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2006/07/03(月) 朝刊 |
<6> 農に挑む企業 技術駆使し品質追求 |
手足縛る規制なお
田園倶楽部の温室は東西432メートル、南北164メートル。収穫は温水パイプを兼ねたレールの上に台車を走らせながら行う=千歳市釜加(小野弘貴撮影) | |
千歳市釜加の田園地帯。農業生産法人「田園倶楽部北海道」が運営するトマトの直売所は、周囲が雪に包まれる真冬でも客足が絶えることがない。隣接する広さ七・一ヘクタールの巨大ガラス温室の中で、高品質トマトが通年生産されているからだ。
温室は制御機器大手のオムロンが一九九八年に十八億円を投じて建設した。「農場というより工場」(農水省幹部)のような内部には、三十五万本のトマトの木が整然と並ぶ。温度や湿度はコンピューターが自動制御し、肥料と水も木の根元に差し込まれたチューブから、まるで点滴のように与えられる。
「北海道でこんな農業ができるとは思いもしなかった」と語るのは田園倶楽部北海道社員の駒村正幸(52)。かつて道農業改良普及センターに勤め農業の現場をよく知る駒村の驚きは先端技術ばかりではない。
田園倶楽部のトマトは、水や肥料を極限まで減らすことでトマトの生命力を引き出す「永田農法」を取り入れ、糖分を高めている。トマトの糖度は通常三−四度だが、ここでは最高十四度にも達する。
収穫したトマトは糖度測定器で選別、「糖度七」などの数値を明示して販売する。「今の消費者は価値ある商品にはお金を惜しまない。その価値が一目で分かるようにした」と語るのは同社社長の山波俊一(49)。イチゴ並みの糖度九のトマトの価格は一キロ当たり二千円超と市販品の数倍だが、それでも「糖度が高いものから売れていく」。この付加価値を守るために市場は通さず、道内百貨店への出荷や道外の北海道物産展への出品以外は直販を貫いている。
家族経営主体の既存農業と最も異なるのは労働環境かもしれない。約八十人の従業員は栽培、収穫、選果、加工などのグループに分かれ、あらかじめ決められた勤務時間に沿って交代で仕事をする。日曜日も大半の従業員が休みを取れる。
「農業には全く縁がなかったけど、社内の明るさに引かれて入社しました」と話すのは、三月に千歳市内の普通高校を卒業したばかりの中崎晶子(18)。ハローワークや学校を通じて求人活動する同社には、数人の管理職を除き農業経験者はいない。
◇
異分野から農業参入した主な企業 |
企業名 |
取り組み内容 |
参入地域 |
カゴメ |
ガラス温室で生食用トマト栽培 |
茨城、広島、
高知など8県 |
キユーピー |
植物工場でサラダ菜など栽培 |
福島県 |
JFEスチール |
子会社が植物工場で野菜類を栽培 |
茨城県 |
セコム |
子会社が植物工場でハーブを栽培 |
宮城県 |
メルシャン |
自社農園でワイン用ブドウ栽培 |
長野県 |
ワタミ |
有機野菜の栽培や酪農 |
北海道、千葉、
群馬、京都府 |
企業による農業の完成形にも見える「トマト工場」だが、かつて一度は「企業農業の失敗例」の烙印(らくいん)を押された。実はオムロンは現在、この生産法人に関与していない。生産が軌道に乗らず、わずか三年で撤退してしまったのだ。
残された温室を買い取り、田園倶楽部を立ち上げたのは宮崎県の造林業者・相互造林。林業の傍ら八○年代からトマト栽培に取り組んでいた同社社長の中島寛人(56)は「安全で付加価値が高い農作物を作ろうとした大企業の挑戦を無駄にすべきではない」と考えた。
オムロンが実現できなかった高品質トマトを生み出すカギは「人の感覚」にあった。広い温室内は、場所によって温度や光量が微妙に異なるため、一つの自動制御プログラムに依存すると作柄が安定しないことに気付いたのだ。目や肌の感覚を頼りにプログラムを修正した結果、徐々に品質は安定していった。栽培担当課長の奈須勇(38)は「機械はあくまで補助。大事なのは一本一本の手作業」と語る。ハイテクと人間の感覚が補い合うことで、当初一割にも満たなかった糖度七以上のトマトが今は六割近くまで増えた。
それでも経営は楽ではない。技術以外の壁が厚すぎるのだ。例えば、田園倶楽部の温室は農場と認められず、年間数千万円というまさに「工場並み」の税金がかかる。桧山管内せたな町などで農業を展開する居酒屋チェーン大手・ワタミの子会社、ワタミファーム社長の武内智(54)は「企業の発想を生かそうにも手足を縛る規制が多すぎる」と指摘する。
規制緩和の遅れは、農業団体が企業進出に否定的なことが影響しており、特に「既存農業の力が強い北海道は、企業の農業進出に最も消極的な都道府県の一つ」(農業参入を検討する企業関係者)といわれる。
だが、農家の高齢化と後継者不足は北海道でも年々深刻化している。個人が借金を背負わなくては新規就農できない仕組みでは、若い人材を農業に呼び込むことも難しい。「農地を農業者だけで有効活用できる時代ではない」(道央の農協幹部)というのが現実的な見方だろう。資本力や機動力、労働環境など企業の強みをいかに活用すべきかを考える時期に来ている。(文中敬称略)

参入5年で3倍
企業の農業参入には、農業生産法人を設立するか、株式会社のままで市町村と農地のリース契約を結ぶ方法がある。道によると、道内で企業がかかわる農業生産法人数は昨年9月現在で65社。道内で約2200ある法人のうち一部とはいえ、5年で3倍の伸びだ。
道は、公共事業削減で苦しむ道内建設業者の農業参入を後押ししており参入の半数以上が建設業者。本年度から制度融資の対象を他業種にも広げた。道外では島根県のように県外企業も支援対象とする県もある。
株式会社のままの参入は道内で5社あるが、農業生産法人よりも手続きに手間がかかる上、リースできる土地は条件の悪い耕作放棄地が多い。このため、ワタミファームは全面的に農業生産法人に切り替える方針を打ち出している。 |
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