2006年03月26日(日)
「小さな政府」論と公務員制度改革①
●『法と民主主義』(日本民主法律家協会発行)という雑誌に、上記表題の拙論を載せた。以下は基本的に雑誌の論文のままであるが、細部は異なっていると思う。引用等は、雑誌よりお願いをしたい。
小泉構造改革が「小さな政府」を標榜しつつ、大規模な公務員のリストラや都道府県廃止に結実する道州制などを企図していることは知られている。しかし、こういった議論に対し「既に日本は小さな政府であるのに、これ以上、公務員を減らすのか」と言うような「反論」の仕方も行われているようである。
拙論は、こういった「反論」ではなく、日本が開発主義に基づく、「大きな政府」(それは、コアの公務員数が多いというスタイルではないが)であること、そして、この開発主義を新自由主義的に再編することが、構造改革の目標であることを主張する。
この再編に見合ったものが、現在の公務員制度改革の基本方向であるというものである。公務員数は確かに多くないが、公務員の「周辺」に、民間化した多くの関連労働者を配置し、政府の予算も特別会計や政策金融等を通じて、経済成長=開発主義に適合的な、「公務員+民間化した周辺」によって支えられてきたことを述べたものである。
●「大きな政府」か「小さな政府か」という議論は、さほど有益なものではないが、小さいものをさらに小さくするのが構造改革であると定義することも「正確」ではなく、開発主義から新自由主義改革へという流れを確認することの方が、余程重要であろう。こういった角度からの拙論である。ご議論いただければ幸いである。
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「小さな政府」論と公務員制度改革
Ⅰ)小泉「構造改革」の重点課題と「小さな政府」論
昨年の総選挙における小泉自民党の「圧勝」によって、構造改革に拍車がかかってきた。「行政改革の重要方針」(2005年12月24日)では、政策金融改革、独立行政法人改革等、特別会計改革、総人件費改革の実行計画等、政府資産・債務改革、社会保険庁改革、規制改革・民間開放の推進など10項目が列記されている。そこで、現在進行中の政治課題に即してその重点課題を整理すれば、第一に、医療制度改革をはじめとした「社会保障制度改革」が上げられる。医療制度改革は「マクロ指標管理」を念頭においた医療費抑制政策、「混合診療」など公的保険適用の範囲を縮小し階層別医療制度を導入し、保険と自由診療の「二階建て」の医療保険に再編する方向である。
第二は、市場化テスト法の導入である。閣議決定された「市場化テスト法案」は、結果として、その実施対象について「行政処分の除外」が明記されるなど、一定の「歯止め」がかけられてはいるが、規制改革・民間開放推進会議などにおいて主張されてきた「日本型市場化テスト」は、全ての官業を対象とし、強力な「第三者機関」による監視や市場化テストの促進などが謳われていた。引き続き、「市場原理主義」に基づく行政民間化への執拗な圧力がかけられる可能性が強い。
第三は、三位一体改革から、国・地方をまたぐ「行財政の合理化」=プライマリーバランス論を基軸とした「歳出入一体改革」への取組である。これは、地方制度調査会の「道州制」答申(2月28日)に見られるように、「地方分権」を錦の御旗として「国家としての機能を強化し、国と地方を通じた力強く効率的な政府を実現するため」の様々な制度改革と一体化していくことになる。
第四が、本稿で批判的に検討する公務員制度改革である。当面の重点は、「総人件費改革」であり、5年間で国家公務員の5%の純減(公務員給与の対GDP比で半減を念頭におく)と地方公務員4.6%以上の純減の上積みが目標とされている。また、給与制度については、「職階差の大幅な拡大、比較対象事業所規模の見直し等について、人事院において早急に必要な検討を行い、18 年の人事院勧告から順次反映させるよう要請」「 地方公務員についても地域の民間給与の水準を的確に反映」させる方向が目指されている。
以上のような課題が、全体として6月に予定されている経済財政諮問会議の「骨太の方針2006」に集約されようとしている。また、これらを推進するために「小さな政府」論が恣意的に活用されようとしている。急進的な新自由主義改革としての小泉構造改革が、意識的にその「障害物」として排除を図ってきたのが、官僚勢力・官僚支配であり、また自民党内の「抵抗勢力」であった。今日における公務員制度改革の本質を見極めるためには、「官から民へ」「国から地方へ」という構造改革のスローガンの延長線上にある「新しい国家像」と「小さな政府」論や「新しい官僚像」の関係を吟味する必要があろう。
