「だからっ! 僕はアスカが好きなんだよっ!」
シンジが叫んだ。
アスカは目を見開き、口元を押さえる。
まさか、シンジから告白してくるなんて、思っても見ない事だった。
その日、授業終了後にいつも通りシンジと一緒に帰ろうと、アスカは彼の元に向かった。
しかし、いつも待ち合わせ場所にしている下駄箱で、レイとシンジが立ち話をしているのを見た。
ささっ!と、アスカは下駄箱の隅に隠れ、即座に立ち聞きモードに移行する。
何、話てんのよっ?!
アスカは物静かに語り合う二人を見て苛立つ。シンジとアスカではこんな雰囲気は醸し出せない。アスカが口やかましいというのもあったが、シンジが押されて自己主張しないのがいけない、というのがアスカの言い分だった。とにかく物静かに話すレイと穏やかな表情で話すシンジ、この組み合わせだけでも十分にアスカは気に入らなかった。が、問題はこの場で話されている会話の内容だった。
「え? 綾波って自分の誕生日、知らないの?」
「ええ」
「じゃあ、誕生日とか祝ったこと無いんだ…」
「ええ」
「寂しいよね…」
「ええ」
「じゃあさ、綾波のケーキ、焼こうか?」
アスカのこめかみがピクピクと痙攣した。
ファーストの誕生日ケーキを焼くだぁ?
アスカは思い出した。自分の誕生日にケーキなど、シンジに焼いてもらえなかった。
もっとも、彼女が彼と出会ってから一年と数ヶ月。アスカの誕生日は使徒との戦い真っ只中。彼女が病院のベッドで寝ていた時期だったのだ。ケーキを焼くどころか悠長に祝っている余裕すらなかった。何より、誰もが彼女の存在を忘れていたのだ。それでもシンジだけは唯一見舞いに来ていたのだが、その辺りをアスカは今ひとつ理解していなかった。
(ただし、シンジが見舞いに来て“何か”をしていたのは彼だけの秘密。ちなみにアスカにはバレている。)
その後も忘れているのかボケているのかわからないが、ケーキはなし。子供じみた事は好きでないアスカは別に気にしてなかったが、レイのケーキとなると事情は違う。とにかく彼女はシンジがレイの為にケーキを焼くのが許せなかった。これこそ子供じみているがとにかくそうなのだ。
私には無かったのにファーストには焼くってかぁ?!?!
烈火の如く、アスカの心に怒りの炎が燃え上がる。
「そう?」
「うん。綾波のケーキ、焼いてあげるよ。」
どうやら本当に焼くつもりでいるらしい。
ファーストにはケーキ焼くんだ…。
ふう~ん。ファーストにはねぇ~? へぇ~。はぁ~ん。ふぅぅ~ん。
…………………いい度胸してるじゃないの!
アスカはあっという間にキレた。
「ムカツク! 信じらんない! 殺してやるぅ~~~」
結局、一人で帰る事にしたアスカ。シンジとレイの会話を聞いてから、彼らに気付かれぬように自分の下駄箱から靴を取り出し、一目散に学校から飛び出してきたのだ。後は歩きながらブツブツと恨み言を呟いていた。あまりにすごい形相でぶつぶつ呟きながら歩いていたものだから、道行く人がみんなして彼女の周りを避けて歩いていたのに、アスカは気付いてなかった。
「何アレ? 私のバージンを奪っておいて、ファーストにケーキ焼くだぁ?! いい度胸してるじゃん!」
そう、アスカはシンジと初体験済みだった。
実はアスカとシンジは同じ家で同居していた。別にこの二人、親戚でも何でもない他人同士だったのだが、彼らは国連組織ネルフに所属していた人物だったのだ。その関係で二人はネルフの上役であった葛城ミサト三佐の自宅マンションで暮らしていた。どうやらこの二人、ネルフの開発した“人造ヒト型決戦兵器”のパイロットだったらしい。ひと頃世間を騒がせ、脅かしていた正体不明の敵生体“使徒”と戦っていたそうだ。ただ、詳しい事はトップシークレットになっていて一般人には非公開、しかも数年前の話でネルフや国連は世間一般に対してはメディアを通じて『ブラックゴット星人が襲来したけど、敵の本部を壊滅させて平和になりました』という情報を流しておしまいなったのでよくは判らない。
どっちにしろ、2019年現在、第3新東京市は至って平和、ということだ。
となると、アスカとシンジは戦う必要が無くなったわけでお役御免となるはずだった。アスカなどはドイツ出身だったので御用が無くなれば故郷に帰るはずだったのだが帰らなかった。というよりも帰れなかったのだ。世間一般とはまったく異なるご身分だったせいか、身辺整理が付かないでいたのだ。
