ジャージとワシ

ジャージはめっさええモンです。ワシは毎日ジャージを着とります。
着心地もええし、活動的やし、ワシにとってこれ以上の服はアラへんと思います。
ワシは家でも学校でも、ジャージしか着まへん。そんなけ、ワシにとってジャージはええモンなんです。
そんなワシでも、初めてジャージを着たときはそんなエエもんや思いませんでした。
せやけど、ジャージっちゅうもんは、めっちゃ気持ちが落ち着いて、寝る時にでも、学校に行く時にでも、外に遊びに行く時かて着れる優れもんやっちゅう事が分かりました。それからっちゅうもの、ワシはジャージを朝昼晩ずっと着とります。

そんな大好きなジャージやけども、毎日着るようになってから困る事も出てきよりました。
妹が、ワシを避けるようになりましたんや。
最初は嫌そうな顔をするだけやってんけども、ここんとこ、目ぇも合わせてくれません。
ワシには何でそんな態度をとるんかよう分からんかったさかいに、家の廊下でワシの横を、知らん顔して通り過ぎようとしよった妹の肩をつかんで何でや言うて聞いたんです。
そしたらなんや知らんけど、毛虫かアブラムシでも肩に留まったんか思うくらいの勢いでワシの手を払いのけよりました。

「兄ちゃん、キショいから触らんといてっ!」

ワシはショックでした。
妹からキショい言われるほど嫌がられとったとは思てもいませんでした。
しゃあなしにご機嫌とって事情を聞いてみたんやけども。

「兄ちゃん、どこでもジャージ、ジャージ、やん。うちムッチャ嫌やわ! 」

何で嫌がられるのかわからへんワシは、どこがどうキモイんか言うてみい!て食い下がりました。
そしたら「恥かしいねん! 」といいよりました。
何でか知らんけども、ワシの妹はめっさ恥かしがりみたいです。
妹の事は何でもわかっとるつもりやったけども、そんな一面があるいうのんは初めて知りました。
そんな妹の初々しさにごっつ感動しながらワシは堂々と言うたりました。

「かまへん! ワシは恥ずかしない! 」

コレを聞いた妹は、見たことないくらいに嫌そーな顔をしよって、その後ずーっと口もきいてくれん様になりました。
妹の恥かしがりがこれほどのモンやったとは知らんかったです。ワシは兄としてちょお寂しぃなりました。
しゃーないので妹の為に普通の服を着たろか思いました。せやけど、ここんとこずーっとジャージしか買おてへんので、着替えはジャージしか有らしません。おまけに新しいのんを買おか思ても、ウチにンな金が有る訳あらへん。自分の小遣いにも事欠くくらいやから、その辺はわかって貰える思う。小学生の頃の服は、ちいそうてもう着られへんし、どないもこないもしゃーあるかっちゅー感じでもうそのまんまジャージ暮らしを続けることになりました。
妹はそんなワシの苦労をちっとはわかってくれたんかして、ちょっとしてから口利いてくれるようになりました。
ジャージの話もせんようになって、家ではワシと仲ようしとります。
せやけど、外出るときは絶対横に並んで歩かんようになりました。
これはワシがジャージ云々言うんやのぉて、年頃やからやと思うんやけども、学校の連れらは「違う」言いよります。
何でか知らんけども、ワシの連れらは年頃の娘っちゅうもんをわかってへんみたいです。

ワシのジャージに対する気持ちっちゅうのんを判ってくれよった妹やけども。妹以外でもワシのジャージ一辺倒をエエんやないかっちゅうてくれた人がおります。
ワシらのクラスでは、一番真面目やと思われとる堅物のイインチョ、洞木ヒカリですわ。
ウチのクラスではずーっとジャージなんはワシ一人で、他のモンは皆制服を着とるせいか、イインチョは引っ切り無しにチャンと制服着てこんかい言うて怒鳴っとりました。それでか知らんけども、ワシがなんべんホンマやってちゅうても、他の誰も信用してくれはりません。自分らが信じんのは勝手やけども、嘘言うてどないするっちゅう話ですわ。

せやなぁ…割りと前の話しになるんやけども、学校終わった帰りの夕暮れ時ですわ。
たまたまイインチョとワシが掃除当番で残っとった日ぃ、二人しかおらん教室で、イインチョは夕日に照らされたんかしてえらい赤い顔で言うて来よりました。

「ねぇ……鈴原って、いつもジャージよね? 普通の服とか持ってないの? 」

いつもやったら目ぇ吊り上げて怒鳴っとるイインチョが、えらいしおらしいせいでワシはちょおビビりました。
なんや他の事を突っ込んでくるんやないか思て。
せやけどワシはジャージが好っきゃさかいに、自分の思てるまんまを堂々と胸張って言うたりました。

