張っていました。」と褒められていました。

ところが、中学生になって大爆発をしました。「バスの練習したくなかった〜!」
「学校、嫌だった〜!」と言い続けながら、家中の家具を壊し、破壊行為が止まらなくなったそうです。小学校時代の大人しい彼からは想像できないような変貌ぶりです。
今は、フラッシュバックするたびに大暴れして、学校にも行けていません。
「学校・・」と聞くだけで暴れるからです。彼は今、精神科にかかっています。
「まさか、うちの子がこんな風になるなんて思わなかった。」と、後悔されています。

 そろそろ、幼児期に早期療育が流行り始めた、A君の年代の子達を追跡調査してみては
どうかと思ったりします。
他の障害のお子さんや他の地域はよくわかりませんが、私の住んでいる地域の自閉症の子たちは、
結構2次障害がひどいような気がします。
早くから診断され、療育機関に関わっていたにもかかわらず・・。

あるお母さんは、「私、あの当時は皆についていけなくて落ち込んだけど、今はよかったって思う。」
とおっしゃいました。耳が痛かったですね。

 なんだか、早期療育って、いつ爆発するかわからない時限爆弾を仕込んでいるような気がします。
周囲から「これは正しい」と言われて頑張ってきたものの、その根拠のなさに気づいた瞬間に・・・、
あるいは頑張ったけれど我慢の限界にきて、突然爆発するって感じでしょうか・・・。

周囲の無理解からくる爆発って、未診断だけでなく、診断後の療育にもあてはまるんだな〜と、
改めて思います。

 だから、何かをする前に、「はたしてこれは、本当に根拠のあるのものだろうか。」
「わが子に負担をかけないだろうか。」とじっくり考えるといいのではないかと思います。
根拠については、おそらくほとんどのことが、説明できないことだったりするのではないかと思います。
「社会に適応できるために」なんて、ダントツ1位ではないでしょうか・・・。(^_^;)

 反面教師がここにいます。同じような失敗をせずにすむお母さんが増えるとうれしいです。
自分では、なかなか気づけないのです。誰かが指摘してくれても、なかなか認められないのです。
とてもつらい葛藤が起こるでしょう。
そして、その葛藤から開放されて、自分の失敗に気づいた後は、より大きな後悔と懺悔の気持ちが
待っています。
時には爆発に加担した人への恨みごとも言いたくなります。

 それでも、立ち上がって生きていくしかないのです。        覚悟・・・できていますか?
プロフィール

Chip

Author:Chip
昭和42年自閉症のドキュメンタリーを見てから自閉症に取り憑かれる
話が妙に会う妻に出会い後に妻はアスペルガー症候群と診断を受ける
私も同様にアスペルガー症候群と診断を受ける
2002年二人で自閉症カンファレンスにて講演論文掲載
2004年東京都通所研究会 講演、論文掲載
2004年星和書店「自閉症と発達障害研究の進歩」論文掲載
以来日本中に散らばる話せる仲間を捜す
現在52才

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