(実際は理由をこじつけてアスカがドイツに帰りたがらないというのが事実なのだが。)
結局、ずるずると同居し続けていたが、如何せん、二人とも良いお年頃になってしまった。使徒と戦っていた頃は14歳のお子様丸出しだったが、数年経って色々ヤバくなってしまった。アスカは女らしくなるわ、シンジは我慢しきれなくなるわ、ミサトは仕事が忙しくて帰ってこられないわで、葛城ミサト三佐の自宅はまさに不純異性交流の温床ヨロシクな状況下となり、ご多分にもれず、シンジとアスカも行き着くところまで行ってしまったのだ。
しかも、この二人がそういう仲になった経緯がかなりいい加減だ。
淡白そうに見えたシンジがアスカを“食べた”のだ。それも、かなりあっさりと。
最初はアスカから「ねぇ、シンジ。キスしよう?」などと、前に使った事のあるようなけしかけ方で彼に迫ったのだが、夜中に、シンジの部屋で、しかもベッドの上だった、というのがまずかった。
キス→ゆっくり倒れこむ→ちょっと触る→服を脱がす→いちゃいちゃ→ピーーー(十八歳未満はご遠慮下さい)
という経緯で、まさになし崩しもいいところだったのだ。
男女の仲とは死んで棺おけに放り込まれるまで分からないものである。
その後、アスカはシンジに何度も何度も何度も何度も食べられている(本人の弁)のだが、付き合ってはいない。ただ単に「告白してない・されてない」だけなのだが、男女の仲としては終着地点まで行っているにも関わらず、アスカの照れなのか、シンジの鈍感なのか判らないが、付き合っている事にはなっていないらしい。
それでも、ヤル事をヤッているのに他の女の為にケーキを焼くとは、シンジも甚だ良い度胸をしている。
「声の上げ方がまずかったのかしら? 私って結構うるさいし…。
あ、それとも、シンジ主導でヤラせなかったのが悪い?」
一応、アスカ自身の問題点を列挙してみる。
最近、慣れてしまったせいか、刺激を求めてアスカの方で色々スるようになったのが、シンジから言わせれば「アスカに食べられている」そうなのだ。彼は自分が“食べた”でないと気がすまないらしい。大人しい顔をして、自分に主導権が欲しかったようだ。最近布団の上での文句が絶えない。
「それでもファーストにケーキ焼くのは許せないっ!」
レイは同じパイロットであり、共に生死の狭間を掻い潜ってきた戦友だった。
しかし、そんなものは男女関係が絡めばあっという間に崩れる脆い絆だった。
「…シンジが悪いわね。責任取らないシンジがみぃぃぃぃんな悪い!!!!
他の女に何かくれてやるなんて行為は万死に値するわ。殺してやるぅ~~!!!」
結局、思考の行き着く先はそれだった。
そろそろミサトを追い出そう計画を立てている葛城邸内に戻ったアスカは、自分の部屋に戻って鞄を乱暴に放り出した。自分のベッドを前に、シンジとここで何回やったかなんて思い起こしつつ制服を脱ぎ捨てた。何も考えたくなかったのか、適当にその辺にあった普段着を身に付けてからキッチンへ向かった。
シンジが仕切っているダイニングキッチン。アスカはそこをしげしげと眺め回し、テーブルの椅子に座って頬杖をついた。苛々しながら彼の所為について今後どのようにしようかとさらなる思考を重ねる事にした。
「…シンジが悪いのは決定事項として、後はどうするか…って、何にも思い浮かばないぃぃぃ!!!」
どうも感情優先、怒り心頭、シンジをどうしようか思いつかないらしい。
テーブルの上を指でトントントンと叩きつつ、アスカは考える。
「大体なんでファーストなんかに…。アイツ、女なら何だっていいわけ?
もしかして、私の知らない間にファーストと色々出来てたり…?」
シンジが鈍感なのかバカなのか判らないが、彼の曖昧且ついい加減な態度に疑惑が沸き起こる。
「案外、本命はファーストだとか…?」
有り得ない話ではない。他の女が好きだとかいう話は聞いてないが、アスカ自身はシンジから好きだとか、愛しているとか言われた事は無かった。告白が全てだとは思ってないアスカだが、他の女に対してああいう態度を取るシンジには疑う余地が大いにある。
「あーもぉぉぉぉ!!何で私がこんなに悩まなきゃいけないのよぉぉ!!!!」
アスカは頭を抱え込む。
「ただいまぁ~」
アスカの苛立ち最高潮のところへ、玄関から聞き慣れた声が聞こえてきた。
来たなぁ~シンジぃぃぃ!!
