「悪法」推進議員は誰だ!(1) 八木秀次(高崎経済大学教授)、花岡信昭(ジャーナリスト)、百地 章(日本大学教授)
「苦役」を国民に課す愚
八木 ここ十数年来、国家統制を変に強めたり、国のあり方をおかしくするような「悪法」が国会に提出されることが続いています。いくつかはそのたびに押し戻されていますが、いくつかは知らないうちに「全会一致」で可決されて、いざ施行という段になって、「何でこんな法律が通ったんだ」と物議を醸すありさまですね。前者の代表的なものとして、「人権擁護法」や「永住外国人の地方参政権の付与」などが挙げられるでしょう。後者の代表的なものは「裁判員制度」や「国籍法の改正」などでしょうか。いったいなぜこのような法律が通るのか、そして誰がこのような法律を推進しているかを議論したいと思います。
花岡 やはりまずは裁判員制度でしょうか。いよいよ5月21日に裁判員制度が開始され、7月ごろより実際に一般国民が裁判に関わるようになりますね。スタート間近ですが、これについてはどうでしょう。
八木 裁判員制度は、法律的な議論も問題点についての議論も不十分だといわざるをえませんね。司法制度改革審議会の提案をろくに議論しないまま国会を通過してしまった。裁判員制度は国民から無作為に選ばれた裁判員が裁判官とともに裁判を行なう制度で、司法に国民が参加することで日常感覚や常識といったものが裁判に反映されることが目的だとされていますが、一般国民が人を裁くことができるのか。本当に裁判員制度が司法のためになるのか。こういう重要な議論が抜け落ちているように思えます。
百地 この「悪法」を議員の誰が推進したか、ということですが、まず公明党は一貫してきわめて裁判員制度の創設に積極的でしたね。公明党は2004年4月24日付の党機関紙『公明新聞』で「公明党は、政党で唯一、裁判員制度の創設を独立した項目として衆院選マニフェスト(政策綱領)に盛り込むなど積極的に推進してきた」と誇っています。
花岡 公明党そしてその支持母体の創価学会が、裁判員制度界をリードしていくという意味でしょうかね。
僕が裁判員制度についてもっとも危惧しているのは、はたして本当に有権者名簿から無作為抽出することができるのか否かという点です。そして、もう1つは裁判員を拒否する基準が曖昧である点です。後者に関しては、たとえば20歳以上であっても学生なら拒否できますし、出産の立ち会いや親族の結婚式の出席などでも辞退できる。げんに裁判員候補者約29万5000人のうち、辞退希望の回答が約10万9000通も寄せられています。この数字だけ見ても、いかに積極的に参加しようという人が少ないかがわかる。
八木 裁判員の出頭を正当な理由なく拒否すると10万円以下の過料になりますが、およそ普通の人なら、過料を払ってでも断ろうとするでしょう。
するとどういう人が裁判員として残るのかというと、それこそ特定の政治的イデオロギーや宗教的情熱をもった人ばかりになってしまう(笑)。先ほどの『公明新聞』は、裁判員制度は「日本の民主主義のあり方を変えゆく大改革だ」、と持ち上げているけれど、たしかにこうなれば「大改革」ですよ(笑)。
百地 裁判員制度の中心になっていたのは法曹出身の議員です。たとえば2003年10月の『日弁連新聞』には、10月1日の「法の日」に、裁判員制度推進議員連盟の保岡興治氏(自民党)、荒木清寛氏(公明党)、千葉景子氏(民主党)が東京の数寄屋橋で、弁護士会の弁護士たちと一緒に『日弁連新聞』の市民版「裁判員制度特集号」を通行人に配ったという「ほほえましい」記事が掲載されています。
八木 「裁判員制度推進議員連盟」は超党派の議連で、会長は橋本龍太郎氏。少し以前の議連なのでメンバーが調べにくいのですが、自民党では、幹事長を長勢甚遠氏、事務局長を下村博文氏が務めて積極的に推進していたようですね。塩崎恭久氏も推進派の市民が主宰する勉強会に参加したりしているようです。
花岡 長勢甚遠氏は、自民党の「裁判員制度と国民の司法参加のあり方に関する小委員会」委員長も務めていますね。
