Love's A Loaded Gun
第参話 Love's A Loaded Gun
by しムす
初版:2004/11/27
改訂:

Love's A Loaded Gun

一発、また一発
次の弾をチャンバーへ
時として、愛は装填された銃
殺すために、放たれる

夜が明けた。
戦自のヘリが、山林で掃討したテロリストの遺体を鉱山事務所の前庭に降ろしている。これと引き換えに、戦自もかなりの損害を出している。
その傍らには、坑内で命を落とした者たちが、白いシーツにくるまれて並べられていた。
とりあえず事務所に移送されたシンジは、窓からその光景を眺めていた。傍らには、まだ武装を解いていない保安隊員が扉を警戒している。

ノックの音がした。隊員が扉を開けると、そこに泣き腫らしたらしい赤い目をした事務員が、お茶を持って立っていた。
彼女は無言で、湯飲みをシンジに勧めた。その手は細かく震えていたので、テーブルと湯飲みが、かちかちと、小さく音を立てた。
「・・ありがとうございます」
シンジは、ぼそぼそとお礼を言ったが、その事務員は、何も答えなかった。

第三新東京市のNERV本部。
NERV司令官、碇ゲンドウの執務室で、青葉が報告している。ゲンドウの傍らには、冬月副司令。
「この戦闘における死者は、テロリスト側8名、保安隊6名、鉱山社員2名、法務省職員2名、戦略自衛隊4名の計22名。ほか、保安隊4名、戦略自衛隊3名が重傷を負っています」
「無茶をしおる」
冬月がつぶやく。
「サードチルドレンには、それだけの価値があるということなんだろう。父親としては光栄なことなのかな」
ゲンドウが皮肉とも自嘲ともつかない科白を吐いた。
「もう鉱山に秘匿しておくわけにはいきません」
「とりあえずここに移送させろ」
「また、国連がうるさいぞ」
「一時的避難だ。問題ない。法務省との調整を頼む」

戦自のVTOLの窓から、遠ざかっていく鉱山を見詰めながらシンジはつぶやいた。
「僕のために、なんでこんなに沢山の人が死ななきゃならないんですか・・」
シンジの隣で、それを聞いていたミサトだったが、わざと、強くシンジの肩を叩いた。
「亡くなった人たちのためにも、あなたは生きなきゃいけない。生きていける限り。それがどんな形であっても、ね。」
「そうですよね・・そうなんですよね・・」
シンジは、松島の最後の言葉を反芻していた。

第三新東京市のNERV本部。アスカのエヴァが起動準備に入っていた。
「なんでアタシがシンジなんかの収容の援護をしなきゃならないのよ!」
「アスカ、これは命令よ」
「・・・了解」
そう言いつつも、口をついて出るのは呪詛の言葉だけだった。
「何だってアタシが・・あんな奴の・・」
「L.C.L電荷」
マヤのアナウンスが入る。エヴァの起動シークエンスに入ったのだ。機械的に、アスカが応答する。
「L.C.L Fuiiung.Anfang der Bewegurg」
「起動スタート了解」
「Anfang des Nerven.anschlusses」
「圧着ロック解除」
「Ausuloses von links-kleigung・・・」

戦闘機が、一瞬、シンジのVTOLの横に並んで翼をバンクさせた。
「戦自機です」
日向が垂直尾翼に描かれた、マフラーを巻いたカエルのマークを確認した。
「第301飛行隊ですね。ありゃ飛行隊司令機ですよ」
無線交信が聞こえる。
「こちらジェイソン00、オメガ01、4機で貴機を援護する。2機は直上、2機は高高度で待機する。高度12,000ftまで上昇せよ」
「サンキュー、ジェイソン、高度12,000ftまで上昇する」
「戦自も張り込んだわね」
ミサトが誰にいうともなく、皮肉な調子で言った。
「今回の件では、戦自にも失点が多かったですからね。必死なんでしょう」
生真面目に日向が答える。
シンジは上方へ飛び去っていく戦闘機を見ながら、これだけのリソースが、ただ自分ひとりのために回っていることに、改めて驚く。
ただ、シンジは、それで愉快な気分になれるほど、楽天的な気分にはなれなかった。鉱山の前庭に並べられた遺体の列。その光景が目に焼き付いて離れない。
僕にそんな価値なんて、ないのに。