宿敵の声を察知し、アスカは殲滅出来る喜びに打ち震える。
アスカは殺(や)る気満々意気揚々にシンジがこのキッチンにやって来るのを待ち構えた。
そんな事は露知らず、シンジはノコノコとキッチンまでやって来た。
「あ、ただいまアスカ」
テーブルに座っているアスカを見て、シンジはいつも通りの挨拶をする。
「オカエリナサイ。シンジ…」
低~~い声で返事するアスカに、シンジが何事かと目を見張る。
「ど、どうしたの? 具合でも悪いの?」
シンジは心配そうに声をかけるが、アスカには聞こえてなかった。それよりも彼が買い物袋をぶら下げている方に気を取られている。アスカは半透明の買い物袋に目を凝らして見る。
薄力粉、無塩バター、白砂糖、バニラオイル、あと色々…。
目視出来得る範囲内で見えたこれらの食材は明らかに夕飯の材料でなく、洋菓子作りの為のものだ。
動かぬ証拠を見たようで、アスカは一瞬呆然となる。
「ねぇ、どうしたの? ねぇ、アスカぁ?」
買い物袋に視線を向けたまま、ヒクヒクし始めたアスカを見て、シンジが肩を揺すって声をかける。
彼の声と揺さぶられる振動にアスカはハッと気付いた。
「あ、よかった。気が付いた? なんか、様子がおかしかったからびっくりしちゃったよ…。
でも、アスカ。今日はどうしたのさ?」
優しく声を掛けるシンジ。しかし、アスカはそれどころではなかった。
正気づいた事でシンジに対する怒りの炎を再燃させたのだ。買い物袋を一瞥し、シンジの顔を見る。いや、見るというより、“睨む”だ。
「それ、何よ?」
「え?」
「だから、それ何?」
買い物袋を指差し、有無を言わせぬ様子でシンジに尋ねる。
彼女からヒシヒシと感じるプレッシャーにシンジは押されそうになるが、なんとか口を開いた。
「えっと、今日の夕飯と明日のおやつの材料‥だけ‥ど?」
「ウソね」
即行で答えを否定するアスカに、シンジは驚いて目を見開く。
ガタン!!
アスカが立ち上がる。シンジがビクっと振るえ、後ずさる。
何か、様子が変だ。
「あんた、それで誰かにケーキ焼くつもりなんでしょ?」
アスカの言葉に、シンジがビクビクビクっと震えた。アスカの目が細くなっていく。
何だか知らないが、アスカは怒っている。まるで「殺してやる!」という顔つき。このままココに居ると、自分は殺されかねない。そんな感じだった。
アスカの方はビビりまくって腰の引けているシンジが己の悪事がバレそうになって土壇場で逃げようとしている小悪党に見えた。この期に及んで逃げるなど、許さない。
ずるずると後ろへ逃げるシンジに、拳を握り締め、アスカは怒りの鉄槌を下そうと歩み寄る。
「さぁ、白状するのよ。あんたは今から何しようとしてた? 言いなさい。言えば許してあげる」
口の端を痙攣させ、握った拳を震わせているアスカ。言って許してくれるようには到底見えない。
というより、何故、こんなに彼女が怒っているのか、さっぱり判らない。
何だか判らないが、何かを言わなくてはいけない。が、シンジに上手い逃げ口上は思い浮かばなかった。ついついさっきと同じ事を口走る。
「だから、今晩の夕飯と、明日のおやつ…」
「うそばっかりーーーーー!!」
ついに怒りが爆発した。アスカは彼に向かって片手を上げた。
殺られるっっ!!!
シンジは咄嗟に目を瞑り、防御姿勢になる。
「…………あれ?」
殴られると思っていたのに、何も無い。シンジは顔を上げた。
するとそこには、片手を上げたまま肩を震わせてぼろぼろ涙をこぼすアスカの姿があった。アスカは泣きながら、上げた腕を力なく下ろしてうな垂れる。
何故だか判らないが、殴られずに済んだ。シンジは胸を撫で下ろした。
しかし、気になる。何が起こったのだろう?アスカは自分が帰ってくるなり不機嫌になっていて、わけもわからない間に怒って最後は泣き出した。彼女の気性の激しさや感情の移り変わりはいつもの事だが、ここまでのは初めてだった。
シンジはおずおずと話しかける。
「…あの、アスカ?」
「ぐずっ! あんたは‥あんたは‥あたしのこと‥ぐすっ! 食べちゃったクセに…ぐすっ!!
