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社説

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国内感染―広がり踏まえた対策を

 事態は、思わぬ速さで進んでいる。

 新型の豚インフルエンザは、兵庫県と大阪府の高校生を中心に感染の広がりを見せている。外国で感染した人を通じて国内に入り込んだウイルスに高校生が感染し、クラブ活動などを通じてさらに広がったとみられる。

 空港ではなく、国内で感染が見つかったのは初めてだ。しかも、校内での集団感染という一歩進んだ形だった。2府県にとどまらず、国内で感染がかなり浸透していると考えざるを得ない。感染の広がりを想定して、医療態勢などの整備を急ぐべきだ。

 政府は、ウイルスの国内への侵入を防ぐ水際作戦に力を入れてきたが、感染しても症状が出ない、最長で1週間の潜伏期間があり、検疫をすり抜ける可能性が指摘されていた。それがはっきり現実のものとなった。

 これまで報告がなかったのは、ものものしい検疫態勢が患者を特別視する雰囲気を生み、感染の疑いに気づいた人が発熱相談センターへの電話をためらったからかもしれない。

 政府が水際作戦の成果を強調してきたことが、国内にはウイルスが入っていないという誤った安心感を与えてしまった可能性もある。

 感染がわかったきっかけは12日、診療所を訪れた高校生の症状を見て、念のためにと検査を依頼した神戸市の開業医の機転だった。渡航歴のない高校生の検査は後回しになり、新型と確認されたのは3日後の15日だった。

 神戸市では、大型連休明けにインフルエンザらしい症状を訴える患者が増え、この高校でも8日ころから目立ち始めていた。しかし、新型とは疑われなかったようだ。

 厚生労働省が早くから国内への侵入を前提に注意を呼びかけていれば、もっと早い段階で集団感染がわかった可能性もある。

 ほかの都道府県でも、同様に見過ごされている例もあるのではないか。

 厚労省は、全国の自治体での医療態勢づくりを全力で支えなければならない。医師などの専門家には、水際の検疫ではなく、地域での感染対策にこそ力を注いでもらうべきだ。

 インフルエンザは自宅で寝て治すことが常識の米国などとは異なり、日本では病院や診療所へ駆け込む人が多い。大勢の患者が病院に押しかけたら、発熱外来はもちろん、病院全体が大混乱に陥りかねない。

 軽症の人が家にとどまって診療を受けられる往診態勢や、医療機関が感染を広げる場にならないように感染者を分ける仕組みも必要だ。休校措置などを広げすぎると、家族も動けなくなり地域社会の機能がマヒしかねない。

 感染者数が刻々と増えている。現実的な対応策を至急、整えなければならない。

裁判員―体験を共有するために

 国民が陪審員として刑事裁判に参加し始めた韓国。休憩中の法廷で陪審員に取材を呼びかけ、閉廷後に話を聞くことができた。同じように参審員が裁判官とともに裁くドイツでも、参審員への取材に制約はなかった。

 両国の陪審員にも参審員にも守秘義務がある。公判の後に有罪か無罪かなどを話し合う評議については話せない。だが裁判に参加した感想は、自らの言葉で語ってくれた。

 罪に問われた人を裁くとは、いったいどのようなことなのか。これまで縁のなかった体験を、次の裁判員になるかもしれない市民に伝えることは、国民の司法参加を進めるうえで欠かせないことだ。体験が国民で共有できるかどうかが、21日から始まる裁判員制度の成否を左右することにもなる。

 朝日新聞の世論調査では、8割弱の人が裁判員には「できれば参加したくない」か「絶対参加したくない」と答えた。人を裁けるのかとの不安があるのだろう。それを和らげるためには十分な情報公開が欠かせない。

 裁判員には重い守秘義務がある。裁判員6人と裁判官3人が密室で行う評議の内容や、裁判員の名前や住所など、公開の法廷以外の場で知った秘密を漏らしたときは、6カ月以下の懲役か50万円以下の罰金が科せられる。

 確かに、裁判員や裁判官がどういう意見を述べたのか、その内容がむやみに外部に漏れてしまっては、自由な評議は難しくなるだろう。

 裁判官や検察官、弁護人らの発言に分かりにくい点はなかったか。評議で裁判長が誘導しなかったか。裁判員をやってよかったか。こうした点について感想を述べることは許されるとされている。

 一方、評議で自分が述べた意見は秘密に含まれるが、裁判が終わったあとに自らの意思で公表することまで禁じるのは行きすぎではないか。

 主権者である国民には、裁判員制度の実態を知る権利がある。裁判の公正さが損なわれない限り、その権利が制約されることがあってはならない。さらに、裁判員が自らの意見を表明することは、憲法が保障する表現の自由に含まれるとも考えるべきだろう。

 国民の知る権利を守るうえで、裁判官と検察官、弁護士にもう一つ注文したいことがある。

 裁判官と検察官、弁護人だけが集まって事前に争点と証拠を整理する公判前整理手続きの公開だ。審理促進を目的に裁判員制度より一足早く実施されているが、現在は非公開だ。

 これでは、国民が参加する前に、いわゆる法曹三者が自分たちだけで仕切っていると見られかねない。審理の行方を左右する重要な手続きでもある。裁判公開の原則もある。早急に公開に向け検討を進めるべきだ。

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