「ジャージは普通やろが。別にこれ以外持ってへん! 」

それを聞いたイインチョは、なんやえらい目ぇ開いて固まりよりました。
コレはきっと、ワシのこだわりっちゅうもんがドンくらいものごっついもんかっちゅうことがイインチョにも気ぃついてもらえたっちゅうことやないやろか思います。ほんでからイインチョは口元を引き攣らせた後、大きく息を吐いて下向いて黙り込んでしまいよりました。
多分コレまでワシの事を理解してへんかったことを反省したんやとおもいます。
ほんで、結構長いことそのまんまやったけども、いきなり顔を上げてワシに言うて来よったんですわ。

「鈴原……今度の土曜日、暇? 」

正直、ワシにはイインチョの言うてる事が理解でけんかったです。
土曜はワシにとって暇っちゅう訳やありません。
スズメの涙の小遣いで買うたばっかしの虎の子のゲームを元取るまでせなならん日です。
せやのにイインチョはワシに喧嘩売るんかっちゅう程の目ぇでワシにメンチ切りよります。
コレはなんぞ大層な事でも有るんかいな思て、ワシはイインチョに言うたったんですわ。

「何やねん。ワシが土曜暇やったら何かあるっちゅーんか? 」

「えっ?!ああ、えっと。ほら?鈴原っていつもジャージしか着ないでしょ?
 だから、一緒に服を見に行くのはどうかなーって……」

イインチョは、さっき以上に夕日に焼けた赤い顔でえらい慌ててしどろもどろにそない答えよりました。
いつもとちゃう様子のイインチョに、ワシは正直なに企んどんねん、って思た訳ですわ。
せやけど、ワシは仏のトウジ。
コレは、ワシの海よりも深く山よりも高いジャージへのこだわりに気ぃ付いたイインチョがワシの心意気に惚れたんやと思たんです。そしてワシは、そんなイインチョの気合の入り方に感動を覚えましたんや。
ワシも漢と書いてオトコと読む鈴原トウジ。
イインチョがジャージを買うアドバイスをワシから聞きたい言うんやったら、気ぃよう付きあったる。
同じジャージ姿になりたい言うて来る奴を突っぱねるような真似はようせん。
さっき以上に胸を張り、ワシは精一杯自信を込めて言うたりました。

「遠慮はいらん。イインチョ! どこなと付きおうたるさかいに、安心せいや! 」

「えっ?! ホント!? いいのっ?! ホントにいいのっ!? 」

ワシの返事聞いたイインチョは、よっぽどジャージ選びに自信なかったんか、えらい嬉しそうに目ぇ輝かして、今までワシらに見せへんかった笑顔で飛び跳ねよりました。
いっつもつっけんどんなイインチョが、こんな風に喜ぶっちゅうのは中々意表を突かれたっちゅうところでしたわ。
これも、ワシのジャージへのこだわりと目利きにめっちゃ期待しとる証拠やないですやろか。
ほんで、えらいご機嫌なイインチョと、一世一代の大仕事を任されたワシは、次の土曜の昼の2時、駅前広場のなんやようわからんへんちくりんな噴水の前で待ち合わせしてから家に帰ったんですわ。

イインチョと約束しとった日に、ワシはスカタンかまして45分かそこら遅れて待ち合わせしとった場所に着いたんですわ。
なんでそないに遅れたんやっちゅうたら、土曜日の今日やるて決めとった例のゲームをしとったんと、今日来ていくジャージを選んどったせいで、家出る時間が遅なってしもたんがその理由やねんけど……
楽しみにしとったゲームは、どないやっちゅうねん言うくらいのクソゲーで、しょーもない目くそみたいな値打ちしかアラへんもんでした。わざわざ新品買うた時に限って、こんなしょぼいのんに当たるかー言う感じですわ、ホンマに。
その反省も込めて、なんや知らんけどえらい気合はいっとるイインチョの為にも、ジャージは一番性におおとる奴を着てきたわけですわ。ありがちなブランドやのうて、第三新東京市にしかあらへん“第一中学指定体操着”です。
どこに出しても恥ずかしない、これぞジャージっちゅう奴ですわ。

もちろんワシは、気合入れとったイインチョを長いこと待たせたんは流石に気ぃ引けたさかいに、謝ろ思てましてん。
せやけど、先に着いとったイインチョは、そらもう今にもとって食おかいう顔で仁王立ちしとったんです。ほんでワシの顔を見た思たら、何や知らんけどめっさ嫌そーな顔しくさってあからさまにがっかりしよりましてん。何やねんっちゅう話ですわ。どない言うてこましたろか思てたら、ワシより先にイインチョが吼えよりましてん。