だのに、グスン!ファーストのケーキ焼くとか…ずずずっ!言ってるし…」
「あ…」
嗚咽し、グスグス鼻をつまらせて語るアスカに、シンジか何とも言えない顔つきになる。
そんなシンジの表情に気が付かないのか、アスカは続ける。
「あんたは…ぐずっ!命がけの戦いの事とか、忘れちゃっ‥ずるっ!ったの?
大体、ずずっ!病院のベッドで寝ている私の裸見て‥ずるる!自家発電してたのは‥ずずっ!誰よっ?!
無抵抗な奴相手に…ずずずずずっ!自分でしか出来ないなんて、最っ低~~ずずずずずっ!!!」
“自家発電”という部分でシンジは動揺した。寝ていて気が付かなかったと思っていたのだ。かなり手痛い。
今更ながら、自家発電は自分の部屋でこっそりやるものだと頭を抱えた。
とにかく、シンジは何とか言い訳をしようと、彼女の顔を見た。
うわ…ひどい顔…
アスカは顔をぐちゃぐちゃにして涙を拭き拭き鼻水を啜り上げている。彼女の様子に、動揺している場合でもないなとシンジは思い直して、なるべく優しく、優し~く、アスカに尋ねる。
「あの…、えっと、アスカ? もしかして下駄箱で綾波と話してるの、立ち聞きでもしてた…の?」
「ぐずっ! そんなの、ずずずっ!どうだって‥いいじゃんっ!!ずるっ!」
「しかも、途中までしか聞いて…ない?」
「ずずずずっ!!知らないわよっ!そんなのっ!!」
鼻をすすり、アスカは噛み付くように言った。
シンジは深いため息を付く。どうやら説明してやらないといけないらしい。
「あのね、アスカ…」
彼女を諭すように優しく優しく優し~~く、シンジは話し始めた。
時間を遡る事、2時間ほど前の学校の出入り口。
アスカが怒り心頭になって黙ってこっそり帰っていってしまった後の事。
唐突にシンジは誕生日を祝う事無く入院したアスカの事を思い出した。アスカから突っ込まれなかったからなのもそうだが、その後もケーキを焼く事はなかった。病院のベッドで呆けて眠っていた頃の彼女を思い出すと、ケーキの一つでも焼いてあげようという気になったのだ。で、その事を考えつつ下駄箱のところで待っていた。
そこで、レイと出くわした。
最初は彼女と世間話をしていたのだが、アスカにケーキを焼いてあげたいという話題を出した時に、ついでにレイの誕生日の話が出たのだ。どうらレイは自分の誕生日を知らなかったらしい。レイは元々ネルフの地下で作られた人造人間である。シンジはそれを知っていたが、てっきりレイの製造年月日が彼女の誕生日だと思っていた。しかし、そうでもないらしい。どうやらいい加減なゲンドウとリツコは忙しさにかまけてレイの誕生日を設定し忘れたようなのだ。何かあれば超法規的というネルフの特権を理由に、適当に茶を濁す有様。戦いが終わった後も事後のドタバタのせいで彼女の誕生日は未設定のまま。第3新東京市のお役所側も暇が無いのか、レイの戸籍についていちいちネルフに確認するような事もしなかったらしい。結局、彼女の誕生日は放置されたままになっていたそうだ。
そんなあまりにあんまりな話を平気な顔をして話すレイに、さすがのシンジも哀れに思った。
「うん。綾波のケーキ、焼いてあげるよ。」
気を使ってシンジは言ったのだが、レイは首を横に振った。
「でも、いい。私、要らない」
喜ぶかと思ったのに、意外な返答。シンジは目を丸くした。
「何で? 遠慮しなくてもいいよ? 手間はそんなに変わらないから…」
だが、そんなシンジの気遣いに首を縦に振らなかった。
「いい。私、セカンドに殺されたくない」
実に、判りやすい回答だった。
「…というわけで、綾波には断られたんだよ」
シンジはため息を付きながら話し終えた。
アスカは大人しく話を聞いていたが、腑に落ちないらしく、目を細めて尋ねた。
「…で、ファーストは私に殺されたくないから、断ったのね?」
「うん、そうだよ」
「で、あんたは引き下がったわけ?」
「うん」
「…そう、そんなに私が怖かったわけだ」
「うん。…って…あっ!」
シンジは慌てて口をつぐむ。自分が失言をした事に気付いたのだ。
ビクビクしながら彼女の顔を見た。アスカの顔が泣き顔から笑顔に変わっている。目に涙は無く、獲物を見つけた猫のようにらんらんと輝いている。実に嬉しそう。シンジの背筋に冷たいものが走る。
まずい、やぶへびをつついた!
