2006年03月28日(火)

「小さな政府」論と公務員制度改革②

●つづき

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 つまり、公務員のコア部分は「小さな政府」であっても、「民間」への広範な介入を残した開発主義的政府(大きな政府)という本質を持っているわけである。この政府の介入体制を官僚支配や利益誘導政治批判という視点から「打破」するものが構造改革であると認識するならば、「官から民へ」というスローガンの下における公務員制度改革も、コアの公務員の「非公務員化」という視点からのみ捉えることは正確ではなく、公務と民間の相互浸透・相互関係を念頭においた公共性の在り方(憲法15条による「全体の奉仕者」など)に関わる問題として、総合的に理解する必要があるだろう。

 このような「構図」があるために、数的には少ない「公務員」の給与を抑制することが、所得政策としての全労働者の賃金抑制に帰結するのであり、更に、介護保険や医療保険などの「報酬」を政府が決定することにより、社会福祉・保障関係の労働者の給与を大枠で規定するという政府の影響力は、先進国の中でも大きな部類に属するであろう。

Ⅲ)グローバル資本と政治の新たな融合としての公務員制度改革

1)「挫折」した「公務員制度改革大綱」(2001年)

 公務員制度改革は、小泉構造改革の一つの中心的課題ではあるが、恐らく、「あるべき」公務員像を示す全面的な「公務員制度改革」という姿を取らないであろう。
 2001年12月に示された公務員制度改革大綱も、その作成プロセスの「密室性」や天下りやキャリア優遇の「ご都合主義」を別にしても、体系的な公務員制度改革とはかけ離れた内容であった。もともと、年功序列的給与と言われているものにしても、国公法等に規定された「職階制」「職務給」が、生活給与保障の視点から「運用」されてきた側面が強く、この「是正」に当たって、必ずしも法改正が必須というわけでもない。

 そこで、その後の公務員給与改革の流れを見ると、人事院(地方の場合は、人事委員会)の勧告なども「活用」しつつ、「能力主義・業績主義」の給与に接近してきている。公務員制度改革の全面展開ではなく、「官僚批判」に便乗した実施可能な部分からの「改革」であるといえるだろう。

2)「小さな政府」論からの「公務員制度改革」

 「公務員制度改革大綱」が挫折したと言っても、必ずしもこれが、現代支配層の要求する「公務員」の在り方と大きく乖離をしていたということも適当ではない。構造改革に対する「抵抗勢力」としての「官僚群」の「変革」という点では、自民党の「族議員」とつるんで抵抗する官僚組織から、構造改革を積極的・急進的に進める「官僚群」へのモデルチェンジを目指したものであった。

 従って、この「公務員制度改革大綱」の流れが、「官僚の官僚による官僚のための改革」という抵抗勢力の延長線上にある「改革」であると規定することは、基本的な誤りである。当初前面にでていた「国際戦略スタッフ」などの、新しい官僚組織は、グローバル視点をもった、大企業と官僚組織の新しい融合形態であり、既存の官僚組織の延長に位置づけられれる制度ではなかった。

 いわゆる「官邸主導」や強い内閣総理大臣に対応し、政党による議案の事前チェックを是とするような、現行の日本的議院内閣制度から脱却を目指すものであり、「抵抗勢力」を含んだ政党政治=特定の政党への奉仕というよりも、「抵抗勢力」排除型の強い内閣主導の政治展開に適合的な制度への渇望であったといえよう。これは、官邸主導による経済財政諮問会議(とりわけ「民間議員」主導)が、予算編成を含めた、政府の方針決定に重要な役割を果たすようになり、かなり実現されつつあるのが実情である。

 現時点における「公務員制度改革」をめぐる条件は、この「公務員制度改革大綱」が発表され、また、それが「挫折」していった時期とも、かなり異なっている。

 第一に、二大政党制がかなり「確立」をしてきており、これを念頭において、自民党も民主党も、単に従前のように各省庁の官僚組織に依存して、政治・政策活動を展開するのではなく、かなり広範な政治的任用によるスタッフを揃える方向を志向している。両党のシンクタンク構想などを見れば、その問題意識は明かであろう。

 第二は、行政の民間化が強く志向される中で、公務員(とりわけ高級官僚群)と民間大企業の「官民交流」が進み、職員派遣や年金・退職手当の「通算」、相互の円滑な交流が実現しつつある。他方で、一般の職員については、市場化テストや自治体の指定管理者制度などに関わって、「分限」による整理解雇などの強攻策の活用が目指されるといった状況である。

 第三に、「小さな政府」論により、社会保障や地方歳出を大幅に削減する手法と関連して、公務員の削減や給与抑制が大々的に進められようとしている。竹中総務相の下に設置された「地方分権21世紀ビジョン懇談会」、経済財政諮問会議のタスクフォース等の議論に明らかなように、国と地方を含めた大幅な「一般政府の効率化」が目指され、道州制導入による都道府県廃止の「だるま落とし」的財政合理化などが、現実味を帯びてきている。国家公務員行政職33万人のうち、地方支分部局に勤務する公務員が22万人存在する。この部分が、道州制導入によって再編をされるという「仕掛け」も重大である。