「……すーずーはーらぁーーーーーーー!!! 」

「な、何やねん」

「あなたねぇ、1時間半も何してたのよっ!? 」

最初、イインチョが何言うてるんかさっぱりわかりませんでした。
そんでもよぉに聞いてみたら、そんだけの時間ワシが遅れた言うて聞きよりません。
なんぼなんでも45分を1時間半て、んな阿呆な思ても、イインチョはそんなんお構いなしにどえらい剣幕でやいやい言いよりますんや。前々から喧しいおなごや思てたけど、ホンマぎゃーぎゃーうるそーてかないまへん。
多分イインチョが勝手に早よ着いとっただけやないんやろか。なんぼジャージを早よ買いたいから言うて、そんな時間にワシが来るわけアラへんっちゅーねん。自分が早よ着いとったら、その分待ち時間は増えるっちゅう話やないですか。せやのに我がの事は何も言わんと、ワシのせいや言うてヒス起こされても、知らんがなて言いたなりますやん。
そもそもワシは、生まれてこの方時計なんちゅうモンをまともに見ぃしません。我がの腹時計で十分やっちゅう話ですわ。せせこましゅうに何時何分言われても、ワシにそっちに合わせっちゅう方が無理や思いません?その辺の読みいうんが出来てへんイインチョは一人ギャーギャー吼えたくっとります。
流石に人呼んで仏のトウジ言われるワシも、堪忍袋の尾が切れるんもしゃーないですやろ?
せやからワシも負けんと言い返したりましたんや。

「そんなもん、時計見て生活しとる奴に言うてくれっ! 」

そない言うたったら、イインチョは“何言うてんのコイツ?”て顔して、ワシ見て首振りよりますねん。
それはワシが常識知らん言うてるか?て思いましたわ。別に人がぎょーさん居るトコですっぽんぽんになってタコ踊りでもしたわけやないねんから、そんな態度を取られる筋合いはないんちゃいますか?何よりワシにモノ頼んだんはそっちやのにいけ好かん、なんやねんっちゅう話ですわ。
こないな時は、決して相手に舐められへんように、先にビビらしとかんとあかんでしょう。

「なんや?なんぞ文句でもあるんか?おぉ?ちゃっちゃと言わんと泣き入ったら言いとうても言われへんようになんぞ?」

その辺のやーさんみたいにおもくそドス利かして、ワシはイインチョにおもっくそメンチ切ったりました。
イインチョは一瞬びびったみたいやったけども、ワシの顔をマジマジと見て、やけに深い溜息を大きな声と共に吐くとワシの顔を見ないでこういいました。

「……いい、いい。もういいわ、ごめんなさい。私が悪かったわ」

どうやらイインチョも自分の方が悪いっちゅう事にやっと気付けたみたいです。
正義は勝つ、言う奴ですわ。

初っ端からえらい躓いてしもたけども、ワシらは始めに決めとった通りジャージを見ぃに、ワシを頭に目と鼻の先にある駅前デパートに向こたんです。ジャージが仰山置いてる訳やないんやけど、そこにはスポーツ用品店もあるし、まあまあエエもんが揃っとるんですわ。まぁ、別にブランドもんでもバッタもんでも構へんとは思うんやけど、やっぱしそこら辺に転がっとるようなモンを着こなすっちゅうんは、ワシ位にならんと無理ちゃうかな思たさかいに堪忍したろと。正直、素人にはブランドもんから入るんが一番ええやろし。
イインチョはずーっとなんも喋らんまま、ワシのずーっと後ろの方をちんたらと歩いとったけど、アレはやっぱし自分のカッコが恥かしい思とったんやろなぁ。何せ、ワシの着とるジャージは、この世で第三新東京市立第一中学のモンしか持っとらへん、言うたらレアもんやし。今イインチョが着とる、どこぞの金持っとるしょーもない連中が欲しがる何や知らん鼻につく値ぇ張りそうな服とはモノがちゃうねん。
せやけど、ウチのガッコのジャージはイインチョかて持っとるはずやねんけど、なんで着てこんかったんやろか? 今日に限ってえらいケバイ、ちゃらちゃらした服着とるし。変な奴っちゃで。どうせやったら大阪のおばはんみたいにラメの入った奴とか着やんと。
ほんでやっとこさでデパートに着いたっちゅうのに、ワシがスポーツ用品の店に案内したろかいう矢先に、何でかイインチョがあさっての方向に向いて歩いていきよりました。
しゃーなしにワシはイインチョに声かけたんです。

「どこ行く気やねん。そっちにスポーツ用品店はあらへんぞ? 」

「え? 何言ってるのよ。こっちでしょ? 」

そない言うて、イインチョは男もんの服置いてる売り場の案内看板を指差して、えらい勢いで先に行きよるんです。
素人はどこに何があるんかわかっとらんねやなぁ。
どーもイインチョはジャージがどこに売っとるかもわからんかったみたいですわ。