Ⅱ)日本の政府像―小さな政府か大きな政府か
現在、経済財政諮問会議において「歳出歳入一体改革」として議論されていることの本質は、消費税率引き上げ=「増税」への「地ならし」を含むが、プライマリーバランス(基礎的収支均衡)論をテコとして、20兆円の「赤字」縮小を目指す方向への国民世論の「囲い込み」であろう。そもそも、プライマリーバランス論とは基本的に租税収入だけで、一般歳出を賄うことを目指すものであるが、この議論の問題は、
第一に、過去の累積債務の政治責任を不問にして、将来に向けて財政カットを主要な手法にすることであり、
第二に、構造改革=経済的なデフレ政策と大企業への減税によって不況と税収低下(最高時60兆円から40兆円への低下)がもたらされていることを無視し、その「ツケ」をもっぱら一般歳出の中の社会保障や地方交付税縮小にしわ寄せすることである。GDPは、この10年間停滞しているが、年率で3~4%程度の伸びがあり、法人税等の大幅減税がなければ、一般政府の累積債務(粗債務)及び純債務の対GDP比は大幅に改善していたはずである。
第三に、小泉内閣以降、公共事業の削減によって建設国債は減少しているものの、デフレ政策の当然の結果としての税収減を背景とした「赤字国債」の大量発行が続いている。ムダの批判のある公共投資は、曲がりなりにも見合い資産の形成があるが、赤字国債は「禁じ手」であるのみではなく、見合いの資産もない全くの「赤字」支出である。
以上のように、政府の財政危機に対する認識は、極めて恣意的なものであり、国民生活への犠牲転嫁を合理化する論理に貫かれている。
これに対し、日本は既に「小さな政府」であるという「批判」も行われている。公務員数が国際比較の中で「少ない」という議論も総務省を中心として行われている。こういった議論は、「官から民へ」という行政民間化や公務員民間化への批判として有効であろうか。
そこで、図1(一般政府の対GDP比の国際比較)を見ると、日本の一般政府(中央+地方+社会保障基金)の対GDP比は37%であり、OECD28カ国の中で、下から6位である。アングロサクソンの諸国が低く、反対にEU諸国とりわけ北欧が高い。スウェーデンはかつて70%程度あったが、現在は55%強に低下している。
日本の場合、特別会計が31あり、歳出規模は412兆円(国の一般会計の5倍)ある。会計間のダブリを除くと、国の予算規模は約240兆円となり、これに財政投融資(縮小過程にあるが)などを加えると、支出の総計は300兆円に近くなる。これはGDPの60%に接近する数字である。
次に、公務員数ではどうか。総務省の資料では国民千人当たりの公務員数は、日本の場合35人であり、フランス96人、イギリス73人、アメリカ81人などと比しても「小さい」部類に入る。神野直彦氏が紹介しているスタインモ作成の資料をみても、雇用にしめる公務員の割合は、戦後において特に低いとされている。
日本の公務員数は、地方308万人(一般職107万、教育115万、消防・警察43万など)と国家公務員68.7万人(行政職33万、自衛官25万、郵政公社26万【民営化】など)であるが、これに第三セクター、地方独立行政法人、特殊法人、国立大学法人、公益法人、政府企業、認可法人、非特定独立行政法人などの職員を加味すると、900万人近い数字になる。各国の「公務員の範囲」の定義が色々であることを含め、国際比較はかなり難しい。客観的な評価として、日本の場合「コア」の公務員数が少ないことは確かであるが、行政が影響力を持っている「準公務員」や、給与が公務員に準ずる或いは強く影響される関連職員数はかなり多い。国税庁の源泉所得税資料では、893万人が政府部門に入っている。この数字で言うと、ドイツ並みの公務員数ということになる。贈収賄罪や守秘義務、国家公務員に準じた倫理保持措置等が適用される「みなし公務員」などを見ると、総務省資料ではみなし公務員規定のある認可法人が52法人、特殊法人が63法人存在する。独立行政法人などもこれに該当する。
このようにみると、現在の日本は、必ずしも「小さな政府」と単純に規定することはできず、むしろ経済の高度成長を保障してきた「開発主義的」な政府である。そして、コアの公務員を中心としつつも、広範に民間化された公務員の「周辺」部によってサポートされた政府であると言えよう。この「開発主義的」体制が構造改革の攻撃の的になっているわけであり、特別会計や特殊法人改革はこの公務員「周辺」部の「完全民営化」を目指したものであり、同時に資金の流れ、仕事の流れ、人・組織の改革(「骨太の方針2005」における「小さくて効率的な政府のための3つの改革」)であると言えるだろう。