戦々恐々に震えるシンジを前に、アスカが口の端を歪めて笑う。
「こ・ろ・し・て・や・る!」
暫くシンジはボコられた。
引っぱたいて引っぱたいて引っぱたきまくられ、鼻血を垂れ流したシンジ。
かなりの回数叩かれ、顔も腫れ上がった。でも、これで気は済んだかとシンジは思ったが、甘かった。
アスカの気はそのくらいでは収まらないらしい。今日一日気を揉んだ事も相まって、苛々はそうとう募っていた。それを払拭せんとばかりにさらに手を上げる。
「まだまだぁぁぁ! うりゃあああああ!!!」
「ううう、ま、まって…」
血が垂れる鼻を押さえながら、息も絶え絶えにシンジは彼女の手を掴んで止めさせる。
「何よっ! あんたっ?! 悪いのはみーーーーーんなあんたでしょうがぁぁぁ!!!!」
「ま、待って…! アスカの事、変に怖がってたのは謝るよっ! 謝るからさっ!」
「何よぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「待ってっ! 怖いけど、怖いけどっ! 僕はアスカが好きなんだよっ!」
アスカの手がピタリと止む。
「…今、何て?」
シンジの叫びに、アスカが問い返す。
「だからっ! 僕はアスカが好きなんだよっ!」
改めて叫ぶシンジに、アスカは目を見開き、口元を押さえる。
今、今、シンジが告白したっ?!
シンジの顔をまじまじと見た。彼は鼻血を垂らして肩をいからせ、息を荒くしている。
今の言葉が信じられない。彼はいつだってはっきりしない曖昧な態度を取り続けていたのに。
「好きって言った?今本当に好きって言った?」
「う、うん」
「もう一度言うのよっ!!」
「え…っと…もう一度?」
咄嗟に言った事なので、改めて言えといわれると、非常に困る。シンジは少し顔を赤くしながら聞き返す。
が、アスカはそんな情緒的な事などお構いなし。
今日一日あまりに激しく喜怒哀楽してしまった為に、感覚がバカになってしまっていた。
「ああっもう!!! 何度も復唱するのよっ!!!!」
「えっと…」
「ええい!!!今日みたいに他の女にケーキなんて裏切り行為したら殺すわよっ!!!」
「ひっ…!」
結局、脅迫する有様だった。
結局、シンジはその日一晩アスカに酷使された。つまり、アスカに美味しく戴かれたのだ。
シンジから告白した、というのがあったので十割中、二割ほどはシンジにもアスカを食べる権限は与えられたが、もっぱら奉仕する側だった。その後、問題となったケーキもアスカは無事に食したが、これだけシンジを働かせると次の日に学校に行く事は当然困難となるわけで、結局二人揃って自主休校する事となった。
幸いにもこの二日間、ミサトが仕事の為に自宅に帰ってこなかったので後に彼女からガミガミ言われる事も無かった。しかし、ミサトもいい加減二人の仲に気付けばいいものを、何故か気が付かない。
『最近、帰るのがヤなのよねぇ~。なんっつーか、疲れるのよ。色々』
と、ミサトがネルフ職員に愚痴をこぼしていた所から、案外気が付いていたのかもしれないが定かではない。
そして三日目の朝。憔悴しきったシンジとツヤツヤになったアスカが二人そろって学校へ登校してきた。
クラスの者達は二人揃って学校を休んだ所から何をしていたのか大体検討が付いていたが何も言わなかった。彼らとて、ノロケ話を聞かされてアテられるのだけは勘弁して欲しかったのだ。
先日のケーキ事件の現場であった下駄箱。そこでレイが三日ぶりに登校してきた二人に挨拶してきた。
「碇君、セカンド。おはよう」
「あらぁ。ファーストおっはよー」
「‥おはよう‥綾波…」
元気一杯に挨拶するアスカと死にそうな声を出すシンジ。
そんな二人をレイはしげしげと眺め回し、何かを悟ったかのように目を細めた。
「…そう、よかったわね」
レイはそう呟くと、二人を置き去りにするように先に教室の方へ行ってしまった。
「なぁによ? アレ? そんなに私らの仲が良いのが気に入らないのかしらねぇ~~?」
「いや…多分、違うと思うよ…」
勝利を手にし、悦になっているアスカをよそに、シンジが疲れきった様子で答えた。
とにもかくにも、2019年現在、第3新東京市は至って平和だった。
おわりっ