百地 たしかにこの法案に関する議論は議員のあいだでもありましたが、それは専門的知識をもった議員だけのあいだにすぎず、その他の議員は詳しい内容を知らず、国民に対する説明もほとんどありませんでした。
八木 民主党では、いま名前が出た千葉景子氏をはじめ、小宮山洋子氏、平岡秀夫氏、小川敏夫氏、民主党の司法改革ワーキングチームの座長を務めた江田五月氏などが積極的な役割を果たしたようです。この方々はいずれも民主党の「次の内閣」で法務大臣役を務めています。
裁判員制度には、いろいろな思惑が呉越同舟状態になっているのではないかと思います。
百地 しかし、平成20年4月の最高裁の世論調査でも国民の8割以上が裁判員制度に対して消極的ですし、また、たとえば新潟弁護士会などは反対決議を出している。裁判官も内心ほとんどが反対しているともいわれていますが、最高裁が推進しているから露骨に反対はできないだけです。
また、裁判員制度はそもそも憲法違反の可能性がある。そもそも憲法は裁判官による裁判を前提としており、「職権の独立」も「身分保障」もない一般国民が裁判に参加することなど想定していません。ずぶの素人で「職権の独立」も「身分保障」もない国民が参加した裁判で、本当に「公平な裁判」が保障されるでしょうか。加えて、憲法違反の疑いのある裁判員制度への参加を国民に強制することは、「意に反する苦役」を禁ずる憲法18条に違反する可能性もあるんです。さらに、納税、勤労、教育といった憲法上の国民の義務に存在しない義務を課す点でも問題となる。
ところが、違憲論が根強いにもかかわらず、司法制度改革審議会は強引に押し切ってしまったわけです。要するに、「お上がすべて国民のことを事前に取り仕切っていては『自律した人間』が育たない。自律した国民を育てるためには自己責任型の裁判で争うやり方が必要であり、そのためにも司法のあり方を変えなければならない」という論理です。
八木 憲法の理念で日本の「国のかたち」を変えるといっているんですよ、司法制度改革審議会の答申は。それを書いたのが京大名誉教授の佐藤幸治氏です。憲法13条の「個人の尊重」でもって、日本の「国のかたち」を変えると宣言してしまった。
ずいぶん前に、政府の大きな審議会の答申を全部読んだことがあったのですが、平成9年の行政改革会議あたりから、日本国憲法が前提とした哲学でもって日本の社会のあり方を変えていこうという動きが強まっているように感じました。そういう代表的な審議会に必ず入っているのが佐藤幸治氏なのです。
百地 やはり日本人は、欧米人とは国民性が違うわけです。憲法が前提としているのが「自律型の人間像」だからといって、日本の国民性を欧米型の「自律型」スタイルに変えてしまおうという発想はいかがなものでしょうか。
八木 一部の学者が頭のなかで考えたものを実験しようというわけです。政府も最高裁もみんな一生懸命になって、莫大な税金を使いながらそちらの方向にもっていこうとしていますが、このような実験は社会主義の実験などを見れば明らかなように、必ず失敗しますよ。
花岡 裁判員制度で対象になるのは殺人事件や強盗事件、危険運転致死などの重罪事件です。そんな犯罪の判決に国民を参加させるというのは、「実験」としてもやり過ぎでしょう。時には死刑判決を下さねばならない局面だってある。そういうときに人の命を奪うという意思を裁判員として下すことができるかどうかという根源的な疑問を考えたら、そこまでの意識改革は進んでいないのではないかと思いますし、そもそもなぜ国民がそんなことをしなければならないのか。
百地 「人が人を裁くことはできない」と考えている国民は宗教者でなくとも非常に多い。こういう人に無理やりに人を裁かせることが、はたして人権の観点からしても正しいことなんでしょうか。むしろ「人権」の観点から考えてみると、裁判員制度は国民の人権を侵害する危険性だってある。
これだけの問題があるのに、いまひとつ国会議員の関心が薄いのは、国会議員自身は裁判員制度に参加しなくてもいい、つまり国会議員は裁判員を免除されているということもあるのではないかとすら思いたくなりますよ。裁判員制度ができても自分たちには関係ない。自分に関係ないことには関心をもたないというのが人間の常ですから。
