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「医者屋」の後進育てたい
医師・奥野正孝さん 56
「顔の見える医療が好きな僕が地域医療に携わるのは、ごく自然なこと」
研修医の指南役に転身した奥野さん
「これから地域医療の最前線を見てもらうよ」。今月初め、三重県最南部の公立医療機関「紀南病院」(御浜町、288床)に配属されたばかりの若手研修医を連れだって、典型的なへき地の医療施設「紀和診療所」(熊野市)に向かった。待合室は80歳以上のお年寄りでいっぱい。戸惑う研修医に、「会話をしなさい。へき地で生活する患者が何を求めているのかを知ることが大事だ」と優しく語った。
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自治医科大の1期生。卒業後の医師生活の大半をへき地医療にささげてきた。三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台として知られる三重県鳥羽市の神島の診療所勤務は通算17年に及んだ。周囲4キロに満たない小さな離島、島民約500人の医療を支え続けた活躍ぶりを知る人たちは、その姿を地域医療をテーマにした漫画の主役医師にダブらせ、三重県の“Dr.コトー”と呼ぶ。
転機が訪れたのは今年4月。県の強い要請を受け、紀南病院に新設された「地域医療研修センター」のセンター長に就任したのだ。講義だけでなく、巡回診療などの実践的な研修を通し、全国から訪れる医師の卵たちを、一人前に育てるのが新しい仕事になった。神島の診療は、同じ大学出身の後輩医師に託した。
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「地域医療を背負おうとか、使命感に駆られているというわけじゃない。八百屋や魚屋のように、人に必要とされる『医者屋』でありたかった」
新たな勤務地もまた、医師不足が深刻な過疎地だが、へき地勤務を教え子たちにに強制するつもりはない。「必要なのは、患者に心から頼られる体験。将来、どんな医師になっても、それは必ず生きてくる。そこのところを若い医師に教えてやれればと思う」。そんな思いで地道な活動を続けていけば、いつかは自分のように、地域医療の最前線で汗を流す医師が誕生すると信じている。
(田中宏幸)
(2009年5月17日 読売新聞)