「エヴァンゲリオン拾四号機、リフト・オフ」
マヤの声がする。

実は、アスカには、もうすることがない。
エヴァ拾四号機を動かしているのは、あのエヴァシリーズが装備していたダミーシステムに似たシステムで、実際にはエヴァはパイロットの入力を受け付けない。必要な指示は発令所から行えるようになっていたし、パイロットには何もすることがない。ただ、乗っている必要があるというだけだった。

これがNERVのエースパイロットの実態ってわけよね。
アスカは顔を歪める。

ふん、お笑いだわ。それでも世間は騙されて、アタシをちやほやしてくれる・・
大人の都合、って奴よね。アタシみたいないたいけな女の子が地球を守ってる、ってイメージ。
もし、アタシがこれを暴露したらどうなるだろう。
虚像のセカンド・チルドレン、か・・週刊誌の見出しが見えるようね・・
でも、そしたら・・また替わりのパイロットを連れて来るんでしょうけど。
用済みになったアタシはどうなっちゃうのかな・・

左眼が疼いた。
少しづつでも回復してるって言うけど、全然良くなってる気がしないわね・・
右腕だって、本当に元のように動くようになるのかしら・・
こんなんじゃ、普通の人生なんて送れっこないわよね・・
エヴァのパイロットでありつづけるしか、生きていけないってことよね・・
いつものとおり、面白くもない、当たり前の結論。

アスカには、考える時間だけはたっぷりとあった。

高度を上げたVTOLの中で、シンジは考えつづけていた。
「ミサトさん」
「何?シンジ君」
「何で松島さんは、僕のところに来たんですか」
「さあ。彼は、職務だから、って言ってたけど」
「それは、命を賭けるほどのものなんですか」
「そうね、人によるとは思うけど、私には、わかる気がする」
「ミサトさんも・・・どうして来たんですか」
「・・・職務と言えば職務なんだけど、そうね、後悔したくなかったの」
「後悔、ですか」
「どうしたの」
「松島さんも、同じようなことを言ってました」
「ふうん・・」
「ミサトさんは・・怖くないんですか?」
シンジの漠然とした質問に、ミサトは躊躇なく答えた。
「怖いわ。いつも、ね」

アスカのモニタに、高度を下げてくる戦自のVTOLの映像が映った。戦闘機2機を従えている。高高度にはもう2機が旋回している筈だ。
「ふん、何様のつもりなのかしらね」
「もし、アタシにコイツが操縦できたら、粉々にしてやるのに」
VTOLの翼を掴んで、振り回して、地面に叩きつけたらどんなに爽快だろう。アスカはまるで蟻をいたぶる幼児のような残虐な想像に一時身を任せた。
「アスカ、VTOLの着陸点の警戒に入るわ」
マヤの声。アスカは楽しい想像から現実に引き戻された。
「了解」
拾四号機は、ゆっくりと場所を移動し始めた。何もしていないアスカだったが、一応、操縦しているつもりにならないと、酔ってしまうのだ。

「シンジ君は、実物を見るのは初めてだよね、あれがエヴァ拾四号機。アスカの機体だよ」
日向が遠くに見えてきたエヴァを指して、教えてくれた。
シンジの記憶にある弐号機とは似つかないフォルムだったが、赤く塗装されているためか、それほど違和感は無い。
「へえ・・アスカはあれに乗っているんだ」
努めて冷静になろうとしたが、シンジの心は揺れた。

会いたい。
会って、謝りたい。

結局、僕は身勝手だった。
僕はわがままだった。
僕は逃げていた。

僕はアスカのことなんて、ちっとも考えてなかった。
アスカ自身が、手助けが必要なほど傷ついていたなんて、考えもしなかった。
アスカの状態なんぞ、お構いなしに、僕を受け入れてもらおうとした。

僕は何も気付かない振りをしていた。
自分の殻に閉じこもることで、何も見なかった。
自分だけが辛いんだと思い込んでいた。

そして、それがアスカを追い詰めてしまった。

独房での孤独な時間、ずっと考えていたこと。

だけど、言えるんだろうか。僕に。
また、それがアスカを怒らせるんじゃないだろうか。

「着陸態勢に入ります」
パイロットが告げた。エンジンの回転音が変わった。
いつの間にか眠っていたらしいミサトさんが目を覚ました。

NERVが見えてきた。

そこでシンジは、思い出した。
そうだ、またあの生活が始まるんだ。空の見えない独房で、洗面、食事、学習、運動、消灯・・・同じ所をぐるぐる回る思考・・
『後悔を重ねて、それでもやっぱり後悔するのさ』
唐突に、松島の言葉がリフレインする。
『だけど、僕は満足だよ、最善は尽くしたから』