八木 ここ十数年来、国家統制を変に強めたり、国のあり方をおかしくするような「悪法」が国会に提出されることが続いています。いくつかはそのたびに押し戻されていますが、いくつかは知らないうちに「全会一致」で可決されて、いざ施行という段になって、「何でこんな法律が通ったんだ」と物議を醸すありさまですね。前者の代表的なものとして、「人権擁護法」や「永住外国人の地方参政権の付与」などが挙げられるでしょう。後者の代表的なものは「裁判員制度」や「国籍法の改正」などでしょうか。いったいなぜこのような法律が通るのか、そして誰がこのような法律を推進しているかを議論したいと思います。
花岡 やはりまずは裁判員制度でしょうか。いよいよ5月21日に裁判員制度が開始され、7月ごろより実際に一般国民が裁判に関わるようになりますね。スタート間近ですが、これについてはどうでしょう。
八木 裁判員制度は、法律的な議論も問題点についての議論も不十分だといわざるをえませんね。司法制度改革審議会の提案をろくに議論しないまま国会を通過してしまった。裁判員制度は国民から無作為に選ばれた裁判員が裁判官とともに裁判を行なう制度で、司法に国民が参加することで日常感覚や常識といったものが裁判に反映されることが目的だとされていますが、一般国民が人を裁くことができるのか。本当に裁判員制度が司法のためになるのか。こういう重要な議論が抜け落ちているように思えます。
百地 この「悪法」を議員の誰が推進したか、ということですが、まず公明党は一貫してきわめて裁判員制度の創設に積極的でしたね。公明党は2004年4月24日付の党機関紙『公明新聞』で「公明党は、政党で唯一、裁判員制度の創設を独立した項目として衆院選マニフェスト(政策綱領)に盛り込むなど積極的に推進してきた」と誇っています。
花岡 公明党そしてその支持母体の創価学会が、裁判員制度界をリードしていくという意味でしょうかね。
僕が裁判員制度についてもっとも危惧しているのは、はたして本当に有権者名簿から無作為抽出することができるのか否かという点です。そして、もう1つは裁判員を拒否する基準が曖昧である点です。後者に関しては、たとえば20歳以上であっても学生なら拒否できますし、出産の立ち会いや親族の結婚式の出席などでも辞退できる。げんに裁判員候補者約29万5000人のうち、辞退希望の回答が約10万9000通も寄せられています。この数字だけ見ても、いかに積極的に参加しようという人が少ないかがわかる。
八木 裁判員の出頭を正当な理由なく拒否すると10万円以下の過料になりますが、およそ普通の人なら、過料を払ってでも断ろうとするでしょう。
するとどういう人が裁判員として残るのかというと、それこそ特定の政治的イデオロギーや宗教的情熱をもった人ばかりになってしまう(笑)。先ほどの『公明新聞』は、裁判員制度は「日本の民主主義のあり方を変えゆく大改革だ」、と持ち上げているけれど、たしかにこうなれば「大改革」ですよ(笑)。
百地 裁判員制度の中心になっていたのは法曹出身の議員です。たとえば2003年10月の『日弁連新聞』には、10月1日の「法の日」に、裁判員制度推進議員連盟の保岡興治氏(自民党)、荒木清寛氏(公明党)、千葉景子氏(民主党)が東京の数寄屋橋で、弁護士会の弁護士たちと一緒に『日弁連新聞』の市民版「裁判員制度特集号」を通行人に配ったという「ほほえましい」記事が掲載されています。
八木 「裁判員制度推進議員連盟」は超党派の議連で、会長は橋本龍太郎氏。少し以前の議連なのでメンバーが調べにくいのですが、自民党では、幹事長を長勢甚遠氏、事務局長を下村博文氏が務めて積極的に推進していたようですね。塩崎恭久氏も推進派の市民が主宰する勉強会に参加したりしているようです。
花岡 長勢甚遠氏は、自民党の「裁判員制度と国民の司法参加のあり方に関する小委員会」委員長も務めていますね。
百地 たしかにこの法案に関する議論は議員のあいだでもありましたが、それは専門的知識をもった議員だけのあいだにすぎず、その他の議員は詳しい内容を知らず、国民に対する説明もほとんどありませんでした。
