アスペルガーと前頭前野
テーマ:広汎性発達障害、アスペルガー症候群僕が精神科医になってから、「統合失調症ではない」と否定的に診断した人は、間違っていたことが1度もない。最もよくわからないのが、統合失調症でないと診断して、その後時間が経ってからもそうなった人がいないこと。これはちょっとした謎であった。
逆に「統合失調症である」と肯定的に診断して、実はそうではなかった人は過去にいることはいる。ここ数年では1名のアスペルガー症候群である。この子は時間が経ってから訂正したが、この子が僕の目を一時にせよ欺いたことも、ずっと謎であった。
僕は幻覚妄想があるからとか、陰性症状があるように見えるからといって統合失調症とは診断しない。参考にするだけだ。
アスペルガー症候群の人たちは、脳の機能不全の部位が統合失調症とオーバーラップしているように見える。これは最近、そう思うようになった。「対人接触性の座」は前頭前野と関係が深い。たぶん、アスペルガー症候群の人たちも、ここが同じように機能不全なのだろう。特に病状が悪い時は。だからこそ、彼らの病状が悪い時に騙されるのである。
「前頭前野」は、コミュニケーション、思考、創造、行動・情動の抑制、意欲、記憶、自発性など多岐の要素と深いかかわりがある。例えば、数人と会話している時に、中心になっている人に注意を向けたり、話に追随したり、笑うところで笑ったりするなど、人間らしい行動、情動を制御しているといえる。また、嫌なことがあってもそれを表情に出さず、上手い具合にバランスをとって円満な人間関係を保てるのもここが関係している。アスペルガーの人は、同時にいくつかの仕事を頼まれるとパニックになったりするが、これは前頭前野が不調だからである。意味不明に暴力を振るうのもこれに関係が深い。
実はアスペルガーは前頭前野に加え、もう少し感情や他の精神機能にも障害に広がりがあるのである。だから統合失調症とアスペルガーは、もちろん同じではない。僕がアスペルガーの診断があってもなくても良いくらいにいうのは、しょせん統合失調症ではないことが大きい。上のように書くと、あたかもアスペルガーの方がより疾病として重いように思われるかもしれないが、統合失調症の場合、その障害が深遠なのである。
アスペルガーは落ち着いてくると、統合失調症の人に比べ全く見違うような接触性の改善を見せる。だからこそだが、アスペルガーの人たちがいつまでも統合失調症のふりをし続けるのは難しい。数ヶ月経って、まだアスペルガーを統合失調症と思っていたら、それはよく患者さんを診ていないのである。
もしアスペルガーを誤診して、例えば定型抗精神病薬やリスパダールのようなincisiveな薬物で薬漬けにした場合、長い期間、見分けがつきにくくなることは十分にありえる。これはアスペルガーの精神症状から言っても、いかにもありそうなことだ。アスペルガーの一部に極めて暴力性が高い人たちがいるからである。
しかしよく観察していると、精神面がいくらか改善している時期、声をかけた時の反応性や目の動きが、統合失調症のそれとは異なっているようには見える。だから常に注意していれば診断に疑問を持つのが普通だと思われる。
なぜ、リスパダールの大量などで薬漬けにすると統合失調症と見分けがつかなくなるかだが、このような薬物は前頭前野も含め前頭葉の機能を低下させるからであろう。陰性症状が改善するどころか、かえって悪くなっているように見えることもこれをあらわしている。
(薬漬けにしたことで統合失調症になったわけではないことに注意。薬漬けの紛らわしいアスペルガーもアルペルガーには変わりはない。もしそんなことで統合失調症に変化したとしたら、ウルトラDだと思う。)
統合失調症に対する真に理想的な抗精神病薬は、中脳辺縁系でドパミンの過剰を抑え、なおかつ前頭(前頭前野も含む)でむしろドパミンを増やすようなメカニズムを持たなければならない。こうならないと、幻覚妄想を消失させ、あわせて陰性症状が改善して来ないからである。大量のリスパダールや旧来の強いタイプの抗精神病薬は、すべからくドパミンを遮断してしまうので、もちろん理想とは程遠い薬物とは言えた。
ところで、僕が統合失調症ではないと診断した人たちだが、確率的にはそれから統合失調症になってもおかしくないはずだ。ところがそうならないのは、ある程度、精神症状が出現し病院に初診した時点で、統合失調症ではない場合、既に精神疾患として別なルートを歩み始めていると考えた方がすべての辻褄が合う。だからこそ、それから統合失調症にならないのである。こういうのを見ても、初期分裂病なる概念が存在せず、その理論が根本的に間違っていることがわかる。
これは「猿の惑星」ではないが、現代の猿が遠い将来にわたって人間にはならないことに似ている。進化の過程では「時間」が重要なファクターなのと同じように見えるのである。
僕たちが行うクラシックな診断法は、いわゆる操作的診断法ではできない、優れた診断法なんだろうと思う。
1 ■さすが!!
職人技!!