多分、これが僕に与えられた最後のチャンスなんだ。
アスカに僕の気持ちを伝えること。これが、僕の望みだ。僕のわがままだけど、もう後悔はしたくない。
アスカが怒っても構うものか。僕には、もう、失うものすら、ないんだから。
そうだ、これが最後のチャンスなんだ。逃げちゃ、駄目なんだ。

「ミサトさん!お願いがあります!」

アスカはエントリープラグから出た。
のろのろとシャワーを浴びて、NERVの制服に着替える。シャワーを浴びる度に再確認させられる、体中の傷跡。意味もなく、壁を叩いた。
エヴァに乗った後は、発令所への出頭が義務付けられている。正直、気が重い。自分がいかに何もしていないか、自覚させられるから。報告することなど、何もない。苛々した気分を持て余して、通路に出た。
そこで、シンジ達と鉢合わせしたのだった。

シンジは、アスカの雰囲気が、あまりにも変わっていたので驚いた。NERVの制服姿を見慣れないというだけではない。まとっている空気が、なにか禍々しい。
しかしシンジは次の瞬間、右手を握り締めて、アスカの名を呼んだ。
「アスカ!」
アスカは、そんなシンジの様子を見て、一瞬混乱したようだった。
「シンジ?」
「会いたかったんだ。ずっと・・一言、言いたくて」

何かがアスカの心の中でせめぎ会ったが、それも一瞬だった。
「何よ、アンタ!」
アスカの瞳に、純粋な敵意が燃え上がった。
「人類の敵、アタシの仇、このクズ野郎、何しにここに来たの!」

シンジは、その気迫に気圧されて、一歩下がろうとするが、思い直したように、逆に歩を進めた。
「・・アスカに、謝りたかったんだ」

「何を謝るって言うのよ!死になさい!今すぐ死になさい!」
アスカの、本来の美貌は狂気に彩られ、醜く歪んでいたが、それでもシンジは、その表情が美しいと思った。

「アスカ、止めなさい!」
ミサトがアスカを制した。

「何も知らないくせに!」
アスカが金切り声を上げた。

「コイツはアタシを裏切った!それで、アタシを、あの化け物達に、アタシを!されるがままにさせたのよ!」
言葉を紡ぐほど、憎悪が増幅される。ありありとその情景が、アスカの脳裏に蘇る。

「見なさい!アタシはもう傷物よ!左眼は見えないし、右腕だって満足に使えない!こんな体にしたのは誰!」

「違う!」
ミサトが叫んだ。
「あなたには判っているはずでしょ!」

「違わない!」

「どれだけ苦しかったか!どれだけ辛かったか!たった一人で!なのに!」

自分の言葉に激昂したアスカが、ミサトに飛び掛った。ミサトはその最初の一撃を後退して交わしたが、アスカの狙いは、ミサトの腰のホルスターだった。ミサトを肩で壁に押し付け、その腰につけられたホルスターから拳銃を抜き取った。
ミサトは、いきなりアスカの圧力がなくなって前につんのめり、状況把握が一瞬遅れた。

アスカの怒鳴り声に駆けつけたマヤの目には、全てがスローモーションに見えた。

アスカが、通路の壁に押し付けていたミサトを解放して、きびすを返した。
その左手に握られた拳銃を、右手に持ち替えた。
左手でスライドを引いて、その銃をシンジに向けて・・撃った。
轟音が空間を充たす。
弾はシンジの足先で火花を散らし、飛び去った。
ミサトと日向が、アスカに向かって飛び掛る。
焦ったアスカは、自由にならない右手での射撃に苛立ったのか、再び銃を左手に持ち替え、更に1発発射した。
その1発はシンジの頬をかすめた。
日向がアスカの腰にタックルして、アスカを押さえ込んだ。
その状態からなお、アスカはもう一回発砲し、
その1発は、シンジの胸に吸い込まれた。

シンジが後方に弾き飛ばされるのと、ミサトがアスカの左腕に飛びついて、拳銃をもぎ取ったのはほぼ同時だった。
シンジは、尻餅をついた。
ゆっくり、胸に手をやった。
血が、彼の白いシャツを染めていく。

何かを悟ったシンジは、まわりをゆっくり見回した。
そして、拘束されるアスカを優しく見つめた。
アスカは何かを叫んでいたけれど、不思議と、シンジの言葉が、はっきりと聞こえた。

「さよなら。アスカ」

つづく