I.重力の影響を最も受けやすい関節
人間の体重の約7割は、股関節より上にあります。
人類が類人猿から進化してきた過程で、四足歩行が二足歩行に移行し、腰椎や股関節への負担が増大してきました。
しかしその一方で、運動能力を強化することで、二足歩行に対応してきたのであります。その証拠に、四足歩行をする動物の股関節は、運動能力がヒトほどには発達していません。実際に、瞬間100km/h以上で走れるチーターも、四足歩行のため大きな可動域は必要ありません。
当然、これほどの体重を支えることのできる関節は、股関節を置いて他にありません。
II.犬や馬にもある股関節脱臼
股関節脱臼は、犬や馬でも運動不足が原因で発生し、やはり遺伝の可能性が指摘されています。
四足歩行のため、ヒトの股関節ほど犬や馬の股関節は発達していません。
本サイトは人間の股関節脱臼や変形性股関節症を扱っているので、犬や馬の股関節症についての詳細なアドバイスはできませんが、無理のない程度に運動させる必要性はヒトの場合と同じです。飼い犬はまめに散歩させましょう。野生動物に股関節脱臼が発生し得ないことも、ペットの運動の重要性を裏付けています。
動物の場合はヒトと違って外科手術に応じてくれる獣医師が少ないので、予防策や運動療法などの研究が遅れていますが、不運にも脱臼を起こしてしまった場合でも、一日でも長く世話してあげましょう。
III.意外に横方向からの衝撃に弱い
股関節は、構造上完全な形をしていません。
実際には、すり合わせの部分は、大腿骨骨頭部を球とみなすと、断面図で120度前後の範囲、面積で2.5〜4ステラジアン程度でしか接触していません。(注:1ステラジアン=半径1mの球の表面1m2に相当する立体角。球面全体は4πsr=12.57sr)
すり合わせが球面全体だと、かえって股関節はまったく動かせません。
逆に、股関節を前後左右自在に完璧に動かせるようにするには、すり合わせは一点でなければなりません。股関節はその構造上、ある程度可動域が犠牲になっています。
こういった構造のため、股関節は上下方向の衝撃には耐えられるようにできていますが、前後方向や、特に横方向からの衝撃には非常に弱く、一定以上の外力でいとも簡単に脱臼するのはもちろん、横方向からの締め付けで股関節のすり合わせの中心がずれて、幼児期の臼蓋形成不全や脱臼につながるのであります。
IV.わずかでも障害があると、鍛えるのが困難
臼蓋形成不全や変形性股関節症は、わずかの外力でも助長されます。しかも症状の進み具合は加速度的で、ごく軽症の場合は健常者並みに運動していてもそれほど症状は悪化しませんが、重症化してくると、最悪の場合起立しているだけで症状が一気に進むようになります。
そもそも、安静にしているだけでも悪化の原因になるものですので、症状の進行を遅らせるためには、股関節に負担の少ない方法でこまめに運動をさせる必要があります。
重力の影響を極力少なくしたトレーニングのうち、最も重要なものが水中ウォーキングや水泳です。一般向けの運動でも、最近になって高岡秀夫氏考案の「ゆる体操」が公開されました。
V.筋力トレーニングやストレッチングは一歩間違うと大変なことになる!
しかし、水中ウォーキングはともかく、多くのストレッチング教則本やヨガ・ピラティス・真向法・太極拳などの各種健康法は健常者向きなので、運動の内容によっては無理に股関節を大きく開かせるものがあり、重症患者の場合、何でもないストレッチングで3日間股関節痛が連続して安静を強いられたこともあります。
また、医師や理学療法士から指示された筋力トレーニングであっても、やり方が間違っていると効果が出なかったり、もしくは症状をかえって悪化させたりする場合があります。
最もいけないのは、反動をつけて筋力トレーニングやストレッチングを行うことです。効果が出にくいばかりではなく、股関節に瞬間的に大きな力が加わる可能性があります。
大切なのは、決して無理をしないということです。ヨガやピラティスなどは教則本の一部手順が既に無理をしている可能性があるので、「太平洋海霧研究所」としては、一般向けの書物に従って手順を進めることはお奨めできません。特に、グレーゾーンの臼蓋形成不全でも禁止されている運動もあるので、「誰でもできる」という謳い文句は「健常者なら誰でもできる」と解釈して下さい。
次に問題なのは、運動してもさっぱり効果が出ないからといって無気力になることです。
変形性股関節症は慢性病です。リハビリの効果は一朝一夕には出ません。極端な話、歩くことも困難な末期状態の患者が、手術を受けた翌日にオリンピックに出られるということは、煎り豆どころか真っ黒焦げの豆に花が咲くのに等しいことです。
私も、筋力トレーニングの効果が出なくてバカらしくなって途中で止めました(筋力トレーニングの方法そのものが間違った指示だったが)が、19歳で末期症状を経験したのも、筋力トレーニングをサボったのが原因の一つでした。
リハビリには根気が必要です。長く続けるためにはいろいろと工夫が必要です。努力目標を設定する、音楽に合わせて体を動かす、運動は必ず他の人と一緒に進める、等といった、長続きさせるためのアイデアを、変形性股関節症のWebページのフォーラムなどで考えてみては如何でしょうか?