「そっち行ってもジャージはあらへんっちゅうとうやろが! 」

「え? ジャージじゃないでしょ? 服よ、服! 」

ワシの言うことがわからんのかして、そない言うてイインチョは人の腕を掴んで無理矢理引っ張って行こうとしよる。
なんや話がおかしい思て、ワシは仕方のうイインチョに聞きなおしたんや。

「せやから、服やろが!自分、ジャージ欲しい言うとったんちゃうんかい!
 何をとんでもないとこに行こーとしとるんじゃ!」

「はぁ? ジャージ? 」

まるで、何ぬかしとんねんこのアホは、っちゅう感じで、イインチョは目ん玉が飛び出るんちゃうか思うくらいに目ぇ開いて、大口開けたまんま固まりよった。

「なんや?! 自分、ワシのジャージ姿に惚れたんちゃうんかいな。ジャージが着とうて着とうてしゃーないんやろ?
おニューのジャージが欲しゅーて、せやけどドンなんがええかようわからんさかいに、ワシと買いに来たかったんとちゃうんか?」

「そんなの、思ってないし、言ってないし、聞いてないわっっっっ!!!! 」

なんやっちゅーねん。
こんのクソ忙しい日ぃにわざわざ呼んどいて、何を出鱈目ぬかしとんねん、ふざけんなっちゅう話や。
ワシかて暇ちゃうっちゅうのにやなぁ。そのくせ、考えてへんやの、言うてへんやのあーやこーやぬかしよってからに。
大体やなぁ、考えてへんねやったら、なんでそない気ぃ引くような言い方さらすねん。
もしかしてアレか?いっつも制服やのうてジャージしか着ぃひんワシに嫌がらせでもしよかっちゅう魂胆やったんやろか。
せやけどその割には手ぇこんどるのぉ。めっちゃ本気で誘てる感じがしとったんやけどのぉ。ほんまタチ悪いわ。
こないな時はどない言うたらええんやろか。せや、そういうたらワシの連れが前にちょーどええネタかましとったのぉ。
なんやったかのう……

『オンドゥルルラギッタンディスカー!』

ちゃうな……
んー、せや。

『裏切ったな! ワシの気持ちを、裏切ったな! 』

やったな。
ほんま、どないやねんっちゅう話ですわ。裏切りもんの最低女や思いまへんか?
人の目ぇも気にせんと、ワシはこのチンカス女に言うたりました。

「ジャージちゃうんかいや~~。なに裏切りさらしとるんじゃ~~。舐めとったらしょうちせんぞ~~われぇ~~~!!」

「何言ってんのよーーーーー!!!! 勘違いしたのはそっちでしょーーーーーーーーーーーー!!!!! 」

ジャージはめっさええモンです。ワシは毎日ジャージを着とります。
着心地もええし、活動的やし、ワシにとってこれ以上の服はアラへんと思います。
ワシは家でも学校でも、ジャージしか着まへん。そんなけ、ワシにとってじゃーじはええモンなんです。
せやけど、ジャージの良さをホンマにわかっとるんは、ワシしかおらんかったようです。

はじめに『ワシのジャージ一辺倒をエエんやないかっちゅうてくれた人がおります』言うとったんは、嘘やっちゅうことになります。あれはちゃうねん。
言うとったイインチョやけども、あの後ワシを鼻から血ぃ噴出すまでボテクリこかしよりまして、それから二度と口をきかんようになりました。
ここんとこはワシの顔を見るたんびに、何やえげつない顔をしてどっか行ってまいます。
妹にも「兄ちゃんのジャージ、ダサっ。正直キショい。近寄らんといてぇ、サイテー! 」て、言われました。
連れにも「トウジ……お前って馬鹿?」「……トウジ。そりゃあ委員長が可哀想だよ」とか言われました。
連れの同居人なんぞは、実力行使も伴って、「あんた、バカ以下ねっ! 」などとのたまう始末です。
ロクに口きかん奴にまで、「……そう、駄目なのね。やっぱり。」などと言われて、もうワシには敵しか居りません。

この先もワシを理解してくれる人はおらんのちゃうかと思います。ワシは孤独な旅人ですわ。
それでも、ワシはジャージが好きで好きでたまりません。ワシにはジャージしかないんですわ。
ジャージが全てです。ハアハアもんです。
世界中のヤツラがジャージを着ぃひんようになっても、ワシはジャージを着ます。
ジャージはめっさええモンです。ワシは毎日ジャージを着ます。
ワシは、ワシは、ホンマにジャージが、大好きですっ!

2年A組 鈴原トウジ

「……鈴原」

「はいっ! なんですか、センセェ! 」

「……ちょっと今度の水曜日に、お父さんに来てもらえるように言っておいてくれないか?」

終われ

久々に書いて終わってます。所詮私はこんなもんです。
初出: 2007/01/23
Author: AzusaYumi