 第四に、このような公務員をめぐる情勢変化の中で、公務員制度のあるべき姿(とりわけ、憲法に規定された「全体の奉仕者」や勤労者の労働基本権保障)などを考えるよりも、官と民の「イコールフッティング」という、行政の民間化を是認した上での弥縫的な議論が猖獗している。労働基本権問題も、ILOの勧告に対処する面も含みつつ、こういった理念なき「現実論」から発想されている。本当に「イコールフッティング」を目指すのであれば、コアの公権力の行使に関わる公務員を除いて、労働基本権を民間と同じレベルで付与することは当然になるが、先述したように、民間組織によって広範に取り巻かれている「公務」分野を民間と同様に扱うことや、労働組合にかなりの力量が「残っている」ことなど、現実政治に与える影響を考えると、結局「消極論」が出てくるわけである。

3)NPMを中心とする公務員制度改革

 西村美香「New Public Managementと地方公務員法」(総務省自治行政局公務員部編『地方公務員制度の展望と課題』平成11年)によれば、NPMを中心とする公務員制度改革は、まず既存の制度内における人件費の削減→職務の見直し(既存の枠を超える)→職務遂行過程の見直し(既存の枠を超える)→権限関係や組織再編の見直し(既存の枠を超える)という流れで「発展」することになる。
 この最後の「権限関係や組織再編の見直し」の具体の内容は、①中央―地方の軸での分権化②行政機構内での分権化③政官関係の見直し、などとされている。
 現状は既に述べたように、こういったレベルを超え、「行政の守備範囲論」を超えた行政と市場の融合・相互浸透、資本のグローバル化を媒介とした官と民の融合・相互浸透が進んでいる。
 公務員制度改革を考えるに当たっても、改めて憲法に規定された公務員制度の基本に立ち戻り、行政の公共性原理による点検が要請されている。

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●短い文章なので、なにか尻切れトンボのようになっているので、多少敷衍をしておきたい。

 市場化テスト法案が国会に上程されているが、大変に危険な内容をもっている。ここでは、公務員制度問題に絞っておくが、官民競争入札を行って、「官」が負けた場合、その職場にいる職員は、基本的に配置転換を行うが、場合によっては、勝った民間に異動することもあり得る(ことになっている)。
 法案は、こういった場合の「出来レース」などを規制する、かなり「細かい」規定が設けられている。
 しかし、よく考えてみると、負けた官から勝った民に行くということは、イギリスなどでも見られた光景である。むしろ、職安などの現状を見ると、公務員が民間に来て、そのノウハウを生かすことが民が仕事を受ける前提になるようなケースが想定される。はじめから民にノウハウがあれば、「問題ない」ということであろうが、そう簡単なものではない。
 
 こういったケース以外は、基本的には配置転換によることになっていはいるが、2007年問題という「団塊の世代」の大量退職が折り込まれている。ベテラン職員の退職後の「処遇」のあり方によっては、「民」に雇用されて、従前の仕事に就くというケースも想定されるだろう。
 現に、矢祭町などでは、退職した職員をボランティアあるいは、有償ボランティアとして「再雇用」し、「第二役場」として機能させるというような構想も見られる。この場合は、「民」に取られる前に、官が組織をしてしまうということになろう。

●さて、「小さな政府」論との関係で、まとめておこう。
 現在の公務員制度改革の方向は、新自由主義的政策を積極果敢に展開する「官僚群」を形成することがその政治的目標になる。私は、この新しい官僚群を例えば「国際戦略スタッフ」というような、官と独占が融合した新しい官僚として把握をしている。
 官僚の官僚による官僚のための「改革」というものではなく、現在の日本における資本のグローバル化に対応した行政の「再編」を主導する性格を持っている。官僚の「まま」という点では、「不変」に見えるが、その果たすべき役割は歴史的に変貌する。

 一方、一般の公務員は、能力主義や業績主義によって、生存競争を強化され、生き残りに必死になるように条件付けられていく。行政の民間化とパラレルに、公務員の民間化も進行していく。
 給与をはじめとした労働条件も、民間との「イコールフッティング」が至上命題になる。これは、憲法が規定している公務員制度との距離が離れていくものである。憲法の規定は、国民による選定罷免権などに象徴されるように、国民が国家権力をコントロールする手段として、設定されている。
 その反射が、憲法99条の憲法遵守義務である。
 こういった、立憲政治の基本的仕組みが、官民のイコールフッティング論では、後景に退く。郵政民営化もそうであったが、守秘義務をはじめとした従前の公務員の仕事を「みなし公務員制度」などの「曖昧」なものに変質させていった。逆に言うと、そういう規定を設けないと、仕事の性格上、公共サービスにならないというネックがあるわけだ。

●こういうことで、「小さな政府」は公務員制度に関してみても、極めて歪んだものになる。今一度、憲法に規定された公務員像について、旺盛な議論を行う必要があるだろう。