八木 民主党では、いま名前が出た千葉景子氏をはじめ、小宮山洋子氏、平岡秀夫氏、小川敏夫氏、民主党の司法改革ワーキングチームの座長を務めた江田五月氏などが積極的な役割を果たしたようです。この方々はいずれも民主党の「次の内閣」で法務大臣役を務めています。
裁判員制度には、いろいろな思惑が呉越同舟状態になっているのではないかと思います。
百地 しかし、平成20年4月の最高裁の世論調査でも国民の8割以上が裁判員制度に対して消極的ですし、また、たとえば新潟弁護士会などは反対決議を出している。裁判官も内心ほとんどが反対しているともいわれていますが、最高裁が推進しているから露骨に反対はできないだけです。
また、裁判員制度はそもそも憲法違反の可能性がある。そもそも憲法は裁判官による裁判を前提としており、「職権の独立」も「身分保障」もない一般国民が裁判に参加することなど想定していません。ずぶの素人で「職権の独立」も「身分保障」もない国民が参加した裁判で、本当に「公平な裁判」が保障されるでしょうか。加えて、憲法違反の疑いのある裁判員制度への参加を国民に強制することは、「意に反する苦役」を禁ずる憲法18条に違反する可能性もあるんです。さらに、納税、勤労、教育といった憲法上の国民の義務に存在しない義務を課す点でも問題となる。
ところが、違憲論が根強いにもかかわらず、司法制度改革審議会は強引に押し切ってしまったわけです。要するに、「お上がすべて国民のことを事前に取り仕切っていては『自律した人間』が育たない。自律した国民を育てるためには自己責任型の裁判で争うやり方が必要であり、そのためにも司法のあり方を変えなければならない」という論理です。
八木 憲法の理念で日本の「国のかたち」を変えるといっているんですよ、司法制度改革審議会の答申は。それを書いたのが京大名誉教授の佐藤幸治氏です。憲法13条の「個人の尊重」でもって、日本の「国のかたち」を変えると宣言してしまった。
ずいぶん前に、政府の大きな審議会の答申を全部読んだことがあったのですが、平成9年の行政改革会議あたりから、日本国憲法が前提とした哲学でもって日本の社会のあり方を変えていこうという動きが強まっているように感じました。そういう代表的な審議会に必ず入っているのが佐藤幸治氏なのです。
百地 やはり日本人は、欧米人とは国民性が違うわけです。憲法が前提としているのが「自律型の人間像」だからといって、日本の国民性を欧米型の「自律型」スタイルに変えてしまおうという発想はいかがなものでしょうか。
八木 一部の学者が頭のなかで考えたものを実験しようというわけです。政府も最高裁もみんな一生懸命になって、莫大な税金を使いながらそちらの方向にもっていこうとしていますが、このような実験は社会主義の実験などを見れば明らかなように、必ず失敗しますよ。
花岡 裁判員制度で対象になるのは殺人事件や強盗事件、危険運転致死などの重罪事件です。そんな犯罪の判決に国民を参加させるというのは、「実験」としてもやり過ぎでしょう。時には死刑判決を下さねばならない局面だってある。そういうときに人の命を奪うという意思を裁判員として下すことができるかどうかという根源的な疑問を考えたら、そこまでの意識改革は進んでいないのではないかと思いますし、そもそもなぜ国民がそんなことをしなければならないのか。
百地 「人が人を裁くことはできない」と考えている国民は宗教者でなくとも非常に多い。こういう人に無理やりに人を裁かせることが、はたして人権の観点からしても正しいことなんでしょうか。むしろ「人権」の観点から考えてみると、裁判員制度は国民の人権を侵害する危険性だってある。
これだけの問題があるのに、いまひとつ国会議員の関心が薄いのは、国会議員自身は裁判員制度に参加しなくてもいい、つまり国会議員は裁判員を免除されているということもあるのではないかとすら思いたくなりますよ。裁判員制度ができても自分たちには関係ない。自分に関係ないことには関心をもたないというのが人間の常ですから。
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